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【植民】ギリシア語圏・ギリシア文化圏【移民】

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0001世界@名無史さん
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2012/04/21(土) 00:48:08.150
ギリシア文明、ギリシア語圏、ギリシア文化圏、ギリシア人の歴史、影響等を語るスレです。

対象は、
ミノア文明やミケーネ文明、古代ギリシアおよびその植民地(トルコ西岸、イタリア南部、
シチリア、キプロス、黒海沿岸など)、マケドニア王国とその征服地、各地のアレクサンドリアや、
ペトラなど、ギリシア文化の影響が強く見られる都市、東ローマ帝国、ギリシア移民が多い都市、
世界各地のギリシア人街です。
0404世界@名無史さん
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2016/08/02(火) 00:13:04.020
ギリシャ人というかマケドニア人の国家は
ユダヤ人にゼウス崇拝を強制して怒りを買った
訳だが、そんなユダヤ人のキリスト教が真っ先
に洗脳活動を行ったのがギリシャなんだよな・・・
ユダヤ人のリベンジはホントに恐ろしい。
自分らを追放したローマをキリスト教の総本山
にしたり。
恨みは必ず倍返しする恐ろしい民族だよ。
0405世界@名無史さん
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2016/08/02(火) 05:21:23.540
とばっちりを受けたのがアメリカのアングロサクソン文化w
清教徒が元々作った国だけに、人名にも旧約聖書からとった変な名前がたくさん
マチュピチュを見つけたハイラム・ビンガムのハイラムも旧約聖書のヒラムの英語読み
ただでさえ本来の英語由来の人名は、中世以降は無きがごとしなのに
マハーシャラルハシュバズなんて名前まである。まあこの名前で生まれてきた人は、長じてムスリムに改宗したけど
でもアメリカのキリスト教徒の英語話者の人名として、こんなのまでありだとは
https://en.wikipedia.org/wiki/Mahershala_Ali
0406世界@名無史さん
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2016/08/03(水) 05:12:55.590
ギリシャ人はローマにボコられても守ってくれなかった
ギリシャ神を棄てて死後に天国に連れてってくれるという
キリスト教にすがるようになったんだろうな・・・
0407世界@名無史さん
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2016/08/03(水) 09:31:32.110
古代ギリシャの先住民はY遺伝子で言うとI2・J・E・Gだな
この連中の存在が歴史書・教科書から無視されているのが問題
0408世界@名無史さん
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2016/08/06(土) 23:21:15.860
先住民って何世紀の先住民よ。
0409世界@名無史さん
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2016/08/06(土) 23:46:58.780
>>404
そもそもキリスト教がユダヤ教と別の宗教になったのって
ギリシア人との接触が原因だと思う
ユダヤ人の身内だけでやってるだけならただのキリスト教イエス派でしかなさそう
0410世界@名無史さん
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2016/08/07(日) 11:04:29.100
>>408
紀元前2000年より前の先住民のことだろw
0411世界@名無史さん
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2016/08/08(月) 23:15:04.200
エジプト → キリスト教徒が図書館を破壊&アラブ人の侵入

メソポタミア → モンゴルによって焦土と化す

ギリシャ → スラブ人の侵入、そしてオスマン帝国による占領


古代から続いた文明地が全滅や・・・
0412世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 03:35:46.820
キリストなんて死んで復活してから1ヶ月したらもう二度と
現れもしなかったのによく全能の神として信じられたな。
0413世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 16:47:08.650
それだけペテロの弁舌が凄かったんだろう
0414世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 20:07:04.590
>>411
メソポタミアはもっと前から衰退してた気がするぞ
0415世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 20:22:10.820
ザンジュの乱を決定的な荒廃の契機とみなすなら9世紀だな
もっとも農地の地表塩分除去を黒人奴隷の手で継続的に行わなねばならない状態だったから、
そのずっと前から実質的には詰んでたといえるかな
0416世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 21:31:06.030
ローマ帝国になってから有名な学者って出てなくない?
0417世界@名無史さん
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2016/08/15(月) 21:42:01.760
>>411 中国→北方遊牧民の侵入+自業自得 か
インダスは
0418世界@名無史さん
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2016/08/16(火) 01:25:41.910
>>411
アカイア人がミノス文明を乗っ取って滅ぼしてミケーネ文明を築いた所に
ドーリア人がミケーネ全体を破壊、暗黒時代へ
ギリシア人には蛮族の一面もある
0419世界@名無史さん
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2016/08/16(火) 01:58:05.260
ドーリア人ってヘラクレイダイって呼ばれてるヤツら?
0420世界@名無史さん
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2016/08/18(木) 15:54:09.580
>>400
東京博物館のギリシャ展見にいったけど短小包茎の彫像があったな
古代ギリシャ人が短小包茎を尊んだのはデカチンだと運動上見苦しいからかもしれん
0421世界@名無史さん
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2016/08/19(金) 10:21:36.960
スレチ承知で
名指揮者カラヤンはギリシャ系だったそうだけど
この人は「ヘルベルト」というゲルマン起源名を持ってた。
「正教徒なのにゲルマン起源名持ってるんだ」って思ったけど
伝記読んでみたら先祖がカトリックに改宗してたのね。
0422世界@名無史さん
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2016/08/19(金) 14:49:21.590
東ロマンス語を話す少数民族アルーマニア人の血筋だと聞いたことある
0423世界@名無史さん
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2016/08/19(金) 23:05:58.050
>>421
カラヤンのご先祖様ってドイツのザクセンに移住した後に作った
繊維工場が現地の産業発展に貢献したって事で貴族に叙されたん
だっけ。
異教徒?(同じキリスト教だけど)の外国人でも能力があれば貴族に
させてもらえるんやな。
0424世界@名無史さん
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2016/08/20(土) 20:47:37.440
キリスト教は哲学を邪教であると教えていたようだね。
論理じゃなくて信仰が大事なんだと言っていたらしい。
そりゃ、学問が廃れる訳だわ。
0425世界@名無史さん
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2016/08/20(土) 21:47:06.050
そんなの聞いたことないw
マクシモスやグレゴリオパラマスを読んでもプラトンやプロティノスの影響受けまくってるのが分かる
0426世界@名無史さん
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2016/08/20(土) 22:22:20.290
要するに印欧語族侵入前のギリシャ先住民について語られていない
0427世界@名無史さん
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2016/08/21(日) 02:00:40.350
>>425
ギリシャ人相手かは知らないが、ラテン教父のテルトリアヌスが
哲学者を異端の主教と呼んでいたそうだ。
0428世界@名無史さん
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2016/08/21(日) 02:17:13.390
アリストテレス・(オナシス)みたいな人名は、独立後古代ギリシャ時代の文化が再評価されて再び人名に復活したのかな
0429世界@名無史さん
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2016/08/21(日) 04:33:28.430
>>424-425
トマス・アクィナスがイブン・ルシュドやイブン・スィーナーを経由してアリストテレスに触れ
神学大全を記してからようやく「哲学は神学の婢女」と認められるようになったが、
それ以前の哲学は異教時代の異端の学問扱いだった
というか断絶が大きくて全く読まれず伝えられないまま誤解されていた
0430世界@名無史さん
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2016/08/21(日) 22:19:14.660
>>422
独立戦争後に首相を務めたコレッティスもアルーマニア人の
血を引いてるみたいっすね
0431世界@名無史さん
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2016/08/21(日) 22:53:21.570
>>427
テルトゥリアヌスみたいなのは極端な例だからね
彼はモンタヌス派に走って更に満足いかずに自派を立ち上げるくらいだから。
初期キリスト教の思想家としては哲学者ユスティノスや、プラトン主義者いわれたオリゲネスみたいなのがいるから、単純に哲学は〜みたいなのは言えない。
ナジアンゾスのグレゴリオスもプラトンの教養あるし。

>>429
そのトマス・アクィナスも、8世紀にヨアンネス・ダマスケーノスの著作を引用しまくってるが、著作知識の泉の第一部は純粋に哲学を取り扱った部分だし、ギリシャ語圏内においては哲学が絶えてたわけじゃないのよ。
ミカエル・プセロスやプレトンのような哲学者もいたし。
0432世界@名無史さん
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2016/08/22(月) 02:40:23.050
ソクラテスに問いつめられたら神学は成り立たないじゃないか

グノーシス派なんて窮屈なアブラハムの宗教に嫌気が差したギリシア人が
ペルシアの宗教の知識を織り交ぜて作った壮大なパロディかつ嫌がらせの体系じゃないかと思う
0433世界@名無史さん
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2016/08/23(火) 02:30:39.600
理詰めで考えたらキリスト教なんて受け入れられる訳ないよ。
何で一回蘇ったキリストが二度と現れないんだ?
何で殉教者を見殺しにするんだ?
って無限に疑問がわく。
0434世界@名無史さん
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2016/08/23(火) 04:48:44.540
>>433
理詰めで考えて納得できるなら、そもそも信仰する必要はないわけだが。
「理解」できないからその代替行為として「信仰」するのだよ。
0435世界@名無史さん
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2016/08/24(水) 00:35:13.810
ギリシャの中にはイオニア諸島みたくオスマントルコの支配下に
おかれなかったところもあるけど,そういった地域の人々って
クロアチア人がセルビア人を文化面で見下すような感じで
旧オスマン領の人達を見下したりもするんやろか(ただしイオニア諸島
って独立運動が盛んな頃はナショナリズムの拠点だったみたいですね)。
0436世界@名無史さん
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2016/08/31(水) 20:58:45.530
>>423
19c以降なら、ユダヤ人でも貴族に叙される例がちらほらと。
ナポレオンとかユダヤ人でも構わず貴族にしてたみたいだし。
0437世界@名無史さん
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2016/09/02(金) 21:28:55.200
東ローマ結構強くね?

