ー前略ー
 「政府として朝鮮人虐殺をどう受け止め、どのように反省しているのか(中略)、おうかがいします」

 という質問があった。これにたいする松野長官の答えが、

 「お尋ねについては、政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」

 というものだったのである。

 この回答にたいして、記者席からはかさねて、「朝鮮人虐殺を否定するような、歴史修正主義的な見方もあるが、
政府として事実関係を調査する意向はあるのか」という質問が出たが、それについても松野長官は、

 「先ほども申し上げましたとおり、政府として調査した限り、政府内において事実関係を確認することのできる記録が見当たらないところであります」

 と回答したのである。

 「政府内に記録がない」というのは、にわかに信じがたいが、専門家はどのように見るのだろうか。

・記録は存在する
 『大正大震災 忘却された断層』(白水社)の著書があり、政治思想史が専門の甲南大学教授の尾原宏之氏は、

 「まず、関東大震災における朝鮮人・中国人への迫害について書かれた政府文書の存在、ということであれば、
司法省、内務省、軍、朝鮮総督府などの文書が多数あります。
研究者からは加害の矮小化や隠蔽が批判されていますが、司法省刑事局「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」、
内務省警保局「大正十二年九月一日震災後に於ける警戒警備一班」といったウェブでも読める文書も、虐殺が発生した事実は認めています。

 また、部分的には朝鮮人殺害の実行犯は検挙され裁判もされているので、裁判記録も存在しています。
震災後の衆議院では、政府の責任が追及されました。中国人に対する危害については、
日本の外務大臣が遺憾の意を表明している文書もあります。

 もはや正確に把握できない被害者総数や、デマ流布の責任、軍・警察の関与の程度には議論があるでしょう。
ですが、松野長官への質問は、朝鮮人虐殺そのものの受け止めです。
『政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない』という回答は、虐殺それ自体の記録が見当たらない、
と言っているように聞こえます。

 深刻な迫害があったことは公的な文書からもうかがえるので、批判されても仕方ありません。
松野長官の発言はむしろ、今後とも事実関係を把握するつもりがない、ということだと思われます。

 松野長官は、この回答につづいて、ヘイトスピーチや外国人の人権問題に長い回答をしていますが、
一方で、この朝鮮人虐殺についての答えは、だいぶ大雑把です。端的にウソといわれてもしかたがない内容だと思います」

・知らぬ存ぜぬでやりすごす
 ー中略ー

 「朝鮮人・中国人の虐殺事件については、いわゆる『歴史修正主義』的な見方が存在します。主要なのは、
(1)当時の政府が発表した数字に基づいて被害者数を局限する、
(2)公文書などにも多く記載されている「不逞鮮人」は実在したので自衛のためにやむを得なかった、といったものです。

 しかし、日本政府がこれらを公式見解として発表すると、今までの学術研究の成果に反してしまうし、
韓国や中国はもちろん国際社会からの非難は避けられず、難しい状況になるでしょう。

 一方で、謝罪に直結しかねない調査をすることは、自民党の支持基盤である保守層の気持ちを逆撫でするような行為であるという点で厳しい。
ということで、今回のように、とりあえず知らぬ存ぜぬで100周年が過ぎるのを待つ、ということだろうと思います」

 松野長官は、同じ会見で、「ヘイトスピーチやヘイトクライムは許されない」としている。
しかし、歴史上の事実から目を背けようとするような回答のあとでは、「許されない」という言葉も軽いものに思えてしまう。

週刊現代(講談社)
9/1(金) 7:34配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/2fbd083298d6ee6ff1de6b12d5403901001a69a3