貨幣論・貨幣哲学
貨幣を扱った本たちと雑誌『批評空間』の出版情報
批評空間(創刊号)近代日本の評論
1991年1月
批評空間(第1期9号)貨幣・言語・数
1993年3月
岩井克人『貨幣論』
(筑摩書房、1993年3月→ちくま学芸文庫、1998年3月)
黒田明伸『中華帝国の構造と世界経済』
(名古屋大学出版会、1994年2月)
批評空間 (第2期第5号) 貨幣と資本主義
(1995年3月)
批評空間 (第2期第20号) 世界資本主義と近代システム
(1998年12月)
批評空間 (第2期第23号) 貨幣主体と国家主権者を超えて
(1999年9月)
大黒弘慈『貨幣と信用:純粋資本主義批判』
(東京大学出版会、2000年6月)
今村啓爾『富本銭と謎の銀銭:貨幣誕生の真相』→『日本古代貨幣の創出:無文銀銭・富本銭・和銅銭』
(小学館、2001年→講談社学術文庫、2015年5月改題追加新章)
西部忠『地域通貨を知ろう』
(岩波書店、2002年9月)
黒田明伸『貨幣システムの世界史:<非対称性>をよむ』
(岩波書店、2003年1月初版、2014年3月増補新版、2020年2月岩波現代文庫版) 岩村充『貨幣の経済学 : インフレ、デフレ、そして貨幣の未来』
(集英社、2008年9月)
小池田冨男『貨幣と市場の経済思想史:イギリス近代経済思想の研究』
(流通大学出版会、2009年4月)
岩村充『貨幣進化論:「成長なき時代」の通貨システム』
(新潮選書、2010年9月)
西部忠『資本主義はどこへ向かうのか : 内部化する市場と自由投資主義』
(NHKブックス、2011年2月)
市田良彦、王寺賢太、長原豊、小泉義之『債務共和国の終焉 : わたしたちはいつから奴隷になったのか』
(河出書房新社、2013年9月)※ミルトン・フリードマン『貨幣の悪戯』(1993年7月、三田出版会)に言及あり
西部忠『貨幣という謎 : 金と日銀券とビットコイン』
(NHK出版新書、2014年5月)
大黒弘慈『模倣と権力の経済学:貨幣の価値を変えよ, 思想史篇』
(岩波書店、2015年12月)
大黒弘慈『マルクスと贋金づくりたち:貨幣の価値を変えよ, 理論篇』
(岩波書店、2016年1月)
岩村充『中央銀行が終わる日 : ビットコインと通貨の未来』
(新潮選書、2016年3月)
岩村充『国家・企業・通貨 : グローバリズムの不都合な未来』
(新潮選書、2020年2月) 電子地域通貨のメディア・デザインと
コミュニティ・ドックへの活用可能性
―ゲーミング・シミュレーションによる検討―
西部 忠・三上真寛 2012 年 3 月
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/48718/3/DPB103_new.pdf 岩井(1993) は、1991年春〜1992年冬までの『批評空間』に連載したものの改変版
批評空間(1999年9月)の討論者は柄谷行人、市田良彦、西部忠、山城むつみ
黒田(2014) には岩井(1993)が参考文献リスト入り
西部(2011) にも岩井(1993)が参考文献リスト入り
西部・三上(2012)に岩村(2008)、岩村(2010)への言及あり
小池田(2009)には岩井(1993)、黒田(2003)への言及あり
飯田泰之『日本史に学ぶマネーの論理』
(PHP研究所、2019年5月)※今村(2015)、岩井(1993)、フリードマン(1993)が参考文献リスト入り web上で公開されてある、
「地域通貨の経済学的研究――市場経済型を中心に」 歌代哲也
の参考文献には上記に挙げた文献が多数掲載 貨幣論にはロマンがあって多数の文献が見つかるのに、
貨幣の哲学、貨幣哲学となるとジンメルのものぐらいしか見つからないのはなぜだろうか。
それはやはり実践面、実証面との関わりが浅いからなのではないかと自分は思う。 日本人の書き手で貨幣を哲学的に論じた人としては、
佐伯啓思は外せないだろうな。 マルクス研究者の今村仁司も実は貨幣に関する著作をちくま新書から出している。 岩井『貨幣論』と佐伯『貨幣と欲望』の違いがどこにあるかを端的に述べるならば、
前者がマルクスの価値形態論に依拠しつつも経済学の枠内にとどまった議論を展開している
のに対し、後者は経済学からはみ出してフロイトなどを援用した精神論に走っている点にあるだろう。 岩村充(元日銀マン)と西部忠(宇野学派)は、その依って来たる立場ほどは
貨幣論に相違はなさそうだ。 海外文献ではハイエクの貨幣発行自由化論を忘れてはなるまい。 原題はThe Denationalization of Money マルクスの価値形態論とハイエクの貨幣脱国有化論を組み合わせたら最強かもな 商品交換からの貨幣の生成
上からの貨幣の押し付けの撤廃
これらが組み合わさると生成から廃絶そしてまた生成からの廃絶
の繰り返しが起こることになる でもケインズにも貨幣論があってそれは読んでないんだよなあ。 黒田(2014)にはケインズの貨幣論1が参考文献に載っているから、
これもまた読まないと黒田の本を本当に理解したことにはならんのだろうな。 大黒(2000)にはケインズの一般理論と貨幣論2が参考文献リストに載っていた。
マルクス、ケインズ、ハイエクは貨幣論の古典だなもはや。 昨年末の岩井克人と岩村充へのインタビュー
通貨の覇権を制するのはだれか 闘いが始まった
https://globe.asahi.com/article/12841380 >フェイスブックが発表したデジタル通貨「リブラ」に対し、
>G7を中心に政府・中央銀行から一斉に批判の声があがった。
>リブラ協会の政策部門の責任者、ダンテ・ディスパーテは
>「我々は世界の中央銀行になるようなパワーを持っていない」と主張するが、
>戦後の通貨秩序を決めたブレトンウッズ会議で
>英国代表ケインズが提唱した国際通貨「バンコール」になりかねないとの警戒感がある。
バンコールって通貨戦争を防ぐために考え出された素晴らしい理想なんじゃないの
何で悪いニュアンスで言及されなきゃいけないわけ?? 朝日の経済面とか経済気象台とかはそんなに悪くないと思うが、
経済抜きにしても、
特別に発行しているGlobeは記者たち本人が思っているほどイケてないと思われる。 まあ、通貨が乱立して競い合う状況にリブラやバンコールみたいな一強が立ちはだかるのは
試合を見る興が削がれるという気持ちからそう書いたのかもしれないが。 間宮陽介の『ケインズとハイエク』を読み直すか。
