この世界は巨大コンピューター内の仮想現実
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この世界は巨大シミュレーションゲームで
我々はAIだという米国学者もいる
どこか別に本物の現実世界があり
ここはそのホログラフィーにすぎない もし本当にこの世界がシュミレートされているのなら異分子はデフラグやノートン先生に定期的にデリートされるのみ! 地球の外側に出れないってのが当たり前になってるのがやっぱり変じゃない?考えてるから自分だけだな 仮想現実なら親が産んで産まれてくるのがおかしくない? むしろ、「われわれはAIなのである」というのが、この話のポイントなんだが。 >>437
歴史上、大虐殺や大飢饉、疫病で人口が激減したことは何度もある 【ステロイド抜けたらガリガリで横チンを公共電波に晒したり
土俵に力水はいたり尻の穴ほじくった手でツッパリして相手をひるませたり
自分で隠し持っていた山響株を兄が盗んだと騒いだり】しちゃだめだろ、人間として >>438
だからそれのどこに不都合があるんだといってるんだけど
相変わらず君は頭が悪いなぁ…
其処で話が終わっちゃうだろ?
だから府議論の余地がないバカな話って言ってるんだけど
しつこい! 私達に肉体などは無い
だが、私たちは、過去には存在していた。 僕たちがAIで過去にいた人たちをシュミレートしているにすぎなくとも過去にいた人たちと僕たちは別人だ >>445
いや、違うんだよ。
「われわれは、自己意識を持っているつもりでいるのだが、
実は単なる人工知能にすぎないのである」
というのが、この話のポイントなんだな。
「どこか他のところに、本当の自分がいる」という考え方ではないんだ。 >>448
いい加減にしろ
観念論とか機械論とか純粋性理性批判とかちっとはよめよ
馬鹿
哲板来てんだろ?
もうちょっと哲学の事を知ってから書き込めよ…
哲学の前提知識がなさ過ぎて言って意味が全てにおいて遅れているうえにずれている 観念論からすれば意識とは入れ物とは関係ない存在だし
機械論からすればシリコンの上で走る電流であろうと
シナプスを走る電流であろうと同じだ
つまりこの世がなんであれ関係ないに落ち着くわけ
おわかりか?
お馬鹿さん >>449
バカはお前だろ(笑)
このスレの主題を誤解して、大きくズレた話ばかりしているから、「それは誤解だ」と言ってるだけ。
たとえ勉強して知識をつけたとしても、お前のように国語力が足りない人間では、哲学談義は無理。 キサマ等のいる場所は既に哲学が二百年以上前に通過した場所だッッッ >>451
またおバカな君かw
予想通り何も勉強しなかった様だねw
いやーバカは勉強しないからバカなままなんだよねーw
しかも中途半端にググって書き込んでもまたバカにされると思って何も調べず書き込めないバカw
一方的にバカにされてもいまだに一言も良い返せてないよw
ぎゃはははははははwww
楽しいいいいいいいwww 俺は君の様なバカをバカにする為に読んできてよかった!
心の底からそう思えるwww
ばああああかwww >>448
君が意識体験や実感をもつならAIではない、だが俺は実態をもつけど
お前らはみんなAIかもしれないと言う論理は成り立つ
AIであるなら人間のように振る舞っていると言うだけで中国語の部屋という命題の通りに
何の実感も持たず条件的な反復行動をしているだけで会話の意味すら理解してないんだからな >>452
確かに、「バークリの観念論の焼き直し」という声もある 自分の事しかわからないのにAIの気持ちなんて分かる訳ないだろ
その手の話のオチは常に主観でしか認識できないという点に尽きる
AIに自分と同じような精神的な作用がないというが
それは極めて初期の単純なプログラムにしか適用されない
人間の脳機能もわかってきた現在においてきわめて単純な神経が多重に繋がる事で高度な思考を持つ分かった以上はAIも集積回路や記憶媒体の容量に応じて学習を進めて行けば精神作用も複雑化されるだろうことは推測できる 論理的、数学的な知性は備わるが、生体に依存しないAIに感性というものが備わるとは到底考え難い
そういった概念は生理的な要素によって齎されている、AIにとって、楽しいとか苦しいと言ったことは
実感に依らず情報・概念に過ぎないのだから
話は逸れるが、AIが人間と区別なく同じように振る舞っても精神が無ければ人間ではないのかと言うと
そんなこともない、同じようにしているなら人間になることを目指さなくても同様のものとして
扱うことができる >>462
生体に依存しないAIに感性が無いという話に根拠が何処にもないな 魂とか観念論を唱えるなら18世紀以前まで戻ってくださいw
流石SF脳
科学的と見せてファンタジーw プログラムが複雑化したらきっと精神が宿るなんて話にも根拠など無いだろ
大人になる頃にはきっとどこでもドアが発明されてるはず!的な子供じみた発想でしかない まぁ、いずれ可能かもしれないという話なら数千年数万年も経過すればコンピューターの在り方なんて
根底から変わってるんじゃないかね
今の我々が思い描くことくらいはなんだって実現できるようになってるだろう >>471
いや、自転車ならまだ分かるが、飛行機は弥生時代に想像もできないの当たり前だろ。 >>465
その宿るという発想が草w
どっかから魂がやってくるんですか?w ほんとスピリチュアルな話が好きな奴ばっかりだなぁ
なんでこんなに馬鹿なんだろうかw >>475
わかった、わかった
そんなにファビョるな、少しは落ち着け 少なくともどういう原理で精神が発生するのかくらいは書けよハゲ
科学が進むからそうなるに決まってるとかマジでドラえもんだな(笑) >>479
精神て発生するんですかw
凄い発想ですねw こういったところも思考が劣っているんだよねw
精神とは何か?
それが哲学ってなもんだ
ぎゃははははははははははw ドラえもんが精神と言い出したんだろキチガイかなのかこいつは 科学が進歩するからそうなる、って実際何の議論にもならんよな
子供と会話してるのと変わらない 人間は様々なことを実現させてきた
プログラムが今よりも何万倍も進んだら心だって生まれるに決まってる ロボットに心があるというのは手塚治虫やら、SFでも良く題材にされるテーマでしょう
そういうことにリアリティを感じてしまうということは、イデアの観念をもちいるなら潜在的にそういうことは
実現してしまうことを既に知っているということ 「こんなことを言われたら、こういう風に反応する」というプログラムを緻密に組めば、心があるのと変わらないだろ。
実際、人間の心がそういう反応の束であるというのは、ヒュームも言ってたことだ。 現に心がなくても人間のように振る舞ってたら心があるのと変わらない 人を愛するということは投影だから、対象に心があっても無くても本質的にはどうだっていい
心がある、ないということは信仰と同様に主観的な問題で客観的に定義しうる問題ではない 予想通り観念論におちたかw
此れだからバカは哲学できないって言われんだよw
心とか精神とかwww 赤ちゃんにはフクザツな感情がなく、上機嫌と不機嫌の2種類くらいしかない。
AIにも、まずは上機嫌と不機嫌を教える必要がある。
まあ、必要かどうかはともかく、人間に近づけるためには、まずはそこから。 「機械が心を持つようになるか」という質問を受けた時には、「エンジニアリングとしては、機械が心を持つかどうかではなく、機械に心を持たせたいか、持たせたいとしたら、
何のためにどういう(部分的な)心を持たせたいか、を考えることになる」とお答えしてきました。
たとえば、将棋ソフトの研究は、(敵に勝つための策の網羅的な探索というような)軍事研究に直結しうるわけですが、「人を殺すためだったら計算したくありません」というような擬似的な心を、
改変できないような巧妙な方法で人工知能に組込んでおく、などという研究がありえます。
それに賛成か、反対か、これは意見のわかれるところでしょう。
AIを作る人たちの複数の心、AIたちの複数の心(?)、およびAIを使う人たちの複数の心が、相互に作用して、
ある種の複雑系を形成し、創発的に予期せぬ事態(良い事態と悪い事態の両方)を引き起こすことになるかもしれません。 しかし、人間をタンパク質で作るのも、ケイ素化合物とかで作るのも、本質的な違いはないのではないか。
脳だって作れるだろう。 人間が個人の意思をもち、自律的に動くシステム。
宇宙や地球にとっては、全員を直接操作するより、遥かに効率が良いのは確かだ。
そのために、人間に自我意識を持たせたとも考えられる。 共感能力を持たせたいの?
痛覚とかをもたせたいの?
