関東大震災の混乱下、多くの在日朝鮮人がデマによって軍や民間人に虐殺されたのは揺るがぬ歴史の事実だ。それをゆがめかねない事態が、東京都の人権行政の現場で起きた。

 都の委託を受けた外郭団体が美術家の飯山由貴さんに依頼した人権企画展で、上映が予定されていた映像作品に、都の人権部が待ったをかけた。

 作品は、戦前に都内の精神科病院に入院した朝鮮人患者の診療録を読み解き、虐殺事件を研究する歴史学者のインタビューなども収めた26分の映像だ。

 この作品は企画展の趣旨「障害者と人権」からそれている、というのが都側の言い分だ。

 都の人権施策の担当職員は作品を見て、疑問視するメールを外郭団体に送った。その際、学者の「日本人が朝鮮人を虐殺したのは事実」との発言について、「都ではこの歴史認識について言及をしていません」と指摘。朝鮮人犠牲者を悼む毎年9月1日の式典に、小池百合子知事が追悼文を送っていない「立場」を挙げ、事実と発言する場面に「懸念」を示したという。

 虐殺の史実は当時の官庁による複数の公式資料やその後の政府の報告書でも明らかだ。懸念すべきは職員の認識のほうだ。

 当の小池氏は、今年の式典まで6年連続で追悼文の送付を見送っている。虐殺の史実には「様々な見方がある」「歴史家がひもとくもの」などと述べ、すべての震災犠牲者に哀悼の意を表すると正当化してきた。

 そんな不見識な対応こそが、誤った見方を現場の職員にもたらしたのではないか。小池氏の責任は極めて大きく、見過ごせない。自らの姿勢が招いた事態と重く受け止め、史実に正しく向き合って社会にメッセージを発する大切さを認識すべきだ。

 作者らが経緯を先日公表したのを受け、都側は虐殺を事実とする内容が中止の理由ではないとしつつ、職員が送ったメールの表現は「稚拙だった」と釈明した。だが、それで済む話ではない。重要な人権施策を担う職員が組織として対応したのであり、問題の所在を詳しく調べて明らかにするべきだ。

 都側は作品について「主に在日コリアンの生きづらさに焦点が当たっている」と評するが、作者は今を生きる在日の人々の境遇も、当時の体験者の精神的な苦悩を伝えるうえで欠かせない要素だと反論する。作品への評価は、見る人それぞれに委ねればよいのではないか。

2022/11/2 5:00
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S15462554.html?iref=sp_rensai_long_16_article