松原隆一郎の『ケインズとハイエク』を読むために。 内山節の著作の中に『貨幣の思想史』(新潮選書、1997年)というのもあるんだな。 各国は主権国家の論理に則って反対していた訳ね。
フェイスブック主導の「リブラ」、複数の個別通貨連動型も導入へ
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-04-17/Q8WL5DDWLU6H01
>各国の金融監督当局は、中央銀行の力を弱めることになりかねないとして
>リブラを警戒していた。運営団体のリブラ協会は、そうした懸念に対応する形で
>当初の計画を変更。各国・地域通貨のデジタル版のように動く
>個別通貨連動型の複数のリブラを発行する計画だとした。 >>25
で紹介されている岩村充のMMT(現代通貨理論)に対する批判は
欲の皮の突っ張った人間達には無力だろうなと思う。 MMTで福祉の費用を賄うとかだったら悪くはないと思うのだが。 以前小泉義之はtwitterで黒田明伸の著書が補論が加えられる以前に名著だと褒めていた。
果たして、補論が加わるばかりか岩波現代文庫化までなされた。 新型コロナは反貨幣だろ
符号は逆だけど貨幣と性質は同じ 世界中の人々と話せる掲示板見つけた 自動翻訳機能付いてて凄い面白そう https://babeler.com/ >>30
自分と他人を分断する役割を担っているものな。 マルクス的に言えば、人間の労働が貨幣に詰まっているのだろうけど、
マルクスはプルードンの労働貨幣論は批判したんだよな。 ハイエクの貨幣発行自由化論もケインズ全集にあるケインズの貨幣論も
両方とも東洋経済新報社から出ているのは面白い。
対立する両者だっただけに。 >>35
で出てくるマリアテレジア銀貨の流通の話については、
黒田(2014)とかぶる部分があるな。 貨幣のが人と人を切り裂いているともいえるし
コロナのが人と人を繋いでいいるともいえる
貨幣は言語的な繋がりを生み身体的な繋がりを分断する
コロナは身体的な繋がりを生み言語的な繋がりを分断する どうなんだろう。
コロナはキスやハグをしちゃダメってな風にするからなあ。 山口重克が編集した『市場経済』の丸山真人が担当した章の受け売りだが、
貨幣の中にも、共同体内部で通用する内部貨幣と、
相異なる共同体同士で使われる外部貨幣というものがあるみたいだな。
で、コロナウイルスは大都市共同体から人を引っ込ませ、
中都市共同体や家族共同体へと人を戻す働きをしていると言えるかもしれない。 貨幣は言語性を高め身体性を弱める
コロナは身体性を高め言語性を弱める
貨幣は言語によって媒介され流通する
コロナは身体によって媒介され流通する >>33
そりゃそうだろ。世界は一つのコミュニティじゃねーんだから為替とか株価をリアルタイムで観測してんだろ(哲学) まあ、労働貨幣なんてごくごく狭い共同体の中でしか成り立たないわな考えてみれば。 google検索してみた感じだと、
地域通貨程度の規模ならプルードンの見解が生かされているな。 ベーシックインカムの実現は、
貨幣論に多少の変化をもたらすかな。 一律10万給付ていうベーシックインカムが
コロナによって一時的に実現されるよな
反通貨コロナが非ベーシングインカム状態
に感染したことにより反対の反対に作用し
べーシングインカムが実現された 半ばアナーキーな金稼ぎ大会からコロナウィルスを媒介にして
ベーシックインカムが導入されたという、この経緯は不思議なものだ。
ハイエクはベーシックインカム的な発想を持っていたが、
同時に、貨幣発行自由化論も唱えていた。
この二つって両立できるんだろうか。 貨幣発行自由化論というのは、
多数の銀行主体が貨幣を発行しあって競争することを言うけれども、
ここでベーシックインカムは国がそれらの銀行主体に一種の縛りとして供給するよう
求められるものなのか、はたまた、国が直接同行するものなのか。 週明けのブラマンはありそうにないから、結局、オールインの
チャンスは訪れなかったな。日本の5月6日とか、各国の来月
初旬の外出規制緩和が延期になるようなサプライズがあれば、
また状況も変わるだろうけど、今後2週間に大暴落は期待薄だね。 そうなると、予想どおりといえば、予想どおりだけど、
まったく面白くないな。 黒田(2014)にはハイエクの貨幣発行自由化論も脚注に引用されていて、
ハイエクは近い時代の東アジアでは諸貨幣が競存して流通している例として挙げている
としているんだよな。
ケインズとハイエク、両方目配りがなされているのは凄いな。 5月6日を過ぎて再び緊急事態宣言が延長される可能性は低いと思っている。
というのは、欧州ではデンマークやノルウェーなど既に学校を再開させる
ことになっており、フランスも5月11日を目安としている。日本が緊急
事態宣言を延長するとなれば、小学校や中学校の登校を始めるのは
感染対策として支離滅裂となってしまい、整合性がとれない。では、
小学校や中学校も夏休みを過ぎるまで閉鎖するのか、ということになれば、
かなりそれは難しいだろう。 アメリカでは経済を再開しろっていうデモも行われているみたいだしね そういうデモはまさに新保守主義、新自由主義に則って行われているものだろうね。
疫病の年の手紙 浅田 彰
http://realkyoto.jp/article/asada20200424/
ケインズ主義の「福祉国家」が「welfare-warfare state」だったことを
忘れてはいけないけれど、資本の目指す効率化のためには
人が死んでもかまわないという新自由主義+新保守主義よりはまし。 「人が死ぬのは許されない」とうのは、「人は病気で働けなくなるか、
死ぬまで働かなければならない」と同義であることも確かだけどね。 人の生と死と貨幣の関係はいろんな意味で不条理。
たくさんあっても死ぬし、少なければ少ないほど死にやすい。 体験に金使うての良いとされてて
前から健康や美容はあったけど
コロナで一層自分の心身に金使う傾向が強まった
このまま特異点を突破したら自分が金になることに
金使うことになるんじゃね その前に特別な金になりたいもの同士で争いが起きたりして。 金も王水の手にかかれば溶けてしまう。
世の中に絶対というものはないのだ。
では、貨幣にあるかのように見える絶対性はどこから来て
どこへ去って行くのだろうか・ 所有の罪悪性に気づき、
そこから共有、あるいは総有へと移行すべきか >所有とは盗みである。
在り得ないな。
日本語で「盗む」というのは、「人目を盗んで」のように
こっそりと見つからないくすねることだ。
所有は権利の主張であり、隠れて権利を主張することは不可能だ。
所有権をこっそりと移転して盗むことならできるが。
引用元とされる原文を確認しても、明らかな誤訳であることが分かる。 人は貨幣になる
労働資本という意味ではなく
人は貨幣になることを目指してるじゃないかな
既に時間のない世界においては貨幣なのかもしれない 556円ですってレジでゆわれて財布の中さがして残念なことに1円足りなくて
がっかりしながら1000円札だしてレシートと共に444円のおつりもらうモヤモヤ感 小銭入れに555円って偶然硬貨が三枚入ってる事なんてめったにないからね 貨幣論と言えば、外せない
マルクス 資本論
モース 贈与論
ポランニー 経済の文明史
ケインズ 雇用、利子および貨幣の一般理論
中野 貨幣と精神 電子マネーだから財布の中の1万円札が腐っていざ使おうとしたら、
レジの認証通らなくて偽札みたいになった 最近は経済がどんどん悪くなって倒産、失業が増えてきたのに、
年寄り数百人死者のコロナがブームで、
経済観念はどうなってるのか
日本人は豊かになりすぎて麻痺してるのか
それともただマスコミがコロナ景気に乗っかりたいだけか 柄谷 世界共和国へ
は、マルスク、ポランニー等を良くまとめて、
一つの基礎になるのでは
交換様式
互酬 贈与と返礼
商品交換 等価交換
再配分 税金と分配
貨幣は等価交換のためのツール マルクス曰く、等価商品交換は共同体と共同体の間に生まれる
見ず知らずの人々との交換はその場で清算しなければならない
そこに貸し借りを作っても返される保証がない
逆には共同体内は、貸し借りを残す贈与返礼交換でなければならない。
その場で清算される等価商品交換では繋がりを断ち切る決別を意味してしまう。
現代でも記念日にプレゼントが送られるのは贈与返礼交換である。
そこでお金を渡すことは失礼となる。
お金を渡すことはあるがそれはご祝儀であり清算を意味しない。
超越的商品であるお金とは、清算の手段である。 商品をお金で買うとはその一瞬で清算されることを意味する。
現代のようなほとんどが見ず知らずの他者と交換する場合にはその場で清算される貨幣は必要不可欠である。 貨幣は、
あらゆる商品と等価交換できる
貸し借りなく一瞬で清算される
腐ることなく貯蔵できる
しかし貨幣が資本となったときまた異なる姿をあらわす
それはまさに化け物 貨幣は魔法の道具だ
あらゆる商品と等価交換できる
貸し借りなく一瞬で清算される
誰にとっても価値が平等
腐ることなく貯蔵できる
しかし貨幣が資本となったとき異なる姿をあらわす
それはまさに化け物 まったく違うな。金は清算の先延ばしの手段になるからこそ
拡大しながら流通している。借金をして商品を買うのが基本だ。
商品を売る側も、商品を仕入れて、売るために借金をしている。 消費者としての貨幣論と事業者、商人としての貨幣論は全然違うだろうね。 キャッシュレスとか、停電が起きたら
あっという間に破綻しそうだし面倒臭そうだわ。 岩井克人の『貨幣論』を読んでいるけど、
第1章の価値形態論は資本論の平明な解説としていい感じのものだと思う。 トートロジー(本文では「循環論法」)上等!
という感じの文章はある意味新鮮ですわ。 等価交換としての貨幣は、貸し借りを一瞬で清算する。
しかしその一瞬が延滞されるとき、貨幣は資本となる。
資本とは貨幣を生む貨幣。
貸し借りが延滞されるとき、そこにリスクが生まれる。
貸しても返ってこない可能性、リスク。
そのリスクの対価として利子が支払われる。
利子によりリスクは解消されるわけではない。
そこに信用が求められる。
たとえば金融ローン、住宅ローン、株など、
資本には社会的信用が求められる。
それにあわせて、資本の金額も評価される。
等価交換は一瞬で清算されるために信用は必要なかった。
誰だろうが貨幣を持っていれば交換可能。
しかし資本となると、信用が求められる。
貸し手が誰で、買手が誰か。
貨幣は誰でも平等ではなくなる。 マルクス曰く、等価商品交換は共同体と共同体の間に生まれる
見ず知らずの人々との交換はその場で清算しなければならない
そこに貸し借りを作っても返される保証がない
逆には共同体内は、貸し借りを残す贈与返礼交換でなければならない。
その場で清算される等価商品交換では繋がりを断ち切る決別を意味してしまう。
資本は再び貨幣を贈与返礼交換の共同体を呼び戻す。
相手が誰であるか、信用できるか。
しかし信用の評価はどこまでも恣意的だ。
信用できるだろう者に貸す。
資本は身内や、高い信用を持つもので、共同体を作る。
資本は贈収賄と裏表だ。 貨幣の信用の資本の信用は異なる
貨幣の信用は経済圏
だから経済圏内では人を選ばす価値を持つ
資本の信用は個人、会社など、個々の信用
個々に付帯する信用
金持ち、権力者など高く、貧しい、権力のないものは低く、
格差による共同体を生み出す
そのときの資本は贈収賄と境界が曖昧になる 貨幣より株式投資信託などのほうが選別されて効率がいいけどねえ。覗きたかり性暴力お触りまで紙幣や硬貨を使わせないで敷居が高い貨幣にしないと。 貨幣より株式投資信託などのほうが選別されて効率がいいという錯覚であります。
不満をもちつづけると心が削れますよ。 資本でなく、等価交換としての貨幣の方が本質のようだが、そうだろうか。
等価交換の貨幣はほんとに限定的なような思う。
現代は市場経済が発達してほとんどのものが商店で買えるようになったが、 これは特殊な状況で
貨幣が求められ普及して使われるほとんどは資本としてだ。
資本とは貨幣を生む貨幣。 、_,i|::::::::::|:::::i::::::::|:::i:::::i::::::|::::::::i//.::::::::::::::::/.::::::ヽ._ノ
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〈:八:::::::::ヽj」-'′  ゙̄Y:::/.::::::::}i:,
∧:::.\::::ノ V.::::::::::ノハ
〈::::;::::ヽ::У ) ::::::〃::::::〉
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l \ , i
l ヽ、ヽ ノ 今 日 も 終 日 中 年 ひ き こ も り ス レ
l ^ 入! !
