いらいらしながらローマの軛に堪えていたガリアの民は、
ウェスパシアヌス帝(在位六九年‐七九年)の将軍の一人(ペティリウス・ケリアリス)から、記憶に値する教訓を得た。
この人物の重みを具えた分別は、タキトゥスの天才によって次のように洗練された表現を与えられている。
(以下はタキトゥス「同時代史」第四巻 七三、七四節の要約。)
「わが国の保護により、ガリアは内紛と外敵の侵入とから救われた。
民族としての独立を失ったとはいえ、それによって諸君はローマ市民たるの名と特権とを得たのである。
諸君はわれら自身に等しく、文民政権の恩典を永久に享受し、しかも遠く離れた諸君の位置は、
暴政の偶発的災禍にさらされることも遥かに少い。
われらは征服者の権限を行使することなく、諸君自身の生活維持に絶対必要な貢税を課するのみで満足してきた。
平和は軍隊なしに確保できず、軍隊を保持するには住民がその費用を支弁することが必要なのだ。
われらが獰猛ゲルマン人に対してライン河の防塞を固めているのは、
ひとえに諸君のためであってわれら自身のためではない。
何しろ彼らはその住居である森林と沼地の孤独境を、富裕で肥沃なガリアの地と取換えようと、
今までにも何度となく試み、今後も常にそれを意図することは疑いないのだ。
万一にもローマが倒れたりすれば、各属州にも致命的な結果をもたらし、
八百年の勇敢さと叡智とによって築き上げられてきたこの強力な組織の廃墟の中に
諸君自身も埋もれてしまうにちがいない。
諸君の空想裡の自由は野蛮な主(あるじ)によって侮辱され圧迫されるだろうし、
ローマ人を排除した後に来るものは、征服者たる蛮族どもの永遠の敵意以外にはないのだ。」

エドワード・ギボン著「ローマ帝国衰亡史」第Y巻(朱牟田夏雄訳 筑摩書房)第三八章より