ー前略ー
 地震発生時から3時間後の台湾の避難所の様子は衝撃だった。
日本の避難所と似た体育館にはプライバシーが守られたテントが整然と並び、テントの中には簡易ベッドが置かれ、
避難者に温かい食事が配られていた。外には仮設トイレが何台も並び、シャワールームだってある。
目を疑ったのはマッサージのサービスや、通信会社による無料Wi-Fiサービスがすぐに始まったことだ。備えればできるのだ。
やろうと思えばできるのだ。世界有数の地震大国でありながら、十分な被害の想定もできずに右往左往する政府との違いを
見せつけられる。

 地震のちょうど1週間前、私は仕事の関係で台北にいた。台湾は今、生理用品が熱い。アジアで最初に吸水ショーツをつくり、
月経カップやディスクを開発し、女性身体への保守的な意識を変革しているのは若い世代の女性たちだ。
それに伴い、性教育もかなり変わってきているというので視察をしたのだ。これが驚きだった。

 民間と行政が連携して運営する施設では、幼稚園児が排卵・生理・生殖・出産の仕組みを、女性器や男性器に見立てた滑り台や
ボールプールやトンネルなどで遊びながら学んでいた。しかも子ども自ら卵子や精子になって滑り台で移動したりしているのだ。
「はい、今から精巣から飛び出て膣に入りましょう!」と年配の女性の先生が号令をかけると、数十人の子どもたちが
膣に見立てたトンネルにぞろぞろと移動する。
その様子に「え、この滑り台、ペニスってこと?!」と一瞬ひるんでしまうのだけど、そこにはもちろんエロ要素はゼロ、
完全にゼロだ。しかも保護者の8割が父親で、子と一緒にリラックスした雰囲気で性教育授業を受けている。
日本では何一つ要素がない、あまりにも画期的な性教育現場だった。

 日本でも話題になったオールジェンダートイレも視察した。昨年、新宿歌舞伎町に性別で分けないオールジェンダートイレ
(「ジェンダーレストイレ」と呼ばれていた)が新設されたが、女性を待ち伏せする男たちや、
男が女性の個室の前で尿の音を聞いているなどの問題が続き、たった4週間でコンセプトそのものが終わった。

 性別で分けられるトイレを使うことに困難を抱える人がいる。
一方、車椅子ユーザーのトイレが性別で分けられていないことにストレスを感じる当事者がいる。
また、トイレが女性に対する性暴力の現場になってきた歴史的事実(現在進行形の)を考えれば、トイレは性別で
分けてほしいという女性たちの切実がある。
どのような公衆トイレが正解なのかは、社会の合意が必要だが、議論することすら難しい空気がある。
ただわかっているのは、歌舞伎町のジェンダーレストイレの混乱が示したように、
日本では女性用トイレが「エロ化」されてしまっている現実があるということだ。 

 台湾ではどうだったか。私が見たのは台北最大規模のオールジェンダートイレで、設計や考え方は歌舞伎町のものと似ていた。
扉は全て閉まっており、入り口にどのトイレが空室かを示すランプがついている。個室の扉には便器のマークがわかりやすく描かれ、
座る便器、しゃがむ便器、立つ便器、車椅子用、オムツ替えられる用、子ども用の低めの便器と種類も多い。
緩やかなカーブで死角のない空間の中央には子ども用の手洗いもある。生理用品の自販機もあり、
行政が女児に配る生理用品無料引き替えIDカードをかざせば無料でナプキンが出てくる。
ー中略ー

 生殖器に見立てた滑り台など、日本だったら性犯罪に使われかねないのではないか。
オールジェンダートイレでは性犯罪が防止できないのではないか。
そんな不安がどうしたって先だってしまう国に、私たちは住んでいる。
そしてそれは女性の話だけではなく、今回の地震で改めて、私たちの国が、「政治を信頼し安全に生きていく」には
あまりにも遠いところに来てしまっていることを突きつけられるのだ。日本は、命や人権に、とても鈍い国になっている。

 台湾の地震で亡くなった方々の冥福を祈ります。

北原みのり

4/10(水) 16:31配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/ff77fd71d9cc00ef0c62e6d5675a4a83b3b3d92a