゙. __________r´_|______ !
Y゙´ ̄`゙'ー-=ニ ∞ _ニ=‐-'^ ̄ ̄ ̄Y
'. `丶、 γ'´ !
'. ^「こ:r′ |
'. |⌒| |
゙. | | . | 貨幣は資本にあまり変わらないよ。あくまで商品だよ。だけどね、同じ価値の貨幣を使って高価なものを手に入れるのがおかしいわ。 貨幣に中程度や下層がかかわっているから貨幣制度の根本とバリエーションが様変わりしなけりゃ
円だての取引なんてすすめられないじゃんお客さんに。 円の規模は勝ちだけど質がよくない限界を超えないと。 貨幣論において見られる岩井克人の資本論の価値形態論から交換過程論への移行の読解は
宇野弘蔵のと全然違うな。 マルクスの話がしたいだけのいつもの馬鹿が立てたスレ 岩井克人の貨幣論には統治の働きについての思考が欠落して
いて、それは、後から付け足したり、補足したりすれば
済むような性質のものではない。 経済学者ってアナーキーな議論を展開する人も多いわな。 統治がどうとか考えるのに疲れた時に
そういうの無しで現実の社会の流れを表せるのが貨幣論の魅力だと思う。 マリアテレジア銀貨の例に見られるように、
統治の意図を超えた貨幣の通用の仕方に注目が集まる。 https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO5825510020042020000000?page=3
■「グローバリズムに夢を求める時代の終わり」
――国際通貨基金(IMF)は20世紀前半の世界大恐慌時に次ぐ景気後退になると予測しています。
「世界恐慌後の世界は金兌換(だかん)券の停止と財政拡大という政策セットを
採用した国から、不況から脱出している。先進国の1番手はドイツで英国、日本と続いた。
米国やフランスは回復が遅れた。しかし金兌換券の停止は各国の経済ブロックの形成
につながり、ブロック間の優劣が第2次世界大戦の原因のひとつになった。
現代の世界でグローバリズムを拒否することは、さらに大きな危機につながりかねない」
――新型コロナ感染拡大の直前に刊行した「国家・企業・通貨」(新潮選書)では「グローバリズムに夢を求める時代は終わりつつある」とまとめています。
「19世紀に生まれた国民国家・株式会社・中央銀行で構成する経済システムの
ひずみが、限界に来ていることを分析した。各国はグローバル企業誘致のための
優遇競争を繰り広げ、先進諸国の法人税は大幅に低下した。中央銀行も加わり、
超低金利時代が現在も続いている」 ■消費税が招いた? 中間層の疲弊と格差拡大
――代わる国家の財源として各国で採用されたのが消費税です。
「企業の利益ではなく付加価値に課税する消費税は、国家間での企業優遇競争を
生みにくい代わりに、株主よりは従業員の、富める者よりは中間層の負担を増す制度
という面がある。中間層は疲弊し、格差が拡大した結果、ポピュリズムや排外主義の台頭
を生んでいる。他方、GAFAに代表される巨大IT企業の影響力は、
人々の気持ちや意思決定にまで入り込み始めている。
個人の自由を守る取り組みが極めて重要になってきている」
「ただ新型コロナの収束以後は、世界はこうしたゆがみを是正する方向に
進むかもしれない。企業のサプライチェーンの見直しは、
日本を含め各国の企業法制や税制の再構築につながる可能性がある。
一方、単純な統合統一志向への反省は、
中央銀行の貨幣独占発行への見直しもにつながるだろう。
地域通貨や暗号資産(仮想通貨)の普及は、試行錯誤を繰り返しながらも進むだろう」
「株式会社にも変化の芽が育っている。昨年夏にアマゾンやJPモルガン・チェースなどで
構成する米経営者団体『ビジネス・ラウンドテーブル』は、従業員や地域社会を重視する
事業運営に取り組むと宣言した。こうした株主第一主義からの進化を新型コロナ収束後の
経済は加速させるだろう。中小の経営者は、日本型の経営スタイルを守りつつ
新たな潮流への目配りが欠かせない」 >>107
別にアレルギーなんてないとおもうよ
みんな方方でマルクスを宣伝して回るお前さんに呆れてるだけ >>119
話のタネとしてのマルクスが今まで余りにも語られなさすぎただけだろう。 かつてのフランクフルト学派やドゥルーズらのように
マルクスとフロイトを統合する観点から発展的な思潮を模索して
いこうとした思想的潮流が存在する一方で
マルクス理論の過ちを頑なに認めず資本論や共産党宣言の内容を
オウムのように繰り返してるだけの人たちの言ってることに
誰も耳を貸さないのは当然のように思える 共産党宣言や経済学批判要綱で不況の原因として過剰生産説をとっていたのは間違いで、
資本論で見受けられるように再生産の失敗が原因だというのは妥当なように思える。
また、10年周期で不況・恐慌がやって来るという説もいまの世の中に大体当てはまる。 当てはまってるかも知れんが住宅ローンに端を発するリーマンショックやら
偶発的なコロナショックなどを予見できる訳ないだろう
分析的な理論家だったはずのマルクスとは思えない言説だな 晩年のマルクスは金融市場の動向を新聞で追っかけていたというが、
もっと長生きしていたらそういうのをもとにどこまで分析の軌跡を書けていただろうか。
今回のコロナショックは金融緩和バブル、株式買い入れバブルをどこで御破算にするか
そのきっかけとして起きたように見えなくもない。 またの名を暗号資産って言うのは不思議な命名だよな。 アンナフロイト女系が成功が遅くてもオカルト世界主席までたどりつけばいいのに。 いまの小学生は大判小判がざっくざっくなんて言う昔話を聞かされることもないのだろうな。 r r―- '⌒ヽ
ゝー' h _, -―z-- 、
/_ _r[三7 `Z._ー \ _∠⌒\―-、
/ -┐ // 7/⌒ / ー-、寸{[ \J{
l/ {r ⌒ ー' / ' , / | ヾミ] く
/゚ |/ /-/、l ト、 l| ゝ __ 、 、|
/ ハ 玩テミヘ レ=ミl l ハ _)ノ\ |
ゝト{ {り \{り }/ / ゚l  ̄´ jノ
, -―-r'入 、_ '_ // l
//三`ヽ〈 \ ‐ / \ 学術さんが逝けばいいのに。
// \、/:`T´/ |/ ヘ
l/  ̄`>、lV // \
| / `>、‐ 、 \
