世界史マメ知識スレ [転載禁止]©2ch.net
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用語といえば、ユーゴという国は無くなったが、国連用語では
マケドニアの呼称に残っている マケドニアといえば、現在のマケドニア共和国の領土と
古代マケドニア王国の版図はほとんど重ならない。 中国の自動車のナンバープレートで陝西省の略号は「秦」 古代マケドニアといえばアレキサンダー大王だが、死は暗殺だった可能性があるとか 暗殺といえば、英語アサシンの語源は暗殺教団の山の老人がヒットマンに与えた大麻、ハッシッシに由来するとか キャンペーンガールのキャンペーンとはもともと軍事行動に出かける、遠征するって意味だとか 大麻といえば中国では古くから薬品として使用されてたらしい
後漢には書もある 後漢といえば、漢王朝の後半と五代十国の国名の両方が該当するが
読み方はゴカンとコウカンで違うらしい 国名といえば現在のマケドニア共和国の名前をギリシャは認めてないらしい >>12
後漢といえば日本では劉秀に始まる政権をいうが、本家中国では
劉邦の政権を西漢、劉秀の政権を東漢と呼んで文字でも区別している。 >>13
国名にクレーム付けてるなんて結構あるだろ。
隣の某半島の南北両政権とか、
権利が無いのに70周年を祝った政権とそこから追い出されて現在は島国とか、
アフリカ大陸中央の同じ名前の国とか、
最近コーヒー飲料の名前に呼称を変えた国とか。 アレキサンダーといえば、ブドウのマスカットオブアレキサンドリアは彼が名付けたあの都市に由来するが、地名としてのマスカットは関係なく、その芳香に由来する
マスクメロンと同じ
ただ、地名のマスカットの由来のひとつに古代ペルシャ語説があって、麝香を意味するため、全く無関係ではない可能性もある
ちなみに古代におけるマスカットで麝香や乳香の取引が盛んだったかどうかは定かではない 由来するといえば、ブラジル特産のブラジルウッドは地名に由来するのではない。
地名のほうが、植物の名前に由来する。 植物といえばトマトはコルテスがメキシコから種をヨーロッパに持ち帰ったが、最初は毒のある植物と信じられ、もっぱら観賞用とされていたらしい トマトといえば、18世紀にスペイン領だったナポリの貧民がパンの上に載せて食べ始めたのがピザの起源だとか 早稲田大学の学生のことを早稲田コジキっていうこともある 一種のペジョラティブか?w ローマ教皇第16代のカリストゥス1世は、奴隷出身で前科もちという説がある そのカリストゥス1世の時に初めての対立教皇ヒッポリュトスが立った。 >>3
ユーラシア安定地塊、シベリア楯状地だから、火山無いよな
>>6
マリ、モーリタニア、エチオピアもそうだな
突厥帝国も、東は韃靼海峡を望んで、西はカスピ海を越えて黒海に差し掛かるくらいだったけれど、
今のトルコ共和国の領域はかすりもしない カザンといえば、平安時代の花山天皇を「はなやまてんのう」と読む人がとにかく多い。
短い在位の後の上皇・法皇時代は結構波瀾万丈。 カザン汗国といえば、イワン雷帝によるカザン汗国征服が
ロシア帝国の飽くことを知らぬ膨張行動の始まりだった。 その割にはルーシ本家のすぐ近くのクリミア王国とかなかなか攻めあぐねていたな
18世紀後半遅くまでタタール人の国だったろ 韃靼のアルタン汗が暴れまわったあたりとだいぶズレてるな >>29
漢字で書くと、俺答汗
「俺」はチャイナ語で「アル」なん? 「俺」は
漢音でエン
北京音で an3
広東音で yim3
朝鮮音で 엄
越南音で em
中古音で en ロシア帝国といえば、チュコト半島征伐で
チュクチ=エスキモー連合軍の犬ぞり+トナカイぞりの
ワンワンシャンシャン部隊にロシア騎兵隊が2度も蹴散らされたこと。
しかもその犬がシベリアンハスキーの原種ということ。 ユダヤ教の大半はユダヤ人ではなくハザール人
イスラエルに住むほとんどもハザール人 >>33
エスキモーといえば、グリーンランドのイヌイットの伝承に
「色白で大柄で毛むくじゃらの異民族」の「カドルナート」と闘うくだりがあること。 >>37
帆船に半月も乗りっぱでやってきて垢まみれ、そうでなくてもエスキモーの居るような氷雪原では半日も外に出てると雪焼けでとてもじやあないが
色白とはいえなくなるものなのにな
しかも、毛むくじゃらったって、双方毛皮の外套を着てるだろ。赤毛のエイリクも、今のスウェーデン人みたいにすぐにマッパってたんかいな? まっぱにはなったと思うぞ。日光浴びないとビタミンDが作れないからね。
でもその結果、色白とは言えなくなってるかな。 船乗り焼けスキー焼けになるくらいの日射なら、顔面だけで全身分のビタミンDが作られるぞ
鱈だの鰊だののような北欧人の好んで多食するというか船乗りはそれを食べるしかなかったような北洋魚はビタミンDの含有量多いしな はじめにデコったので
こんなことになりました
レンズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BA
レンズの語源はレンズ豆(ヒラマメ、ラテン語: lens)である。
当初作成されたレンズは凸レンズであり、その形状がレンズ豆に似ていたことからこの名前が付いた。
ちなみにおいらOPであるレイヤードのレンズは
アッシュールバニパルの図書館から発見されたと勘違いしておりました >>43
もうバレましたかww
キャロブ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%96
キャロブは主に地中海付近で栽培されるマメ科の植物で、
カルシウムや鉄分、食物繊維等を豊富に含むため、
日本では主に健康食品として用いられる。
特に、キャロブの鞘から抽出されるピニトールには、血糖値改善作用や肝機能の改善効果が認められる。
キャロブパウダーは莢の中の黒い果肉部分を粉末状にしたもので、現地ではコーヒーやココアの代用品として用いられている
果肉自体に甘みがついているため、キャロブを使ったチョコレートのような菓子も作られている。
種子は大きさや重さがほぼ均一であったことから、
ギリシャ語名が宝石の重さや金の純度を示す単位「カラット」の語源ともなった。 メンデルさんが発見した遺伝学上の法則は
エンドウマメの研究によって行われましたが、、、
その分類に使われたエンドウマメのしわを造ったのは実はこの人
トーマス・アンドルー・ナイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88
イギリスの園芸家、植物学者である。
イチゴやキャベツ、豆などの品種改良を行い、大きい温室も作った。1797年にリンゴや豆の栽培に関する論文を発表した。
18世紀から19世紀にかけての栽培技術に関する指導的な研究者であったが、研究結果は彼の死後失われた。
あまり知られていないが、メンデルの遺伝の実験と同じ結果を見出していたが、形質の変化の原因についての考察を行うことはなかった。
学問の世界に興味を示さず、他人の論文を読むようになったのはジョセフ・バンクスにそうするように言われてからであった。
バンクスとは密接なつきあいをした。ナイトの論文は王立協会紀要に掲載された。 自動車王のヘンリー・フォードさん
彼の父はヘンリーに農場を継いでもらいたかったが、フォードは農作業を軽蔑していた。
後に「私は農場には何の愛情も持っていなかった。私が愛していたのは農場にいる母だった」と記している。
しかしこのフォードさん、実は農園で一生懸命マメを作っていた
しかもこのマメで造った車を走らせたのでしたのだった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89
また、農産物からプラスチックを製造することにも関心があり、特にダイズからプラスチックを製造することに熱心だった。
そのためにジョージ・ワシントン・カーヴァーとも親交を結んだ。
ダイズから生産したプラスチックは1930年代のフォード車で使われた。
最終的に1942年、Soybean Car というほぼ全体をプラスチックで作った自動車の特許を取得。
鋼製の自動車より30%も軽量化され、鋼製よりも10倍の強度があった。
さらに、ガソリンではなくアルコール(エタノール)を燃料としていた。
しかし、その設計が広く受け入れられることはなかった。 ピタゴラスの定理などで知られる、
古代ギリシアの数学者ピタゴラスさん
その末路に関してマメが運命を握ることになるのだが、、、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9
ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』の中でピタゴラスの最期に関する4つの説を紹介している。
1. クロトンの家にいる時に放火されて、逃げ出し、豆畑まで来た時に立ち止まったため、追手に捕らえられて咽喉を切られて殺された。
2. メタポンティオンのムゥサの女神たちの神殿に逃げ込み、40日間の断食をした後で死んだ(ディカイアルコスの説)。
3. メタポンティオンに退き、断食をして死んだ(ヘラクレイトスの説)。
4. アクラガス人とシュラクサイ人との戦闘に参加し、アクラガス軍の側に味方して戦った。
しかし、アクラガス軍が退却したため、豆畑を避けて廻り道をしようとした時に、シュラクサイ軍に捕らえられて殺された(ヘルミッポスの説)。 ピタゴラスが豆を嫌ったのは、地中海地方に多いG-6-PDという遺伝病に罹患しており、ソラマメを食べると貧血を起こしたからという説が有力である。 コーヒーが好き過ぎて道を誤った人達がいるなか
ささいな拘りをもった男がいた
彼は必ず1杯のコーヒーのため60粒のコーヒー豆を数えたという
そして朝食はその濃厚なコーヒーだけを愛飲したそうな
その漢の名をルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンという >>48
ほっほーぉ、なるほどぉ
ちなみにこれは詰まらない話ですがピタゴラスさん
便通のためにソラマメをいっぱい食べた説もあるそうですww
http://www.geocities.jp/ja1tmc/kinnkisaisinn.html
資料C1、ゲリウス「アッテカの夜」
@哲学者ピュタゴラスは生き物を食べなかったとか、あるいはまた、
ギリシア人が「キュモアス」と呼んでいるそら豆を慎んだとかいうような 誤たった説が、古くから定着し、強まっている
Aこのような説があるために、詩人カリコマスも次のように書いている
ピュタゴラスが命じたように、われわれも告げよう
そら豆から手を遠ざけよ、それは人を苦しめる食べ物
Cしかし、音楽家のアリストクセネスは、古い文献にきわめて精通し、また哲学者アリストテレスの弟子とになった人であるが、
彼が書き残した「ピュタゴラス伝」という書物において、豆科の植物で、そら豆ほどピュタゴラスがしばしば食べたものはないと言っている。
というのは、その食べ物は徐々に腹を軽減させ便通をよくしてくれるからである。
Dアリストクセネス自身の言葉をここに書き加えておく。「豆科の植物でピュタゴラスはとりわけ高く評価したのは空まめであった。
空まめは、腹を軽減させ便通をよくしてくれるからである。それゆえピュタゴラスはとりわけ空豆を食したのである。」
Eアリストクセネスはまた、ピュタゴラスがやや小さめの仔豚や、比較的柔らかい仔山羊を食べたと述べている
Fアリストクセネスは、以上のことについて親友だったピュタゴラス派のクセノピロスや、
ピュタゴラスの時代より(それほど遠く隔たっていない)頃の、より年長の他の人たちから情報を得たようである >>50
ちなみにこの話のポイントは著者名にあります、、、 グリーンピース
おいらはこの微妙に柔らかい食感が苦手で
飲み込んで食べるのだが、、、
グリンピースは当時ガーデンピーと呼ばれ、そのあまりにものおいしさに
ルイ14世はエンドウマメを食べ続けたせいでついには消化不良を起こし、
お付きの医者たちから体を動かすためにビリヤードをするよう助言を受けたという >>46
農民の生活向上を通じて黒人の待遇改善にも貢献した
ジョージ・ワシントン・カーヴァーさん
彼は常々こう言ったそうな
「地球上から全ての食料が無くなったとしても、
ピーナッツとサツマイモだけで人間を養う十分な食料を供給することができるかもしれない」
カーヴァーさんは油分の多いピーナッツを原料として、
あらゆる用途を開発し食料以外にも石鹸・接着剤や印刷用インク等の生活用品まで、
その数はなんと300を越えたらしい。
が、、、 実はこの中に「ピーナッツバター」だけは含まれていなかった 今の安全なインクは大豆油使用だが
昔ピーナッツは確かに印刷油に使われて棚 >>54
なぜピーナッツが使われなくなったか
もし知っていたら教えてもらえませんか? 殻から豆を取り出すのは大豆のほうがはるかに容易。
大豆は干しただけでどんどん豆がはじけ飛ぶけど、
南京豆は殻を割る手間が結構面倒。 ほうほう、なるほどぉ
油だけ抽出(他は不純物?)して使ってるのかなぁ 落花生の殻から製紙できるんじゃないかって気がしてならない >>60
残念ながらトコロさんがぶち切れてましたww
「ピーナッツのさや殻は食べてもダメ!
紙にしてもダメ!」
http://www.ntv.co.jp/megaten/library/date/97/9/0921.html
ググル先生にショウコウさんっぽいのが映ってて怖いので
今日はここまでにしておこうか、、、 共和政ローマ期の政治家であり文筆家として有名なキケロさん
彼は若い頃に友人から「無名の家名(キケロ家)を避けた方がよい」とアドバイスを受けたが、
「私自身の手で、キケロ家をスキピオ家やカトゥルス家より有名にしてみせる」と語ったという。
その後、弁護士として名を馳せた彼のコグノーメン「キケロ」は、
実はラテン語でひよこ豆を意味する「キケル」(cicer) に由来する。
つまり、みんなに「ひよっこ」と呼ばれてたのかもしれない、、、 残念ながら節分ではなかったが
いろいろなところで繋がっておりました、、、
ガレット・デ・ロワ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%AF
ガレット・デ・ロワ(仏: galette des rois)は、公現祭の日に食べるフランスの菓子である。
名称の「ロワ」(王たち)とはフランス語で「ロワ・マージュ」(rois mages)と呼ばれる東方の三博士のことである。
このお菓子いろいろなバリエーションがあるみたいなのだが、
王様ゲーム用のアイテムとして使われており
中にフェーヴと呼ばれる人形が入っているところは共通しているらしい。
このフェーヴの起源は、
古代ローマのサートゥルヌスの祭典サートゥルナーリアにさかのぼる。
サートゥルナーリアの饗宴では豆を一つ入れたケーキが供され、
豆が当たった出席者を宴の王とする習慣があった。 そして豆の王様が現れるのだが
彼には二種類の豆説(ソラマメ、ひよこ豆)があってよくわからん、、、
そして彼の家族関係も
かーちゃんクレオパトラが弟と結婚してたりしていて
複雑な家庭だったみたいだ、、、
ちなみに本人もクレオパトラと結婚してたし妹もクレオパトラだった
プトレマイオス9世
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%82%B99%E4%B8%96
父はプトレマイオス8世フュスコン、母はクレオパトラ3世。
弟プトレマイオス10世アレクサンドロスと王位を争った。
姉妹クレオパトラ4世、クレオパトラ5世セレネと結婚している。
ラテュロス(ソラマメ)とあだ名される。 >>63
日本の宴会だと割箸の先っちょに書いてるけどな >>65
ふむう、割り箸ですか、、、
日本の場合サトゥルヌスさんは
豆を当てられる方なんでしょうか
それとも福は内? 「悪魔の飲み物」 >>49
http://www.unicafe.com/CoffeeLife/museum/historyW03.html
イスラム教国を中心に広まったコーヒーは、17世紀になると、ベネチアを足がかりにヨーロッパへと浸透していきました。
ところが、ヨーロッパ各地でいろいろと論議が巻き起こります。
「イスラム教徒の飲み物を、キリスト教徒が飲むのはどうなのかと」
その後、賛否両論が持ち上がり、ますます議論は過熱。
しかし、当時のローマ教皇クレメンス8世は、コーヒーが好き過ぎて
この「悪魔の飲み物」コーヒーに洗礼を施し、悪魔の虜になってしまった。 >>67
さんざ回教徒の持ってくる胡椒だの丁子だの黒檀だの象牙だの砂糖だの買っていたのに? >>68
取引相手がイスラム化するずっと前から馴染みがあった商品と、イスラム化後にイスラム寺院の秘薬って導入されだしたものとは抵抗感は全く違うんじゃないかな 反日を謳いながら日本のモノ大好きな国もあるしな
国名変えろ!ってならない分まだあっちは冷静なんだろうけど >>68>>69
ところがどっこい
この「悪魔の飲み物」はイスラム世界でもひと騒動おこしてたのでした
コーラン(クルアーン)では炭の食用が禁じられており、
煎ったコーヒー豆が炭に酷似している点から、
コーヒーの飲用がシャリーア(イスラーム法)に抵触している疑義をかけられたのだった
その後、オスマン皇帝アフメト1世の治世(1603年 - 1617年)に
「コーヒー豆は炭になるほど強く火にかけられていない」という見解が出され、
コーヒーはイスラーム世界で公的に認可された飲み物となったらしいが、、、
つまり皆が悪魔に魅了されてたんじゃなかろうかww
そしておいらもその信徒として今からお勤めを始めるところです やばい、豆は奥が深い、、、
>>63
これのコインを入れるバージョンも
実は豆つながりっぽい
http://kurashitefirenze.blog64.fc2.com/blog-entry-42.html
1500年代にモデナの街が包囲されたときに、敵に食料を与えないために市民が街中の豚を殺すことにしました。
でもいつの時代も悪知恵が働く人はいるもの。皆に知られないようにと、そっと肉を豚足に隠して保存した人がいたそうです。
これがザンポーネの始まりと言われています。
そしてコテキーノやザンポーネと一緒に必ずついてくるのがレンティッケ。
切ってもきれない仲なのです。レンティッケは日本語でレンズ豆や平豆のこと。
この小さなお豆を大晦日に食べる習慣は、古代ローマ時代の多神教(パガーノ)の儀式から来ていると言われています。
レンティッケは幸運を呼ぶとともに、お金も入ってくるという、ラッキーフード。
とりあえずこれはミランドラ発祥とのこと
1511年にミランドラが教皇ユリウス2世の軍勢に包囲された折、
保存食として生産されたのがコテキーノとザンポーネのはじまりとされている
それが今では何を間違ったか大晦日の定番料理にww お豆さんは吸いものだったらしい
>>52
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141216/428520/?P=2
青いエンドウマメは、美食を極めたルイ14世の宮殿でも熱狂的な人気を博した。
ルイ14世の愛人のひとり、マントノン夫人が1695年に書いた手紙にはこうある。
「エンドウマメについての話題は尽きることがありません。
まずはそれを口にするまでのもどかしさ、それを食べた喜び、そしてもう一度食べたいという渇望。
うちの王子たちはここ4日というもの、その3点についてずっと話し続けています」
王族や廷臣たちはどうやら、エンドウマメをソースに浸してから、
鞘からチュルチュルと吸い出すようにして食べたらしい。 スイートピー
和名では、ジャコウエンドウ(麝香豌豆)やカオリエンドウ(香豌豆)、ジャコウレンリソウ(麝香連理草)などと呼ばれている。
イタリアのシシリー島原産の一年草でいい香りのする花が咲くらしい
エドワード朝のアレクサンドラ王妃はスイートピーを愛し、
祝いの場では装飾としてスイートピーがふんだんに用いられ、エドワード朝を象徴する花となった。
とっても甘そうな名前の豆ですが、その花言葉は「門出・思い出・別離」
実は有毒植物で
多食すればヒトの場合、神経性ラチリスム (neurolathyrism) と呼ばれる痙性麻痺を引き起こし、
歩行などに影響が出ることがあるとのこと。
誰だ、こんな花言葉を選んだ奴はww >>78
まず、お豆さんを食べさせます
>>77
なるほどぉ、だから赤いのかww しかし調べれば調べるほど
「マメは通貨なり」
って感じになりますねぇ ローマ人はルピナスの種子を炉の灰に埋めて
アルカロイドを弱めたのを客人に供してもてなした。
軽くラリってハイになるので会話が盛り上がるんだと。 >>81
それなら酒(アルコール)でいいんじゃないの? >>81
ほっほう、なるほどぉ
もしかすると、レンズだけでなくルーペまでマメ繋がりなのかww
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%94%E3%83%8A%E3%82%B9%E5%B1%9E
ルピナスという名前はラテン語でオオカミを意味するループスという言葉に由来する。
牧野富太郎は、どんな土地でも育つたくましさがオオカミを連想させた、
塚本洋太郎は、ルピナスが大地を破壊すると畏怖されており、
そこからオオカミが連想されてこの名が付いたと著書で言及している。
これに対して中村浩は語源は狼ではなく、ギリシア語で悲哀を意味するルーペであると推定する。
ルピナスの豆は苦く、噛んだ人が苦虫を噛み潰したような表情になることが、その根拠であるという。 もともとは「波を立てるな」という組織だったが
最近では方々で波風を立てているらしい、、、
グリーンピース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9_(NGO)
アメリカ合衆国がアリューシャン列島のアムチトカ島で行おうとしている地下核実験に反対するために、
1969年、カナダのバンクーバーに「波を立てるな委員会(Don't Make a Wave Committee)」という組織が誕生した。
この組織は、のちに「名前がわかりにくい」という内部批判から、
「環境」を意味する「グリーン(green)」と「平和」を意味する「ピース(peace)」をくっつけた「グリーンピース(Greenpeace)」という造語をつくり、改名した。 曹操さんもマメだったのだろうか、、、
七歩の詩は七歩じゃない!?
http://humiarisaka.blog40.fc2.com/blog-entry-14.html
「私とおまえは兄弟だ。これを題にしよう。だが「兄弟」という言葉を使ってはならぬぞ」
と命じる。すると曹植は考えた様子もなく、すぐ詩が口をついて出てきた。
煮豆燃豆? 豆を煮るに豆殻を燃やし
豆在釜中泣 豆は釜の中で泣く
本是同根生 もとは同じ根から生じた同士
相煎何太急 なんとひどく痛めつけあうことよ! >>88
NHK大河の『葵 徳川三代』のワンシーンで、
関ヶ原後の軍議で小早川秀秋が佐和山城攻めに志願すると、
池田輝政「豆を煮るには豆殻を以てすべし!」
諸将「ガハハ・・・」
小早川秀秋「(´・ω・`)」
みたいな場面があったが、あれって本来の故事とはかけ離れた用法だったのかな。 メンデルが遺伝法則の論文をネーゲリではなくダーウィンに
送っていたら両者の学説はどう影響し合ったか >>90
裏切り者の小早川を揶揄してるわけだから「同胞」てとこで似たようなもんでね >>90
実は凄いところからの落とし胤ということを
暗示しているのではないでしょうか、、、
>>91
おいらもそれは非常に気になります
そこが交わらなかったので、余計にいろんなことが起きてる気がww
でもメンデルはダーウィンの著作を読んでたってあるので
進化端の人と、遺伝端の人は、
やっぱり興味が別のところにあるのかも知れませんね 突然変異の考え方ができる前は、生物が変わらないことを保証する遺伝と、変わることが前提の進化論は相容れない主張だと考えられていた。
まさにマメ知識だな。メンデルだけに。 >>91
しかし、実はネーゲリが染色体を発見したようなので
これほど重要な発見が交わらなかったのも歴史的なんではなかろうかww
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93
1842年、ネーゲリ(Carl Nageli)が、染色体を発見。
1865年、メンデル(Gregor Mendel)がメンデルの法則を発表。
1869年、ミーシャー(Friedrich Miescher)が、ヌクレイン(今日のDNA)を発見。
1882年、フレミング (Walther Flemming)が有糸分裂の詳細を記載[1]。
1888年、ヴァルデヤー ( H. W. G. von Waldeyer-Hartz)が「染色体(chromosome)」を命名。
1900年、 ド・フリース(Hugo de Vries)、チェルマク(Erich von Tschermak)、コレンス(Carl Correns)によるメンデルの法則の再発見。
1902年、サットン(Walter Sutton)による染色体説の提唱。
1920年代、モーガン(Thomas Hunt Morgan)らによる染色体説の実証(下記参照)。
1944年、アベリー(Oswald Avery)らによる肺炎双球菌の形質転換実験[2](Avery?MacLeod?McCarty experiment)。
1952年、ハーシー(Alfred Hershey)らによるブレンダー実験(ハーシーとチェイスの実験)[3]。
1953年、ワトソン(James Watson)、クリック(Francis Crick)によるDNA二重らせんモデルの提唱[4]。 これは現代の後知恵でトピックスを集めた年表であって、発見された頃には染色体やDNAが遺伝物質だと考えられていたわけではない。だから、交わってもその時点では何も起きなかっただろう。 >>96
おいらこういうニアミスしたのに交わらなかった話とか
交わっちゃいけないものがうっかり交わっちゃったり
とかする話が好物なので
なんか普通に繋がっちゃったら興ざめです
>>94
ところでメンデルさんの独立の法則は
奇跡の一発芸なんでしょうか、、、 ◆在日中国人
在日中国人(ざいにちちゅうごくじん、日籍華人)は、日本に在住している中国人である。
中華人民共和国または中華民国(台湾)の国籍を有する者は華僑であり、日本国籍を
取得したものは「華人」である。なお、中華民国(台湾)の国籍者は在日台湾人と呼ばれる。
広義には中華人民共和国(香港、マカオを含む)と中華民国(台湾)国籍者を指すが、
狭義には中華人民共和国国籍者のみを指し、中華民国(台湾)国籍者は在日台湾人と
呼ばれることが多い。
独立行政法人統計センターによると、2010年12月末時点では両地域合わせて687,156人が
外国人登録されており、これは565,989人の在日韓国・朝鮮人を超える規模である[1]。
既に2007年8月に人民網が、東京では100人に1人は在日中国人であると伝えている[2]。
2010年12月末の在日中国人の国内分布は東京が最も多く164,201人、次いで横浜を擁する
神奈川が56,095人、以下、大阪府51,056人、埼玉48,419人、愛知47,454人、千葉県45,427人、
兵庫25,585人、福岡県21,936人、茨城15,726人、岐阜県15,340人と続く。
このように在日中国人の居住地は大都市圏に集中しているが、中でも関東南部への集中が
顕著である[3]。
なお、表に表れない非公式な数字を入れると東京には二倍の30万人以上が居住していると
いわれる、[要出典]それほどに中国人の東京への一極集中が顕著である。
日本国籍を取得した在日中国人の数は、平成12年から平成21年の10年間で4万人以上[4]である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BA%BA 2010年12月末の在日中国人の国内分布は東京が最も多く164,201人、次いで横浜を擁する
神奈川が56,095人、以下、大阪府51,056人、埼玉48,419人、愛知47,454人、千葉県45,427人、
兵庫25,585人、福岡県21,936人、茨城15,726人、岐阜県15,340人と続く。
このように在日中国人の居住地は大都市圏に集中しているが、中でも関東南部への集中が
顕著である[3]。
なお、表に表れない非公式な数字を入れると東京には二倍の30万人以上が居住していると
いわれる、[要出典]それほどに中国人の東京への一極集中が顕著である。
日本国籍を取得した在日中国人の数は、平成12年から平成21年の10年間で4万人以上[4]である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BA%BA どのスレに書くかまよったんだけど。
ちょっと気になって「フィガロの結婚」の作者、カロン・ド・ボーマルシェについて調べてみたら、ウィキペディアの記事が無類に面白い。
ダイナミックでユーモアに富んで、下手な歴史活劇よりはるかに引き込まれた。誰だよ、これ書いたの。 たしかに面白かったw
職と命がとぶとか言わんでよろしいことをかいてるな
ただ辞書ではない感じ
ウィキペディアの趣旨にはややかけ離れた文章だなw
しかし三銃士読んでる気分になった
立身出世から国王の密命うけてうごくとかナンダこれな内容
これ事実か疑いたくなるw
ネタとしては鈴木の著作が元ネタでしょ
あと鈴木さんの文も翻訳っぽい文章だね たしかにおもしろいのですが
膨大な量に圧倒されちゃいますね
終わりまで読める気がしないww
3行でおなしゃす そういや、カロン・ド・ボーマルシェの記事は、一冊の本の引き写しだって、
Wikipediaスレで叩かれてたな。 引用のレベルかどうかだろうけどコピーしすぎんの疑惑はもてるなw
ただ鈴木さん的には広告にしかならんので訴えることはほぼないでしょうw 黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!
赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。
それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。
台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。
赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。
gm遺伝子
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3) ウィンストン・チャーチルが挙げた
人生に必要な4つのもの
その一つがなんとエンドウマメらしいww >>87
グリンピースの反捕鯨船として産声を上げた初代「虹の戦士号」
実はこの船、鯨の油で動いていたらしいwww
もしかして動物達が死に絶えるとき人だけ救いに来るんだろうか、、、
虹の戦士号ってどんな船? トリビア編
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/blog/staff/blog/55855/
伝説の船
「いまに、地球は病み、海は黒ずみ、川の水は毒となり、動物たち植物も姿を消しはじめるとき、
まさにそのとき、人々を救うために世界中から虹の戦士が現れる」
北米先住民族の伝説にちなんで名付けられた虹の戦士号。 >>112
この反捕鯨船が工作員によって沈没させられた日は7月10日
ちなみにこの日「オイルの日」らしい
実はクジラの油の呪いだったんじゃないだろうかww とりあえずアドレスを貼るのみで、当スレからは立ち去りますが、
もし興味ある方は読まれて下さい。
『救済的真理の伝達・証明』
《神・転生の存在の科学的証明》
http://message21.web.fc2.com/index.htm >>97
以下のサイトを見る限り
たぶん一発芸じゃないんだろうなぁ、、、
人物小史
http://ymorita.la.coocan.jp/hist1.htm
彼の成功のポイントは
(1)形質を緻密に分析したこと。
(※エンドウの違った種類の形質を持つ34の系統でそれぞれの形質が変化せず次代に伝えられていくかどうかを調べ、
22の系統が自家受精で形質を不変に保持することを確かめた。そしてその内の7組の形質を選んで実験を行った。)
(2)本実験の前に2年間かけて自家受精により純系をつくり、純系を親にして出発したこと。
(3)結果を統計的に処理したこと。
などが挙げられる。
(※メンデルの結果は1936年に集団遺伝学を基礎づけたフィシャーによって3:1によく合いすぎている、ということを指摘した。
メンデルがちょうどよいところで数えるのを止めたか、疑わしいものを都合の良い方へ入れたか、
実験の手伝いをした園丁が司祭を喜ばせようと手を加えたかのいずれかであろうというのである。
また、操作されない数字でもありうるという主張も無いわけでは無い。) >>116
なんとかしてもらえてヨカタww
ファーティマ朝エジプト
そのカリフは1万個の金のカルバス、いなご豆の重さの小さな金貨を
「レンズ豆の木曜日」として知られるお祭りの日に
役人に分配するために造らせたらしい、、、
いろいろと混じって消化できません、、、 去年2016年が国際連合による『国際マメ年』だったことを、今更ながらに知った。
どうもマメの消費が近年減っているので、そのテコ入れだったらしい。 明日の文化の日、戦前の明治節から改名されたとき、国民からは
「なんだそりゃ?」「意味不明だ」という反応ばかりだった >>119
ジュール・ルナールの小説「にんじん」、インゲン豆汁を食べる場面はあるけど
人参料理を食べる場面は無い >>111
他はお風呂とお酒
後一つはなんだったかなぁ、、、 世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
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