ユスティニアヌスによる大征服
ササン朝とのガチバトル
サラセン人をギリシャ火で撃破
ブルガリア帝国を滅ぼす
0438世界@名無史さん
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2016/10/13(木) 20:56:11.390
始皇帝陵の兵馬俑はギリシャ文明の影響下で、
恐らくはギリシャ技工による指導もあって作られたらしいとさ。
Ancient Greeks 'may have inspired China's Terracotta Army'
https://www.theguardian.com/science/2016/oct/12/ancient-greeks-may-have-inspired-china-terracotta-army-sculptors-ancient-dna

仏像の出現と同じ構図だったというわけか。
マウリヤ帝国はアレクサンドロス「帝国」の刺激で生まれたが、秦帝国も?
0439世界@名無史さん
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2016/10/13(木) 22:15:44.960
そうだね1000年続く国ってそうないよね
そう考えるとチャンパって東南アジア最強だね(棒)
0440世界@名無史さん
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2016/10/18(火) 15:19:11.190
いやいや、秦の兵馬俑は焼き物で根本的に作り方が違うだろ
たまに片膝ついたりの構えてる奴も居るけど、クラシック時代のコントラポストS字ポーズの特徴も無いし
どっちかと言えばアルカイック時代の直立だけど、それにしちゃ表情がしっくりこない
0441世界@名無史さん
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2016/10/25(火) 21:09:27.760
ロシア語の中のギリシャ正教由来の語や人名って、古典ギリシャ語から現代ギリシャ語になる過程で生じた音韻変化をほぼすべて反映してるみたいだけど、
ロシアにキリスト教が伝わる10世紀末以前に、音韻面では既にほぼ今の形に変化してたのかな
それかコンスタンティノープルがオスマン朝の手に落ちるまでの4、500年の間、交流があって、用語は絶えずギリシャの最新の発音に更新されてきたのかな
0442世界@名無史さん
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2016/10/26(水) 17:47:20.170
>>441
人的文化的交流は常にあったし、それはコンスタンチノープル陥落後もそうだよ。
ビザンチン帝国末期までモスクワ府主教はコンスタンチノープルから派遣された
ギリシャ人が就任してたくらいだし、その後だってコンスタンチノープル総主教庁が
なくなったわけじゃないから。
0443世界@名無史さん
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2016/10/28(金) 21:24:54.530
典礼言語の発音って、そんなに簡単に同時代の口語に合わせるものなのかな
0444世界@名無史さん
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2016/10/28(金) 22:06:30.550
文法は保守しても発音はその時代に合わすもんでしょ
万葉集を古代音で読むことがないように
0445世界@名無史さん
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2016/11/04(金) 21:17:50.650
東ローマの歴史は長いが、ユスティニアヌスの征服活動以降ブルガリア帝国撃破くらいしか見せ場がないな。
数々の外敵に攻められまくってるのによく千年も続いたもんだよと感心するわ。
0446世界@名無史さん
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2016/11/14(月) 16:05:08.180
宗教の言語は民衆に布教しやすくするために
権威付けられた古代からの文語よりも思い切ってその時代の口語に近づけた言葉で布教して
結果として当時の口語資料を残すことがあるね
仏教でも原始仏典はサンスクリットではなくパーリ語のものが多く、後からサンスクリットにも訳されたりする
漢訳仏典でも科挙や公文書に使用された先秦や秦漢の文体ではなく
六朝や唐代や宋代の口語を留めていることがあり
貴重な文法の資料になっていたりする
0447世界@名無史さん
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2016/11/21(月) 19:30:33.290
私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組の官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部に送っていました。

別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化して使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄へ落ちる、
朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ
馬鹿らしくなって脱会しました。

それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全て自分の出来心から起きた事で、どこに訴えるわけにもいかないのですが、
なんとかあの人たちと縁を切って新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。
0448世界@名無史さん
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2016/11/21(月) 19:36:00.360
>>447
サウジアラビアか北朝鮮に移住しろ
創価学会は追って来れない
0449世界@名無史さん
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2016/11/21(月) 21:48:53.810
30年くらいしたら、ヤノマミ族が「南妙法蓮華経」って詠唱してたりしてw
0450世界@名無史さん
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2016/11/22(火) 19:50:35.920
ペルシャ戦争では、
七割のポリスは戦わず静観していた、
0452世界@名無史さん
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2016/11/27(日) 11:39:49.870
むかしトルコの空港であったインド人に
「君は日本人か? SGIはすばらしい。きみはSGIに入ってるか?
日本人なのになぜ入らないんだ?」とまくし立てられて
往生したことがあったなあ・・・
0453世界@名無史さん
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2016/11/28(月) 15:26:13.080
>>451
本当に戦争は弱いね
途中からギリシャ傭兵を多数使っていたと聞いてワロタ
アナバシスなんか痛快だよ
0454世界@名無史さん
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2016/11/28(月) 23:53:14.810
>>452 被差別カーストかアディバシー(先住民)の人だったのかな
0456世界@名無史さん
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2016/12/25(日) 18:44:07.420
人口が多い国は数に頼り
少ない国は精鋭主義でやるしかない
それぞれに合った戦い方をしているだけ
0457世界@名無史さん
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2016/12/25(日) 18:57:34.210
>>456
強い味方を付けるという戦略もあるよ
0458世界@名無史さん
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2016/12/29(木) 12:32:15.980
岩波文庫のヘーシオドスの「仕事と日」松平千秋訳を読んだんだが、
「わし〜〜なのじゃ」とか爺口調で訳されてるんだが、
古代ギリシャ語には若者口調と爺口調の違いとかあったの?
ただ松平千秋氏の匙加減?
0459世界@名無史さん
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2016/12/30(金) 04:44:26.440
方言っぽさを出そうとしたのかもしれないな
0461世界@名無史さん
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2017/01/02(月) 19:52:50.420
フランク族がフランキスカという斧をよく使ってたためにその族名が付いた事
てっきり逆かと思ってた。
ちなみに斧のフランキスカはどういう背景でその名が付いたんだろ?
0462世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/03(火) 04:35:19.040
>>461
日本語版ウィキペディアはなんか専門的でない本を丸ごと信じてそう書いてるけど
英語版を見るとフランク族が使うからそう呼ぶ、と古い語源辞典を引いて言ってるよ
というか語形を見ても逆はありえない

-sc-というのはラテン語で「〜(風)の」という形容詞を作る語尾で、同源の接辞は印欧語に広く見られ
英語の-ish、ドイツ語の-isch、ロシア語の-ск-のようにゲルマン語やスラヴ語でもおなじみのものだ

francisca, francescaどちらも「フランク(族)風の/式の」という形容詞の女性形がそのまま名詞化したものだ
なぜ女性形かというとこういう斧を指す名詞securis(投げ斧、まさかり)もbipennis(二枚羽付き斧)も女性名詞で、
それらと同じものを指しているからだろう
0463世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/03(火) 11:42:38.330
スパルタとかアテネとかテーバイの時は強兵だったのに
ローマに支配されてから弱兵になるよねギリシャ
0465世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/03(火) 14:21:28.850
よく暗黒の中世と言われるけど
あれはあくまで西ヨーロッパにおいてであって
ビザンツ帝国ではギリシャ・ローマ時代のクオリティで
学問・建築・美術が維持されていたのだろうか
0466世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/04(水) 21:25:43.230
ビザンツ美術には停滞しか感じないわ〜。
0467世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/04(水) 21:30:01.780
むしろ退化してるな美術
イコノクラスム以前以後でイコンの質も下がりすぎ
0468世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/05(木) 03:24:51.300
ユダヤ教とイスラム教が全面的に偶像禁止で、ギリシャや小アジアは近いからな
イコノクラスムもイスラムからの嘲笑を理由に挙げる説もあるようだが、
それをきっかけとする一種の原点回帰運動というか原理主義運動だろう
美術こそキリスト教がギリシャから奪ったものと言っても良いのではないか
0469世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/07(土) 20:30:22.960
東ローマは自他共に認める「ギリシアローマの後継者」だが、
ギリシア人とローマ人の儀式や文学表現を猿真似するだけで、
ギリシアとローマの優れたところを何も受け継いで無いのが辛い
東ヨーロッパの母体ともいえるが、
東ヨーロッパ自体がパッとしないので
結局目立たない
0470世界@名無史さん
垢版 |
2017/01/08(日) 01:51:47.920
現代の我々の目で見て「ぱっとしない」というのはたぶん
産業化されていない文化だということ

商品化に適さず、相互に競争することで何らかの「質」を向上させようとしない、
普遍性を欠いて不純物のような不合理なものをたくさん含んだ文化ということだろう

その中には無視できない記号が含まれていて新たなコンテンツのスパイスになりそうだけどな
0471世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 11:54:05.870
アナバシスを読んだが、
傭兵団が移動しつつ各地で食料や物資を集める描写で、
ペルシャ圏ではどう集めたのかぼかしてるのに、ギリシャ人植民都市に入ると途端に「略奪した」ってはっきり出てくるんだが、
普通逆じゃね?
0472世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 12:14:27.790
アナバシス、ペルシャ圏内の住民にとっては、ペルシャの徴税と
アナバシス軍の徴発と違いがないように思ってたんじゃないか、
というふうに見える。アケメネス朝という国家の存在が凄く希薄に感じられた
0473世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 12:54:08.290
ギリシア人はアイデンティティが明確だけど
ペルシャ帝国の臣民は皇帝クソ食らえも多いと思うよ
0476世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 15:19:34.220
>ペルシャ圏ではどう集めたのかぼかしてるのに
実際は虐殺してたのをぼかして書かなかったという可能性は?
都合の悪いことは書かない、てだけでは?
0478世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 16:48:02.240
ウィキペのアナバシスでは
>メスピラにおいて住民の大半を虐殺
と書いてあるけど、文庫版では「町は遂に陥落した」としか書いてないね
メスビラの虐殺の出典は何なのだろうか
0479世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/07(火) 19:45:07.260
ギリシャは日本固有の領土
0480世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/16(木) 19:13:44.940
ギリシャ文明の広義の仏教への影響に関し、ごく簡単に仮説的私見を述べておきたい。


ギリシャ人たるアレクサンドロスは、中央アジアから北西インド亜大陸にまで攻め込んだわけだが、
「インダス川流域は・・・アレクサンドロスが紀元前323年に死去すると彼の任命した総督(サトラップ)
達の支配するところとなっていた<ところ、>・・・ガンジス川流域の支配を確立したチャンドラグプタは
インダス川方面の制圧に乗り出した。・・・<アレクサンドロス死後のその帝国の跡目争いである>
ディアドコイ戦争中の紀元前305年、アレクサンドロスの東方領土制圧を目指したセレウコス1世が
インダス川流域にまで勢力を伸ばした。チャンドラグプタはその兵力を持ってセレウコス1世を圧倒
して彼の侵入を排し、・・・インダス川流域からバクトリア南部にいたる地域に勢力を拡大した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D
という史実から見えてくるのは、

「プルタルコスは、チャンドラグプタが・・・青年時代に、インド北西部へ侵入したアレクサンドロス
大王のもとに出向き、インド東部への道案内を申し出たという逸話を伝えている」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%97%E3%82%BF_(%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D)
ところ、その真否はともかく、

チャンドラグプタが、「インド最初の本格的な統一王朝<たる>マウリヤ朝」の創始者となった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%A4
契機は、アレクサンドロスによる東征、大帝国の形成の衝撃であった、という事実だ。
私は、このマウリヤ朝は、ペルシャより東の世界における最初の帝国であった、という認識を持っている。

帝国とは、多民族からなる大領域国家のことであり、(「夏」の実在性はまだ確立していないところ、)
「殷」にしても「周(西周)」にしても、漢人のみからなる都市国家に毛が生えた存在に過ぎず、
支那における帝国の成立は、マウリヤ朝の成立よりも半世紀後の紀元前247年における、
秦による、漢人プラスアルファからなる大領域国家の成立を待たなければならない。
0481世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/16(木) 19:18:39.350
帝国を形成、維持するためには、現に、或いは、企図された征服対象として将来的に、
その統治下に抱える諸民族を超越したイデオロギーが必要となる。
秦の場合は、本音ではそれは諸子百家中の墨家の思想で、建前上では、それを帝国成立前から
採択していた法家の思想に求めたわけだが、それは極めて実務的な選択であったと言えよう。

マウリヤ朝の場合は、簡略化して述べれば、(いわゆるヒンドゥー教の前身たる)バラモン教の
信者が多いガンジス河地域を本拠としつつ、旧アレクサンドロスの帝国ないしセレウコス朝の
上澄み部分に、古典ギリシャ哲学/ギリシャの神々/プラトン・アリストテレス流の哲人君主制を
信奉する者達を抱える、インダス河地域も取り込んだ形
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%97%E3%82%BF_(%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D)
で成立した帝国である(そもそもチャンドラグプタは、後継ぎの息子ピンドゥサーラの后の一人として、
セレウコス1世の娘を貰い受けている。)ことから、インド亜大陸で生まれてからそれほど年月を
経ていない新興宗教ないし新興思想に、帝国イデオロギー候補として目を付けた、と見たいところだ。

「チャンドラグプタはジャイナ教を熱心に信仰したが、<二代目の>ビンドゥサーラはアージーヴィカ教
の信者であったと伝えられ、<三代目のあの有名な>アショーカ<は>仏教を熱心に信仰した」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%A9
のは、どれが国家イデオロギーとして一番適切であるか、試行錯誤を続けたということだ、
と見たらどうか、というわけだ。

ここで注意が必要なのは、一般にアショーカは「仏教」を「信仰」したとされてきたけれど、
彼が信奉していたのは、釈迦の唱えた「ダルマ」であって、当時、まだ本格的には成立していなかった、
「仏教」では必ずしもなかったことだ。

アショーカ自身、
「彼はダルマが全ての宗教の教義と矛盾せず、1つの宗教の教義でもないことを勅令として表明して」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E7%8E%8B
いることから、このことは明らかだろう。
0482世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/16(木) 19:21:42.060
しかし、その意図せざる結果として何が起こったかと言えば、釈迦の唱えた「ダルマ」の、
マウリヤ帝国内、及び、セイロンへの普及であり、そのことを奇貨とした、釈迦を祖師とする
仏教なる新宗教の勢力大伸長であり、「ダルマ」の普及・保護のための過度な財政支出や
国家財の供出、及び、平和志向によるマウリヤ帝国の財政的・軍事的破綻であり崩壊だった。

尚、アショーカの事績中、最も重要なのは、釈迦の思想の中核であるダルマ
・・人間主義回復方法論、と言い換えてよかろう・・
が、彼によってセイロンに伝えられたおかげで、それが、上座部仏教の一環として、
(インド亜大陸における仏教の事実上の消滅にもかかわらず、)忘失を免れることになり、
やがて、チベットにおいて、それが大乗仏教の中に組み込まれることによって、現代にまで、
念的瞑想として生命を保ち続けることができたことです。

その後、インド亜大陸北西部において、セレウコス朝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%82%A6%E3%82%B3%E3%82%B9%E6%9C%9D
から分離したグレコ・バクトリア王国から更に分離した、インド・グリーク朝が成立した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%8E%8B%E5%9B%BD

そこで、アショーカの下で興隆し始めた初期段階の仏教に起こったことを、
論理的に想像した下掲は説得力がある。


「紀元前2世紀に現在のインド西北部を支配したギリシア人のミリンダ<(メナンドロス)>王は、
仏僧のナーガセーナとの問答を通じて仏教に帰依し、出家したと『ミリンダ王の問い』は伝える。・・・
<しかし、>ナーガセーナの教義は、もしもミリンダ王にギリシア哲学の素養があるのなら、
論破できる類のもの<なので、疑問>だ。

もちろん、ミリンダ王ならびに彼の後継者となるギリシア人の王たちが仏教を保護したことは
事実と認めてよい。だが、彼らは、出家しなかったことからもわかるように、仏教に心底帰依した
というよりも、むしろ政治的に利用しただけではないのだろうか。
0483世界@名無史さん
垢版 |
2017/02/16(木) 19:23:03.520
<(そもそも、釈迦の思想の中核たるダルマを通じて悟りを開いた、つまりは人間主義者に
なったと思われるアショーカが、それが故にこそマウリア朝を没落させてしまったという教訓も、
地理的等からマウリヤ朝の後継王朝とも言える、インド・グリーク朝のミリンダ王等は承知して
いた可能性が高い。)>

インドには伝統的なカースト制度が根強く残っており、ギリシア人をはじめ外国人はアウト・カース
ト(不可触賤民)として蔑視された。そんな中、カースト制度を否定する仏教は、外国人支配者に
とっては都合がよく、そのため、ギリシア人のみならず、その後インドに侵入した外国の支配者
たちはたいてい仏教を保護したものなのである。仏教を保護することには、支配者が外国人で
なくても、メリットがあった。カースト制度では、王といえども、バラモン(聖職者)の下に位置付け
られていたのである。バラモンの下のクシャトリヤ(王侯貴族)や、そのさらに下のヴァイシャ(商人
など)にとっては、自分たちの権力や富にふさわしい地位を求めて仏教を保護したという事情がある。

また、支配者、つまり権力や富を持つ者にとって、被支配者、つまり権力や富を持たない者に
反乱を起こさせないようにすることは、自分の地位を維持する上で極めて重要である。
反乱を起こそうとするのは、権力や富への執着が強いことが原因であるから、仏教を広めて
下層民に権力や富への執着を捨てさせ、無欲にすることは、不満分子の反乱を予防するのに
効果的である。表向きの理由はともかくとして、インドの王侯貴族や富豪が仏教を保護した裏の
理由は、そこにあると考えることができる。

王侯貴族や富豪の保護のおかげで、仏教は世俗的な繁栄を享受することとなった。
しかし、権力や富への執着を否定する宗教が、権力と富を持った支配者と癒着するという
パラドキシカルな関係が続く中で、民衆の心は、支配のためのイデオロギーと化した偽善的
宗教から離れていった。仏教に代わって民衆の心を捉えたのは土着の宗教であるヒンドゥー教
であった。そして仏教は、イスラム国家とイスラム商人が台頭する中、パトロンを失って、インド、
パキスタン、アフガニスタンの地から跡形もなく消えてしまったのである。」
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2012/milindapanha/
0484世界@名無史さん
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2017/02/16(木) 19:24:09.490
つまり、インド・グリーク朝は、初期段階の仏教(原始仏教)を大興隆させることになったけれど、
そのインド亜大陸における没落の根本原因をも同時に作った、ということになる。
さて、ミリンダ王等、インド・グリーク朝の君主達は興隆しつつあった原始仏教に帰依しなかった
としても、支配層たるギリシャ人の中には、帰依した者は少なからずいたと考えられる。
その結果起こったことが下掲だ。

