(畔蒜 泰助(笹川平和財団主任研究員))

プーチンの頭の中で何かイレギュラーなことが

 キエフ侵攻の最終的な引き金は何かわからない。プーチンの中で何かが変わったとしか考えられない。

 プーチンは長年にわたり、安全保障や経済での計算も同時に行って現実的な対応を行ってきた。ここまでは、かなりうまいなと思ってきた。今回の事態に至るまでの過程でも、中国に対するアメリカの懸念をうまく使ってきたし、ウイリアム・バーンズなどがおこなったアメリカ対ロ外交の反省の線にも乗ってきた。

 そのせっかくうまくいっていた路線を、プーチン自身が壊してしまった。

 プーチンはソ連邦の復活を構想しているという見方もあるようだが、彼の話を聞いているとそうではない。彼の頭の中にあるのは明確に旧ロシア帝国の地図だ。「ルースキー・ミール(ロシア世界)」という世界観だ。ロシア語話者が拡がっている世界をまとめた領域。それが中国が「中華圏」を考えるように、ロシアのものとなっている世界なのだ。

 新型コロナ感染の中、プーチンも自主隔離の中、クレムリンにこもって、このルースキー・ミール関係の書籍や地図を読みあさっていたという噂がある。真偽の程は確認できないが、何か特殊な世界観にでもとりつかれたとしか、その行動は理解できない。

 もちろん旧ロシア帝国の領域全てを軍事的に支配するなどということは出来ない。だが、プーチンはそういう地図を頭に描きながら今のウクライナ侵攻を行っている。だから、主力は口実としていたドンバス・ルガンスクではなく明確に首都キエフを獲りに行っている。しかし、帝国の領域を回復する、もしくは守るつもりで具体的な計算や戦略の元に行動しているとは、到底思えない。

もはや恫喝という意味しかない
 プーチンはこれまで自身がやってきた、国際関係の改善の積み上げを、自らの手で壊してしまった。アメリカとの戦略ゲーム、エネルギー輸出を通じた経済関係の構築。いい感じできていた流れをちゃぶ台返しをしてしまった。

 だからこそ、今回のウクライナ侵攻にはなにかイレギュラーなものを感じる。歯車が大きく外れてしまって軌道修正が効かなくなってきているのではと思えてしまう。今までのプーチンでは考えられない方向に進んでいる。だから今後の展開を考えると恐ろしい。

 プーチンが元々描いていたシナリオは、何度の説明したように第2のキューバ危機の演出だったと思う。ロシアは冷戦終結後30年間の欧州安全秩序のあり方に明確な不満を持っていて、それを交渉で変えようとやってきた。それが変えられない、アメリカが拒否するとなったとき、ベラルーシに核ミサイルを置く、ということでキューバ危機を演出するというのが次のステップとして考えられていた。

 このストーリーラインとは全く外れたウクライナ侵攻で、事態は大混乱となっているが、前編で説明したように、このシナリオ自体はまだ生きていると思う。

 しかし、ウクライナの泥沼化という全く不確定な要素、戦争の感情的側面が混じってくると、1963年のキューバ危機の時と同じような純戦略的なゲームに入ることは出来なくなる。さらにロシア経済の急悪化の問題もある。これでは偶発的に何が起こるかわからなくなってくる。

 長くプーチンを見てきたが、彼がこんな戦略的失敗を犯すとは想像できなかった。ルースキー・ミールの世界観を一方で持っているとは言え、そこはバランスを取ってギリギリのところで最後はうまくやっていくというのが彼だった。

 現実問題として、核の均衡に持ち込もうとしても、ウクライナ問題が決着してからでなければ交渉自体が不可能である。しかも、その段階では、経済制裁に対する対抗措置という意味合いになってしまう。つまり戦略的安定性の追求ではなく、単なる「逆ギレの核恫喝」となってしまう。それを行ったところで国際社会が恫喝に屈するとは考えづらいが、ロシアにそれしか手段がないとなると、その方向に進む可能性が高い。

 事実上、第2次世界大戦直前の日本並みに経済封鎖されてしまって、一歩間違えると、同じような行動を取るかも知れない。

 ドネツク・ルガンスク独立承認が満州事変段階だとすると、ウクライナ・キエフ侵攻が盧溝橋事件。ウクライナでは日中戦争のような泥沼化が起きえる。そして国際社会の経済制裁はかつてのABCD包囲網、対日原油禁輸措置並みのインパクトがある。

 その先は真珠湾攻撃への一本道だが、これは想像するだに恐ろしい。ロシアは核を持っているのだから。

全文はソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c5bcb58306232a28ce32847de1e5b996698fce1?page=3