【環境音】音の変遷とその役割【音楽】
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音や声の世界史について語るスレです。
村や街で聞こえる音、声は、時代や地域によって違うもの。
このスレでは、時間を告げる鐘の音、演奏、騒音、喧噪、物売りの声、
動物や鳥の鳴き声、子供の遊び声とか、早朝イスラム圏のモスクで
流れるコーランといった、公共空間の環境音、その他人間と音・音楽との
関わり、役割などの変遷について語れればと思っています。
姉妹スレ
【ファッション】色の変遷とその役割【象徴】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1323495778/l50 NHK Eテレ「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」でも、こないだ
「楽器以外の音を取り入れた音楽」の回で、身の回りのもの使った演奏をやっていた。 でもそれは現代音楽の範疇でしょ
作為があってなんかいや
ああいうのよりは8ビットとかの方が自然にでてきた感じがする 横レスだが、>>69はたしかガムラン演奏から番組を始めたと記憶してる。
現代音楽の嚆矢・ドビュッシーがパリ万博のガムラン演奏からヒントを得た故事に習って。 >>44
それよりも、日本人がなぜひっきりなしに流される五月蠅いアナウンスに
対してクレームつけないのかが不思議。 >>15
君、詳しいようだから、ルネサンス期のイタリアの音楽について語ってくれないかな。
どうもこのスレは、その頃の音楽について語れる人材が不足しているよう何で。 K-POPは、音だけを挙げればカッコイイとは思う。
基本的には4つ打ちであり、「ハク」(つまり拍と迫)が強くて繰り返されるフレーズが多い、クラブミュージック寄りな音作りですよね。
「世界中で受け入れられている」っていうのは、広告の量もそうですが、世界中で聞かれている
クラブポップスに近いノリというのも関係が深いと思います。
そこがK-POP支援派の言う「世界に通用する」ということであり、反対派の主張する「アメリカのパクリ」の部分でもある。 NYフィルの公演中に携帯の着信音、指揮者が演奏中断
http://www.cnn.co.jp/showbiz/30005258.html
米名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートの最中に観客の携帯電話が鳴り響き、指揮者が演奏をストップするハプニングがあった。 ごめんやね、そない無粋なやりかたは
日本は日本、日本語の味を出さねば皆嘘で、売れに売れてもただの夢
かぶれはやめやめ、六十の年月経ても英米の、猿真似ばかりは情けない いるわけないだろ。
>>75は、韓国の音楽にも、評価できる部分もあると言ってるだけで、レベルが高いなんて全然言ってないと思うが。 「音」および「音楽」をめぐる現代の状況は割り切って概説するにも
しきれないくらい多様化してしまっている気がしますね。
やはりオーディオの発達が変えたんだろうね。
音の変遷ってことで言えばね、お祭りの音ね。
自分の感覚で言えば文部省唱歌の「村祭」の歌詞に出てくるような音風景は
日本的だおもえるんだが、ヨサコイソーランなんてとても受容できないw
(あくまで個人的にはですよ)
ただドンドンヒャララ・ドンヒャララっていうのも歴史的なスパンとしては
長いのか短いのか、とふと考えてしまう。
>>81
>ただドンドンヒャララ・ドンヒャララっていうのも歴史的なスパンとしては
>長いのか短いのか、とふと考えてしまう。
実は西洋音楽の影響を濃厚に受けた、明治以降の時代のハイカラな音だったりとか? 祈るときに、手を打ち鳴らして神の注意を喚起するような宗教って、
日本の神道だけ?
キリスト教にしろ、イスラム教にしろ、ユダヤ教にしろ、仏教にしろ、
みんな静かに手を合わせて祈ってるだけなのに。 91 名前:世界@名無史さん 投稿日:03/12/24 08:38
演歌の起源は明治時代の自由民権運動から。
政治主張を演説する代わりにヴァイオリンなどの伴奏付きで歌ったことから。
それゆゑ「演」の字が入っている。
92 名前:世界@名無史さん 投稿日:03/12/24 13:51
ゴローニンが江戸時代に日本人の労働者や船頭達は
集まるとすぐ歌を歌ったりする。
一般に日本人は陽気だが歌の旋律は物悲しい、って書いてたな。
この辺が演歌の哀愁を帯びたメロディーのもとじゃ。 >>84
31 名前:名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日:2010/11/10(水) 22:03:55
日本の神社には神様は常駐して居ません。
祭儀を行う都度、お出ましを願い、祭場にご降臨して頂く。というのが古来の基本的考え方。
(鈴を鳴らしたり、拍手を打ったり、(神職が)警畢を放ったり。が合図)
その依代=神籬(ひもろぎ)がいわゆる御神体と言われる様々な形態のモノ。 >>73
禿同。
昔は車内アナウンスは例の鼻声で控えめに流していたものだが、
今はスピーカーがビリビリするほどでかい声で流していたりする。
本当にうるさいのだが一向に改めないのは苦情も少ないんだろうな。
俺は何回か苦情出したけど。 満員で、たまたまスピーカーの下に立ってしまってそこから動けなかったりすると、
拷問なんだよね、あれ。
ただ、あれだけの音量で流しても、席によっては全然聞き取れない。
要はスピーカーが悪いんだろうけど。
こういうの使って、窓とか壁をスピーカーにできれば、ずっと小さい声で済むはずなんだが。
http://www.e-nds.com/g-pecker.php もしかすると、控えめの声でアナウンスすると声が「声が小さくて聞き取れなかった、もっと大きな声で」という苦情が入るのかもしれないな。
老人の割合が増えてきたからな。 当然そうだと思うよ。
老人じゃなくても、聞こえないことしょっちゅうだし。 >>86
ということは、賽銭の10円で呼び出されているのか。
貧乏だな。
神様。 ルネサンスはイタリアよりベルギーが音楽の中心地だよ
イタリアの王侯貴族もベルギーの音楽家雇ってた
ルネサンスの頃に和声の基本体系ができる、つまりコードシステム
結局西洋音楽が優れた点はハーモニーを複雑に組み合わせることができる和声体系を確立したことだろう
これがある程度どんな音楽にも応用がきく、だから現在世界中の大衆音楽はそれぞれの伝統音楽の要素に西洋の和声を組み合わせてる
それは日本も例外じゃない、ちなみに秀吉はルネサンス最大の作曲家ジョスカンデプレのミサ曲を聚楽第かどっかで聞いたはず
ヴァイオリンではフランコベルギーと呼んでフランスと一体的に捉えられている。 101 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/03/27(日) 23:55:13.99 0
植民地経営の大きい国ほど、オペラの傑作がないんだって。
植民地のほどんどない国、イタリア・ロシア→オペラ、日本→歌舞伎。
ドイツは中間。フランス・イギリス・スペイン→オペラは貧困。
105 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/03/29(火) 11:47:28.21 0
イギリスとフランスは感覚器官にダイレクトに訴求する
芸術(味・音・絵)もしくは表現様式(ロマン派・表現主義)は排除されるんだよ
なんせデカルトとFベーコンを生んだ国だからね
例え芸術といえども言語や形式化のクッションを置かないと気が済まない
だから音楽でもドイツロマン派のような濃厚な音楽ではなく
環境音楽みたいのばっかり作られた >>11
楽器の専門家です。
楽器というのは数千年前にはメソポタミア、エジプト、インド、中国で
現在のほとんどの楽器の原型ができており
海を渡って我々の先祖が持ってきたものもあったでしょうが
