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米国のベトナム戦争参戦の きっかけとなったトンキン湾事件

 今年は米大統領選の年である。人気が低迷するトランプ米大統領が中国との局地的軍事衝突を起こして、米国国内の支持率を高めようと計算している可能性がある、と指摘する声も大きくなっている。米中間に、計算された「擦槍走火」が起きる危険性があると指摘する識者が相当数いるのだ。その中で特に、朱建栄・東洋大学教授が発した警告には耳を傾けるべきだと思う。

 まず、朱教授は、米大統領選が終わるまでの数十日の間に、米国が「非常手段」を講じるかもしれないと指摘している。「非常手段」とは、56年前に起きた「北部湾事件」が連想できるという。北部湾事件は日本では「トンキン湾事件」と呼ばれる。

 朱教授は次のように解説する。

 「1964年は、2020年と同じく米大統領選の年である。前年末にケネディ大統領が暗殺され、ジョンソン副大統領がその後任となったが、知名度は低く、人気や新聞各紙に報道された支持率も競争相手に遠く及ばなかった。そこへ同年8月に、誰もが予想していなかった、世界を驚かせた北部湾事件が発生した。その結果、ジョンソン氏が3カ月後の大統領選で劇的な大逆転勝利を収めた。今日から見れば、中国現代史の流れもこの事件によって逆転させられたと見ていいかもしれない」

 64年8月1日、米海軍駆逐艦マドックス号が海洋の調査任務を遂行すると宣言して北ベトナム領海に侵入した。8月2日、マドックスは海岸から30カイリの国際水域で北ベトナムの魚雷艇に攻撃されたと主張。さらに4日には、増援された別の駆逐艦も攻撃を受けたと報告した。24時間も経たない8月5日には、米国は大量の軍機を出動させて北ベトナムを猛烈に爆撃。国防総省のマクナマラ長官は同日夜、ベトナムへの増兵を含む計画を発表し、ベトナムとの全面戦争へと踏み切った。

8月7日、ジョンソン大統領はテレビ演説を行い、この2隻の米軍艦がなぜ北ベトナムの近海に行ったのかという問題には触れずに、米艦が公海で北ベトナムによる攻撃を受けたことだけを強調し、「露骨な侵略行為だ」と糾弾した。そして同日、米下院は416対0で、上院はわずか2票の反対で大統領を支持する「トンキン湾決議」を採択。大統領に「東南アジア集団防衛条約のいずれかの加盟国を援助するために軍隊の使用を含むすべての必要な措置をとる」権限を与えた。

 その後、米軍は全面的に参戦し、北ベトナムを爆撃するという「北爆」を行い、最大で50万人以上の兵力を派遣した。中国も米軍に対抗するため、32万人の軍隊を北ベトナムに派遣した。第二次世界大戦後最大の戦争は、北ベトナムが南方を統一した75年まで続いた。

でっち上げだったトンキン湾事件が発生して56年経った今、朱教授が心配しているのは、第二のトンキン湾事件の発生だ。

 ただ現在のところ、中国政府と人民解放軍も、米国の挑発に乗らないように、慎重な対応に終始している。米軍艦が台湾海峡の中間線の中国側を航海していても、撃墜できるU2偵察機が軍事演習のために設けられた飛行禁止区域を飛来していても、警告や抗議をするだけで、軍事的手段による排除措置を講じない姿勢を貫いている。

 中国国内の過激派たちも、最近は鳴りを潜めている。問題は、選挙戦に負けそうになったとき、トランプ大統領がジョンソン大統領の作戦を踏襲する可能性がどこまであるのかだ。

 朱教授と同じく、第二のトンキン湾事件発生を心配する日本人識者もいる。たとえば、著述家で社会分析アナリストの高島康司氏は、米中の武力衝突も覚悟しなければならないと警鐘を鳴らしている。KS International Strategies社長で国際交渉人として活躍する島田久仁彦氏も「先の大戦前夜に酷似。米中が加速させる分断と『一触即発』の危機」について注意を喚起している。

 米中関係が果たしてどこへ発展していくのか、緊張感をもって見つめる必要がある。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)

全文はソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/1e96dda7ec4e3d2cfa5d99dd0435512ca7db17bc?page=1