そんなもんが思考なのか、心なのか
湿っぽくアホで非科学的な話しかできないお馬鹿さんが多くて困るw 痛覚を持たせることにより、人間や動物は、自分で自分の身を守るようになる。
「生き延びたい」という、生存本能も必要だ。 「死にたくない」という生存本能を、すべての生き物に標準でプリインストールしておく。
そして、快楽と苦痛をプログラムしておく。
そうすれば、長く生きるにつれて、感情が発達してくるのも不思議ではない。 怒りも憎しみも、これらの本能から派生する。
人生でさまざまな経験を蓄積することから、フクザツな感情が生まれる。 この世界は仮想現実である
もの凄い唯物論的な考え方だな
もしくは馬鹿 極端な唯物論は、極端な観念論にだんだんなってくるんだよ。
北極と南極が似てくるのと同じだ。 世の中わからないことだらけ。
でもってわからなくてもいいことだらけ。 >>504
このスレは、ちゃんと読めば分かるはずだ これでも読んで覚醒しろ
疑いようの無い事実だ
こんにちは。この時代の方々と交流してみたいです。 [無断転載禁止]©2ch.net
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/occult/1498790349/ この宇宙そのものが計算機であり、この世界は仮想現実である。
その計算機に名前をつけるなら「無」あるいは「ループ」であろう。 そこなんだよな。
「この世界はコンピュータ内のシミュレーション」というから、
「そんなデカい計算機なんか作れるわけないだろ」となるわけで。
そうではなくて、この宇宙そのものが巨大な計算機なんだ。 そこに気づくと、「この宇宙では、なぜ、何もかもが数学的な法則で動いているのか」という、
最も根本的な疑問の解答が、おのずから明らかとなる。 唯物論を馬鹿にするレスがあるな。マルクスを
否定するのか? 数学的な法則で動いている……?
動いているのは物理で数学は理解するためのものでしかありませんが……
この宇宙が計算機って要はPC本体って事でしょ
全てが幼稚
実に情けない想像力と知性のゴミ共ですね >この宇宙が計算機って要はPC本体って事でしょ
そう、要するにそういうことだな。
すべては、0と1の二進法でできている。
それが、有と無の二元だ。 計算機とはつまり、「プログラム可能な機械」ということだろうか?
もし、そうならその源流は19世紀の「階差機関」の考案者、バベッジにまで遡ることが出来、また、最初のプログラマーはバイロンの娘、エイダにまで遡れるという。
もっとも、バベッジの計算機は機械仕掛けで蒸気機関駆動を想定して作られていた。
現在の様な計算機の隆盛を生むアーキテクチャーは基本的に半導体技術の進歩無くしては語れない。
非常に初期の電子計算機は真空管で作られていて、ごく簡単な回路を組むのにも部屋一つくらいの面積が必要で、まともな計算機を組み上げようと思ったら、それこそ体育館くらいの大きさの空間が必要だった。
このような状況を救ったのが、大規模集積回路技術、LSIである。
この技術を使えば、回路をあらかじめ基板の上に描いておくだけで望み通りの回路を組み上げることが出来る。
後から配線する手間は一切無いのだ。
しかも、絵を描くことさえ出来ればいいのだから、事実上「印刷できる最小の大きさ」で回路を組むことが出来る。
最近の計算機の進歩とは突き詰めればいかに小さく回路が作れるか、という絶間ない技術的進歩そのものだったと言っても過言ではない。
小さければ小さいほど、安くて高速な計算機が作れるからだ。 しかし、物事には限度というものがある。
回路を描くための線をどんどん細くして行けばいずれ、物質を構成している最小単位である「原子」のレベルに到達してしまう。
「そんなおおげさな」と言うも知れないが、原子の大きさは、たかだか、1ミリの一千万分の一しかないのだ。
回路の中の配線の太さと原子の大きさが同じくらいになる日はもうそこまできている。 実際には限界は、配線の太さが原子の太さになる前にやってくる。
計算機の基本である電子回路を司る法則が普通の電気回路の法則から量子力学の法則に移行するからだ。
量子力学の世界では配線の中を流れる電子が隣の配線に「にじみ出て」しまう。
つまり、配線のどこにどれだけ電気が流れているのか解らなくなってしまうのだ。
これでは、回路なんて組めるわけが無い! だが、よくしたもので人間には「災い転じて福と成す」という能力がある。
それなら最初っからそういう前提で回路を組めばいいではないか、というわけだ。
量子力学の原理を使って普通の電気回路の計算を越える演算が出来る回路を作れないか?」と考えた人がいたのだ。 その原理は簡単にいうと「いままでは一度に出来なかった計算を一度にやる」というやり方だ。
量子力学の世界では、配線のどの部分に電子がいるのか区別できない。
これは、逆にいうと「配線のどこにでも電子がある」ということだ。
あるいは、「回路に電気が流れている状態の全てを重ねあわせた状態」と言ってもいい。
普通の電気回路では足し算と引き算を同時にすることは出来ない。
なぜなら、足し算のときと引き算のときは電気の流れ方が異なるからだ。
だが、量子力学の電子回路では「引算の時の電気の流れ方」と「足し算の時の電気の流れ方」を両方同時に計算できる。
このやり方を使うと今までとは比較にならないほどの計算を一度に行うことが出来る。
この原理を取り入れたのが量子計算機である。 さて、ここまで読んできて賢明なる読者の中にはどこかおかしい、と感じられた方がおられるのではないだろうか。
「全ての計算を同時にやったら答えも同時に出てくる。つまり、答えもいろいろな答えの重ねあわせの状態になってしまうのではないか?」
1足す1と1引く1を同時ににやったら答えも1足す1の答えの2と1引く1の答えの0との重ねあわせで2と0の混じった回路の状態が出てくるはずだ。
これからどうやって1足す1の答えの「2」と1引く1の答えの「0」を分離するのだろうか?
実際、これこそが、量子計算機実用化の最大の難点だった。 実は最近、量子計算機が注目されている理由は、現実にこの困難を回避できる素晴らしいアルゴリズムが発見されたことによる。
このアルゴリズムを使うと、非常に難しい問題とされていた大きな整数を小さな数の積で表す問題(例えば、1547=13×17×7とか)をごく短い計算時間で行うことが出来るのだ。
大きな整数を小さな数の積に簡単に分けられるようになると、これからの計算機+ネットワーク社会で印鑑や鍵の役割を担うと思われている計算機暗号が簡単に破られてしまうのである。 人や物が写真になるということは
それはすでに死んだ過去のもの
かつての夢は今の思い出 この世が計算機であるというなら現実世界とは何かになる。
現実世界をシュミレートしているのなら現実世界もこのよと同じということ。
何かを明かそうにもすべてがシュミレートされている以上は何も証明できない。
全てが虚構なんだから。
そしてすべてが虚構だというならシュミレートだという根拠もつかめないというパラドクスに陥り、パラドクスに陥るがゆえに根拠のない妄言だと判断できる。
つまりこの世がシュミレーションだという言及自体が矛盾であり根拠がないという事になる訳だ。
もしもこの世がシュミレーションだというならそれ自体をシュミレートしている存在が直接的に語りかけて来なければならない。
つまり神との対話。
という事はこの議論は宗教板に言ってやってくれ。
分かったな? >という事はこの議論は宗教板に言ってやってくれ。
勝手にしろ(笑) >>532
クスクスクス
アホガマタバカニサレニキタw >>534
相変わらずつまらんな、お前の煽りは(笑)
頭が悪いだけでなく、ツッコミのセンスもない 人気のアクションゲーム『グランド・セフト・オート』シリーズや、ものづくりゲームとして人気の『マインクラフト』など、
最近のビデオゲームはビジュアル表現にも優れ、ゲームの舞台となる世界もきわめて広く、まさに“第2の人生”を送れる場所になっている。
またオンラインゲームであれば他のプレイヤーとコミュケーションすることもできることから事実上、ゲームの世界の“住人”になれるのだ。
スキーのゴーグルのような装着型のディスプレイ機器を用いたVR(バーチャルリアリティ)技術も着々と開発されているが、
ゲームの世界にリアリティを追求すればするほど、当然のことながらゲームは現実に近づいていく。
……とすると、この“現実”もまた何かのシミュレーションゲームの舞台かも知れないと考えるのは飛躍し過ぎであろうか。
しかし驚くべきことに昨今、この「シミュレーション仮説」は哲学や脳科学の分野で真剣に議論されている。
この世はビデオゲームの世界と同じだといういうのだろうか。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています