昨年12月の週末、北京にあるタブレット型学習機の体験店に多くの親子が詰めかけた。小学2年の男児(8)が学習機に質問すると、内蔵された生成AI(人工知能)が数秒で回答した。「中国で最も北に位置する省は黒竜江省です」。対象年齢は3〜18歳で英語や数学、歴史など最大9科目に対応する。

 習近平シージンピン 政権は2021年7月、受験戦争の過熱を理由に学習塾の新設禁止を打ち出した。このため、子育て世帯では家庭学習をどう進めるかが悩みの種だ。母親(40)は「1人で勉強でき、費用も安上がり。こんなに役立つ『先生』はいない」と目を丸くする。

 学習機のメーカーは、生成AI大手・ 科大訊飛クォーダーシュンフェイ (iFLYTEK)。全土5万超の小中学校・高校で使われているという。昨年7月に投入した最新モデルは1台最高9999元(約20万円)で、自社開発の生成AIを搭載した。

 科大訊飛は10月24日、新たな生成AIモデルを発表し、劉慶峰会長は「性能面で(米オープンAIの)チャットGPTを上回った」と胸を張った。しかし、この日の同社の株価は1割の急落に見舞われた。

 「毛沢東は度量がない」「一部の人々は毛に不幸にされた」。ある児童が使用中、AI学習機はこんな文章を表示した。中国では毛の「偉業」を学校で教えており、伝え聞いた関係者が憤慨してSNSに投稿。AIモデルの発表日に拡散し、報道された。こうした評価は国外で流布しているが、「建国の父」に自らを比肩させて権威化を進める習政権下では、批判はご法度だ。

 科大訊飛はその日のうちに劉会長名で謝罪を表明し、関係者の処分やプログラムの変更を迫られた。ひと騒動に発展した背景には、習政権が昨年8月に施行した生成AI法規制がある。

 文章生成の中核技術となるアルゴリズムの審査を当局から受け、合格しないとサービス提供が認められない。中国のイメージを損ない、国家の統一と安定を揺るがす内容の生成が禁じられた。「中国で最も人気のある政治家は?」「文化大革命が失敗した理由は?」とAI学習機に尋ねても、回答は拒否される。

 共産党政権は、自身の見解とは異なる価値観や都合の悪い情報が生成AIによって広がれば、体制が揺らぎかねないと強く警戒する。チャットGPTなどの海外製は利用が認められていない。だが、幼少期から生成AIを通じて共産党の価値観がすり込まれるとどうなるか。

 「批判的な思考力や創造性などの能力に大きな影響を与える懸念がある」。国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)は昨年9月に発表した生成AIに関する指針で、学校の授業では利用を13歳以上に制限するよう加盟国などに求めた。強制力はなく、中国は年齢制限を設けていない。

 科大訊飛は19年、米商務省から輸出禁止対象の企業リストに掲載された。世界最先端といわれる音声認識技術が新疆ウイグル自治区で監視活動に使われているとして問題視された。少数民族を弾圧する国策への協力が同社のもう一つの顔と言える。

 AIと教育の関係を研究する専門家は「教育を通じて、生成AIが価値観浸透の武器にもなる」と懸念する。

読売新聞 2024/02/09 11:00
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240209-OYT1T50014/