米司法省は先月、医療用麻薬「フェンタニル」などの密造などに関与したとして、中国本土を拠点とする8企業と従業員らを起訴した。
財務省も、フェンタニルの密造・密輸に絡み、暗号資産(仮想通貨)口座で数百万ドル(数億円)を受け取っていたとして、
中国と香港を拠点とする12企業と13個人を制裁対象に指定した。
フェンタニルは、米国での薬物蔓延(まんえん)の最大の原因とされる。メキシコの麻薬マフィアが生産しているが、
原料を供給しているのは習近平国家主席の中国である。ジョー・バイデン米政権の激しい怒り。「現代版アヘン戦争」に、
キヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司氏が迫った。

筆者は9月末、出張で米ニューヨークを訪れた。米ハーバード大学で研究員をしていた10年前から、この町に来ると必ず立ち寄る地域がある。
中心部のマンハッタン島の北東部、イースト・ハーレムといわれる地区だ。
最も治安が悪い地域の一つで、昼間でも一人で歩いていると身の危険を感じることがある。
夕方の同じ時間に訪れて定点観測をしている。格差や治安など、米国が抱える問題点を肌で感じることができるからだ。

前回この地を訪れたのは、世界中にコロナ禍が拡大する直前の2020年3月。その風景は大きく様変わりしていた。

路上にいるホームレスが急増していたのだ。若者や女性の姿もあった。米国はコロナ後の不況から回復し、景気は堅調だ。
市中心部だけを見ていると、高級レストランやブランドショップの客足は戻っていた。

一方で、急激なインフレをもたらし、昨年前半の消費者物価指数(CPI)は9%近くに達した。
生活費の高騰に耐えきれない人々が、路上生活に追い込まれた構図が見て取れた。

そして、もう一つ気になったのが、ホームレスの人々の姿だった。頭をうなだれて徘徊(はいかい)したり、ぐったりしたりしている人々を散見した。

モルヒネの数十倍の強度があるといわれる合成オピオイド「フェンタニル」によるとみられる症状だ。
末期のがん患者の苦痛を緩和するために開発された薬だが、米国では若者を中心に過剰摂取が問題になっている。
21年の薬物の過剰摂取で死亡した約10万7000人のうち、約3分の2はフェンタニルが原因といわれる。

そのほとんどが、メキシコのマフィアから密輸されたものだが、その原料を供給しているのが中国だ。

ドナルド・トランプ前政権の要求で、中国政府は19年、フェンタニルの輸出規制を強めた。
だが、昨年8月、ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問すると、中国政府はフェンタニルの規制担当の交渉ルートを閉ざした。

アントニー・ブリンケン国務長官は6月と7月、中国外交トップの王毅共産党政治局員兼外相に対し、フェンタニルの対策強化を求めた。

米財務省は10月3日、フェンタニルなどの密造や密輸に関与したとして、
中国を拠点とする12企業と13個人を含む28の企業と個人を制裁対象に指定した。
また司法省は、中国を拠点とする8企業と従業員12人をフェンタニルの密造などの罪で起訴した。

メリック・ガーランド司法長官は記者会見で、
「米国人に死をもたらすフェンタニルの国際供給網は多くの場合、中国の化学会社を起点としている」と非難した。

1840年のアヘン戦争では、中国は被害国だった。米中対立が先鋭化するなかで、
「現代版アヘン戦争」ともいえる状況は収束する兆しは見えない。 (キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・峯村健司)

2023.11/4 10:00
https://www.zakzak.co.jp/article/20231104-KNIA2MO7VFIRBOZN6FAZ43EXHI/