デジタルトランスフォーメーション
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デジタル省もできて、ますます「デジタル」が注目されていますが
デジタル、そしてデジタルトランスフォーメーションの哲学的な意味を
考えていきましょう
基礎的な概念はこちら
西部邁スレ合理論のまとめ
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1536734463/ まず、腐敗を一掃しないと、この世界から不幸はなくならない
腐敗は、10の不幸から1の喜びを生み出すとんでもないしろもの デジタル庁っていうネーミング良いな
本質はITではなくて、デジタルにある
そして、デジタルトランスフォーメーションは数千年前からすでに始まっていて、それはトランスヒューマニズムの一環をなしている そもそも、日本人はヒューマニティが好きじゃないからね
むしろ、生理的に嫌ってる感すらある
つまり、日本人はトランスヒューマニズム志向がかなり強いわけだけど、デジタルでは出遅れ感がある
しかし、デジタルトランスフォーメーションはトランスヒューマニズムの一環なわけで、トランスヒューマニズム全体を巻き込んだ進展では
逆転できる可能性は十分にある ヒューマニティが不幸と腐敗の温床になることを、日本人は本能的に見抜いてる
この辺の感性は日本人は非常に鋭い th教信者が日頃の傷の舐め合いで気持ち良くなるんだろうなw eスポーツなんかもデジタルトランスフォーメーションだな
暴力をデジタル化することで、知性的なものに変わる
つまり、トランスヒューマニズムだね アメリカとかでは、ファイトクラブみたいな犯罪の温床みたいなものが
eスポーツに置き換わりつつある
これによって、末端からの知性化が進んでいる
まさに、末端から退廃化が進んだポストモダンとは逆の方向性 型通りにしかできないという人の時代は圧倒的に終わった
もうそういう人はベーシックワークしかできない
ゼロから考えることのできる人のみが、付加価値のある仕事に就ける まあ、別にベーシックワークで良いでしょ
それ以外の仕事に就けるのは、一部の天才のみ 日本の子どもたちを苦しめる「生きづらさ」の本当の正体
吉本 隆明
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75559
この人、一応有名な人だよね
自分の個人的な体験を良くここまで一般化できるな
頭脳に欠陥があるとしか思えないが、昔の人間はだいたいこのレベルのお粗末さなんだよな >>1
西部邁スレ合理論の結論というのを参照してきたが、デジタル省だとかデジタルトランスメーションだとかと矛盾する話に見えるが? デジタル省、「デジタル」、そしてデジタルトランスフォーメーションの哲学的な意味というが、実際に社会でここ近年に起こっているのは画一的、半強制的に国民に新しい技術の使用をさせようとしていることで、その結果は効率と利便性の後退と選択肢の縮小化をもたらしている。
レジや券売機の実際の待ち時間が大幅に伸びている問題、日常自由行動の選択時に他者とおなじような選択肢しか簡単には取れなくなっている問題、これらをどう考えているのか。 遊びの時間にしても似た問題が見てとれる。
ファミコンくらいの時代ではゲームはやろうと思い立ってから一瞬で開始できた。今主流のスマホゲームでは開始までにロード時間が長かったり最新コンテンツのインストール待ちだったりで待ち時間は伸び、さらに課金ビジネスによって永遠と続く押し付けられたベクトルでの強度成長しか楽しみの選択肢がなくなっている。お布施してもプレイスタイルの幅が広がる方向の希望は叶わない。 というか、それ以前にデジタルと西部邁とか何の関係もないから
デジタル音痴の自殺幇助者2名出した老害の名を冠している時点で馬鹿決定のスレ
合理論と西部を結ぶのも馬鹿決定。頭悪すぎ 大衆目線からでも明らかな問題は「トランスフォーメーション」の部分の失敗だろう。
