ヘイトスピーチに全国初の罰則を設けた「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の全面施行から一日で三カ月を迎えた。ネット上のヘイト書き込みについて、市の専門家による審査会が削除要請を市に求める見通しとなる一方、排外主義的な主張を唱える団体による街宣活動は、なおも市内で続いている。執拗(しつよう)な攻撃にさらされてきた川崎区の在日コリアン三世、崔江以子(チェカンイジャ)さん(47)に受け止めを聞いた。(安藤恭子)

 東京・新大久保に端を発したヘイトデモは二〇一五年と一六年、崔さんが暮らす桜本地区に押し寄せた。

 「死ね、殺せという言葉がひたすら続き、助けてと声を上げても届かなかった。あの時の絶望と比べ、今は川崎市が条例という形で、市民の盾になって守るんだ、と示してくれている。これは絶対的な安心感。ずっと前に進み続けているという確信があります」

 崔さんは、この間の歩みをこう振り返った。市条例は市の勧告や命令に従わず、ヘイトデモを繰り返した者に刑事罰を定めているほか、ネット上の差別表現についても拡散防止措置をとると明記している。

 ツイッターなどで一六年以降、崔さんや当時中学生の長男を名指しした執拗な書き込みが続いた。サイト運営者への削除要請や法務局への人権侵害救済の訴え、脅迫容疑での刑事告訴など、個人でできる対応は全てやった自負がある。

 ただ、それは自分への攻撃の言葉を確認し、どう傷付き、怖い思いをしたかを見つめる作業でもあった。

 「調書の作成など、被害を立証するというのは、時間的にも精神的にも負担が大きい。被害に遭った他の人たちに後に続いてくださいとはとても言えない道」

 条例に基づけば、個人の負担は軽くなる。崔さんは自身を標的にしたヘイト書き込み三百件を市に提出した。ただ、これまでに審査会に諮問されたのは九件のみで他は市が精査中だ。「ネットの書き込みは日々拡散され、スピーディーさが求められる」と崔さん。今の審査会の開催頻度では間に合わないと感じている。

 条例施行後も、川崎駅前で保守系団体による街宣活動は続く。九月二十日には在日コリアンを「不逞(ふてい)のやから」と蔑視する発言のほか、発言の確認に訪れた市職員に対し「この演説のどこがヘイトスピーチか」「川崎を取り戻す」と挑発的な言葉も飛び出した。

 「全国で初めての条例。市にも運用にとまどいがあると思うけれど、差別根絶を願う市民が条例を後押ししている。市が行っている街宣の調査や審査会の手法も、検証は必要だと思う。市はその判断がブラックボックスにならないように摘録や議事録を公開し、どう議論がなされたか示してほしい」と崔さんは願った。

東京新聞 2020年10月1日 07時25分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/58934

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「条例は希望のともしび。差別根絶に向けて後押しするのも市民の力だと思う」と話す崔江以子さん=川崎区で