「原始仏教では身体は不浄で、人生は苦と考える。だが、ギリシャ文化では「身体は美しく、
苦しい人生でも生きるに値する」と考える。この肯定的人生観と仏教の否定的人生観は互いに刺激
し合って、仏教はインド西北部のギリシャ人に受け入れられる。原始仏教の高い論理性と合理性が
受け入れ理由だった。紀元前後につくられ始めるガンダーラの仏像はギリシャ人の容貌を持っている。
ギリシャ人に受け入れられた仏教はギリシャ人の影響を受け、人生肯定の思想を持つようになる。
否定的人生観からこの肯定的人生観への変化が大乗経典の特徴になっている。」
http://huukyou.hatenablog.com/entry/2016/09/20/091358

そして、その更に結果として生まれたのが、写実的な仏像と物語性豊かな仏典とを伝道の両輪
とした大乗仏教である、というわけだ。この大乗仏教は、伝道僧達によって、中央アジア経由で
北伝し、支那、更には日本へと伝播していくことになる。

大乗仏教には、ダルマ(悟りの方法論)が欠落していることは、既にご承知のことと思う。
しかし、仏典が説く人間主義は、仏像を中核として発展したところの、仏教美術・建築・庭園・
生活様式、等、と相まって、(孤立したチベットを別にすれば、)日本だけで失われることなく
維持されてきていた人間主義(縄文性)に滋養強壮的な刺激を与えることで、その引き続きの
維持に不可欠な役割を果たすことになるのだ。

また、大乗仏教の人生肯定性は、日本における弥生性が維持されることに貢献し、人間主義文明
たる日本文明の存続を、安全保障面から、引き続き、強固に担保し続けることにつながった。
0485世界@名無史さん
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2017/02/16(木) 19:25:22.550
■暫定的結論

以上から、暫定的結論だが、インド文明と古典ギリシャ文明の、思想面を含む衝突と一時的
共棲の中から、原始仏教が成立し、それが上座部仏教の形をとって南伝を果たすとともに、
やがて、大乗仏教の成立を促しそれが北伝し、前者が、非人間主義者の人間主義回帰のための
方法論の忘失を免れさせ、後者が、自律的な人間主義文明である日本文明の希釈化ないし
滅亡を免れさせた、と言えそうだ。

すなわち、思想面を含むところの古典ギリシャ文明は、その生み出した合理論科学が直接的に
西方に巨大な影響を与え、また、その生んだ哲人王による帝国形成が間接的に東方に人間主義
の存続という形の巨大な影響をもたらした、ということになりそうだ、ということ。

もとより、以上記したことは、極めて粗削りな仮設の域を超えていない。
機会を見て、もう少し本格的な仮説を展開することを期したい。
0487世界@名無史さん
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2017/04/16(日) 15:19:48.430
イタリア半島南部では、海神ポセイドンを奉じるスパルタ人の移民団が、海神の息子
タラスの名をもつ都市(現ターラント)を建設した。
また、メタポント(古名メタポンティオン)、シバリ(古名シュバリス)、クロトン
(現クロトーネ)等はアカイア人により、ロクリ(古名ロクロイ)はロクリスからの、
レギオン(現レッジョ・ディ・カラブリア)はカルキス系の、シリス(現シーリ)は
イオニア系の移民によって建設された。
0488世界@名無史さん
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2017/04/21(金) 10:53:14.300
南イタリアに入植したギリシア人は、メッサピア(現サレント半島)にいた
メッサピ族やヤピギ族、プーリアのダウニア人やペウケティ族、
内陸部のルカーニア人、カラブリアのブレッティア人、コーニ族とエノトリ族らの
先住民族と衝突し、それらを制圧して駆逐したり、あるいは奴隷化した。
0489世界@名無史さん
垢版 |
2017/05/12(金) 19:43:23.46O
ポリス(スパルタ、アテネ)
王はいたんですか?
0490世界@名無史さん
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2017/05/13(土) 01:54:33.250
いつの時代という限定は抜きにして、
ギリシアのポリス本国は民主政なのに
植民都市に派遣された総督のほうは治安のために独裁化しやすくて
やがて植民都市だけ王政になっていた、なんていうケースはよくあったんじゃないの
0491世界@名無史さん
垢版 |
2017/05/15(月) 09:46:09.710
シュラクサイは僭主制だったよな
0492世界@名無史さん
垢版 |
2017/05/21(日) 18:38:19.490
ギリシア人が西地中海へ組織的な入植活動を始めたのは前8世紀半ばのことであった。
本土が人口増大にともない経済的に飽和状態になったため、計画的に募集をかけて
移民団を送り出したのである。
行き先はデルフォイの神託次第。