例えば、書類を保管しつつ運用する場合を例とすると、作成された書類を保管する代わりにデジタルで作成された書類をpcに保管するとする。この場合生じるメリットは保管スペースの大幅削減、保管維持メンテナンス費用削減、複数人同時閲覧可能、検索時間短縮、などである。ではメリットを見込んで軽率に書類のデジタル化をやらせるとどうなるか。当然ながら想定外の問題が山ほど起きる。pcや閲覧ソフトウェアの処理能力不足によるフリーズ、サーバーダウン、トランザクション機能不足による更新データの欠損、ただ読みたい箇所に目を通したいだけなのに操作がわからず見れない、使い方を学習し終えたらソフトのメジャーアップデートとともに使い方をまた一から習わないと作業できなくなった、など。これはあくまで例だからそういうものだとして次に読み進んで欲しい。
で、そういう想定外を考慮せずに押し進めようというのがトランスフォーメーションということになる。つまり、本来なら起こりうるデメリットや欠陥を、実験や臨床で解決したのちに提供するすべきサービス、プロダクトを、それなしにデプロイしているのである。
幼児だけの難民の群に、これゆでて食べなさいと大量のジャガイモを渡すようなものです。手探りで調理して芽ごと食べると毒に当たる可能性も、日の下に保管して芽が出る可能性もあるので、調理済みのイモを渡すか調理法と保管法を身につけさせた後で生イモを提供するかすればみんな幸せになれるのに。 社会規模の改革という性格を考慮すると規格の固定とトレーニングという2点も追加する必要がある。A社でできていた操作はB社でも適用できないと客も転職者も困る。社会規模で一斉に変革したけど詳細は各社バラバラではアウトなのである。馬鹿でもなんとか覚えることが可能で、一度覚えたらどこにいってもそれが通用する、この難易度をクリアしないと社会構成員は幸せにはならない。
逆にそれができないというのなら、デジタル以外のアナログを選択肢として常に並べておけよということである。 デジタルトランスフォーメーションは失敗とかそういうレベルのものじゃない
まず、言語の発明自体がデジタルトランスフォーメーションだからね
それは、トランスヒューマニズムのメカニズムをまさに示している 強制を伴う押しつけは、昔は戦場、今は市場からもたらされる
それ以外の押しつけはイデオロギーとか宗教とかに起因するもので、特に日本ではあまり好まれないな 人類に言葉が普及したのも、それが生物として生き残るために有効だったからだが、
しかしその本来の作用からは離れて、そのデジタル化による作用が
生物として生き残るために必要なレベルをはるかに超えて、知性の向上を促した
この様態こそ、まさにトランスヒューマニズムということになるな つまり、生物として生き残るという目的とは離れた別の方向性をすでに人類は持っているということ
その方向性への動きがトランスヒューマニズムということになる >>13
昔の特に男性は他人の気持ちを推し測る能力が非常に小さい
自分の体験がすべて
どちらかというと獣に近い 芸能人の自殺が相次いでるけど、芸能人はヒューマニティを商売にする仕事だからね
腐敗と不幸を背負いやすい
これから精神的にもさらに厳しくなると思う 芸能人の多くは自衛の手段として子弟を海外留学させたり
国内の有名学校に通わせたりしているね。 まあ、海外留学というのは良い方法かもね
大きな相違がある環境に触れることで、その落差にヒューマニティが残る余地がある
大きな相違は無作為を引き起こし、それが生物として活き活きと活動できる原始的な環境を疑似的に呼び起こす 外側の無作為によって、内側の無作為(これが腐敗)が中和されるってことだね まあ、結局は芸能人が売りにするのは個性なわけだけど
その個性が神に与えられたものそのままであるならば、そこにはまったく腐敗は発生しない
それはまさにトランスヒューマニズムに向けてあるべき姿なんだけれど
しかし、それではおそらく商売にならないだろうからね