ほとんどは8世紀頃にシルクロードを通って日本に伝わっています。
御存知の通り正倉院にはクゴと呼ばれるハープがあります。
楽器はあったのになぜ邦楽は西洋の音楽のような発展をしなかったか?答えは簡単です。
西洋では音楽が一般人の生活の糧になりました。ジョグラールという職業があったのです。
ジョグラールは貴族のお抱えになるとミンストレルというものになり
完全に生活が保証されました。いわゆる吟遊詩人です。
一方日本では音楽を生活の糧にするのは盲の専売特許でした。盲の仕事をとっちゃ悪いという感じです。
それに農民は楽器するより畑仕事しながらデタラメに歌ってたほうが楽しかったのです。
「はあ〜〜〜〜〜〜」この時に歌詞を考えます。歌詞を思いついたら
デタラメに抑揚をつけながら歌う。これが田楽になりました。
初期の頃の歌詞は誰かに対しての悪口やら皮肉やらが多かったようです。
なんだかラップみたいですね。
これは民間の話ですが一方で宮中ではみなさんご存知の雅樂というものもありました。
残念なことに応仁の乱で京都の雅樂奏者が方々に散らばってしまったらしいのです。
戦国時代の混乱期を経て雅樂がまた輝きを取り戻したのは江戸時代でした。
これでは戦国時代のポルトガル人宣教師はまともな雅楽を聞けなかったと思われます。
雅楽を聞いてたらポルトガル人の日本の音楽に対するイメージも違っていたでしょう。
余談ですがに織田信長は宣教師が伝えた西洋音楽をたいそう気に入ったらしく
安土城内にセミナリオという神学校を作り30〜40人の子供にオルガンやチェンバロ
を学ばせていました。信長は日本の音楽を変える力をもっていました。
ですが信長の死、鎖国、キリシタンの迫害によって日本の中の西洋音楽は夢のように消えました。
そして西洋音楽が日本と真に交わるのは19世紀の大山巌陸軍元帥、イギリス軍楽j隊長フェントン、
一等伶人の林廣守、宮内省雅樂課の奥好義、ドイツ人海軍軍楽教師フランツ=エッケルトによる
「君が代」の作成からとなります。
>>101
三味線はヴィオラがルーツ説や六段はグレゴリア聖歌起源説があるけどどう思う?
>>103
マイアベーア先生、おっすおっす
そういえばオッフェンバックは馬鹿にされて
生前、作品はオペラ座で上演されなかったんだっけな。
ってこのスレ、音楽史それ自体ってことより
音そのもののスレじゃなかったのん? >>102
もしもヴィオラが三味線のルーツだとしたら間違いなく
三味線は撥ではなく弓で弾くものになっていたと思います。
撥弦楽器ではなく擦弦楽器になっていたでしょう。
しかし、そういう起源説がでてくるということは
何かしら資料がある上で言ってるのでしょうから
そういう説も面白いと思います。
六段というか江戸時代の箏曲については
グレゴリオ聖歌が起源のものがあってもなんら不思議はないと思います。
盲人のキリシタンが迫害を逃れるためグレゴリオ聖歌を琴で演奏するなんて
まさに歴史のロマンだとおもいます。
間違いない一級資料が見つかれば
これまでの私の考え「西洋音楽と日本の音楽の交わりは明治から」
が間違いだったとしても清清しい気持ちです。 >三味線は撥ではなく弓で弾くものになっていたと思います。
弓の材料とか、その代用品になるものが、まったく日本に無かったから、という可能性もあるかも。 あのー胡弓って知ってる?
まさに弓で弾く三味線なんだが。 >>105-106
ヴァイオリンと弓を見たことも聞いたこともない人に異国の楽器だとだけ言って預けたら
10人中9人くらいは弦をつまびき弓は使わないと思うけど。 ヴィオラが宣教師によって日本に持ち込まれた頃はまだ3弦のもあったらしい。 ヴィオラってのはヴァイオリンやヴィオロンチェロを含めた総称でもあるんだよな >>112
そうとも言えるけど、
今現在一般的に言ってるヴィオラは
ヴィオール族唯一の生き残りって感じでは。
バッハ先生はヴィオローネもガンバも
ヴァイオリン属と併用して使ってる。
愛があるねー 83 名前:世界@名無史さん 投稿日:03/12/23 19:37
弦楽器と弓矢。
誕生に深い関わりがありそうに思えるのですが、実際はどうなんですか?
795 名前:梵阿弥 投稿日:2008/01/20(日) 15:55:02 0
>>83
然り。世界には弓の端を歯で噛み頬を膨らませて共鳴させる「楽弓」が在ります。
狩猟用の弓と同じ構造です。
ザンビアのカルンブは瓢箪の共鳴堂をつけ、弦を棒で叩く。ブラジルでもビリンバウの名で使われる。
弦を増やしたのがハープ。さおに胴を付けたりすれば一弦琴で、弦を増やせば西アフリカのコラになる >>106
可能性はありますね。なにか資料が見つかれば良いのですが。
>>108
そこから紆余曲折あり、違う素材、違う構造で違う演奏法に
なった三味線という楽器ができたとしたらおもしろいと思います。
ただポルトガル人が持ってきた鉄砲をあそこまで精巧にコピーした
日本人が全く違う構造のものを作るとは思えないのです。
三線が三味線の直接の祖先といわれるけど沖縄の楽器が日本を席巻するというのは疑問を感じる。 琵琶の起源はイランのバルバット。
アラビアでウード(木)という名に成り、冠詞を付けてアル ウード、アフリカを経て
イベリアから欧州へ居たり、訛ってリュート。
東へはシナに至ると、バルバットのB-Bの音が残って琵琶(ピパ)の名に成りました。 イオニア旋法とかドーリア旋法とか、旋法の種類がいろいろあるけど、
イタリアで発達したのに何でギリシャの地名が付けられてるの? 音楽はすべてビザンチン帝国の首都ビザンチニウムで造られたんだよ
セルジュクトルコの攻撃に合い滅亡後、この人たちは弟分のローマ教皇を頼ってイタリアに移った
これがルネッサンス
その後、ビザンチンは再興し音楽文明も戻ったが今度はオスマントルコの攻撃に合い完全に消滅 ロシアへ移る
ビザンチウムは現在のイスタンプールでありキリスト教会文明は完全に破壊されつくした
ロシア帝国文明のクラシック音楽は第2次ビザンチン帝国から移ったもの ヨーロッパの首都ビザンチンが現代に残っていないのでウィーンの奴らは歴史を書き換えた
イタリアルネッサンスはビザンチンの滅亡直後、ロシアの帝国化は第二次ビザンチンの滅亡直後
>>127>>129 ウンウンヘクティウムあたりに? 中国が作った平均律がなければ全ての現代音楽は作れない
白人のパクリ癖のおかげだな 890 名前:梵阿弥 投稿日:2009/06/05(金) 15:51:44 0
岩波新書から兵藤 裕己氏の『琵琶法師』が出ましたね。
新書初のDVD付です。
もう第2版に成ってて驚きましたよ。
尤もDVD製作の手間かもしれませんが。
まだよく読んでませんが、肥後の山鹿 良之を主役にしてますね。
琵琶と言うと平曲の印象が強いですが、山鹿はそれ以外の語り物の伝承者であり、
荒神祓いを行う地神盲僧でも在りました。
その為か共に天台宗で筑前博多の高宮の成就院が本山で筑紫/肥/豊/長門/周防/石見を
管轄する玄清法流、薩摩日置伊集院の常楽院が本山で薩/隅/日を管轄する
常楽院流(阿蘇高森に1寺在り)の盲僧もきちんと取上げています。
しかし岩手県一関市(先の合併まで東磐井郡)川崎町薄衣の大和(だいわ)宗大乗寺は全く書いてない様です。
一応、「奥浄瑠璃」の伝承者が一関に居た、とは書いてますが。
また、宗教年鑑で見ると大和宗も男の僧は数人しか居ない。
琵琶を弾ける人はもう居ないかも知れない。
因みに此処の女の指導者は「おがみさん」といい、所謂「いたこ」です。
昨年に大量の御しら様を納めているので文化財指定されました。
大和宗というのは、明治期になり平泉中尊寺に属していた盲目行人が寺から捨てられて
しまい、自分達で作った宗派です。
故に天台系です 大黒 俊二 の『声と文字』って誰か読んだ人いる。
面白ければ買ってみたいんだけど。 115 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/07/08(日) 08:19:25.05 0
上の方では烽火のことは散々で照るのに、法螺貝、鐘、太鼓が出てないな。
戦国期、城と城の連絡や、城から城外にいる人間に対する連絡で使用されていた。
合戦時は、陣鐘、陣太鼓が使用された。 119 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/10/15(月) 01:47:37.10 0
世界三大有名効果音メロディー曲
・アランフェス協奏曲 第2楽章のテーマ
・交響曲第5番 ハ短調 作品67
・夏の夜の夢序曲 ホ長調 作品21
120 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/10/15(月) 01:50:16.83 0
番外編
Shave and a Haircut もっと有名なのありそうだけどなぁ、、、
だが、いざ考えると思いつかん。 >>137
交響曲第5番っていったいいくつあると思ってんだ!
作曲者も書け >>139
と言いつつ、書いてなくても分かってしまうんだろ >>138
ジョーズのテーマ
ETのテーマ
スーパーマンのテーマ アランフェス協奏曲 第2楽章のテーマって、
トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565のパクリ?
改めて聞いてみると、なんかそっくりだね。 >>141
俺の一押しのショスタコーヴィチの第5番はニ短調 作品47だ。
ハ短調 作品67じゃないぞ。 ここで名前が挙がる資格があるのは、田舎の10歳のガキでも
知ってる曲だけだぞ。 俺は家でショスタコーヴィチをしょっちゅうかけてるから
今や11歳の孫も誰の演奏かまで聞き分けてるぞ >>137
Shave and a Haircutが最強だろう。
このリズムを知らない人はいないと思う。 >>41
昔に日本人なら、蝉の鳴き声で、
晩夏・初夏・盛夏、日暮れ・日中も識別できただろう。
シェイクスピア劇では、小道具や大道具は今と比べるととても少ない、
さらに今何時だという台詞をいわないが、何鳥が鳴いているなどで、
深夜なのかどうかなどを識別できた。 >>151
今でも、ツクツクボウシとヒグラシの声を聞けば、
時期とか時間帯はみんな分かるんじゃ?
大体ドラマでも、あなたのいうシェイクスピア劇みたいな
役割を果たすものとして使われているよね。 >>149
つ One Horse Open Sleigh 蝉の生息域も変わってきているし、夜中や時期外れに鳴き出す蝉もいるし
昔の人が現代に来たら戸惑うだけ >>147
42歳の教養ある俺でも聞いたことない曲だから、完全にアウト。 聞いてみたから言ってるんだよ。
今は、超有名な、知らない人はいない曲の話をしてるんであって、いい曲の話をしているわけではない。
ショスタコービチは超有名な作曲家じゃないの?
作品も交響曲第5番は一番人気だし。 >>137からの流れで有名というのは、99%の小学生が知っていて、
アフリカや中国の農民でも知ってる曲。
そういう意味では、ショスタコービチの曲なんて全くの無名だよ シューベルトやモーツァルトでさえノミネートされないぐらいだからね。 >>155
日本や欧米では誰でも知ってるが、
イスラム圏では全然知られていないよ。 ゲオルギアーデスの『音楽と言語』って読んだことある人いませんか? よく中国を紹介するときに流れる
チャララララッラン チャッチャッチャー
って、なんかの曲なんだろうか。
あれなら誰でも聞いた事があるはずだが。 >>138
ビゼー「カルメン」組曲 第2番より「闘牛士の歌」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています