【西田】京都学派・近代日本哲学総合スレ【西周】 [無断転載禁止]©2ch.net
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「絶対矛盾的自己同一」は難しい言葉だが、
次の一節をみると、もう少しシンプルな形で構造をつかむことができる。 “生命といふのは単に種の形成作用といふ如きものではない。
それは主体が環境を、環境が主体を限定し、主体と環境との弁証法的自己同一でなければならない。”
― 西田幾多郎 「行為的直観」 『西田幾多郎全集8』 (2003) なるほどねえ。僕は奴隷 司隷 じゃないけど、自己を知ることも諦めました。若い時代に。 >>357
「限定するものなき限定」とは、「無礙(妨げのないこと)」ということか。 一即多、一即一切の華厳的記号学モデル
A ([a]、b、c、d、e、、、)
B (a、[b]、c、d、e、、、)
C (a、b、[c]、d、e、、、)
[ ]は強調
シニフィアンA/シニフィエaという単純な一対構造ではなく、
シニフィアンがAやBやCである時にもシニフィエは常に(a、b、c、d、e、、、)であるモデル。
Aの時には、相互に浸透し照合されたa、b、c、d、eの中のaが強調される。
参考:井筒俊彦 『コスモスとアンチコスモス』 (1989) なるほどか?中退籍だったののぞいたら、なんでそこまで読んだのか後悔したよ。 405 名前:あぼ〜ん[NGName:学術] 投稿日:あぼ〜ん
408 名前:あぼ〜ん[NGName:学術] 投稿日:あぼ〜ん 和辻を研究していると、左右両方の学者の意見が聞けるからいい感じ。 和田勉を研究していると左右両方の髪のハネ具合がいい感じ 西谷啓治とか上田閑照は左翼じゃないでしょ。
三木清や戸坂潤の系譜はあるとは言い難いし。 >>413
戦前京都学派とその関連の人達が特高とかに無茶苦茶やられたから怨嗟か? 京都学派…→廣松渉→熊野純彦
京都学派の末裔は東大学派 西田の『善の研究』とか和辻の『倫理学』でしょうなあ。 西田幾多郎 善の研究
http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/946.html
西田幾多郎『善の研究』より座談会『近代の超克』 (冨山房百科文庫)を読むべきだ。
以下のようなマトリクスが考えられる。
宗 教
|
西谷啓治
林房雄 |亀井勝一郎
西田幾多郎 小林秀雄
国______|_______個
家 | 人
津村秀夫|
諸井三郎
|下村寅太郎
|
科 学
西田と下村をつなぐのはライプニッツ 若い頃は思想・宗教・憲法も読んだけれど、
信じて行うには自分は未熟だと思ったね。だから戦時中の突撃とか特攻が信じられなかった。
それだけ我々には「連帯感」がなかった。
当時の諸先輩をつないだ「絆」が文化として失われた今、西洋の哲学をもとにした思想でかつてのきずなを取り戻せるかという疑問の答えを求める日本の思想家は[違うところを探している]んではないか。
つまり「要素」を探しても、それをつなぐ「絆」は得られないと思う。 >>421
なるほどその連帯感つまり絆を共産主義運動の悪しき伝統に変えてしまった訳か特に京都大学は 大東亜共栄圏構想を一種の左翼運動とみなすならそうかもな。 >>425
共産主義は管理と依存に繋がるから駄目
平等を目指す事と共産を指向する事は違 共産主義は、ソ連の農奴解放と中国の飢饉克服
のためだけに生まれたのかもしれない 資本主義、封建主義のオルタナティブとしての共産主義は捨てられないと思うけどね。 労働者の人権ばかり保障されると子供や女・障害者・無職者・高齢者という社会的または肉体的弱者の人権が死ぬ
そして何より個々個別個人が消え去る 社会主義だとそうなるかもしれないね。
働いた分しかもらえないんだから。
共産主義は必要なだけもらえるから、労働者だけを目的にはしない。 一つの家族の中でさえヒエラルキーはある。
有るものを無いと主張すれば大虐殺・粛清になる。 >>434
弁証法は原理主義だと言えなくもない
宗教的またはイデオロギー的原理主義が駄目なんであって原理・哲学・哲人である事やその探求心は原点でしょう >>433
だから家族を解体しようって意見もあるじゃないか。
家族は個人を抑圧する悪しきもの。 実際家族絡みの殺傷事件は多いしな
一匹狼型よりも酷いといえる >>436
家族解散したら子供作る意味がないな
お前の両親が糞でお前が糞な人生送っていることは分かったけど
それは単にお前が家族と縁を切ればいいだけの話
ちゃんちゃんw 昔の蛮族には「通過儀礼」っちゅーものが有ったかに聞くが、
現在では ”学校”がそうだよね。
だから「男女七歳にして席を同じゅうせず」 と言うんだが、なぜか女先生が多くって男の子をまごつかせる。
だいぶ前だけど、某区の女性教員が「ボタン電池をいっぱい箱にしまったら爆発した」と報道された。
これは男女を同じ部屋にしまっておく場合に必要な措置が取られずに延々と続いているってことと類似の問題だ。 旧制第一高等学校とか旧制第四高等学校を出た彼らは、
ストームだとかに興じる一般学生を傍目に何をか思うていたのか。 魚とか同時期に一斉に生まれる動物は団体行動してもいいけど戦時中は別にして、人間は個性が大きくてこれを育てることで才能を伸ばせる。
だから同年代の子を学年に集めることには疑問があるが、逆に差別化を加速することにもなる。結果、脱落者も出るが。
個性にあこがれるから偉人伝などが好んで読まれる。福翁自伝、チャップリン自伝、etc. __
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∨ 〈-=、.__ } 今も戦争国家は兵隊の行列のような一斉行進を誇示するが
何だろう、もういっぺんやりたいんか?