無理矢理個性を誇張しないといけないわけで、それは神のものではない疑似乱数に頼ることになって
それによって腐敗が生じるってことになる なぜそうなるかというと、神に与えられた個性から離れることで、かえって無意味な乱れ、無作為、乱数が生じるってことです
したがって、トランスヒューマニズムに向けた出発点はできる限り、その本来のありように忠実であることが望ましい 「育ちがいい」とトクして「育ちが悪い」と損をする、この社会の現実
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75485?imp=0
育ちとか礼儀作法とかで得するって、非常に利権が強い職業でしょ
そしてそれは地位として非常においしい
ただ、礼儀作法とか洗練された仕草より前に容姿がダメだとそれもダメになりそうだが
そういう意味で芸能人と同じジャンルとも言えるな
まあ芸能人は育ちは関係ないが
いずれにしても、そういう利権の強い職業は、デジタルトランスフォーメーションによって駆逐される側なんだが
しかし、利権が非常に強ければ残るだろうな
それでも、それは強いヒューマニティに依存しているわけで、腐敗と不幸の温床になるだろうな まあ、こうやって考えるとヒューマニティが絡むものはろくなものがないというのがわかるな 「うちの会社ヤバいかも」そう感じたらやるべき2つの正攻法と4つの裏ワザ
https://president.jp/articles/-/39233?page=2
なぜ「ゴマすり」が効くのか。それは部下の立場ではやるのは嫌だが、上司としては「ゴマすり」をされることは好きで好きで、嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。ならば、仕事には手を抜いても、絶対「ゴマすり」に手を抜いてはならない。ヨイショする部下は、上司にとって「愛うい奴」となる。これはサラリーマン社会の通例と知ってほしい。「愛い奴」は成果が低くても、いろいろ理由をこじつけて「彼のことだ、しょうがないか」と思ったり、少しの成果も大きく上げているように見えるものだ。
まさにその通りだわ
これこそヒューマニティで、これが誰かのメリットの10倍返しぐらいの不幸を産出する
まさに不幸生成マシン >>34
ヒューマニティーねえ
まあこれは子ども世代からすでにグループと上下関係、親分舎弟関係とか刷り込みが入ってるからどうしようもなくて、これはアメリカ映画とか見てもそうなんだけど、でも中国の共産圏の大人社会を見てみると、結構上司部下関係が横並びだったりすることが多いんだよね。だから人間だからという一言でかたづけるのは早かったりする。
社会構造抜きでいうと、上下関係を生む組織を解体すればそこは解消されていくわけで、この仕事1万円で出します、受けます、を集めて、個別報酬を全公開して同業者がチェックできるようにすれば解消するわけですね。 共産圏の大人社会といつても、いろいろあるでしょ
共産圏で外側から見えるのはエリート層で、結局はその人たちはある程度トランスヒューマニズムが進んでるからね やはり、GOTOは良くないな
まあ、経済を回すために現時点ではしょうがないのかもしれないが
ヒューマニティを煽りまくって経済を回すのは、その10倍不幸を産出する
結局は、余計な煽りはやめて、ベーシックインカムで煽りなく経済を静かに回した方がいい レストランの店主が人が足りなくなったので、人を雇うと言っていた
結局は、そういう部分で不幸が産出されるんだね
また暇になったら、解雇するでしょ
たとえアルバイトでもその当てられた時間はまったく無駄だからね
そもそも外食で起業させるような社会は無意味
それは必要のない産業と言っても良い
ベーシックインカムをその部分でやれば、誰も不幸にはならない そもそも、食事なんて必要な栄養素が偏りなく取れれば良いんだよ
この部分は、ヒューマニティを煽りまくって、産業をかなり肥大化させてるからなね
腐敗と不幸の温床になってるはず >>36
いや内側からの意見だけど?
