【白起王翦】戦国四名将について語る【廉頗李牧】 [転載禁止]©2ch.net
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http://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%88%98%E5
%9B%BD%E5%9B%9B%E5%90%8D%E5%B0%86
中国では戦国四君だけでなく
戦国四名将という区分まであるようだが
これら四名将について
あるいは彼らの一族や子孫について語るスレ >134 : ななしのよっしん :2016/04/23(土) 01:06:13 ID: lQrLqzSc7K
こいつ台湾人か香港人だな
ネットスラングのチョイスが独特だからすぐわかる
つうか向こうの歴オタって史書にある数字全部鵜呑みしてるのか笑える 91 : ななしのよっしん :2016/04/23(土) 02:43:41 ID: +9jOYaIBUj
俺の経験上その手の話題を率先してする人は先秦時代について全然詳しくなかったり
荒らしやネトウヨっぽいのが不毛なやりとりを展開するケースが多い(2chとかじゃ) 143 : ななしのよっしん :2016/04/28(木) 19:09:39 ID: SzHyyFgiSm
秦本紀や六国年表にポンと簡潔に載ってる数字を否定するのは困難、長々と語られる説話部分に比べると粗が少ないし、完全に否定できるような材料はまず出てこない。
史記肯定の立場でも事情は同じ。
「調査した坑に未成年の遺体(ほぼ)無し」≠「白起将軍が少年兵を解放したという史記の記述は事実」
古代史は資料が乏しく、学者ですらちょっと何かあると浮き足立って定説を覆したくなるものだから、又聞きした素人が早合点して断定気味に書いてしまうのは仕方ないけどさ(自戒) 144 : ななしのよっしん :2016/04/28(木) 19:42:12 ID: SzHyyFgiSm
>>141
いえ、戦意を失ったり指揮系統が破壊された大軍が降伏する例はありますし不可能じゃないですね。
最終的に秦軍がどれほどの兵力を動員したのか不明ですが、趙軍の兵力を上回っていた可能性も。
>>142
趙世家にありますね。
どこまで信用できるのか判りませんが、秦や第三国の人間は「長平で趙の青壮年は尽きた」と判断していた模様。 青壮年が尽きてるのに秦と燕と戦えるのか・・・趙の兵は畑から生えてくるらしい 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!! 146 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 02:23:21 ID: lQrLqzSc7K
印象操作ならばご存知かもしれぬが、趙軍の燕都包囲は9年後ですよっと
やはりと言うべきかこの話題は日文wiki(←しょぼい)レベルの水掛け論になりますなあ 何が水掛け論なんだろう?
史書の記述に検証を加える行為に対して、記述を盲信して罵倒した挙句「水掛け論」呼ばわり?
たぶん先行研究とか知らないんだろうなこういう人って。 というかこの人って「青壮年が尽きた」状態からたった9年で燕都包囲できるほどに兵が増えると思ってるのか・・・ それに>>333の「〜の例があるから不可能じゃない」ってものすごい暴論だ。
その時秦や趙が置かれた状況を考慮して分析すべきなのに・・・
これじゃ義経がチンギス・ハンになるのも完全に不可能ではないから、信憑性があることになってしまう。 95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。
96 : ななしのよっしん :2016/04/30(土) 02:14:58 ID: +9jOYaIBUj
必ずしも一般化できるものではないが商君書の引用良いね
たとえば長平の半世紀前に趙の武霊王が中山に遠征した時の趙軍は20万人
恐らく趙の精鋭、主力軍はこのくらいの規模、半世紀分の上積みを考慮して25万としよう
上党郡各地に投入され強秦を相手取った趙軍の総兵力はこれに劣るまい
ここに>>95のような構成の現地上党郡の軍民10万(仮)を加える
これでかなり現実的になったんジャマイカ? 唐突に意味不明な罵倒を書き込んでいた>>305さんはどこ行っちゃったの? 140 : ななしのよっしん :2016/04/28(木) 00:03:15 ID: 6rucE4rlmb
続けるならもう少し他人のレスをよく読んだ方が良いと思う
君の意見は一理あるけど一理で全体を確定ずみとか有り得ないとすることは出来ない
今のところ確定しようのない話なんだよ >134 : ななしのよっしん :2016/04/23(土) 01:06:13 ID: lQrLqzSc7K
こいつ台湾人か香港人だな
ネットスラングのチョイスが独特だからすぐわかる
つうか向こうの歴オタって史書にある数字全部鵜呑みしてるのか笑える 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!! 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!!
