7月5日に行われた東京都知事選。現職の小池百合子氏の圧勝というかたちで終わったが、この選挙を通して見えてきたことがある。
それは、「都民の間でレイシズムが広く浸透しつつある」という恐ろしい事態だった。

グロテスクな差別を肯定する社会といかに対峙していけばいいのか──
排外主義の現場を取材してきたジャーナリストの安田浩一氏にご寄稿いただいた。


そもそも──桜井誠氏はかつて差別者集団「在日特権を許さない市民の会」を足場に、ヘイトスピーチを繰り返してきた人物だ。
「殺してやるから出て来い」「皆殺しにしてやる」と在日コリアンの集住地域や朝鮮大学の門前で声を張り上げてきた。
外国人に向けた悪罵や差別扇動に、何の躊躇もあるわけがない。

この桜井氏に、東京都の有権者のうち約18万人が票を投じたのである。
しかも前回(2016年)の都知事選立候補時よりも得票数は1.5倍、約6万票も増えた。

「恐怖でしかない」

私の周囲では、在日コリアンの多くがそう口を揃えた。

外国籍住民の排除や殺害を公然と口にしてきた人物に、これだけの支持が集まったのだ。
ヘイトの矛先を向けられる当事者が「恐怖」を感じるのは当然だろう。

ヘイトスピーチは人間の尊厳、存在を否定し、地域や社会をも破壊していくものだ。
当事者ならずとも、刃物で体の一部を撫でられるような戦慄にじわじわと襲われる。

もちろん桜井氏の得票は、約366万票を獲得し2期連続当選を果たした小池百合子氏には遠く及ばない。
過去の極右候補と比較しても、たとえば14年の都知事選で元航空幕僚長・田母神俊雄氏が集めた約60万票を大きく下回る。
そうしたことから、桜井氏に批判的なスタンスを取る人たちのなかからも、”躍進”を過大に評価すべきではないといった見方があるのも事実だ。

だが、ここはヘイトの被害者の立場から想像してほしい。

18万票なる数字は、東京都の有権者数(約1100万人)の61人に1人を集めたことになる。
東京都心部で環状運転を行っているJR山手線を例にしよう。同線車両の1両につき備え付けられた座席は60。

つまり、電車に乗って座席がすべて埋まっていれば、そのうちの1人は桜井氏に投票したと考えてもおかしくない。
ラッシュ時ともなれば、その数は2倍、3倍にも増える。ソーシャルディスタンスを保つこともできない空間に、
レイシストが潜んでいるかもしれない、いや、レイシストに囲まれているかもしれないという「恐怖」。

ただの苦痛や嫌悪とは違う。「殺戮」に賛同しているかもしれない相手を想像することが、どれほどまでに戦慄を呼び起こすものなのか、
脅威を与えるものなのか、そして社会に深い亀裂を強いるものなのか。日常の風景から色彩を奪い取られる怖さは、だれであっても理解できよう。

レイシズムに対して正面から全否定できない社会の一部の脆弱さが露呈したともいえる。
だからこそこれまで取材でヘイトの現場を目の当たりにしてきた私は悔しいし、憤りを感じているし、この先の流れに警戒している。

実際、地方議会では「日本第一党」党員が議席を有すケースもあれば、同党所属でなくとも、排外主義の扇動者が議員となる事例も見られる。

差別の本質は「対立」や「分断」ではなく、「加害と被害」だ。被害者を量産していくような動きに対し、断固たる「NO」を突き付けていく必要があると私は思っている。
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