II. 解説・コメント
《FTA における労働ルールの背景》 多くの発展途上国では、労働法制が十分に整備され
ず、企業が労働者を低コストで使用して安価に製品を生産できる状況が存在する。他方、
先進国では労働者の権利が法的に保護され、企業が支払う労働コストを押し上げるため、
国際競争上、途上国の産品が不当に有利になるという議論が従来よりなされてきた。また、
低い労働コストを目当てとする先進国企業の投資を呼び込もうと、途上国が労働基準の切
下げを競うように行う「下方への競争(race to the bottom)」も懸念される。米国はこうし
た問題に特に強い関心を持ち、途上国との間で FTA を締結する際には、当該国に労働法制
の整備を要求する姿勢をとってきた。その最初の例は、NAFTA の附属協定として成立した
北米労働協力協定(NAALC)である。さらに、米国の政府と議会は 2007 年 5 月 10 日、
FTA において労働・環境基準の一層の強化を追求していくべきことを確認した(いわゆる
May 10 合意)。TPP の労働章も、こうした流れの延長線上に位置づけることができる。