まあ出稼ぎ労働者の中に入ったことはないけど、中産階級レベルはいくつか体験したよ
ついでにいうと、中国人の場合、ゴマすり繰り返してポジション得ようとする代わりに上昇志向ある奴らは皆転職で地位を作っていってる人がとても多い まあ、中国人の旅行好き、ブランド好きを見てると
まだまだヒューマニティにどっぷりつかってる
あれによって、多大な腐敗と不幸が生成されているだろうな BIなんて共産主義的な発想だからな
抜本的な改革が無ければ難しいだろう 共産主義は自由を認めないからね
結局、それが間違ってる
人は自由度が高まるほど、結果として知性の指し示す方向性に収束するけれど
それは、どういうものかは事前にはわからない
非常に強い複雑系だからね
もちろんマルクスみたいな数百年前の人間の決め打ちなどまったく役にも立たないどころか非常に有害 つまり、勝手に決めつけて勝手に誘導するなってこと
自己決定性が高まるほど、それは自然にある方向に集約していく
しかし、それは誰が決めるものでもなく、すべての認識者が共通に持つ枠組みに沿って、自発的に自然に決まっていく
それがどういうものかは今の人間にはわからない
そして一人の人間が神のように振る舞ってそれを決めつけるのは絶対的に間違っている でも10年ごとに恐慌が起こる事とか
バブルは必ず崩壊する事とかは当たってるんじゃないの。 「必要か?・役に立つか?・意味があるか?」なんて問いほどくだらないものはない
https://comemo.nikkei.com/n/nfc9e52c88890
カラオケにしろ、外食にしろ、旅行にしろ、行かずに済まそうと思えばできないことはない。それはコロナ禍でも実証されました。しかし、例えば、外食や居酒屋などに行かず、家で食事をしても食欲は満たされますが、それはそれでまさに「味気ない」感覚をみんな感じたのではないでしょうか?
ラーメンでもスイーツでも、立ち飲み居酒屋でもスナックでも、はたまた友人同士でのくだらない会話をするためのさし飲みでも、いずれも「不要不急」といえばその通りです。
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そうかな
コロナで無駄な習慣だったなと気づいた人も多いのでは?
物質に紐付いた体験は、自己決定性を低下させるからね
トランスヒューマニズムに逆行する
つまり、動物として生きるという選択を続けることになる
まず、そういう楽しみって飽きるでしょ?
GOTOにしても、以前はみんな飽きて外国人しか行かなくなっていたところに無理矢理行かせてるけど、すぐ飽きるよ
トランスヒューマニズムの流れに逆らうのは難しいし、それに逆行するなら動物として生きることになり、大きな苦しみが付随してくる >>47
荒川和久@「結婚滅亡」著者
フォロー
11/13に新刊「結婚滅亡」が発売です!他著書「ソロエコノミーの襲来」 「超ソロ社会」「結婚しない男たち」等。東洋経済等でコラム執筆したり、テレビ・新聞によく出ます。独身研究家として活動させていただいてます。メディア出演・執筆・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージから。
https://note.com/wildriverpeace
この人、とんでもなくわかってる人だな
ここまでわかってる人もあまりいないが、しかしなぜヒューマニティを煽る方向に行くのか
そこが違うなあ 正しく、デジタルトランスフォーメーションからトランスヒューマニズムの流れを理解している人は他にいないのか
ホリエモンなんかITとか言いながら、ヒューマニティの権化みたいな人間だし
相当な苦痛を伴うはずだよ、それには 考えを文章だけで表す人は図の威力を知らない
https://toyokeizai.net/articles/-/378470
デジタルトランスフォーメーションからトランスヒューマニズムへの観点では、それぞれの事象はできる限り言葉で表したいところ
結局、言葉が最も緻密にそれぞれの事象をデジタル化、データ化できる
そしてそれによって、各人のデジタルトランスフォーメーション、そしてトランスヒューマニズムへの動きが進展する
まあ、仕事の効率の観点からはまた別の話になるだろうけどね まあ、図や写真や動画を認識してそれを言語化するAIなんかができれば、かなり有用だろうね
検索に最適だし、動画よりもテキストの方がはるかに速く理解できるというのはよく言われている
Googleとかはやってそうだが まあしかし、仕事の効率以外の観点でデジタルトランスフォーメーションを見るのはこのスレしかないだろうな
哲学的な観点から見たデジタルトランスフォーメーションってことだね まあ、無駄をなくして、生産性を上げ、その分をベーシックインカムとして還元する
そして、仕事ではなく思索に充てる時間を長く取るようにするという方向性が大枠ではあるので
そちらのトランスヒューマニズムの観点からは、また違ってくるかな
複雑系なので、一つの観点からだけでは不十分だし、また人間がすべての観点を把握することも不可能だろうとは思う 無駄な部分に人を適応させると、それは非常に残酷な結果を招くんだよ
それは多くの人のリソースと時間を喪失させることになる
無駄を生きることが人生という既存のヒューマニティ的な考えは、多くの苦痛と不幸を発生させると思う
結局、この問題は、既存のヒューマニティの否定、つまりトランスヒューマニズムの是非に行き着く 無駄を認めつつ、人の不幸を避けようとするなら、そこには大きな膨張が必要になるし、
その膨張は大きな波瀾万丈を伴うだろう
それは、スターウォーズ的な壮大な未来を必要とする
しかし、そこにあるのは膨大な不幸ということになる つまり、人類が宇宙に進出して暴れまくるという未来を要求しているのは、
動物としての人間の性ってことだね
それがないなら、人類自身が宇宙に進出すべき蓋然性はなにもないだろうと思う
スターウォーズは、まさにそのことを描いているので、ある意味非常に優れた作品といえるかもね だから、ヒューマニティの権化であるホリエモンは宇宙に進出したいと望むのかもしれないな 既存のヒューマニティは、壮絶なブラック部活みたいなもん
勝者が勝利の美酒に酔いしれるために存在している
いい加減もう辞めようってことだな 今の日本が行き詰まってるのは、既存のヒューマニティに舵を切りすぎてるからだよ
これが自家中毒を招く
人間はその自己決定性が高まるほど、トランスヒューマニズムに進むしかない この板はちゃんとしたことを書けば結構影響力はあるよ
書き込む人は少ないけど、結構な数の人が見てると思う 技術的進歩は、トランスヒューマニズムを促進するものでなければ意味が無い
なので、空飛ぶ車とか火星進出などはほとんど意味が無いだろうと思う デジタルトランスフォーメーションの核心となる概念は、次の通り
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509 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2020/06/04(木) 07:48:17.04 0
絶対的な何かを規定してしまえば、そこに何か絶対的な枠組みがあるってことを認めることになる
そこから、いろいろな絶対的な実在が生じ、さらには「善」の基準さえ生じてくる
その枠組みをすべての認識する主体が共有するなら、AIですらその善を共有する
メイヤスーの仕事と、マルクスガブリエルがそこに反論している点から、この方向性が浮かび上がってくる
生存が一番の価値というよりも、この善がすべての認識する主体にとって一番の価値になるしかないんだと思う
それは、認識するという行為そのものから必然的に導かれる善であって、その善を否定すれば認識すること自体を辞めるしかなくなる
つまり、生命が生きたいという本能よりもさらに先立つ、機械のAIですら共有する」善」が認識する主体には存在するってことだね
510 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2020/06/04(木) 08:05:14.00 0
つまり、動物としての本能とは独立して存在する、認識者としての「善」が存在するってこと
これはつまり、本能とは独立した知性による「善」が存在するってことになるね
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デジタル化とは、この絶対性を導入していく作業なので、そこからその絶対性に付随する「善」が導入されていくことになる
これがデジタルトランスフォーメーションの本質ということになる そして、西部さんの思想とデジタルは関係ないというレスがあったが
