しかし、決して彼らの思い通りにはいかない。臨界点に達した国民の怒りが爆発し始めたのだ。法務部長官の息子の兵営脱走を証言する当時の党幹部は「秋長官のうそが私の口を開かせた」と証言した。権力による反則と特恵を目撃した国民は「母さんが秋美愛(チュ・ミエ)でなくてごめんね」と怒りを爆発させている。チョ・グク事件に次いで再びショックを受けた青年たちは「これが公正な国なのか」と怒りをあらわにしている。ある50代は、秋長官に悪く思われている韓東勲(ハン・ドンフン)をソウル東部地検長に任命し、息子の兵営脱走事件を捜査させようとする大統領府の要請に、生まれて初めて「同意」したという。これこそ国民の本音だろう。

 文政権を誕生させた原動力は、怒りの政治工学だった。野党時代、彼らは国民に向かって「なぜ怒らないのか」と言って権力に抵抗することを促した。傍観せずに街に出て石を投げるか、もしくは投票場に行けと言った。今や文政権が国民の怒りを反対に受けるときを迎えた。「KATUSA(在韓米軍に配属されている韓国人兵)は楽な軍隊」「飲食店でキムチチゲを早くくれと言うのが請託か」として国民を無能扱いする傲慢(ごうまん)な政権に苦汁をなめさせなければならない。インターネット上の記事に、ある市民が「怒りをぶつけろ」と書き込んだ。「われわれが沈黙すれば、彼らはわれわれを犬や豚として扱い続けるだろう」と。

(終わり)