何を考えてるんだろう
百回勝ったら少なくとも百回負けてる、という事実を忘れるからそう考えれるんだろうけど、
忘れないで3千年の負けを思い出せ。んで修正すれば ちっとは分かるだろう。 そゆ客観的なことには目をつむって、主観的にやる癖が突いてれば 暴力的にもなるんだ。 >>425 共産主義の何が悪い
資本主義の悪さと同じよ。自分で美点と欠点を一覧表にすれば簡単に分かる。 【眞子さま結婚詐欺】天皇家に潜り込もうとした小室は、借金と在日がばれて婚約予定破棄と香港紙報道
民団など在日韓国人同胞の戦略として長年かけて眞子様に近付いた小室と早く結婚させるため、報道協定を破ったNHKのリーク報道で拙速な婚約発表となった。しかし、母親の強欲さや借金生活、卑しい血筋の在日がばれ婚約破棄になりそうだ。
マスゴミは天皇家に在日韓国人を潜り込ませたかったのだろう。
国民から小室の雰囲気が怪しいとの意見があったが正解だったようだ。
小室圭さんの母親の借金と宗教問題(大山ねずの命神示教会というカルト宗教)、さらに元夫の自殺が女性週刊誌と週刊文春に報じられ、嫁ぎ先として大丈夫ですかと批判が殺到していました。
香港英字紙は日本メディアなら朝日やTBSなどからヘイトスピーチだと批判報道されて言論弾圧される在日韓国人ルーツ家系を報道している。 昔はスパイ天国とか
今はソフトテロ実験国ではないんか? 京都学派 (講談社現代新書) | 菅原潤 | 哲学・思想 | Kindleストア | Amazon
2018/2/13
https://www.amazon.co.jp/dp/B079L1VDTK/
西田幾多郎に始まる「京都学派」の思想は、西洋哲学にも匹敵するオリジナルな哲学として、
高く評価されています。しかし一方、戦前日本の海外侵略的姿勢に思想面からのお墨付きを与
えたとして、厳しい批判にもさらされています。本書では、いったん彼らの「政治的な誤り」
はカッコに入れた上で、客観的なその哲学的評価を試みます。その上で、なぜ彼らは過ちを
犯すことになったのか、その深い理由に迫ります。 目次
プロロ ーグなぜ今 、京都学派なのか ☆
第一章それは東大から始まった ─ ─フェノロサから綱島梁川まで
コラム 1九鬼周造
第二章京都学派の成立 ─ ─西田幾多郎と田辺元
1対照的な二人の哲学者 ─ ─西田と波多野精一
2西田哲学の変遷
3京都学派の成立 ─ ─田辺元による西田批判とその影響
コラム 2和辻哲郎
第三章京都学派の展開 ─ ─京大四天王の活躍と三木清
1西谷啓治と高山岩男 ─ ─京大四天王の代表者
2三木清と昭和研究会
3二つの座談会 ─ ─ 「世界史的立場と日本 」と 「近代の超克 」
4戦時中の西田と田辺
コラム 3左派の哲学者たち
第四章戦後の京都学派と新京都学派 ─ ─三宅剛一と上山春平
1 「包弁証法 」と三宅剛一
2新京都学派と上山春平
コラム 4広松渉
エピロ ーグ自文化礼賛を超えて ─ ─京都学派のポテンシャル
1唐木順三と 「型の喪失 」
2上山春平と柄谷行人 ─ ─ポスト京都学派に向けて
読書案内
あとがき
☆京都学派の特徴…
1 .弁証法を基軸とした透徹した論理的思考 。
2 .東洋的 (ないしは日本的 )思想への親和性 。
3 .現代思想の批判的摂取 。
4 .本場の欧米に匹敵する西洋哲学研究の水準 。 三宅剛一については、小泉義之が「現代思想」のハイデガー特集で挙げていたな。 西田幾多郎
続思索と体験岩波文庫208頁
歌并[ならびに]詩
昭和四年
《此頃しばしばマルキスト来りマルクスを論ず
夜更けまで又マルクスを論じたりマルクスゆゑにいねがてにする》
*「いねがてにする」は「寝ることができない」の意 社会の力関係を理解するのに、ニュートン力学であれ、量子力学であれ、
物理の力学を隠喩として用いることができると考えることは根本的な
誤りである。 鶏頭で目の前に撒かれた餌をつつくことに専念していればいいのです >>451
3:1
《一般にプラグマティズムに分類される哲学者はパース 、ジェームズ 、デューイの三人で