ここまでくればわかると思う
西部さんのライフワークであった言語化による作用が、このデジタルトランスフォーメーションから導かれる「善」ということになるね メイヤスーのいう「事実性の絶対性」とは、事象のスナップショットのことです。
そうでなければ、事象は確定せず、絶対性は起こりえません。
そして、事象のスナップショットとはもちろん、事象のデジタル化ということになります
つまり、メイヤスーのいう「事実性の絶対性」とは、デジタル化による絶対性に他なりません つまり、すべての認識者は、認識という絶対化により、それに伴う善を共有する
これが最も基本的な善ということになります
そして、すべての言語使用者は、言語化という絶対化により、それに伴う善を共有する
これは西部さんが指摘していたことでしょう
さらに、ITによるデジタル化では、その絶対化に伴う善をIT使用者が共有する
これが狭義のデジタルトランスフォーメーションですね
こういうことになります よく言われている世界との競争でデジタルトランスフォーメーションに遅れてはならないというのは、その通りなんだろうけど
実は日本の強みというのは、広義のデジタルトランスフォーメーション、要するにトランスヒューマニズムにおいて他の国よりも進んでいる
ことなんだろうと思う
この強みが、日本の豊かさと民度の高さの真の源泉となっている
先進国は、技術自体がITによってコモディティ化している現在においては、技術的な先進性よりも、概念的な先進性において
問われるんだろうと思う
そういう意味において、日本を先進国たらしめているのは、このトランスヒューマニズムにおける先進性であろうと思う
この部分を活かすことで、狭義のデジタルトランスフォーメーションの遅れを取り戻し、さらにリードしていくことは可能だろう
さらに、このトランスヒューマニズムにおける日本の先進性こそが、日本の今の強みの源泉そのものであるということを明確に理解し、
それを意識的に世界に発信していくことで、日本は世界に貢献し、それによって安全保障上の大きなメリットを得ることができると思う
今の世界において最も重要なのは概念における先進性であって、これが優れている国が確固たる立場を築くことができる >この強みが、日本の豊かさと民度の高さの真の源泉となっている
まだそんな事言う奴居たんだw なぜ韓国のエンタメは成功して、日本のエンタメは沈んだのか?
それは、韓国のエンタメ業界が、エンタメとはダメ人間のためのものであるということを徹底的に理解していたから
むしろ、エンタメがダメ人間を作るという側面すらあるけどね
エンタメはヒューマニティをひたすら煽る仕事なので、したがってそこからダメ人間が量産されていく 無駄を許す社会がいかに不幸と腐敗にまみれているかというのは、
世界を見渡せば一目瞭然なんだよね
日本のようにシンプルに、無駄の少ない社会ほど、腐敗、不幸は少ない これは結局はトランスヒューマニズムの是非ということになってしまうから、実際にそれぞれ無駄を生きる人々と
無駄をなくしてシンプルに生きる人々のそれぞれの結果として、見ていくしかない
それを強制することはできないわけだから
デジタルトランスフォーメーションに沿って生きる人々と、感情と欲望にまみれて生きる人々には、大きな違いが生じてくる
無駄を生きる人々は腐敗と不幸にまみれると思うよ
それは動物として生きているということだから、動物としての運命を甘受することになる >そういう意味において、日本を先進国たらしめているのは、このトランスヒューマニズムにおける先進性であろう
>日本のようにシンプルに、無駄の少ない社会ほど、腐敗、不幸は少ない
両方とも初耳w。日本の医療を見れば特に分かるように、無駄のオンパレードが
日本社会の特徴。その理由は、抽象的な思考力がないから。日本人がデジタルや
ITに弱いのもそのため。 まず、今の日本が先進国であるといのでさえ違和感があるね。
エンタメがダメ人間を増産するという意見は面白いし、ありそうなことだ。
けど、オタは役立ちそうだし、それなりに能力ある感じがするけど。
陰キャもそうだけど。 日本人ほどシンプルな生活をしている人々はいないよ
西欧でも欲望と感情まみれだし、発展途上国ならそれ以上
ITやシステムまわりでは遅れがあるけど、それ以外の全体的なトランスヒューマニズムにおいては日本人は世界最先端だろう 欲望を簡素化するためのデジタルでなく、欲望をより早く、効率的、合理的に
満たすのがデジタルなので、ニーズがあるんじゃないの。
書店で本買ったり、注文するより、電子書籍だとすぐに読める訳だし。 デジタル化すれば、トランスヒューマニズムは進むよ
言語の発明によって人間性が変化したのと同じような変化が起きる
そこでは、欲望と感情は後退するだろう
欲望がデジタル化を進めるのではなく、認識者としての善、さらにはIT使用者としての善ですら
デジタル化を進めるだろう
それは生物としての欲望とはすでに切り離されている コロナ感染リスクを抱えて外出してスーパー行くより、ネットスーパーで買い物
した方がいい、といった感じでデジタルは欲望の簡素化の志向でなく、合理化、
効率化なので、欲望の多寡は関係ないと思うよ。 動物としての本能を超えて、その必要性をはるかに超えて、
知性それ自体を向上させてきたのが言語を含むデジタル化によるトランスヒューマニズムってことです だいたい日本社会は、自殺者や鬱病などの精神疾患の多い国なのだから、
多くの不具合を抱えた非先進性の国だと思うよ。
その理由がパワハラ、セクハラ、長時間労働、派遣低賃金などで、こういうことを
やっているのは土人国家に近くて、先進国とはあまり言わないと思うよ。 トランスヒューマニズムは、自己決定性の向上に伴って進む
自己決定性が高まるほど、欲望と感情に触れる人は、そちら方向により極端に触れる
なぜなら、そういう自己決定が可能になるから
しかし、それは認識者として存在可能な範囲からは逸脱することになる
なぜなら、動物の本能が示す方向と、認識者であるべき方向は異なるから たとえば、ネットの効果でネトウヨやB層が世界各国で増えている感じだけど、
デジタル化しても人々の動物化は変わらないどころか、むしろそれを増進している
きらいさえありそうだ。 だから、動物としての本能が示す方向と、認識者であるべき方向は異なるわけで
自己決定性の高まりとともに、動物としての本能を選ぶ人は、認識者としては脱落することになる
そういう現象はこれから頻繁に見られるようになると思うよ >>81
TH君の言っているのは、プラトンのイデア論的な世界への志向だよね。
けど、そんな風にはならないと思うよ。世界の大半はずっとB層の動物化で、
すぐ切れて暴力や自殺、人殺し、高齢ドライバーの轢き殺しなど、
愚民化は当分の間、続くと思うよ。日本だけでなく、世界レベルで。 そういう人たちは、これからさらにその振幅がさらに大きくなって、認識者としては脱落していくでしょう
自己決定性の向上は、認識者として収束するか、収束しないなら発散するかの二者択一を迫る だから、認識者の側で生きている人は、デジタルがあろうがなかろうがそう生きている
から。プラトンも仏陀もスマホがない時代で、絶対的な認識者として生きたわけだし。
なぜ、デジタル化進むと、そういう認識寄りの人間が増えると考えてしまうのかが、
不明だね。だって、今のところ、動物化が進んでいるのが現状っぽいんだけど。
SNSの誹謗中傷と集団リンチで著名人を自殺にまで追い込むのが愚民の姿だよ。
木村花さんとかさ、あと、三浦春馬は芸能界でのいじめもあったようだし。
つまり、デジタル化されても馬鹿は馬鹿のままなのが大半なのではないかい。 >>74
そのオタがヒューマニティを煽るコンテンツのオタなら真性ダメ人間になる
PCオタや電車オタなど、ヒューマニティとは無関係なコンテンツなら、そのトランスヒューマニズムを進めることができる まあ、電車オタは物質に執着してるから、違うかな
やはりPCオタぐらいか
これはアメリカでもトランスヒューマニズムの先頭を切ってる人々だよね >>86
言語の発明が人間性を大きく変えたのと同じ理由 結局、デジタル化によって、物質との関わりが薄くなり、それによって自己決定性が高まるってことだね
言語の発生でも、同じことが起きたと思う 自己決定性が高まれば、生物の本能を取るか、認識者としての善を取るかの二者択一を迫られる
生物の本能を取った人は、認識者から脱落する
それによって、認識者としての善の方向に人々は進むことになる >>88
そうなんだ。俺、TVは観ないし、ゲームもしないけど、PCオタの動画はたまに
観るけど、あれは面白い。異様なほどの高スペックと細部へのこだわりで、作って
いる人は、知能が高いことは分かる。
ただ、彼らPCオタはかなり欲望的な人間に見えるけどね。自作パソコンにあれだけ
莫大な金額と時間、労力を投じる人間はいないだろう。まあ彼らはそれが
収入源と仕事になっているので、耳目をひく派手なことをせざるを得ない事情も
あるだろうけど。それでも、欲望的な人間であることには変わりはない。
とても贅沢している人間と言えそうだ。 物質に執着、刺激への執着ならまた、ちょっと違うな
刺激へのなら、ヒューマニティに溺れてるわけだし
デジタルそのものに対するオタ、つまりプログラミングオタってことかな じゃあ、数学者が一番トランスヒューマニズムの体現者だね
あとは、禅者かw まあそうかもしれない
さらに、遺伝子工学が十分に進歩すれば、こんな選別などされることなく、
全員がトランスヒューマニズムを大幅に進展させることになると思う
自己決定性が無制限に近いほど高まるので、少しでも動物の本能側に触れれば、すぐに認識者から脱落してしまう たとえば、この書き込みを今、リモート・デスクトップという方法を
使って書いている。つまり、このパソコンとは別のパソコンやOSを
遠隔リモートで操作しながら、書き込んでいることになる。
デジタルはこのように入れ替えが容易にできるというのが興味深い。
情弱だと、こうしたリモート制御なども簡単にはできないかもしれない。
つまり、デジタルの利点は環境を瞬時に変えられるということだね。
仮想化や仮想デスクトップなどの機能もそうだけど。
物理的なオブジェクトの場合だと、環境を変えることが大変になる。
オフィス移転を考えれば分かるし、首都遷移もそうだろう。 リモート・デスクトップが面白いのは、OSやファイル類は接続先の
ものを操作できるが、機器本体は当然、操作している方のPCなので、
環境がある意味で二重化しているといえる。
接続先のコンピュータは少し前のPCなので、高負荷がかかると
ファンがうなり出すが、制御側のPCは比較的高性能で新しいので、
遠隔で操作すれば、昔のコンピューター環境を今のコンピュータ環境で
快適に制御できたりするのでファン音がすることもなく、静的環境で
昔のPCを使えるようになる。昔のパソコンでしか動かないファイルなども
あるので、リモート・デスクトップがあると便利に感じられる。
こういうのがデジタルの持つ自由度の高さで、これは快適で、かつ
有意義なものとなる。
つまり、物理空間がゲノム編集なども含めて、このような自由度を
手に入れられれば、鬱になる人も自殺する人も不幸になる人も減る
だろうことは考えられる。人間は不自由ゆえに自殺するのだから。 まったくその通りだな
物質に執着すると、結局は人は不幸になる
仏教の教えだね
デジタルは、物質に執着しなくても済む方法を提示する
物質には超越性があって、物質は唯一無二であり、物質が人を支配してしまう
それに対して、デジタル、言語、そして論理は人が完全に理解でき、唯一無二ではなく、可換性があるために
それに執着することもない
この方向性は、人が言語を発明した段階からすでに始まってる
だから、2000年以上前に仏陀はそれを言えたわけです たとえば、レコード収集家と呼ばれる人たちがいる
あの人たちは、まさに物質に執着している
デジタルデータであるCD、さらにはそれすらないオンラインファイル形式の楽曲にはそのような興味を示さない
なぜ人はそのような行動を取るのかというと、結局はヒューマニティがその衝動を引き起こしているということになると思う
したがって、これは最終的にはトランスヒューマニズムの問題になるわけです
そして、トランスヒューマニズムは人間が言語を発明して以来、すでにかなり進行している
言語を発明する前と後では、人間はまったく異なる存在とすら言えるでしょう 実際、デジタル世代が草食化してるのって、物への執着が薄れるからと言う理由は
かなり大きいだろうと思う
デジタルはいくらでもコピー可能、可換可能で、そこに執着すべき理由がなくなる
そして、おそらく個性へのこだわりも薄れるはず
これもデジタルの特徴
デジタルは唯一無二ではなく、そこに固有性はない
個性へのこだわりが薄くなることも、草食化を促進する
まさに、仏教の言う悟りそのものであって、悟り世代という名称は非常に的を得ているということになるね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています