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▲ カン・ジュヒョン記者(産業部)
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今年で三・一運動が100周年を迎えた。光復は74周年を迎えた。日帝統治下の屈辱を味わい、殖民地支配の痛みを乗り越えて立ち上がった昨今、我が国は半世紀で世界列強と肩を並べる国家へと成長した。誇らしい歴史だ。にもかかわらず、我々の社会にはまだ日帝統治下の病の痕跡が残っている。忙しいという理由で重要な事を忘れて生きてないか、考えてみる必要がある一年である。

記者は今月終始、独立運動の意義を伝えて日帝統治下の病の痕跡を見つけるために東奔西走した。 その結果、想像以上に我が国には数多い独立運動記念団体が活動している事を確認した。団体のために活動する義人の人数も少なくはなかった。日帝統治下の痕跡がある地域も多く、日帝の暴挙で被害を被った人々は勤労挺身隊のハルモニ(お婆さん)の方々だけではなかった。これらは日帝の蛮行を伝え、独立運動の意義を知らせるために力強い足取りを踏み出していた。

抗日独立先烈宣揚団体連合は抗日独立先烈の魂を称え、親日反民族行為者の清算運動などを実施して独立運動の意味を蘇らせてきた。親日派の仁川(インチョン)・金性洙(キム・ソンス)の名前を取った、ソウル市 城北区(ソンプクグ)仁川路の道路名を変えたのはこの団体の代表的な活動である。 抗日女性独立運動記念事業会は、歴史に刻まれていない女性独立運動家を探して伝えている。半世紀前に我らの領土にいた女性独立運動家は柳寛順(ユ・グァンスン)姉さんだけではなかった。

三・一運動100周年記念事業推進委員会は、世界で類を見ない三・一運動の精神と意味を再確認して、広く伝えるための事業を推進している。大衆化、一元化、非暴力という3種の行動綱領を基に起きた三・一運動は、世界的に唯一無二の行動の独立運動として評価されている。誇らしい我が民族の歴史である。

問題は、これらの行動に関心を持つ国民が多くない事にある。おそらく記者も取材日程がなかった場合、これらの活動に関心を持たなかったかも知れない。取材で会った義人の多くの人々が、自分に関心が集中するのは三・一節や光復節など特定の時期だけだという悔しさを伝えた。持続的な関心を集めるために尽力して、熱心に活動するが成果は良くない。片思いは悲劇的な結果に終わるケースが大半なので。

結局は相手の関心が必要である。我が民族の歴史を忙しいという理由で忘れる事は望ましくない。歴史は未来の鏡である。丹斎(タンチェ)・申采浩(シン・チェホ)先生は、歴史を忘れた民族に未来はないという言葉を残した。百年大計(百年の計)を準備する大韓民国に歴史は必須、という言葉で帰結される。過去の過ちを繰り返さず、より輝く未来を迎えるために歴史を振り返り、前に進む準備をしなければならない。

日本は今日も我が国を虎視眈々と狙っている。グローバル化を迎えた今、少々旧時代的な考えかもしれないが、過去を反省しない国家の行動に注意する理由は十分にある。独島(トクド)を自国の領土だと強弁して強制徴用者に対する賠償を拒否する日本の態度は、ドイツのそれと比較して批判を受けるには十分である。

日本の態度は反日運動の名分を作るには十分である。反日運動は簡単に戦犯企業・親日企業の不買運動などでも実施する事ができる。便利さに支配されるより、独立先烈の献身を記憶しなければならない。ロッテグループ・三養グループのような親日企業の製品を避け、我が民族の自負心が生きている事を知らせなければならない。それでこそ、日本に領土と魂を支配される痛みの繰り返しを避ける事ができる。歴史を記憶して我々の胸に刻み、未来に進む大韓国民を期待している。

ソース:スカイデイリー(韓国語)
http://www.skyedaily.com/news/news_view.html?ID=83177