政治資金問題で秘書が有罪判決を受け、次期衆院選への不出馬を宣言…政界引退へ

日本政界の大物で代表的な親韓派の二階俊博・元自民党幹事長が、次期衆院選には出馬しないと表明した。今年で85歳になり、事実上の政界引退宣言だ。歴代の自民党幹事長の中では最高齢(77歳5カ月での就任)、最長期間(5年2カ月)記録を持つ「政治の鬼才」も、昨年末から自民党を揺るがしてきた政治資金スキャンダルを避けることはできなかった。

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二階氏は12年の麗水万博の成功にも少なからず寄与した。二階氏は「麗水万博を契機として真の友好の時代を開こう」と、日本が真っ先に麗水万博参加の意思を表明するようにした。万博1年前には日本の旅行会社の代表らを連れて麗水を訪れ、日本で麗水万博ブームをつくり出そうとした。そのとき日本の一部で、独島が表記された韓国の万博PR地図が問題になった。すると二階氏は「私の目にはよく見えない。騒がずに隣国の祭典成功に力を貸そう」と説得した。二階氏は万博成功に寄与した功績により、翌13年に韓国大統領府で当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領から金塔産業勲章を授与された。

二階氏はその後もたびたび支持者を率いて韓国を訪れ、両国の協力の必要性を強調してきた。17年、18年には2年連続で自派閥の国会議員、地方議員など計300−400人を連れて来韓した。

10年には、自身の選挙区である和歌山市に、壬辰(じんしん)倭乱(文禄・慶長の役)当時朝鮮に帰化した日本軍の将帥・金忠善(キム・チュンソン)=日本名:沙也可=を追悼する記念碑を立てた。金忠善の子孫が集まって暮らす集落(集姓村)がある大邱市友鹿も訪れた二階氏は「日本が反省して贖罪(しょくざい)でき、真に両国の信頼のため努力できる心の表現」と語った。

二階氏は韓日関係において悪材料が生じるたび、舞台裏で「解決士」として動いた。18年10月の大法院(最高裁に相当)徴用賠償判決、19年7月の日本の半導体部品等輸出禁止で関係が悪化すると「まず日本が手を差し伸べて、譲歩できることは譲歩しよう」と語った。兄弟と呼び合うほど親しい関係だった朴智元・国家情報院長=当時=が特使として派遣されると「東京は見ている目が多すぎる」として大阪のホテルに衆院議員3人を連れて現れ、6時間にわたり解決策を模索した。韓日関係に明るいある外交官は「二階・元幹事長は、公式な場はもちろん私的な席でも韓日の友好関係を強調してきた」とし「今後、日本の政治家の中で誰が二階氏のような役割を果たせるか、分からない」と語った。

李河遠(イ・ハウォン)記者

朝鮮日報 2024/03/27 09:40
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