元寇げんこう の舞台として知られる長崎県松浦市・鷹島沖の鷹島海底遺跡での発掘調査について、
国学院大の池田 栄史よしふみ 教授(水中考古学)による成果報告会が島内で開かれた。
昨年10月に海底で確認した木製の構造物について、池田教授は3隻目の元寇船の可能性があると改めて指摘し、
今後の調査の重要性を強調。2度目の元寇・弘安の役(1281年)から750年となる2031年を「一つの節目」とし、
船体の引き揚げなどに向けて取り組む意欲も示した。(小松一郎)

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・3隻目の可能性
 鷹島沖では弘安の役で、元寇船約4400隻が暴風雨に遭い、壊滅したとされる。池田教授は約30年間、同遺跡の調査に携わり、
2011年に水深20~25メートルの海底で1号船(推定全長約27メートル)、
15年には水深約15メートルの海底で2号船(同約20メートル)が見つかった。

 2号船近くの海底では音波探査の結果、元寇当時の海底面とされる「元寇面」で特異な反応があり、
突き棒調査でも手応えがあったため、昨年10月に試掘。松浦市教育委員会によると、最大水深約18メートルの海底で、
元寇船の特徴である船内を仕切る「隔壁」や、船体の側面の「外板」の一部とみられる木材が確認された。
隔壁とみられる木材の横から、13世紀後半から14世紀前半に作られたとされる中国の 壺つぼ や皿も出土した。

・江南軍の船か
 報告会は1月30日に市立鷹島公民館で開かれ、島民ら約60人が来場。池田教授は新たに確認した木製構造物について、
「規模と構造がきちんと把握できていない。船である可能性は高いが、来年度以降の調査にかかってくる」と述べた。

 市教委などによると、弘安の役では、朝鮮半島から「東路軍」900隻(4万人)、
中国・江南地方から旧南宋の「江南軍」3500隻(10万人)が進発した。
1、2号船は、当時の中国南部の船の特徴とされる竜骨、隔壁などで構成されているとみられ、江南軍の船だったと考えられている。
新たに確認された木材も隔壁の一部とみられることから、江南軍の船の可能性がある。

 報告会で池田教授は元寇船について、「他にも掘れば出てきそうなところは何か所かある」と解説。
「高麗の船は船底が平らで、中国船とは構造が違う。鷹島周辺からは高麗産の遺物も出ている。高麗の船も探したい」と語った。

 ただ、水中での発掘調査は1日当たり60万~70万円ほどの多額の経費がかかるといい、
「国を含めた調査研究機関を松浦あたりに作れれば最高」と期待感を示した。

・搭載物の分析可能に
 これまでに見つかった元寇船は、海底で保存されている。船体の引き揚げについては、船体の構造だけでなく、
武器、武具といった搭載物の分析も可能になるとし、「軍事編成までの研究が出来るようになる」と意義を強調。
「(弘安の役の)1281年から750年は2031年。そのあたりをゴールにして、何とか考えられないかと、いろいろ動いている」
と語った。

◆鷹島海底遺跡 =鷹島沖に広がる約150万平方メートルの水中遺跡。
このうち、 神崎こうざき 港沖の約38万平方メートルが2012年、「鷹島神崎遺跡」として、
水中遺跡では初めて国の史跡に指定された。
一帯では、元寇船やいかり、元の国字「パスパ文字」が刻まれた青銅印、さく裂弾「てつはう」とみられる球状の土製品など
4000点以上が見つかった。

2024/02/02 09:39
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