(前略)

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19年8月、ソウル日本大使館前で会見する強制徴用被害者の梁錦徳(ヤン・グムドク、中央左)さんと李春植(イ・チュンシク)さん。93歳の梁さんは「謝罪なくしては死んでも死にきれない」と明かす。筆者撮影。

◎「日韓関係」に還元することをやめよう

日韓政府間の合意が今後どうなるかは分からない。前述してきたように、お金でフタをする以外のアプローチが求められているにもかかわらず、それを提示できない場合には一悶着も二悶着もあるだろう。

本稿を締めるにあたって、どうしても私が日本の皆さんに向けて書いておきたいことがある。それは、いわゆる徴用工問題を考える時に条件反射的に「日韓関係」という枠組みを当てはめないで欲しいということだ。

俵万智さんの作品に『サラダ記念日』という一世を風靡した歌集がある。「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」という代表的な短歌を目にしたことがある方も多いだろう。

だが18年10月30日の大法院判決以降、私が見てきた日本社会の様子は「『この判決はダメ』と安倍さんが言ったから十月三〇日は韓国批判記念日」とでも表現できるものだった。

徴用工問題と日韓関係を一直線で結びつけることによって、国家というブラックホールに個人の名前や考えが埋没してしまい、思考停止に結びついてしまってはいなかったか。

実際、日本にはたくさんの方が住み、人それぞれの考えがあるはずだ。

しかし、この件に限り新聞やテレビといったマスメディアを通じ流れてくるのは、「韓国は過激」「韓国はあり得ない」といった批判ばかりで、過去、辛酸を嘗めた個人が企業を相手に失われた尊厳を回復することへの共感はほとんど見えなかった。

私には、日本に住む方がすべてそう考えているとは到底思えないにもかかわらず、だ。

そして、安倍さんの死があった。過去数年、日本で絶大な存在感を持っていた安倍さんの死については、白昼堂々政治家が暗殺されたという点で社会として悲劇であるし、家族とのお別れもできないまま世を去らざるを得なかった事を個人としてもとても可哀想に思う。

しかし、一歩引いて考える場合、安倍さんの退場は韓国を対立関係ではなく隣国・隣人として捉え直す「遠景」になり得るのではないか。「人の死を利用するのか」と怒られるかもしれないが、私は記者として、また責任ある知識人としてこう問わずにはいられないのである。

徴用工問題を考える際には、安倍さんも文在寅さんも、尹錫悦さんも岸田さんも思い浮かべる必要はないはずだ。

好きなドラマの主人公や歌手でも、実際に旅行で出会った人でもいい。毎日の生活が笑顔と共にあることを願う人々の顔を思い浮かべてほしい。国ではなく、人の顔を思い浮かべる余裕を持ちたい。その先にあるのが徴用工問題であり、慰安婦問題だ。

こんな考えを皆がすぐには持てないにしても、これまで日韓を行き来してきた人、普段から韓国文化に触れてきた人には、それができるはずだ。来たる日韓合意に向け、その一歩を色んな形で踏み出してみてはいかがだろうか。日韓関係とは政治家間の関係ではなく、隣人との関係であるのだから。(了)

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。「ニュースタンス」編集長
11/24(木) 13:42
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20221124-00325333