徳治は暴君が民衆に「大人しくしなさい」と教えたもの。大人しくなれば暴君も剣を収めるから、徳治が成功したように見える。
宗教全般が同じ。だから宗教指導者は顔は笑っても内心では威張っている、もしくは荘厳に飾って権威を表す。
民衆の角をためる、とげ抜き地蔵もそうか?
角だらけも困るし、なめくじも良くない。そのバランスが日本では、徳川から明治にかけて絶妙だったので西洋白人に侵されなかった。
しかし昭和のはじめは白人勢の徳治=植民地化が迫って、清は徳治仲間だと思ったらしく、妙な仲間意識で
植民地化に真っ向対立する日本を潰せ、という暴政協定が成立してABCD包囲網の綱が絞られた。
まぁキリスト教も儒教もお偉いさんが下々を御する同じ穴の狢になっていたんだろう。

で、肝心の日本はフランスをやっつけ、イギリスはお宝の戦艦を沈めるなど、アジアを酷い目に遇わせた白人を追い出しに掛かり
植民地支配を除去しては元の住民を養生して次々に小さな政権を立ち上げさせた。

宗教的に日本は、徳治という甘いささやきでも、キリストの栄光のようなヴェールでもない
八百万の神、すなわち善悪あらゆるイシキを外に置き、自分たち人間は正しく生きるという自覚を養っていた。
人生哲学が違うのだ。
白人は強い者勝ちだが、その戦法は協議していたようだ 。 シナ地域では手段を問わず勝った者勝ち。
と、日本の外では一部の神イシキと人間が結んで勝手放題に振る舞ってるんで、せめて

ちょ出掛ける。