http://mainichi.jp/articles/20170319/ddm/015/070/014000c
今週の本棚
池内紀・評 『夢遊病者たち(全2冊)−第一次世界大戦はいかにして始まったか』=Ch・クラーク著
毎日新聞2017年3月19日 東京朝刊

◆池内紀(おさむ)・評
(みすず書房・4968円、5616円)

洞察にみちた、たのしい刺激的な論考
 なんと優雅な、才筆の歴史学者がいることだろう。タイトルや章名、また歴史の証人役に
文学作品なり作者なりをあしらってドイツ文学者をよろこばせ、
そのうえ長大な八○○ページあまりを一気に読ませるなんて……。先に最終三行をかかげておく。

「……一九一四年の登場人物たちは夢遊病者たちであった。彼らは用心深かったが何も見ようとせず、
夢に取り憑(つ)かれており、自分たちが今まさに世界にもたらそうとしている
恐怖の現実に対してなおも盲目だったのである」

 第一次世界大戦の始まりまでが詳細に「解読」されている。
一九一四年七月、オーストリア皇太子夫妻の暗殺に端を発して、
二国間の小競り合いで終わるはずのものが未曽有の世界大戦に発展した。
四年有余にわたり六五○○万人の兵士を動員して、二○○○万人の兵士と市民を犠牲にし、
あとに廃墟(はいきょ)と憎悪だけがのこった。
歴史家にとっては不可解きわまる、とびきり悲劇的な事件であり、どこで何がどうまちがったのか、
数かぎりない論争と研究がつづけられてきた。