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 そんな日本アニメの海外での立ち位置が大きく変わったのが「配信」だ。

 2015年に日本に上陸した「Netflix」や「Amazon Prime Video」、日本アニメ配信会社「Crunchyroll(クランチロール)」といった配信サービス会社が1作品ごとに「配信権」を購入するようになる。視聴者が多く見込める人気作品であれば価格を上げることも可能だ。そして配信により、日本アニメは海外でも日本とほぼ同時期に視聴できるようになった。

 その「配信」がアニメファンだけでなく、各国のファミリー層にまで普及したのが2020年コロナ禍の時期だ。娯楽が限られた中、自宅で楽しめる映像作品の需要が急速に高まった。『進撃の巨人』『鬼滅の刃』などのヒット作を通じて日本アニメが世界中の一般家庭に浸透していく。「日本アニメ」というジャンルそのものが「子どもとニッチ層が楽しむもの」という認識から、「実写やディズニー、ピクサーと遜色ない大人にも見応えがある映像作品」という地位を獲得していく契機となった。

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 “マイナー”な存在の日本アニメを、現地の劇場にかけて成功させるにはハードルが高すぎた。

 そこを突破したのが2016年の中国、2017年の韓国での『君の名は。』劇場公開だ。現地では熱心な新海誠監督ファンが劇場に詰めかけた。評判を呼び客層が広がり、中国の興行収入は5億7500万元(約111億円)にも上った。

 前出の『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか? 』で数土氏はこのように振り返っている。
「日本映画が日本以外の国で100億円に近い規模のヒットとなった衝撃は大きかった。それまでのテレビ放送や動画配信だけでなく、劇場興行でも海外ビジネスの可能性があることを日本のアニメ業界に気づかせた」

 ここでもアジアでの劇場公開とヒットがターニングポイントとなった。

 アジアでの『君の名は。』大ヒットの要因として、中国や韓国などアジア地域では新海誠監督作品が浸透していたことが挙げられる。
新海誠氏は文春オンラインのインタビューで、 初期の『ほしのこえ』(2002年)などの作品がDVD販売がない中国や韓国でも海賊版を通して観られており、熱心なファンが存在したこと、アジア地域では子ども時代に日本のアニメを見て育った層が厚く、その積み重ねが『君の名は。』ブレイクに繋がったと語っている。
また新海氏は本インタビューで、アジアでの『THE FIRST SLAM DUNK』ヒットについても、「ジャンプ作品の認知度の高さ」と「原作者・井上雄彦氏にファンがついている」ことを理由として挙げている。

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 2023年は、日本アニメが「海外劇場公開の道を拓いた」記念すべき年として語られることになるだろう。

 『THE FIRST SLAM DUNK』もまた、まさにその象徴となる作品のひとつだ。
本作のアジア圏を含めたヒットの背景には、作り手や送り手の地道な努力、ブーム経験世代と新たな世代の融合、海外での日本アニメ浸透、業界の仕組み作りなど、幾重ものレイヤーがピタリと重なるミラクルがあった。

 『スラムダンク』ブームに沸いた1990年代から30年が経つ。マンガ、アニメ等は「コンテンツ」「IP(知的財産)」とも呼ばれるようになり、アニメは3兆円という日本の主力産業のひとつに成長した。
今手にしている果実は、人々が長い時間をかけて育てたものである。作り手と業界のトライ&エラー、世界中にいるファンの情熱とエール。名もなき地味な行いの積み重ねこそが切り拓く地平がある。

渡辺 由美子(アニメ文化ジャーナリスト)
https://news.yahoo.co.jp/articles/8f825dbb378012a6f71db3ea8b226db58d48593b?page=1