(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

異論抑えて臨んだ日韓首脳会談、見返りの少なさに保守派も尹錫悦擁護を躊躇

 韓国の尹錫悦大統領は、国内の世論を押し切るかたちで元徴用工問題の解決に取り組み、訪日して行った岸田首相との首脳会談で、日韓のシャトル外交を復活させた。尹大統領の行動は、韓国の国益という観点から極めて意義深いものであった。

 しかし、元徴用工や市民団体の主張よりも日本側の立場に近い線で問題解決を図ろうとする尹錫悦政権に、前大統領の文在寅派などから激しい批判が浴びせられることになった。文在寅派による批判には驚かない。問題なのは保守派でも尹錫悦大統領の擁護に躊躇するようになってきていることである。

「国賓訪米」で支持回復を見込んでいたが…
 文在寅派の反対は想定されていたことだった。

 それでも尹大統領が徴用工問題解決案を発表した時点では、大統領を支える保守派の結束は固いかと思われていた。解決案発表直後に行われた、与党「国民の力」の代表選挙では尹錫悦氏に近い金起鉉(キム・ギヒョン)氏が1回目の投票で選ばれ、最高委員も尹大統領に近い人々で固めた。

 ところが、尹大統領の訪日で潮目に変化が出てきた。日本の立場に寄り添ったつもりだった尹大統領だったが、岸田首相との首脳会談で、韓国側が期待していたほどの「見返り」が日本から提示されたかったことから、韓国保守層の結束が揺らぎはじめているように見える。これがいま尹錫悦大統領の外交姿勢を強く批判する動きに結びついている。こうした流れがどこまで続くのか懸念される。

 尹大統領は、徴用工問題の解決案発表の翌日、バイデン米大統領から国賓として招待され、4月末に米議会で演説することも決まっている。また尹大統領の徴用工問題解決に向けた行動は、欧州諸国の外相等からも評価されていた。

 尹大統領にとって米国訪問は、日米韓を中心に西側諸国との固い連携をとる韓国の外交姿勢を表明する良い機会になるだろう。同時にこの米国訪問が大統領の外交の成果となれば、「失地回復」にも結び付くという期待もある。

 ところがそうした中、米国政府の機密文書流出によって、米CIAが韓国大統領室の国家安保室を盗聴・通信傍受をしていたことが濃厚となった。そのため米国と米国を庇おうとする尹政権に対し、野党を中心に「軟弱外交」として強い非難が生じている。

 訪米を機に支持率を高めようとしていた尹大統領にとって、先行きが危ぶまれる事態となっている。

(略)

 最近の尹錫悦大統領の支持率低下の原因として、保守層の支持が揺らいでいることは気がかりである。もともと革新系は尹大統領を支持しない、中間層の支持率は高くない。そこに来て基盤である保守層の支持が揺らいでいることは尹大統領の今後の政権運営に悪影響を及ぼしかねない。

 しかもその発端となったのが対日関係であり、韓国国内では、先般の大統領の訪日においては韓国側から一方的に譲歩し、日本側の持ち出しはないとの認識が広まっている。尹大統領にとって今後対日関係で動ける余地は少なくなっている。

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 日本側としては、このサミットを機に日米韓の連携を一層強化させることはもちろん、日韓関係を今後どのようにしようとしているのか、明確な展望を持って尹大統領との会談に臨むことが必要だろう。そのためにも、日韓の経済関係をいかに強化できるかポイントとなろう。

 その象徴的なものは、半導体素材の輸出に関し韓国を、輸出手続きが簡単な「ホワイト国」へと復活させる措置である。そのための条件を整備させるべく話し合いを加速化させる必要がある。また日韓のビジネス連携を深めることが重要である。

(略)

 ハッキリ言えば、尹政権を窮地に追いやり、文在寅氏やその支持者グループの復権を手助けすることは日本の国益を害することになる。これまでの韓国のちゃぶ台返しによって、日本国民の韓国への不信感が募っているのはわかるが、その原因を作ったのは韓国の革新系政党と市民団体である。今後の日韓関係を考えれば、日本としても、韓国に革新系の政権が再度誕生しないようにするために尹錫悦政権と協力していく以外ないことは疑いのないところである。その意味で現在は重要な分岐点に差し掛かっている。そうした視点で日韓関係に取り組むことが重要である。

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https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74786