l  ̄`>、_ _, ´ //} ,≧._ィ=\
| \`>、 。 l /´  ̄` ー―ぅ'⌒l
| / \゚ |〈` -‐' 二}/ ノ
| / ヽニス \_/ 'ー/ ノ
,' /  ̄`ヽ / `ト-、) ̄し' 、
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\ ヽ
/7′ . ´ /ノ | \ ヽ
/ / /! l \ \
/ / /:ハ / \ ヽ
/ /} ,/: : :ヘ /:l \ /\
/ /二ニY__ 人 __ イ.. -‐- ゝ _ ノー' ヽ 〈 /三>-、
/`T{¬ー\ 一二三三三三三三三二一 V // j}
ト 、  ̄ ̄ 〉 ヾ{ //
`¨ {ヽ __/ ゞニ´ イ
まあ、それよりも批評空間の対談と、
松原隆一郎の『ケインズとハイエク』を先に読むか。 ジャン・ボダンが貨幣商品説の創始者だと初めて知った。
主権論とかの政治学の人としてしか知らなかった。 | / `>、‐ 、 \
l  ̄`>、_ _, ´ //} ,≧._ィ=\
| \`>、 。 l /´  ̄` ー―ぅ'⌒l
| / \゚ |〈` -‐' 二}/ ノ
| / ヽニス \_/ 'ー/ ノ
,' /  ̄`ヽ / `ト-、) ̄し' 、
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
| / `>、‐ 、 \
l  ̄`>、_ _, ´ //} ,≧._ィ=\
| \`>、 。 l /´  ̄` ー―ぅ'⌒l
| / \゚ |〈` -‐' 二}/ ノ
| / ヽニス \_/ 'ー/ ノ
,' /  ̄`ヽ / `ト-、) ̄し' 、
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
| / `>、‐ 、 \
l  ̄`>、_ _, ´ //} ,≧._ィ=\
| \`>、 。 l /´  ̄` ー―ぅ'⌒l
| / \゚ |〈` -‐' 二}/ ノ
| / ヽニス \_/ 'ー/ ノ
,' /  ̄`ヽ / `ト-、) ̄し' 、
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\ / E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\
/ E/ }// \/ ヽ
/./ / /j l\ 貨幣数量説に基づく金融緩和ってデフレよりはマシだからというような
消極的な支持しか得られてないよな。 「金のなる木」などという表現も廃れて行っているんだろうな。 金を生き物みたいに捉えるのは限界がある
それはある種一般市民の感覚 お金は天下の回りものと捉えるのも、ブルジョワ的だわな。 流通させて、統治者に貢ぐための手段として認識されていたのでしょう
>イエスは「税金に納めるお金を持ってきなさい。」といって、
>持ってきたデナリオン銀貨にローマ皇帝の肖像が刻印されて
>いるのを見せて、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
>と教えた。 自由競争こそが自由ではなく、計画経済に徹底的な自由があるという皮肉 無側の貨幣もあっていいよな
有側だけじゃなくて
偶然的貨幣 現代の日本人は、「おカネとは、細長い紙に印刷されたものである」という信念で固められている
中国では、人民元の電子化が進んでいる。
もうすぐ、「おカネとは、ネット上の電子信号だ」というのが常識になりそうだ。 悪銭身につかずなんて言葉も過去のものになりそうだな。 変な通貨ばかり作られてる仮想通貨でも
さすがにマイナス単位とか虚数単位の通貨はない
作れよw 日本では文系が複素数平面を学ばなくなって久しいから無理だな。 複素数平面を知らずに、虚数を理解しろというのは無理があるな 「おカネとは、ネット上の電子信号による数値である」
この信念が定着したら、貨幣観は大きく変わる いずれ、「おカネ」と聞いて、「丸い金属片」や「細長い紙の印刷物」を連想する人はいなくなるだろう スウェーデンではIDとかの体内チップ化が進んでるんだよな。 おカネは、体内チップの電子情報になるな
手ぶらでレジを通過するだけで、支払が完了する 【アフター・コロナ】現金社会で広がる「非接触」生活──支払いはどう変わる
https://www.coindeskjapan.com/48866/ NECは長らく低迷していたが、電子決済の端末のシステムを作り、
高い純益を確保したようだ。 重商主義復活の兆しがみえない。
もはやこれからは、アダム・スミス消費財主義からの脱却が重要だ。
国民の労働による生産物に価値はない。 マーケットなる抽象的な場になんでも丸投げしてりゃ、価値ある物は生き残り、価値無きものは淘汰される、なんて時代の糞っぷりは、是正され続けなければならない。 専業主婦だの、生活保護受給者だのは当然、労働人口には含まれない。
甲斐性のない女はこれからの時代においてはゴミ屑同然の扱いを受けるだろう。
女が男を養うくらいでないと。
これまでさんざん男が女を養ってきて、専業主夫も増えてきたこんな時代だからな。 経済哲学っぽいスレになって来ましたね。
政治哲学に比べると些か盛んでない経済哲学が盛り上がることを期待します。 本当に、「丸い金属片」や「長方形の紙」といった従来の貨幣が消滅して、ネット上でやりとりされる電子信号だけになってしまったら、どうなるだろう。
日本だと、まだまだ絵空事に感じられるが、中国ではすでに現実になってきている。「日本からのおみやげで財布をあげたら、何に使うんだコレはと言われた」なんて話も出てきている。
日本人だって、割り勘をスマホでやりとりする姿が普通に見られるようになってきた。 タンス預金の存在を知らない若者が増え、
高齢者から金を取るという発想が消えたりして。 そうなると、おカネは完全に、モノではなくなる。
「おカネとは、PCやスマホの画面に表示される数値のことである」という信念が、人類に定着する。
といっても、普通の数字ではなく、特別な意味を持つ数字だ。
それを得るために人を殺したり、それが足りないせいで自殺する人もいるほど、特別な数字だ。 なぜ、それほど特別な数字なのかといえば、「これがあれば、交換で何でも手に入る」と信じられているからだ。
