コンクールという時間制限と人数制限と編成の制限といった音楽表現の制限を設けられている場は、
もうすでに「やむを得ない」利用の場なんだよ。
その「やむを得ない」場においても、課題曲だけは平等性を持たせるために権利を持っている水連が「例外の制限」をしているだけ。
自由曲も水連ルールの中で利用するのだから、水連が承諾とれというのだから従うべきというのを当たり前だと思うのは、洗脳されてるだけ。
そもそも法律の禁止の例外の範疇で承諾など必要のないものを、承諾えてこいと無駄なことをさせようとしているだけのことなのだから。