フーコーは、規律訓練当たりまではまだ支配者と被支配者の権力論を引きずっていたが、
生権力辺りから、権力二元論から時代の統治形態論へ移っていく。
そこでは誰か支配者がいるとかではなくて、
その時代の文化論に移っていく