95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。
96 : ななしのよっしん :2016/04/30(土) 02:14:58 ID: +9jOYaIBUj
必ずしも一般化できるものではないが商君書の引用良いね
たとえば長平の半世紀前に趙の武霊王が中山に遠征した時の趙軍は20万人
恐らく趙の精鋭、主力軍はこのくらいの規模、半世紀分の上積みを考慮して25万としよう
上党郡各地に投入され強秦を相手取った趙軍の総兵力はこれに劣るまい
ここに>>95のような構成の現地上党郡の軍民10万(仮)を加える
これでかなり現実的になったんジャマイカ?
97 : ななしのよっしん :2016/04/30(土) 19:09:31 ID: SmH8dCSyMc
>>95-96
妥当な見解だろう 黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!
赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。
それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。
台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。
赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。
gm遺伝子
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3) >>349
まだやってんのか。
http://ctext.org/shang-jun-shu/military-defence
とりあえず英訳もついてるから商君書の兵守全部読んでみろ。
ここに書いてある程度の手段で40万人分の補給を賄うのどう考えても無理だぞ。
青壮年全滅からたった9年で燕都包囲できるほどに兵が増えると言ってみたり、
ろくに補給なくても40万の兵を維持できると言ってみたり、
趙は魔法を使えると勘違いしてるんじゃないか? >>351
お前、議論相手がいない所にわざわざコピペしては一方的に叩くって、しかも荒らし行為加担って卑怯ってレベルじゃねーぞ人格疑うわ
おまえら自演荒らしのターゲット、挑発してる奴は>>316以降一回も書き込んでないっぽいだろ
いい加減にしろやスレチども 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!! 146 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 02:23:21 ID: lQrLqzSc7K
印象操作ならばご存知かもしれぬが、趙軍の燕都包囲は9年後ですよっと
やはりと言うべきかこの話題は日文wiki(←しょぼい)レベルの水掛け論になりますなあ 何が水掛け論なんだろう?
史書の記述に検証を加える行為に対して、記述を盲信して罵倒した挙句「水掛け論」呼ばわり?
たぶん先行研究とか知らないんだろうなこういう人って。 95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。
まだやってんのか。
http://ctext.org/shang-jun-shu/military-defence
とりあえず英訳もついてるから商君書の兵守全部読んでみろ。
ここに書いてある程度の手段で40万人分の補給を賄うのどう考えても無理だぞ。
青壮年全滅からたった9年で燕都包囲できるほどに兵が増えると言ってみたり、
ろくに補給なくても40万の兵を維持できると言ってみたり、
趙は魔法を使えると勘違いしてるんじゃないか? 黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!
赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。
それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。
台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。
赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。
gm遺伝子
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3) >>356
ガリア戦争の場合だとヘルウェティイ連合が同様の手段を使って単独で36万の兵力を集めているので
まぁがんばれば不可能ではないかなという数字
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/BelloGallia.html
>29ヘルウェティア人の陣営内で、ギリシア文字で書かれた一覧表が見つかり、カエサルのところにもたらされた。
>その表には故国を脱出した者たちの人数と、そのうちで武器を扱かえる者の氏名の一覧が作られていて、さらにそれとは別に子供と老人と女の数の一覧が書かれていた。
>総数はヘルウェティア人が26万3千人、トゥリンギ人が3万6千人、ラトブリギ人が1万4千人、ラウラキ人が2万3千人、ボイイ人が3万2千人で、全部合わせて36万8千人だった。そのうち、武器を扱かえる者は約9万2千人だった。 >>352
煽るな煽るな
まあそれはともかくRock規制が出る程に意味不明なコピペを連投してる輩はすぐにやめるべき >>352
こいつ台湾人か香港人だな。
ネットスラングのチョイスが独特だからすぐわかるぞ。
向こうの歴オタって史書にある数字全部鵜呑みしてるのが笑える。 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!!
95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。 裴松之「自分より数倍のかずの兵士を捕虜にすることなんて無理」
たぶん先行研究とか知らないんだろうなこういう人って。 まだやってんのか。
http://ctext.org/shang-jun-shu/military-defence
とりあえず英訳もついてるから商君書の兵守全部読んでみろ。
ここに書いてある程度の手段で40万人分の補給を賄うのどう考えても無理だぞ。 他所からコピペ厨のレイシストと露骨な荒しであるそいつに便乗して何故かここで論敵を攻撃する異常な輩が1ヶ月50レスも湧き続ける...稀に見る醜悪な流れだな(呆れ
こんな連中に付き合わず李牧にでも話題を変えたらどうだ? まともなスレ民が残っていればの話だが 95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。
358 世界@名無史さん ▼ 2016/05/21(土) 21:06:37.37 0 [0回目]
ガリア戦争の場合だとヘルウェティイ連合が同様の手段を使って単独で36万の兵力を集めているので
まぁがんばれば不可能ではないかなという数字
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/BelloGallia.html
>29ヘルウェティア人の陣営内で、ギリシア文字で書かれた一覧表が見つかり、カエサルのところにもたらされた。
>その表には故国を脱出した者たちの人数と、そのうちで武器を扱かえる者の氏名の一覧が作られていて、さらにそれとは別に子供と老人と女の数の一覧が書かれていた。
>総数はヘルウェティア人が26万3千人、トゥリンギ人が3万6千人、ラトブリギ人が1万4千人、ラウラキ人が2万3千人、ボイイ人が3万2千人で、全部合わせて36万8千人だった。そのうち、武器を扱かえる者は約9万2千人だった。 40万生き埋めは事実!!!否定する奴はクズ確定!!!
95 : ななしのよっしん :2016/04/29(金) 16:14:38 ID: 4zbTxBpTpN
この時代の軍隊を今と同レベルのものと捉えたらあかん。
ガリア戦記上の古代のゲルマンやガリア軍と同様兵士の妻子や家族を含めての数字だと思ったほうがいい。
「商君書」 兵守 第十二巻
壮男で一軍団を作り,壮女で一軍団を作り,男女の老弱の者で一軍団を作り,これを所謂三軍という。
(中略)老弱の軍は牛馬羊豚を放牧して、草水を食わせ納めてこれを壮男壮女の食料とする。
「墨子」 号令 第十五巻
諸々の男女で城壁上に有るものは十中に六は弩を持つ。丁女と老少は人ごとに一つの矛を持つ。
96 : ななしのよっしん :2016/04/30(土) 02:14:58 ID: +9jOYaIBUj
必ずしも一般化できるものではないが商君書の引用良いね
たとえば長平の半世紀前に趙の武霊王が中山に遠征した時の趙軍は20万人
恐らく趙の精鋭、主力軍はこのくらいの規模、半世紀分の上積みを考慮して25万としよう
上党郡各地に投入され強秦を相手取った趙軍の総兵力はこれに劣るまい
ここに>>95のような構成の現地上党郡の軍民10万(仮)を加える
これでかなり現実的になったんジャマイカ?
まだやってんのか。
向こうの歴オタって史書にある数字全部鵜呑みしてるのが笑える。
たぶん先行研究とか知らないんだろうなこういう人って。 >>367
見えない敵と戦う聖戦士様だよ。
黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!
赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。
それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。
台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。
赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。
gm遺伝子
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3) >>365
>>370
「チベットに自由を!」「血に染まった五輪はもうたくさん」北京の冬季五輪招致に抗議 IOCホテルで騒動[6/11]
