(抜粋)

 ただ、これまで報じられてきた各種世論調査をみる限り、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を支える保守系与党「国民の力」は劣勢を強いられている。

 改選前でも300議席中「国民の力」は113議席で少数なのだが、それがさらに減り、進歩系最大野党「共に民主党」を中心とした野党側が200議席にも達する圧勝をするのではないか、という見方も飛び交う。

 尹錫悦政権の支持率は、2022年5月に発足以来30%台という低空飛行を続けている。総選挙で与党が苦しいのも尹政権の評判が悪いことが最大の理由なわけだが、では、尹政権に大きな失政があったのかというと、ないのだ。なぜ、そこまで民心が政権から離れっぱなしなのか、腑に落ちないのだ。

 もちろん、「尹政権は『検察独裁』だ!」と声を荒らげる進歩(革新)系野党の熱心な支持者たちは、失政続きだと主張する。物価高や成長率の低下、さらには大統領の金建希(キム・ゴニ)夫人をめぐる複数の騒動(例えば高級バッグを無償で受け取る場面が隠し撮りされた)まで、あらゆる問題で尹大統領の責任を問う。

政策のせいで人気を落としたわけでもなく…

 だが、中道や保守の立場の人たちに話を聴くかぎり、夫人のスキャンダルはともかく、経済の課題は中長期の流れもあり、尹政権に大きな失政はないということにはおしなべて同意する。

 私が「日本では、自民党の裏金問題が発覚したことで岸田文雄政権の支持率は急落、と因果関係がわかりやすい」と言うと、韓国の人たちは「そうした明確な大失態は起きていません。確かに、なぜ尹政権が不人気なのかを外国の人に説明するのは難しいですね……」と苦笑する。

 そして、たいてい、しばし考え込んだのちに「政策がどうこうというより、彼(大統領)のスタイルというか、態度というか、物言いというか……。何を考えているのかわからないことが多すぎるんですよ」という具合に言葉を紡ぐ。

 国民とのコミュニケーションが、とにかく下手だというのだ。

 尹大統領のコミュニケーション不全の原因は、検事一筋で政治経験ゼロのまま大統領になったゆえの限界だとみる向きが強い。

 「法曹界では証拠をもとに有罪か無罪を争うだけだが、政界では有罪無罪を超えて国民感情が優先される」

 このように尹大統領から民心が離れているのは、日韓関係にとっては地雷のようなものだ。こちらの写真は、゙国氏の支持者がリュックにつけていたメッセージ。

 4月10日の投票を呼びかけたうえで、「今回の総選挙は本当の韓日戦」「親日売国政権を『大破』しよう」と書かれている。「大破」は、文字ではなく、例の長ネギだ。

 なかなか激しい言葉に私も身構えてしまったが、尹大統領の英断といえる徴用工訴訟問題の解決策についても多くの国民にその意義が伝わっていないことを端的に示す。

■対日・対北朝鮮政策でも反感募る

 もう1つ、韓国メディアで大きなイシューにはなっていないものの、今回の総選挙で注目に値するのは、「共に民主党」の李在明代表が北朝鮮と「近すぎる」人物たちに当選への道を用意したことだ。

 具体的には、比例代表用のミニ政党である「共に民主連合」に、左派少数政党である「進歩党」や「新進歩連合」などを合流させ、それぞれ3人ずつ、当選圏内である比例名簿上位に載せたのだ。

 とりわけ「進歩党」は北朝鮮からの指令を受けて韓国のインフラ施設を破壊する計画を練っていたとして憲法裁判所から解散を命じられたかつての極左政党「統合進歩党」の流れを汲む。

 与党「国民の力」はこうした動きに「従北(親北朝鮮)勢力が国防省の重要な資料に接して、北朝鮮に流す恐れがある」と声高に警戒する。北のスパイではないかというわけだ。これに対して「共に民主党」側は「時代錯誤のレッテル貼り」と反論する。

 スパイ云々はさておき、「進歩党」や「新進歩連合」から当選しそうな候補たちの過去の発言をチェックすると、「北朝鮮の核・ミサイル開発が加速するのは尹政権の強硬姿勢のせいだ」などと主張をして北朝鮮を擁護する色合いが濃いのは確かだ。

 総選挙を経て、韓国国会、ひいては社会全体で北朝鮮をめぐる理念対立がさらに激しくなりそうな雲行きだ。

池畑 修平 :ジャーナリスト、一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所理事
https://news.yahoo.co.jp/articles/5744e28373c170412ec771f7dae00821d35027ac?page=1