でも、しょせんは単なる数字でしかない。 ダークウェブとかのようなハッカーたちの拠点と
一般人との壁が低くなりそうな気もする。 宇宙人が地球を見たら、奇妙な世界に見えるだろうな。
何もかもが、「数字」のやりとり。
他人の数字から差し引いて、それを自分の数字に付け足すのが目標。
この「数字」となら、なんでも交換に応じてもらえる。
数字さえあれば、なんでも手に入る。
この数字が多ければ勝ちで、少なければ負け。
まあ、他の惑星も(人間がいれば、の話だが)、そうなのかもしれないが・・・(笑) 貨幣が貨幣として成り立つのは、すべての人が、ほかの人がそれを貨幣として受け取ってくれると信じているからにすぎない──。
貨幣の本質を『貨幣論』にて解き明かした経済学者・岩井克人のインタビュー >>172
もう70歳代だからな
東大には、もういないか 実績 経済成長モデルの
最適経路の研究
マクロ的不均衡動学理論の
体系化
貨幣論の提唱
法人論の提唱
信任論の定式化
↑
こんなもん実績に入るかよ。だれにでも言えることだ。哲学とは絶対に言えない。 そりゃ、経済学者だからな
でも、ひところはポストモダン思想の旗手の1人みたいになってた 資本主義論も入ってて良さそうだが、
左翼臭を消そうとしたのかな。 ほんとだ。
コロナ後に「ニューディール政策」復活の可能性
岩井克人「新古典派経済学」超克の野望、再び
https://toyokeizai.net/articles/-/346470 経済板のMMTスレでも岩井貨幣論が話題になってたな。 やっぱり批評空間から筑摩書房、ちくま学芸文庫とまあ、
相当読まれたんだろうな。 で、NHKの欲望の資本主義に接続されると。
岩井克人「欲望の貨幣論」を語る「欲望の資本主義」特別編
https://str.toyokeizai.net/books/9784492371244/ 批評空間の2期5号
貨幣と資本主義の共同討議は
かなり喧々諤々としたやり取りになっているな。 貨幣論とか資本主義論は難しすぎて、
25年経っても進化の度合いはあまり激しくないような気がする。 ケインズの貨幣論とハイエクの貨幣論を問題にした日本の言説は、
批評空間第2期5号の岩井克人、西部忠、大黒弘慈の論議から、
大黒(2000)に移り、西部の地域通貨論や反新古典派の言説を経て
松原隆一郎の新書、そして『ハイエクを読む』の中の
柴山桂太のまとめへと移っていく。 >>184
哲学的にはそうかもしれんが、その間に貨幣の電子化、投機化、グローバル化が一気に進んで、現実が激変しているからな 「貨幣とは、政府が発行するものである」という信念もまた、リブラその他によって崩れようとしている。
なんで「信念」が大事かというと、おカネというのは、金貨や銀貨のような貴金属ならともかく、紙幣の場合、紙そのものにはほとんど価値がない。
おカネの価値は、「おカネには価値がある」という、人々の信念に支えられているからだ。 リブラ(Libra)
フェイスブック(Facebook)が構想する新たなデジタル通貨。
値動きの激しい暗号資産(仮想通貨)と異なり、価格が安定する設計が特徴だ。
ドルやユーロなどの法定通貨を裏付け資産とすることで価値を保つ。
フェイスブックはリブラを通じて、銀行を介さず、スマホで手軽に送金や決済を利用できるグローバルな基盤の構築を目指している。
一方、マネーロンダリング(資金洗浄)対策や利用者保護など課題は多い。 今知ったけど、Libraって天秤座のラテン語名なんだな。
これを通貨単位するのかーって感じだな。 >>191
まあ、天秤で金の重さを量るのが、大昔の経済の基本だったからな 欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を超えて〜 第9章・第10章 書き起こし
https://kamomelog.exblog.jp/30041853/
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1213248804721324032/pu/vid/1280x720/yaZ99M-XIojl3M0m.mp4?tag=10
フェリックス・マーティン(英:ファンドマネージャー):貨幣の本質を歴史的に解説 著書『21世紀の貨幣論』で注目
「一体なぜ仮想通貨はこれほど人気なのでしょう。これは『ロックの貨幣観』への皮肉な回帰だと思います。」
イギリスの哲学者 ジョン・ロック(1632~1704) 社会契約説によって近代民主 ひところ、スピリチュアル系・ニューエイジ系の人たちの間で、「信用創造論」が流行したことがあった。
信用創造をひらたく言えば、政府が発行した貨幣を、銀行が何倍にも水増しすること。
100円の預金が銀行にあるとする。銀行は、それを元手に、90円をローンで貸し出す。
(残りの10円は、支払い準備金として銀行に残しておかなければならないものとする)。
90円を借りた人は、それで土地を買う。土地を売った地主は、そのうち81円を銀行に預金する。
81円の預金が銀行にある。銀行は、それを元手に、73円をローンで貸し出す。
さっきと同じように、また65円が預金となって銀行に戻ってくる。
ここで注意すべきは、最初の100円の預金は、まだ銀行にあるということだ。
これに、この81円の預金が加わる。銀行にある預金は、181円に増える。
さらに、そこに65円の預金が加わって、246円になる。
・・・というのを合計すると、銀行預金は、最終的にはなんと1000円。
銀行の信用創造機能によって、マネーは10倍に水増しされたことになる。 読み返したら、違ってた(笑)
単位も変えて、書き直す。 100万円の資金が銀行にあるとする。
銀行は、それを元手に、90万円をローンで貸し出す。
残りの10万円は、支払い準備金として銀行に残しておく。
90万円を借りた人は、それで買い物をして、90万円を売り主の銀行口座に振り込む。
売り主の銀行口座には、90万円が入金される。
ここで注意しなければならないのは、最初の100万円の資金は、まだ銀行にあるということだ。
ここでまた、90万円が銀行に入ってくる。
銀行にあるおカネの合計は、190万円に増えている。
さらに、この90万円を元手に、銀行はまたおカネを貸す。
9万円を手元に残して、81万円を貸し出す。
借りた人は、それで買い物をして、売り主の銀行口座に81万円を振り込む。
銀行にあるおカネの合計は、271万円に増えている。
・・・というのを繰り返すと、最終的に銀行にあるおカネの合計は、なんと1000万円。
銀行の信用創造機能によって、マネーは10倍に水増しされたことになる。 つまり、政府・日銀が100万円のおカネを発行すると、銀行がそれを元手におカネを貸すことにより、世の中にあるおカネの合計は、何倍にも水増しされて膨れ上がることになる。
こういうのが、信用創造。
なぜか、スピリチュアル系の人たちは、これをやたらと敵視して、「貨幣経済を終わらせるためには、信用創造をなくせばいい」と主張していた。
経済学部出身者としては、「そこにこだわるか」、「そこかよ?」と思ったが。
でも、資本主義経済が、これがあるおかげで大きく成長してきたのは事実だ。 いまや、政府が率先しておカネをせっせと増やしている。
それでも、インフレになる気配はない。
日本は構造的デフレ社会だ。 貨幣論に関して、
NHK、東洋経済新報社はケインズ寄り
朝日新聞のGlobeはハイエク寄り
まあ、東洋経済新報社はケインズ全集を出しているからな。 お金が増えるというよりお金にキャパシティーがあるだけだと思うけど。
経済が成長すれば不可能ではないがただのマネーゲームだと価値は持続しないし被害が出るよ。 お金のカッピャスィティーに依存しちゃってるのよね私達。 経済や農業に貢献なくお金だけを増やしても通貨の価値や信用度が下がって
結局損をするだろう。しっかりとした裏打ちが大事だ。 今日は岩井克人の『貨幣論』を第三章まで読み終え、
沖縄の島かぼちゃの種を注文した。
届いたら実家の庭に植えよう。 種苗屋の忠告に従い、スイートバジルや大豆に変更。かぼちゃはまた来年。 MMTのような経済理論が生まれる哲学的根拠は何か
財政均衡主義のような考え方が生まれる哲学的背景は何か 岩井克人の貨幣論を読んでいると、資本主義の徹底した分析の上で、
開き直って資本主義社会を生きていきなさい、審判のラッパがいつか鳴ることを
肝に命じた上で。
というメッセージが込められているのかと思ってしまう。 ICUで教えているくらいだから終末論を意識した思考枠組を持ってそうな感じはする。 現金を使うことがキャッシュレス化への抵抗という政治的運動になるだなんて
昔は思いもよらなかったことだ 岩井貨幣論を久しぶりに読み進めた。
>>210
で書いたことを例証するかのように、
岩井克人はハイパーインフレーションを説明する際に、
「最後の審判の日」から逆算して貨幣の価値が下がることだと
述べていた。
>>209
で書いていたほど楽観的な論調ではなかった。 あともうちょっとで貨幣論が読み終わる
ちくま学芸文庫を読了するのは難しい 読了。この本が文庫化された翌年に、
ユーロが誕生したということには注意しないといけないかもしれない。
基軸通貨ドルからの遁走が起こるときに資本主義の危機が現れる
と岩井が文庫版あとがきに書いているのだが、
危機はそれからやっと約10年後に起こったという事実があるから。
『批評空間』における様々な議論にも気を配っておく必要もあるかもしれない。
ハイエクかケインズを取るかでハイエクを取る西部忠とケインズを取る岩井の違いとか。 【九州豪雨】キャッシュレス普及、停電で痛手。現金の利点や必要性を評価する声。
コンビニ店長「災害時はやはり現金が安心だ」人吉市★3 [記憶たどり。★]
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1595226527 デジタル化の推進で貨幣もデジタル化がますます進むか。 中銀デジタル通貨、実証実験「21年度の早い時期に開始」=日銀
https://news.yahoo.co.jp/articles/d824bfb6192782bc15d7e48c1d4c61e69a43b841
日銀は9日、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の取り組み方針を公表した。
現時点では発行計画がないことを改めて示した上で、
環境の変化に的確に対応できるよう準備しておくことが重要と指摘。
実証実験の第1弾を、2021年度の早い時期に開始することを目指しているとした。
日銀は、企業や家計など幅広い利用者を想定した
「一般利用型CBDC」の取り組み方針を示した。
日銀はCBDCを現金と並ぶ決済手段に位置づけた。
当面、現金の流通が大きく減少する可能性は高くないものの
「仮に将来そうした状況が生じ、民間のデジタルマネーが
現金の持つ機能を十分に代替できない場合には、現金と並ぶ決済手段として、
一般利用型CBDCを提供することが考えられる」とした。
現金の需要がある限り、現金供給は日銀が責任をもって続けていくことも明記した。 今日の羽鳥のモーニングショーによると、
西伊豆町では、釣り人が釣った魚を
地域限定の電子マネーに換金する取り組みをやっているようだ。
地域通貨も進化しているね。 発案したのは東京在住の釣りメディアの編集長だと。
<新型コロナ>電子地域通貨と釣った魚を交換 「ツッテ西伊豆」開始
https://www.tokyo-np.co.jp/article/54860 中国政府が、電子通貨で日本円をジャンジャン発行するらしい
「これは円だ」と言われてしまえばそれまで やろうと思えば、なんでもできるだろ
どうやってコントロールするのか 果たしてネットワーク状に働いているものに対し、
コントロールなんてものが効く状況なのだろうか? 黒田明伸の『貨幣システムの世界史』岩波現代文庫
レビュー、感想が増えている。
https://bookmeter.com/books/15113279 NHKが毎年やってきた資本主義論や貨幣論は理論詰めではなく
ハラリみたいな歴史面から攻めるのだろうか。それともコロナで吹っ飛んでしまうのか。 貨幣物神から資本物神へ読み解いていかないと
いつまで経っても労働者を貨幣に縛り付ける資本の意のままじゃないか 資本論の最初の方だけではなく、
貨幣の資本への転化とか、価値増殖過程を読まないといかんちゅうことですな 経済用語の日本語訳も西周がやってたのかなあ?
とふと思った。 広西元信の「資本論の誤訳」によれば
ドイツ語の言葉の定義、語源の理解が拙くて
誤った訳語のまま日本の概念が刷り込まれてしまってるとのことだ
「社会」と「会社」の二つの言葉の相違と類似が和訳では極めて曖昧で
軽率な誤訳で倒錯した解釈を生んでいるのだそうだ 「富の不平等は必然的に生じる」と数理モデルで証明可能
https://gigazine.net/news/20191109-inequality-inevitable/
アメリカのタフツ大学経済学部のブルース・ボゴシアン教授が、
経済そのものが持つ原理によって「貧富の差は必ず生じる」という事実や
「現実の経済では何が起きているのか」という問題に関して、
数理モデルを使ってわかりやすく解説しています。
ボゴシアン教授は、富が1人に集中することの証明に「ゲーム」を活用しています。
例えば、コインの表が出たときには、「所持金が20%増える」、
裏が出たときには「所持金が17%減る」というゲームをしたとします。
所持金が100円だったとしてこのゲームを1回行ったときの期待値を求めると、
以下のようになります。
20×½+(-17)×½=1.5
期待値は正の値となり、このゲームは「得」であるように思えます。
しかし、もしこのゲームを10回プレイして、「表が5回・裏が5回」出たとします。
ゲーム後の手持ちの金額は以下のようになります。
100×(1.2)5×(0.83)5=98.02
というわけで、実はこのゲームは「すればするほど損」です。
このゲームを現実に近づけた思考実験が「ヤードセールモデル」という数理モデル。
ヤードセールモデルでは、参加者はそれぞれ2人で1組を作って「取引」をしてもらいます。
この取引は、現実の売買における「お得な値段だった」
「ちょっと高くついてしまった」という場合を模して、
「どちらか一方が勝ち、もう一方が負ける」という設定になっています。
勝った場合は、取引の参加者のうち「貧しい側の所持金の20%」を獲得し、
負けた場合は「貧しい側の所持金の17%」を失います。
例えば参加者A(所持金100円)と参加者B(所持金500円)が取引して、
Aが負けてBが勝ったとします。この場合は、
負けたAは、Aの所持金の17%である17円を失って、所持金は83円になります。
一方勝ったBは、Aの所持金の20%を得て、所持金は520円になります。
そして、取引が終わった参加者はまた別の参加者と取引を行って、
無限に取引し続けます。
ボゴシアン教授によると、この「ヤードセールモデル」を続けた時、
たった1人が全ての参加者の所持金を獲得し、
他の参加者の所持金がゼロになるという「富の独占」が必ず生じるとのこと。
この富の独占は、参加者の人数にも、それぞれの参加者の開始時の所持金にもよらず、必ず生じます。
現実世界では、参加者同士が取引を行う時に「勝ち負けが50%ずつ」ということはありえません。
この実験結果を受けて、ボゴシアン教授は
「自由経済市場は長く滞在すればするほど所持金を失うという連続性のあるゲームです。
しかも、自由経済市場から離れることは不可能なのです」
と語っています。 >>240
広西は東大卒の武道家で右に位置する人だが
この本は80年前後に特定界隈では話題になっていた
左派で最初に取り上げたのは鹿砦社エスエル出版会の季節で
稲妻の村岡到も評価、接近していった
だがそれも一部の話で
一切無視されていたと言ってもいい 流石にKapitalを資本と訳すのは間違ってないよな。
Geldは貨幣、Wareは商品というのも。 会社と社会は会社人を社会人と呼んだりする弊害にも繋がってるわな。 長谷部訳青木版資本論では
「商品は闘争する」という誤訳があり
これは内輪では革命的誤訳だと
笑い話になったものだ あ〜、G-W-Gのリズムに乗れない。。
算数とか理数系が苦手だからかな
経済学部とか理数系の学部に行かなくて良かった。 資本論と弁証法の関係ってあんまよくわかんないんだよな・・ 使用価値、価値、交換価値
商品、貨幣、資本
これらの関係性が弁証法的であるという訳か。 そもそも現在の危機は
1973年のオイルショックの時点からのスタグフレーションに由来していると。
by 欲望の資本主義2021 市場は社会に埋め込まれている
悪魔の挽臼にしてはならない、社会規範が大事、
最後は禅
by 同上 使用価値、価値→貨幣
商品、貨幣→資本
という弁証法ね。 資本はG-W-G'の価値増殖運動な訳なんだな、
資本家も労働者もそれに引きずり込まれているわけだ。 現代貨幣理論の論争が貨幣論・貨幣哲学に流れてきそうな予感。 MMT熱もそろそろ冷めてくる頃か
それともまだ続くか 通貨は兌換性を失った時からバブルを始めいずれ耐えられなくなり破裂する
その時何が起こるかは推して知るべし
今の借金経済主体の金融世界で本位制回帰などいうのは馬鹿な話だろう
欲望は進むところまで進み破滅する
そして次の世界に繋がっていく、何度も繰り返された事、これまでもこれからも続いていくだけ 経済学になるけど、西部邁の『ソシオ・エコノミックス』は
熟読されねばならない文献なんだろうな。 経済学者→雄弁家という変化を遂げる→の部分を考察するのに必要な文献だろ。 現代思想の1987年8月号もこのスレに当てはまる資料だな。 本や著書となるとちょっとアレだけど、
論文が貨幣になったらおもろいのにな。インテリの間で。 仮想通貨みたいな投資そのものの為だけに存在する仕組みのために
膨大なエネルギーが消費されてるのに、国連はなにやってんだろうな
日本の火力発電所で騒ぐよりそっちだろ 貨幣でも
兌換紙幣は供給が追いつかず市場流動性危機でデフレ化して終わる
逆に不換紙幣は紙幣の価値が下がり続け、最後はハイパーインフレで終わる
通貨の寿命は50年〜300年 さっきプライムニュースで木内登英氏がスタグフレーションに言及していた 円安でさ
円(アルミ)を紙にした方が良いと思う
素材の分、発行するほど赤字膨らむ 歴史的円安、膨張する財政赤字の一方で…日本の純資産「経常収支黒字」によって増加中。
統計を正しく読んで理解する〈日本経済の真実〉
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/e0d02a92bd896b014bd550bc561ad8a8a6176c9e