日本における無党派市民運動の原点。
1965年アメリカによる北ベトナム爆撃で一般市民に死者が出たことを契機にし組織。
1973年アメリカがベトナムから全面撤退したのを機に解散。
一つの目的を目指し、党派や思想を離れ運動する共同体。目的を完遂すると解散という、画期的な運動と言う評価もある。

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鶴見俊輔、高畠通敏らが60年安保における「声なき声の会」を母体に小田実を代表として組織。
「ベトナムに平和を!市民文化団体連合」の名で発足させたのが始まりである。同年、久保圭之介に代わり吉川勇一が事務局長になる。
「反米」であるものの、既存政党とは一線を画した無党派の反戦運動であり、基本的に「来る者は拒まず・去る者は追わず」の自由意思による
参加が原則で、その「いいかげん」とも評された程の自由な雰囲気により、労働組合や学生団体などの様々な左翼団体のみならず、右翼の玄洋社
や学生、社会人、主婦など、職業や社会的地位、保革などの政治的主張を問わず、多くの参加者を呼び寄せる事になった。
小中陽太郎や吉岡忍など、ライターとして解散後活躍するメンバーもいた。

東電問題、安倍晋三による憲法の有名無実化、近年の諸問題にたいし、ベ平連の残した運動理念。参加も離脱も自由。かつ実際的な、活動目的を明確化し目的。目的果たすと
解散するという思想は改めて取り上げる価値があるのではないでしょうか。