「天皇訪韓」巡る日本の思い
牧野愛博 / 朝日新聞編集委員(朝鮮半島・日米関係担当) 
2020年04月02日

●韓国とのゆかり


1991年(平成3年)になって天皇訪中の準備が始まった。

 当時、外務省アジア局長だった谷野作太郎氏によれば、政官界への事前説明の際、中曽根康弘元首相から「(中国にだけ行って)韓国との関係が持つのか」と尋ねられたという。谷野氏は「日韓関係に強い影響力があった中曽根氏だけに、韓国より先に中国を訪れることを懸念したようだった」と語る。

 また、谷野氏は、当時の宮内庁の角谷清式部官長からも「なぜ、韓国を先に訪問しないのか」と強く迫られたという。

 しかし、谷野氏は中曽根氏や角谷氏に対して、天皇訪韓の実現は難しいと返答していた。

 谷野氏は当時、「ソウル大で日章旗が焼かれたり、デモ隊が町中に出てきたりしたらどうするのかと思った」と語る。谷野氏は角谷氏に対し、「(訪韓の際に混乱が起きて)陛下が動揺されたら、畏れ多いことだ」「全く自信が無い」「陛下が覚悟されているというならまだしも、そういうわけではないでしょう」と答えたという。

 その後も、韓国側はたびたび天皇訪韓に関心を示し続けた。

 李明博政権時代の2009年10月、当時の柳明桓外相は記者会見で天皇訪韓について「韓日の未来志向な関係を考えたとき、韓日間の距離感をなくすため、訪問は意味がある」と語った。文在寅政権でも、李洛淵首相(当時)が2017年9月の朝日新聞とのインタビューで天皇訪韓に意欲を表明。翌10月には李洙勲駐日大使(当時)が天皇訪韓に向けた環境整備に努める考えを示した。

 韓国側には、平成の天皇陛下に対する親近感も強かった。

 1990年5月、盧泰愚大統領が訪日した。当時の韓国側通訳によれば、天皇陛下(現・上皇さま)は5月24日の宮中晩餐会の終了直前、盧大統領に「韓国と相当なゆかりがあるように感じます」と語り、雅楽の鑑賞に誘った。会場に移動する途中には「私どもの家系を見ると、母方に韓国系の人物がいるようです」とも語ったという。

 また、2001年の記者会見では、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であることに言及して「韓国とのゆかり」に言及した。

 谷野氏によれば、天皇陛下(現・上皇さま)は2010年、奈良市で開かれた平城宮遷都1300年の記念式典でも桓武天皇と武寧王とのゆかりについて言及した。同席した谷野氏は、当時の侍従長だった川島裕氏に「また、陛下はおっしゃったね」と声をかけた。川島氏は「ご自分でも楽しみながらおっしゃっておられる」と答えたという。

朝日新聞:論座
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