ある 。すでに触れたように東大の心理学講座の初代教授である元良勇次郎はパ ースから
直接学んでおり 、第四章で論じるように新京都学派の上山春平も原点はパースにある 。
西田哲学のキーワードである 「純粋経験 」はジェームズに由来する概念であり 、また高山
岩男もデューイの 「探究 」を重視するから 、プラグマティズムはカント 、シェリング 、ヘーゲル
らのドイツ観念論とともに陰に陽に京都学派の哲学の土壌を形成したといってよいだろう 。》 たかられたくないけど ヒュームができてる。デゥーイなら それより
ヴィゴツキー。
西田、ブーバー は短絡的な哲学の解。京都学の寺内町の方がずいぶんいい。
無頼派に勝るものはないけどね。 / ̄ ̄ ̄Y ̄ ̄ \
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! ,/ ゙ー''' ー---' 京都学派 (講談社現代新書) 新書 ? 2018/2/15
菅原 潤 (著)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4062884666/
内容紹介
西田幾多郎に始まり、田辺元、三木清、そして「京大四天王」と呼ばれた高山岩男、西谷啓治、高坂正顕、鈴木成高と、戦前、匆々たる哲学者を輩出した「京都学派」。
彼らの思想は西洋の「受け売り」ではなく、むしろ西洋哲学に伍し、さらにはその乗り越えさえも目指したオリジナルな哲学的思考として、今も高く評価されています。
しかしその一方では、日中戦争以降の日本の海外侵略的政治姿勢に思想面からのお墨付きを与えたとして、厳しい批判にもさらされています。
本書では、いったん彼らの「政治的な誤り」はカッコに入れた上で、極力、客観的なその哲学的評価を試みます。その上で、なぜ彼らは過ちを犯すことになったのか、その深い理由にも迫ります。
じつはそこには日本の思想、いえ、思想のみならず「後発の近代国家」として出発せざるを得なかったという近代日本の宿命が、構造的に関わっているのではないでしょうか。
そしてその問題は、今なお克服されることなく、ことあるごとに日本人の思想の中に回帰してくる。例えば近年の柄谷行人氏の思想などにも、著者は思想の「形」としての同一性を見ています。
その意味において、京都学派をどう捉えるかは、私たちにとっても過去の問題ではなく、まさにアクチュアルな問題なのです。
本書は、今なお毀誉褒貶あい半ばする京都学派の思想を、「われわれ」の問題として再提起する試みです。
内容(「BOOK」データベースより)
「世界最高」を目ざした最高の知性は、なぜ「戦争協力者」へと墜ちたのか?西田幾多郎、田辺元、三木清、「京大四天王」…。 世界が思想的な工夫をして平和を模索する「文化創造圏」があり、
その裏をかいて戦勝・戦利を模索してきた「文化破壊圏」が存在する。 >>450-451
ポスト京都学派的なものも、既に出てきているね。
・清水高志 『実在への殺到』(2017)
・千葉雅也 「此性をもつ無 メイヤスーから九鬼周造へ」(2017)
・中沢新一 「レンマの贈与」(2017)、「レンマ的算術の基礎」(2017)
・鈴木貞美 『「近代の超克」その戦前・戦中・戦後』(2015) 中沢新一のレンマ論
(1)「レンマの贈与」(『現代思想 2017年11月号 エスノグラフィ』)
(2)「レンマ的算術の基礎」(『現代思想 2018年1月号 現代思想の総展望2018』)
1.中沢は中村雄二郎から山内のレンマ論を勧められたという話
2.華厳とSFとレンマ 中沢新一は「現代思想」2018年1月号(kindle版あり)で華厳経と量子力学をつなげている。
そこでは鈴木大拙「華厳の研究」(全集5所収)が参照されている。
これは井筒俊彦も参照した本だが、初心者向けではないので角川ソフィア文庫仏教の
思想6が先に読まれるべきだろう。こちらもkindleで読める。
鈴木大拙が解説した法蔵『探玄記』の華厳経解釈がよりわかりやすく書かれている。
中沢は法蔵『探玄記』に触れていない。数式に重点を置いたのだ。
