ベーシックインカムは、フィンランド、カナダ、オランダ等で一部の人や地域を対象に実験的に実施されたことはあるものの、まだ本格的に導入した国はない。

2016年にはスイスでベーシックインカムの導入案をめぐって国民投票が行われた。導入推進派はすべての大人に月2500スイスフラン(日本円で約27万円)、未成年者に月625スイスフラン(同約6万8千円)を支給する案を提案した。これに対して、連邦政府を含む反対派は膨大な費用が掛かることや、働く意欲を失う労働者が増えること、そして海外の低所得者を中心にスイスへの移民が増える恐れがあることを理由にベーシックインカムの導入に対して反対を表明した。投票の結果、有権者の約8割が反対し、ベーシックインカムの導入案は否決された。財源を含めた具体的な内容が決まっていないこと、既存の豊かな福祉制度を失うことに対する不安や海外からの移民増加に対する懸念が高まったこと等がスイスの国民がベーシックインカムに反対した主な理由である。

<現金一律給付の支給率97.5%>

スイスを含めた海外の事例を見る限りでは、まだ課題が多いように見えるベーシックインカムになぜ韓国の政治家や地方自治体等は関心を持つようになったのだろうか。韓国においてベーシックインカムに対する議論が広がり始めたのは新型コロナウイルスの感染拡大以降、韓国政府や地方自治体がそれぞれ緊急災難支援金を支給してからである。            

韓国政府は3月19日から4月22日まで文在寅大統領主催の「非常経済会議」を開催し、3月30日に行われた3回目の会議で所得下位70%に当たる約1400万世帯に1世帯当たり最大100万ウォン(約8万9000円)の緊急災難支援金を支給することを決めた。その後、4月末に緊急災難支援金の支給対象はすべての国民に拡大され、5月11日から5月28日までの間に全国の2116万世帯に支給された(支給率は97.5%、支給額は13兆3354億ウォン(約1.19兆円)、一部の世帯は国へ寄付)。

また、地方自治団体も政府とは別に緊急災難支援金を支給した。例えば、京畿道が道内に住民票をおいている全ての住民に一人当たり10万ウォンを支給したことが挙げられる。

緊急災難支援金が支給されて以降、ベーシックインカムに対する韓国国民の関心も高まっている。大手世論調査機関のリアルメーターが6月5日に全国の満18歳以上の成人500人を対象にベーシックインカム導入の賛否について聞いたところ、回答者の48.6%が「最低限の生計保障のために賛成する」と答え、「国家財政に負担になり税金が増えるので反対する」(42.8%)を上回った。

韓国でベーシックインカムの導入に最も積極的な立場を見せているのは進歩系の京畿道の李在明(イ・ジェミョン)知事である。彼は京畿道の城南市長に在任していた2016年に城南市に居住している満24歳のすべての若者に四半期ごとに25万ウォン(約22,200円)の地域通貨(1年に4回、合計100万ウォン)を「青年配当」という名前で全国で初めて支給した。当初は満19〜24歳の若者を対象に支給する計画であったものの、予算上の問題もあり対象者を満24歳の若者だけに限定した。さらに、2018年6月に京畿道知事に当選した彼は、城南市で実施した「青年配当」を「青年基本手当」という名前に変更し、2019年から京畿道の24歳の若者に支給した。

<条件を完全に満たすには>

但し、城南市や京畿道で支給された「青年基本手当」をベーシックインカムと言うのは難しい。そもそも、ベーシックインカムは、個人単位に支給される「個別性」、すべての人に支給される「普遍性」、働くことを条件としない「無条件性」、一時ではなく定期的に支給される必要がある「定期性」、現金が支給される「現金支給の原則」、生活に十分なお金が支給されるべき「十分性」を条件としている。この点を考慮すると、城南市や京畿道の「青年基本手当」は、対象を満24歳に限定したこと、現金ではなく限定された地域だけで使える地域通貨が支給されたこと、そして生活に十分な金額が支給されていないことから、ベーシックインカムの「普遍性」、「現金支給の原則」、「十分性」を満たしていない。特に、「十分性」が大きく欠如している。1年間100万ウォンは1ヶ月で約8万9000ウォン(約7,920円)であり、国民基礎生活保障制度(韓国版の生活保護?)の1人基準生計給付額52万7158ウォン(所得と資産を所得に換算した金額の合計が0である時の給付額、約4万7000円)を大きく下回っている。

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ニューズウィーク日本版 8/6(木) 17:51
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8f64afa7aa50efb81def9f5f322cd06d0e51b3a