http://www.sankei.com/images/news/150611/wor1506110003-p1.jpg
チベット族の抗議者を取り押さえる中国のセキュリティスタッフ=10日、ローザンヌ(ロイター)
2022年冬季五輪開催を目指す北京とアルマトイ(カザフスタン)が10日、スイスのローザンヌで
国際オリンピック委員会(IOC)委員に対する個別説明会を開いたホテルで、北京の五輪招致に抗議するデモがあり、
侵入した数人が大声を上げるなどして地元警察に取り押さえられる騒動があった。
関係者によると、チベット族の若者らが抗議活動を行ったとみられる。「チベットに自由を!」「血に染まった五輪はもうたくさんだ」などと叫んだ。
ホテルの玄関口では女性を含めたグループがメッセージ入りの旗を掲げて抗議。男性1人は北京が設置したホテル内のブースに侵入し、
五輪に反対する一幕があった。(共同)
http://www.sankei.com/world/news/150611/wor1506110003-n1.html >>365
★★★ 英国が習近平を虫ケラ扱い、習近平の面子丸潰れ(大爆笑)
1. トイレの前で対談(爆笑)
2. 同時通訳機を使わず、演説に無関心なキャメロン首相(爆笑)
3. チャールズ皇太子は、晩餐会に欠席(爆笑)
4. 一度も拍手のない習近平議会演説(爆笑)
5. 習近平晩餐会演説では居眠り多数(爆笑)
6. キャメロン首相の戦略家のスティーブ・ヒルトン前室顧問 「英国はロシアと同じくらい悪い国である中国に、制裁を加えなければならない」
7. 英ファイナンシャルタイムス紙 「無意味な演説だった」 (爆笑)
8. AP通信 「習主席がどこかに行くたびに、人権活動家、環境活動家、チベットなどが絶えずデモを繰り広げ、
「シェイム」(Shame・恥を知れ)というスローガンが鳴り響いた」と伝えた。
9. 嫁の彭麗媛のグロテスクな化粧も槍玉に(爆笑)
http://oboega-01.blog.jp/archives/1043237395.html 終わり見えない「ウイグル問題」、中越国境の現実
2015/6/25 日本経済新聞 電子版
中国南部に位置する広西チワン族自治区憑祥市。ベトナム北部のランソン省と国境を接する
山と森に覆われた人口11万人の小さな町だ。
夜10時、市政府に勤めるチワン族男性、林盛科(仮名、25)の「夜番」が始まった。
林らの仕事はこうした密売業者を取り締まることだが、最近もう一つ、大きな任務が加わった。
「逃亡ウイグル族を捕まえるのさ」
違法行為を繰り返すウイグル族は治安を乱す危険分子だ――。今のところ共産党・政府の世論誘導は成功しているようだ。
だが折に触れて浮かぶのは「対テロ戦争」の名を借りた「迫害」の実態だ。
新疆では男性のヒゲや女性のスカーフ着用を禁止するなど、文化・宗教的な慣習に対する締め付けも強まる。
ウイグル族住民と警官隊との衝突もしばしばだ。広西や雲南で相次ぐ密出国事件も、
大半がこうした弾圧から逃れるためだったとみられている。香港の中国人権民主化運動情報センターによると、
毎月5000人近くのウイグル族が海外への逃亡を試みているという。
強硬策が暴力による抵抗を招き、さらなる弾圧を生み出すという「憎しみの連鎖」は止まっていない。
習指導部の「対テロ戦争」は終結するどころか、むしろ混迷の度合いを深めているかに見える。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO88456380U5A620C1I00000/?dg=1 >>365
チベット、ウイグル、南モンゴルに於ける中国による不当な占領こそがテロ。
テロリスト独裁国家が自分のことを棚に上げて自らを正当化するのを納得するのは
その属国の北・南の挑戦民族のみ。
これらを除くアジア各国は共産中国の自己中な詭弁は聞き飽きた。
日本を含むアジア各国はチベットやウイグル、南モンゴルの独立派を積極的に支援
すべし。
中国を数カ国に分裂させるのが世界の為。 廉頗って刎頸の交わりで有名なだけで、名将でもなんでもないだろ いや普通に名将だぞ?
あの当時の秦や斉にも一定の軍事的成果上げて
趙の軍事大国としての名声を確立したのは廉頗も一役買ってる 「廉頗藺相如列伝」では趙の良将って評価されてるが、戦歴は大したことない。
そもそも戦国四名将ってなんだよ、、、 不必要かもしれませんが、私が戦国四名将選ぶとしたら白起、呉起、田単、王翦になります >>380
孫臏は田忌とセットで評価される人物なので外しました
孫武は春秋時代の人なので時代が違います >>381
いや孫武は境界線上の人だよ
春秋と戦国の境目は明確に分かれてるもんじゃない >>382
時代区分に関しては曖昧なため、戦国時代の始まりについては紀元前403年に始まったとする説でお願いします なぜか自演認定された上に人格まで疑われてて笑ってしまった 自演はともかく人格は疑われて当然だな
コピペ厨に便乗して見えない敵と何故か当スレで戦ってる時点でアレだし
>>375
>>377
戦国四名将は南北朝時代の『千字文』からでしょう
史記から説話色の濃い部分を除いて評価すると廉頗は活動期間の長い楽乗って感じ >>385
現在に伝わる戦国時代の人物イメージは、西漢の史記(相当量ある後人の加筆部分は時代が下る)が採用した説話(戦国説話の成立も漢代に下る場合が多々ある)に拠るところ大なので、実像を探って誰が戦国を代表する名将なのか決定するのは至難やね。
戦国後期の人物、特に趙将が称揚される傾向にあるのは、それらの説話形成時期が大体漢初〜西漢半ばっていうのが大きな理由だしさ。 戦国前期〜中期にも本来たくさん名将はいたのでしょうが全然わかりませんな
呉起もあやふやなところが目立つし
後世名高い将という意味では孫子に勝る者はいないが春秋の孫武は説話の形成が随分遅かったらしいね
孫臏の馬陵の戦いといい、孫子は虚構だらけで名将とは言い難い 史書に残る戦功(落した城の数/殺した敵の数/制圧した地域の重要性)のみで判断すると廉頗以上はそこそこおるな
秦に多数、楽毅、武霊王、戦国二君、あと恐らく楚&魏に知られざる名将がそれなりにいる 四方を強敵に囲まれてる魏
強国越をぶっ潰した楚
かなりの良将がいたはずだよなぁ 確かな戦功の情報少ないけど楽羊、呉起
名前忘れたけど斉宣王の頃に楚と燕を討った斉将も廉頗レベル程度はクリアしてる希ガス 魏の芒卯、公孫喜、犀武
韓の暴鳶
あたりが史料で確認できる面子だな
殆どが白起に打ち負かされてるけど >385 >391
史記一通り読んでわかる戦歴の質はほぼ互角やし位階も同じ両者なので尤もだが廉頗レベルと楽乗レベルのイメージ差はデカいな。
>393
公孫喜と暴鳶は共に実績のある重鎮ですね。前者は白起に後者は魏冉に一蹴されたけど・・・
犀武は公孫喜と同一人物の可能性があるらしい。
芒卯は昭襄王を恐れさせた大物、しかしこれもまた白起or魏冉に敗れた。生まれた時代を間違ったか 芒卯は戦国時代中晩期の魏を代表する人だな、何気に妻の説話が伝わってたりする
秦の武王仕えていた頃の甘茂と親交があるようだから白起よりは少し上、たぶん魏冉と同世代
秦魏が友好的だった張儀甘茂の時代、魏冉の台頭により秦軍の本格的な東進が始まり魏の首都圏が危うくなる時代
最終的に敗れ去ったとはいえ、親秦と反秦に揺れる魏を長く支えたもっと注目されてもいい人物 芒卯は単なる軍人にとどまらず知恵もまわる型なんで、職掌の分業が進んだ
戦国時代ではある意味で稀少な存在ともいえなくもないのかな 戦国中期以降になるとオールラウンダーは極端に減りますね。
>>395-396に名前の出てる魏冉さんはそうだけど本当に少ない。
謀臣・外交官上がりで軍将の道に進んだ孟卯さんは更に希少な存在と言えるかも。 中期はチラホラいるけど後期は殆どいないなあ・・・魏冉、春申君(この両名にしても前者は智者賢人とされるが逸話不足、後者は戦将としての実績不足)
廉頗や李牧もいちおう将にして相だが、どちらも相としては? 知恵者っぽいエピソードもほぼ無い 廉頗は楽乗と共にしばらく副宰相しただけなんで少し微妙かな
後に彼が楽乗を不意討ちして出奔することを考えるにこの人事は裏がありそうだし >>400
張儀はまさしく該当者だね
藺相如もそうだけど>>399氏にいわせれば戦将としての実績が足りないかな 張儀世代(紀元前四世紀後半/戦国時代中期)はまだそれなりに
BC300を切ると途端にいなくなる
おそらく職掌の分業化と社会の変化が急速に進んだと思われ 智嚢らしいのに頭良さそうなエピソードが全然ない張義世代の樗里子ェ...
>>401
藺相如に対してすらアレだった廉頗と並び立つ楽乗、めんどくさい権臣功臣は厄介だわ。 張儀の一世代上の商鞅、そして戦国前期に最狂のオールラウンダー呉起 恵文王にしろ孝成王にしろ悼襄王にしろ、どの王ともぎこちない廉頗・・・
まあ権臣だからしょうがないのかも知れん。 廉氏は中山付近の盛族らしいから若くして宰相になってもおかしくないのに長年将軍止まりなのは
協調性なさそうな廉頗の人格故か 恵文王とその同母兄弟(平原君、平陽君)の世代と相性悪かったのかも?