《鈴木大拙は学的な努力を超越した 『華厳経 』の 「霊性 」を強調するのであるが 、
我々は彼の言うその 「霊性 」もまた 、レンマ的知性のうちの 「外的 」な要素として 、
常識や学から断ち切れたものでない点を強調しておきたい 。》中沢新一
この要約は誤解を生む。
鈴木はこう書く。
《『華厳経』の體系化の結果は『華厳経』の霊的価値を可解性(インテリジビリティ)といふスクリーン
の背後に追ひやつてしまふことになり、従って今では一般讀者は『華厳経』本来の使命
を思索的分析の観念論そのものの中に見出す様になつてしまったのだ。》全集5:278頁
そもそも鈴木大拙の言う霊性とは、
《簡単に、霊性は精神の奥に潜在して居るはたらきで、これが目覚めると精神の二元性は解消して、
精神はその本体の上において感覚し思惟し意志し行為し能うものといっておくのがよいかも知れん。》
フロイトの無意識と超自我をあわせた概念と言える。
鈴木大拙は相即相入の教義をinterpenetration(相互浸透)と訳している。 《若き求道の佛教徒善財の霊の目に展示せられた大毘盧舎那楼閣の有様に対して、
シナの最も優れた哲學的心性の一人である法蔵がどの様な知的分析を興へたとしても、
事實そのものはこの分析に何の関係もないのである。分析は知性を満足せしめるかもし
れぬ、併し知性がわれわれの存在の全部ではない。われわれは法蔵や善財と共にどうして
も一度は楼閣そのものの中に入つて、自らに輝き出で、また、相互に映發して無凝自在で
ある一切の諸荘巖事を目撃しなくてはならぬ。およそ宗教の世界では、生活と経験が分析
より邊かに重要なものである。従つて、すべての荘厳(存在の多)に飾られたあの楼閣は、
どうしても各々の生活そのものの中からにじみ出たものでなくてはならぬ。》
鈴木大拙全集5:285頁
鈴木大拙は通常京都学派には入らないが西田幾多郎と金沢の同郷で互いに影響関係にあった。 華厳宗は 唐の杜順の開いたといわれる宗派。もし、これを仏教というなら戯教となる。 存在の究極の様態を現す概念として、西田幾多郎の「逆限定」の概念と、メルロ=ポンティの「両義性」は
同じ概念を現している。純粋経験(=主客未分化)の論理も、主観と客観の“逆限定”として現れている様態として解釈される。 メルロポンティって中身ないよね
雰囲気系
フッサールって西洋哲学の悪いところ集めた
みたいな内容だし テントの柱を蹴倒せば、校長先生から用務員まで参加する大騒ぎになるが、元に戻して終わり。 メルロってアルコール的画才があるよ。フッセルは音楽ではやるかも知れない。 とても簡単な嘘みたいに金の生る木を作れる方法
役に立つかもしれません
グーグル検索『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
1ZB4B >>479
また上手い事言って
だが人間も自然だよ 人は重層構造だから、ある時から奇怪な思いが棲みついても すぐには分からない。 古寺巡礼読んだぜ
大風呂敷で印象批評だが
やはり江戸とは隔絶した近代西洋が
切り開いた思考が炸裂しているな
年齢考えると驚異だぜ 梅棹文明史観も随筆だし
結局日本語で書かれたものは随筆が一番面白いんだよ 結局、東洋哲学と西洋哲学の融合でしょ?問題は
三位一体説を神道に取り入れればいいじゃん
父たる天(原父)
子たる天(天皇)
内なる天(人々の良心、高潔さ)≒聖霊
これでキリスト教と神道の融合が図れる
これを三天分立と名付けた。
三つの天の相互の良くなろうと意志、働きによって、世界と宇宙が改善されていく。 で、聖霊は八百万の神々、諸仏によって働き掛けられる、と。
どうかな 問題はこの三つの天を統合、総合して何と呼ぶかだけど、
いい呼び名が浮かばない。神でもいいけど、なんか違うしなー。 まぁ別に神でもいいのか
あとは空(くう)の問題をどうすっぺかな 原父は両性具有でもいいのか
便宜上父になったけど、性別不明でもいいし ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています