対立の時代に逆戻りすることのないよう、日韓両国は信頼構築の努力を続けなければならない。

 ソウル高裁が、元慰安婦の女性らへの賠償を日本政府に命じる判決を出した。国家には他国の裁判権が及ばないとする国際法上の原則「主権免除」を認めなかった。

 裁判所がある国における「国民に対する不法行為」には、主権免除が認められない場合があるという判断を示した。

 だが、国際司法裁判所(ICJ)が主権免除の例外と認めているのは拷問とジェノサイド(大量虐殺)に限られる。人道に反することが理由だ。ソウル高裁の判断には無理があるのではないか。

 日本政府は訴訟に応じておらず、判決はこのまま確定する見込みだ。ただ政府の在外資産はウィーン条約などで保護されるため、差し押さえるのは難しい。

 2年前の1審判決は主権免除を認めて訴えを却下するとともに、2015年の慰安婦合意に基づく事業が「救済措置」になったと踏み込んだ判断を示していた。

 日本が責任を認めて資金を拠出し、韓国が設立した財団を通じて元慰安婦の名誉と尊厳の回復を図った事業だ。存命だった元慰安婦の7割超が受け入れた。

 国家間の合意は尊重される必要がある。財団は韓国の文在寅(ムンジェイン)前政権によって解散させられたが、日本の拠出した資金は残っている。合意の精神を生かす活用法を両国で考えるべきだ。

 日本の植民地支配に起因する請求権の問題は1965年の国交正常化時に解決済みとされてきた。だが韓国司法がそれに反する判断を相次いで出したことで、両国関係は「国交正常化以降で最悪」と評されるまでに悪化していた。

 流れを変えたのは、尹錫悦(ユンソンニョル)政権が今年3月に徴用工問題の解決策を提示したことだ。

 首脳や閣僚を含むさまざまなレベルで政府間対話が進み、北朝鮮による核・ミサイル開発や米中対立の長期化への対応で協力の機運が高まった。民間交流も活発化し、関係悪化とコロナ禍で落ち込んだ人的往来が急速に戻っている。

 慰安婦など歴史に関わる問題は国民感情を刺激しやすい。対立の再燃を避けるための協力が両国の政治指導者に求められる。

毎日新聞 2023/11/25 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20231125/ddm/005/070/108000c