シチリア入りした最初の移民団はエウボイア島のカルキス人で、まずザンクレ(現メッシーナ)に、
続いて前734年頃ナクソスに定住した。同年コリントス人がシラクーサを建設し、さらにメガラ人が
メガラ・ヒュブレアを、クレタ人とロドス人がゲラ(現ジェラ)をつくった。それぞれのポリスが増殖すると、
新たな都市が生まれていった。例えば、セリヌス(現セリヌンテ)はメガラ・ヒュブレアの、
アクラガス(現アグリジェント)はゲラの副次都市である。
0493世界@名無史さん
垢版 |
2017/05/27(土) 14:08:40.82O
オックスフォードのClassical Dictionary 買ったけど
neodamodeisの項がなくて、helotsの項で説明されてた…
0494世界@名無史さん
垢版 |
2017/06/02(金) 22:14:38.670
教会「ケルト神話?北欧神話?スラブ神話?邪教は禁止です」

教会「ギリシャ・ローマ神話?まあ、いいんじゃないの」

なぜ容認されてるんだろうね

1月 January ローマ神話で"物事の始まりと終わり"をつかさどる神ヤヌス(Janus)
2月 February 古代イタリアの清めの神Februus
3月 March ローマ神話の軍神マルス(Mars)
4月 April  ギリシア神話の女神アフロディテ(Aphrodite)
5月 May  ローマ神話の豊穣の女神マイアス(Maius)
6月 June  古代ローマの結婚や出産の女神ジュノー(Juno)
7月 July  カエサル(Julius Caesar)
8月 August 初代ローマ皇帝アウグストゥス(Augustus)
9月 September ラテン語でseptem「7番目の月」の意味(3月を初月として)
10月 October  ラテン語でocto「8番目の月」の意味(3月を初月として)
11月 November   ラテン語でnovem「9番目の月」の意味(3月を初月として)
12月 December  ラテン語でdecem「10番目の月」の意味(3月を初月として)
0495世界@名無史さん
垢版 |
2017/06/03(土) 10:19:41.010
そりゃキリスト教はローマ帝国を乗っ取った宗教だからな
それだけではなくローマ帝国のグレコローマン文化によって
ユダヤ教原理主義メシア運動の一つでしかなかったイエスのカルトは
哲学や科学と融合した地中海の大宗教にまで成長したのだ
豚肉食って割礼しないで今さらユダヤ暦でもないだろう
ローマの多神教が政治的な儀式だけのものだったのはキリスト教徒も知っていた
公認され国教になってからもローマの政治体制そして文明主義を引き継いだ

ローマにとって「野蛮」だったケルトやゲルマンやスラブの文化は
キリスト教にとって単に「異端」なのではなく
「非文明的」という意味でも不要な存在だったのだ
0496世界@名無史さん
垢版 |
2017/06/30(金) 21:46:05.570
遺伝子的に、エーゲ海のギリシャ人達は(かつてギリシャの植民地だった)
南イタリアの人々に近く、本土のギリシャ人達は、(コソボを含む)アルバニア人
達に近いことが分かった。
http://www.haaretz.com/archaeology/1.798089

ギリシャ人はトルコ領になる前にスラブ化してたのね。
0497世界@名無史さん
垢版 |
2017/06/30(金) 23:34:57.050
アルバニア人はイリュリア系でスラブじゃねーよ
その記事に参照リンクがあるnature.comの論文でも、セルビア&モンテネグロとの境界で遺伝子タイプの色が変わってるじゃねえか
0498世界@名無史さん
垢版 |
2017/07/01(土) 06:04:29.400
何を言ってるのかと思ったらそういう勘違いか
これだから遺伝子厨は
0499世界@名無史さん
垢版 |
2017/07/26(水) 19:32:28.560
☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と
生活保護を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人に、ベーシックインカムの
導入は必須です。月額約60000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。☆☆
0500世界@名無史さん
垢版 |
2017/08/06(日) 01:02:53.490
イリアス・オデッセイア 面白いね

イリアス:トロイア戦史
オデッセイア:先ギリシャ時代の文化や風俗譚って感じ

オデッセイアの方が俺はハマったw

テレマーコス愛され過ぎやろjk
0501世界@名無史さん
垢版 |
2017/08/27(日) 20:24:00.650
"三角法の父”はギリシャ人ではなかった・・・
ヒッパルコスの研究より1000年以上前に・・・バビロニア<で>・・・三角法が使用されていた・・・
http://news.livedoor.com/article/detail/13525520/
0502世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/06(水) 11:47:23.190
トロイア人とはそも何者?
0503世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/11(月) 05:12:55.250
>>502
トロイア遺跡に居た住民のことではなく、地中海全域で戦争、海賊していたフェニキア人のことを
比ゆ的にトロイアといったのだろう
0504世界@名無史さん
垢版 |
2018/01/09(火) 11:08:23.580
トロイア人がギリシャ系という説もあるらしい
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