私は学生時代に吹奏楽に取り組んでいて、
学校を出てから10年近く経つ。

今の私が「本番があるから、練習をしろ」と言われたら、いきなり実践練習をやるよ。
いわゆる「基礎練」はやらないつもりでいる(但し、必要と感じたら「基礎練」もやる)。

なぜなら、今の私はハッキリ言ってまともな練習をしていないから、
「基礎連」だけで体力を使い、実践練習ができないという本末転倒(ほんまつてんとう)に陥(おちい)る。

あるいは、学生時代に比べたら、疲れが溜まりやすい体になり、
疲れを溜めたくないということもある。

だが、それでも今の私は、ハッキリ言って初心者の方よりは確実に吹ける。
なぜなら、若い頃に練習で身に着けた動きを、体が覚えているから。

昔の剣豪、それこそ宮本武蔵のような人間が、「剣豪」と呼ばれるような実力を持ってからも、
延々と「基礎練習」をやっていただろうか?

文献を詳しく調べたわけではないから、これは個人的な推測だが、
おそらくはやらなかっただろうよ(年を取ってから「体力が落ちた」という理由もあるだろうが)。

だから、基礎練習というものは、いわゆる「ゴロ合わせ」に似たようなものだと私は思う。
「イイクニ(1192)作ろう頼朝さん(1192年、源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉幕府を開く」
「イヤでゴザんす(1853)、ペリーさん(1853年、ペリー来航)」のようなもので、「記憶」にはとても便利だ。

しかし、年号を記憶したなら、ゴロ合わせにこだわる必要はない。
ゴロ合わせを覚えていようがいまいが、年号に間違いがなければそれでいいのだ。

>>1 以上のような理由で、私は「充分な実力をつけたのなら、
『意味がない』とまでは言わないが、『必ずしも必要ない』」と言わせてもらいます。
(但し、そのレベルまで到達するのは大変だよ。私は、7年くらいかかってやっと到達したから。)