http://www.kyeongin.com/mnt/file/202011/2020110501000176900008991.jpg
■「北朝鮮学界の伽耶史研究」チョ・ヒスン著。440ページ。2万ウォン

在日同胞出身で北朝鮮に渡って韓日古代史研究を進めたチョ・ヒスン博士は、任那は伽耶家が日本列島に建設した小国、分国というキム・ソクヒョンの分国説を継承した学者だ。1988年「初期朝日関係史(上)」を通じて今の岡山吉備地域に伽耶の分国である任那があったと論証した。

チョ博士は分国説を一般読者により簡単に伝えるために「任那日本府解剖」を2012年刊行した。伽耶史について韓国と北朝鮮の学界は同じ国を研究したとは思えないほど乖離が大きい。建国時期、国の名前、任那およびヤマト倭(ウェ)に対する見解など全て平行線をたどる。さらに大きな問題は韓国学界の伽耶史は研究自体が貧弱だということだ。

この本の解説を引き受けたイ・ドクイル、ハンガラム歴史文化研究所所長は「日本人学者が韓国史を歪曲した理由は『任那日本府』を事実だと強弁するためであり、彼らが言う任那日本府説の要諦は『西暦369年にヤマト倭が伽耶を占領し、任那日本府をたてて西暦562年まで支配した』ということだ。その核心は『任那は伽耶』という説だ」と説明した。

日本が韓半島の南地方は日本ヤマト政権の植民地だったと主張する任那日本府説を操作した理由は朝鮮を植民地統治するための論理的根拠を用意するためであり、今も変形された任那日本府説が日本の学者と韓国の歴史学者の間に広く流布しているとされる。

しかし、この本に見られる北朝鮮学界は「紀元前1世紀末頃に封建小国が形成され、1世紀初頭頃に北方から来たキム・スロ(金首露)王が既存の支配勢力と妥協して支配権を確立し、1世紀中盤頃に伽耶連合体を形成した」と説明している。

さらに進んでこの本は韓国講壇史学界の3世紀伽耶建国説は文献資料はもちろん考古学的発掘結果とも一致しない非学問的主張であると指摘する。

/キム・ヨンジュン記者

ソース:京仁日報(韓国語)'任那は伽耶が日本に作った小国'…北朝鮮学界分国説研究した第一学者
http://www.kyeongin.com/main/view.php?key=20201105010000899