親子二代に亘って廉頗の対抗馬となる趙奢を推挙したのは平原君
恵文王の寵臣たる藺相如を辱めようとしたのは恵文王への不満とも取れる。 廉頗はちょうど平原君が亡くなったあたりから出世してますね
戦国趙は宰相についての情報が乏しいのが残念、建信君や春平侯の時代が全然わからん
平原君ですら説話は多いけど年代記的な記述は僅かで信憑性に欠けるし、、、 建信君は李牧を重用した悼襄王の相邦だから李牧の台頭と関係あるかもしれない まぁ戦国期は今日有名なエピソードの半分くらいが「これ民話とか講談の類で史料的価値皆無でしょ」状態の世界だし仕方ない
信に足る資料がそれなりにあるのは秦国だけ いや秦も結構ダメだから
そもそも歴史と物語を区別するようになったのって現代くらいで
それ以前って歴史だろうが作った物語だろうが「史実」に入れちゃってるしもう区分けもできない事がしばしば
行政文書とか商取引の決裁書とかでないとまともに信用できないのよなぁ 現代でも地球の民の大多数が区別してないから何の不思議もない
もし現在なんらかの超常現象で国家等が管理する記録が文明ごと壊滅して後世の史家が人口に膾炙したネタを拾って各国史や列伝を編んだら奇妙奇天烈出鱈目なものになる
秦はリアルタイムの公文書に近い記録が他国と比べりゃ史書に残ってるぶんマシとはいえる >>413
現代でも民間に広まるのは人目を惹く極端かつ奇矯な情報だからなあ
最先端のメディアであるネットなんてアクセス稼ぎのガセネタが氾濫してるし
漢代の史家が戦国時代を正確に書くってのは不可能でどうしても確度の低い語り物になる ??「司馬遷という男は、何か書いたものを見せれば、すぐ騙されやすい性質の学者」
ま、この発言の主もアレなこと書いたりやらかしてるけれども笑 司馬遷は意図的に取捨選択して自分好みのストーリー作ってるから騙されやすい、というのは違う気がするが・・・
ま、いずれにせよ史書の成立は西漢以降になるからどうしても限界がありますねえ。
それに諸子百家とかは自らの影響力拡大を追求する活動家といったところなんで創作上等、リアルタイムでも信用ならぬ。 加えて史記には司馬遷死後に加筆された部分もありますしね
ところで四名将の李牧廉頗を撃沈した郭開って戦国最強だよな
ウソくさいけど 李牧の件については伝世史料に複数の容疑者がいますねえ。 廉頗のライバル趙括の逸話って史記にたくさん載ってて有名だけど戦国策じゃあまり見ない希ガス、なんでかな?
>>416
まあ、確かに司馬遷はそんな感じだな そもそも「史記」の「史」とは現代人の意味する歴史の意味じゃなくて文章の意味だし、
「記」も同様に書き表された文章とその整理を表す言葉で
言うなら「まとめて書いた」という書名でつまり、まとめブログだよ
じゃあ何を書いたのよ、と言ったら全土の口述伝承やら先行文献とその年表化と解説で
それを取捨選択して編集して自分の短評付けてるわけで
本来は歴史の本じゃないんだわな、元々そういう概念はない
今使ってる意味での学術的な言葉としての歴史ってのは割と最近できた概念なんだわ まとめブログが圧倒的大権威になっちまった……(汗
と考えれば史記の立ち位置を理解しやすいね。 >廉頗のライバル趙括の逸話って史記にたくさん載ってて有名だけど戦国策じゃあまり見ない希ガス、なんでかな?
少し訂正させてもらう、趙括メインの逸話は一章もない。 「学術的な言葉としての歴史」ってのが何を差しているのかわからんし定義論争には興味ないが
同時代の出来事を後世に残すための記録官なら春秋時代からいたし、それらの史料を検証解釈する太史令も前漢代に置かれている
一つの出来事に対して異説を列挙して中立性を保つという手法も裴松之の頃には確立されてる 現代の「歴史学」とやらもほとんどファンタジー小説だけどな
都合のいい記録は「これは事実を反映している」そうでない記録は「これは権力者によって歪曲されている」
どうしてそんなことがわかるのやら >>423
その辺の記録だけだったり検証手段が現代歴史学的な意味での「歴史」になってないので
裴松之は自らのイデオロギーに反する説に対して
合致する説を列挙して、だから自分の好みの説の方が正しい、と述べる人でもあるから
中立性は全然保たれないし筆者の好みも極力排する努力というのを放棄してるんだよなぁ >>422
まあ、確かに趙括メインor嵌められ役の章は記憶にないな 戦国策は怪しい戦国ロビイストの策謀話多いしノータッチでもおかしかねーけど
(実際白起は時々登場するけど廉頗李牧王翦なんて滅多に出て来ない)
やたらと多い応侯の説話のなかでも空気なのはちょっと不思議ですねぇ 史記の秦趙両軍同時主将チェンジ→趙括「げぇ白起!」展開の講談臭はスゴイ 史記じゃギャグ要員だけれどw
戦国策の流れを重視するなら趙括って絶望的な戦場に送られた可哀想な人よね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています