カール・マルクス 12
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切り捨て御免も後からたたるよ。よりバランシズムの方がいい気がする。 後から祟るとかいうのは、そんなに問題じゃない。本当に感謝してれば後から祟るはない。
それよりも、育成失敗したらその後の恩恵が受けられないからその分長期的に見れば損しているという話。 それでもいまだに自由主義はなにか謎である。
管理のいない自由放任の世界。
なぜそれがこんなにうまくいくのか。
その一つの解を与えたのが、ウェーバーの資本主義の精神とプロテスタンティズムの倫理である。
勤勉であることが自由主義を支える。
現にイギリス、アメリカとプロテスタトの国が成功している。
特にアメリカ人は勤勉である。
その根底に開拓において、働かなければ生きていけないこと、さらに働けば実るという体験がある。
西洋では労働自体が卑しいものという思想がある。
西洋の勤勉とは古い思想に囚われないことが重視である。
そして日本。世界一の勤勉の国である。
当然、プロテスタンティズムではなく、独自に仏教から導き出した。
特に江戸時代末期から勤勉思想が広がり明治の近代化の発展を支えた。
その後も、戦後の高度成長期、そしていまも変わらず。
日本人がヒュームの格差論に当てはまらない理由の大きな理由の一つがここにある。 日本においては子供は世間からの預かりものだ。
親は世間から子供を預かり立派な勤勉として育てる。
それがお役目である。
子供が間違ったことを行ったとき親が責められるのは、
役目を果たせず世間に持つとのが申し訳ないからだ。
役目を果たせず世間に申し訳ないからだ。
西洋は有我の思想、日本は仏教から無我の思想。
特に、世間主義。
日本人の富は国有ならぬ、世間共有財産の面を持つ。
ある種の社会主義的であるが、
共有が無我に支えられている点で大きく違う。
また共有がは国家運営ではなく、
世間には中央がない。
ネットワークのようなものだ。
だから日本人は富への執着は強くない。 日本人がピケティの格差論に当てはまらない理由の大きな理由の一つがここにある。 まだバカコテが張り付いてるのかw
よほどマルクスが怖いんだろうな。
自分のスレ立てろよ。 再度、まとめると、
資本主義において、金が儲かるのはリスクの高いイノベーションへのアニマルスピリット。
そして成功して一度勝ち組になると、勝ち続けやすくなる、
なぜなら大きなリスクに対して資本を持つ方が有利。
一つ、失敗しても生存にまで関わらないから勝負しやすい。
二つ、できるだけ自由競争を回避するために、勝ち組は勝ち組で団結する。贈収賄など。
そして流動性が低く、格差が固定しやすくなる。
だから歴史的に、定期的に流動性が生まれ、格差が解消されてきた。それが戦争。
戦争だけが格差を解消する。
それがピケティ論。
ここからは中級編。
なぜ日本人はピケティ論で説明できないのか。
ピケティ論のような格差を生まないのか。 日本は戦後の農地改革が大きい
ただし株式ホールディングスが小泉内閣によって認められたから
財閥が復活した
さらに官僚国家だから政治改革と社会改革が進まない マルクスはフローを
ピケティはストックを
主に分析した
後者は近年の統計整備が可能にしたものだ
両者は補完関係にある
ただしマルクスにとっては自然環境がより重要なストックであり、マルクスはピケティより視野が広い マルクスは資本論で純粋な資本主義の原理を追求したから
国家が考察から抜け落ちた
だからその後のマルクス主義者に国家への免疫が生まれなかった
極端に国家を嫌うか国家主義かのどちらかになってしまう 以下、初期マルクスにおける分業の否定(=資本論との対比)。エンゲルス執筆箇所。
マルクスは補足のみ
《各人が活動の排他的な領域をもつのではなく、むしろそれぞれの任意の部門で自分を
発達させることができる共産主義社会においては、社会が全般的生産を規制し、そして、
まさにそのことによって私は、今日はこれをし、明日はあれをするということができるという
ようになり、狩人、漁師、牧人、あるいは批評家になることなしに、私がまさに好きなように、朝
には狩りをし、午後には釣りをし、夕方には牧畜を営み、そして食後には批評をするという
ことができるようになる。》
(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』渋谷正訳、岩波文庫版) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています