ヒンドゥー文明・インド文化圏・インド人の歴史2 [無断転載禁止]©2ch.net
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世界最初のサイケデリックロックはバーズの霧の8マイルだが、ギタリストのロジャーマッギン曰く、
イントロとソロの最後の半音階フレーズは
モダンジャズのジョンコルトレーンとインド音楽の両方から影響を受けて生み出したとのことである
https://youtu.be/e8QypoBpQqI >>355
それを言ったら、タイやミャンマーもそうだが 実際のところ、仏教とヒンドゥー教は、根本的に違うわけではない
まあ似たようなものだ >>357
スリランカで仏教徒がヒンドウー教徒を迫害して内戦を起こしていた あれは、どっちかっていったら、タミール人とシンハリ人の民族対立なのでは? インド神話の神様を信仰するのは、外国人には敷居が高い。
だから、ヒンドゥー教がインドの外にまで広がることはない。
でも、それは民間レベルの信仰の話であって、寺とか山で瞑想修行する
その道のプロフェッショナル達が考えてることは、仏教とヒンドゥー教で大差ない 仏教とヒンドゥー教は、インドと東南アジアでシノギを削ってきたが、
インドではヒンドゥー教が勝利し、東南アジアでは仏教が勝利した
もっとも、最終的な勝利者はイスラム教かもしれないが ヒンドゥー教はブラーミンがいないと成り立たないからな
インド国外では成立しにくい 20世紀には、こういうインドのグルたちが欧米で知られるようになり、
今まで聞いたこともなかったような深遠な哲理を語り始めた
世界的に、大きな精神的影響を及ぼしている 20世紀欧米人へのヒンドゥーとかラマ教とか道教とか浸透って
神智学の類と同類だと思うんだよね とくにアメリカ西海岸ではヒッピー文化が栄えた
インドの宗教や音楽に魅了された欧米人たちが集まって騒いだ >>369
クリシュナムルティは若くして神智学の教祖になったが、教団を解散してフリーの宗教家になった 神智学協会創設者のブラヴァツキー夫人は仏教徒になったというけどどこの仏教だったんだろうか 英領インドに長期滞在して輪廻転生思想を身につけたが、
仏教とヒンドゥー教をとくに区別してはいなかったんじゃないかな? 「西のイエス・キリスト、東のゴータマ・ブッダ」を世界の二大聖人と位置づけるのは、
日本の新興宗教にもよくあるパターン
単なる知名度の問題だけど >>371
吹いたww
まあ、アキバにインド料理やが多いのは、インド人IT技術者が日本に沢山きているからだと思うが
ゲームネタで神智学とか関係ありそうだから、IT−ゲーム−ファンタジー系ー神秘主義ということかも知れないが >>373
彼女の生家と婚家の領地には、チベット仏教を奉ずる少数民族がいた。その影響の大きさについて、去年の国立民族学博物館の雑誌やWestern Esoterisism関連洋雑誌にここ数年、しばしば言及がある。 http://sherman.jp/engel-566.html
死後天国に行きたい、現世で幸せになりたいと思うなら是非我々の所で熾天使様を崇拝し、
愚かなゼウスやヤハウェ、シヴァ、等、神と名乗るまがい物の下劣な悪魔を倒しましょう
あのものらは我々の神であるルシフェル様やサタン様やカナンの地の慈雨の神を悪と決めつけ迫害してきました
後から土足で入っておいて、元来おられる神を葬り去ったのです
まるでメアリーを殺したエリザベス女王とそっくりです
あの神とかいう愚かな者を崇拝している者共は卑怯なのです
神の非道に異を唱えたルシフェル様こそ神として崇拝すべき対象だと思いませんか? >>380
その書き込みとサイトの内容違うけどどっちが正しいの ・・・アメリカの経営大学院でもマインドフルネスを学ぶ授業が次々に開講されつつあるが、
その先駆者ともいえるのがスタンフォード大学経営大学院だ。世界のエリートが学んでいる
マインドフルネスの授業とは?6月22日発売の書籍「スタンフォードでいちばん人気の授業」
(幻冬舎) で紹介されているリア・ワイス博士のインタビューを2回にわたってお届けする。・・・
マインドフルネスが仏教に由来しているのは確かです。・・・
(↑実は間違い。(恐らく)狩猟採集時代に由来し、日本の縄文時代以降、及び、
インダス文明においてのみ存続しえた人間(じんかん)主義に由来。
授業は、マインドフルネス、コンパッション(他人を思いやること)、セルフコンパッション
(自分を思いやること)という3つの概念について、様々なテーマをとりあげます。
たとえばマインドフルネスはどのように仕事の生産性を高めるのか。思いやりを持つことは、
リーダーにとって強みになるのか、弱みになるのか。他人に思いやりを示すことがなぜ
利益につながるのか。マインドフルネス瞑想、コンパッション瞑想はどういうときに実践すると
効果的なのか。どのようなセルフコンパッション瞑想を実践したら、失敗から立ち直れるのか。
このようなテーマについて、理論と実践の両方の側面から学んでいくのです。・・・
(↑こういう功利主義的なアプローチでは人間主義は正しく理解できない。また、社会全体を
人間主義的にしない限り、個々の人間ないし個々の集団が人間主義化しても、当該個人
もしくは集団は存続し得ない。更に言えば、人間主義だけでは、国は滅んでしまう。
こういうことが、この教授、ひいてはスタンフォードビジネススクール、ひいては米識者達、
ひいては世界の中共当局を除く識者達は分かっていない。)
http://diamond.jp/articles/-/132551 インド亜大陸(インド半島)のデカン高原一帯に、西から東へ流れ、
ベンガル湾へ注がれる北方のゴーダーヴァリー(ゴダヴァリ)川と
南方のクリシュナ川がある。
紀元前3世紀頃、この両川に挟まれた地帯に、ある民族が王国を形成したという。
かつて北インドに侵入したアーリア人ではない別の系統の民族であり、
その民族とはドラヴィダ系のアーンドラ人と呼ばれている
(アーリア系のマハーラーシュトリー族の説もある)。
アーンドラ人はゴーダーヴァリー川上流域にて、
サ−タヴァーハナ家による国家を形成したとされている。 マングローブが生い茂るのは海岸の河口であって、
それ以外はインドでも代表的な穀倉地帯 インドで、アーンドラ地方と並ぶ穀倉地帯といえば、インダス川流域のパンジャーブ地方
古来から兵家必争の地とされてきた Punjab is the only Sikh majority state in India with Sikhs comprising 57.7% of the population as of 2011.
(Wikipedia) アメリカでも、ユタ州はモルモン教の宗教国家として有名だが、
インドでも、パンジャーブ州といえばシーク教 衛星画像の右上のほう、ヒマラヤ山脈の麓には、例外的に豊穣な低地が広がっている
ここが大穀倉地帯のパンジャーブ地方
ここさえあれば、あとの土地は要らない >>392
まぁ、言っても一番狭いとこで幅50kmくらいはあるしな
名古屋以東の日本の土地が全部沖積平野くらいのボリュームあるでしょ >>392
3000年前にはもう一本大河が流れてたってんだよなぁ クウェートからバグダッドに北上する連合軍が世界最古の文明であるメソポタミア文明の遺跡を通過している。
今から5000年あまり前、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた「肥沃な三日月地帯」の一角に古代シュメール人が住んでいた。
彼らはそこで高度な灌漑システムをつくり、最古の都市を築き、くさび形文字や車輪を発明した。
しかしながらイラク情勢のマスコミ報道で見るかぎり、現在の肥沃な三日月地帯はまったく「肥沃」ではなさそうだ。
チグリス、ユーフラテス両川の氾濫原に激しい風が吹きつけると息もできないほどの砂嵐が起こり、細かい砂塵(さじん)が辺り一帯を覆う。
砂嵐は人間の動きを妨げ、視界を奪い、健康を脅かす。かつて肥沃だった土地は、今や砂漠と化している。 ナイル川とインダス川はともかく、チグリス・ユーフラテス川は
水の流量の減少、流域の砂漠化が深刻だ。
「四大河文明」のひとつが消えようとしている。 >>396
チグリス・ユーフラテス川みたいに、2本の川だったわけだな? >>399
そうらしいね
アーリア人が侵入した時にはまだ大河でそれがヴェーダに見られるサラスヴァティ川と同定される 「黄河の下流は、水が枯れて海まで届かず、内陸河川になった」
という話をしたところ、現地通から「それは情報が古い。
さすがにその状況は改善されている」と言われた 熱帯では雨季と乾期のギャップが大きく、川や湖の水量が季節によって激変する
ガンジス川も長江もメコン川もそうだ インドにとって、インダス川流域は非常に重要な地域だ。
日本にとって、九州が大陸への玄関だったように、
インドにとっても、あの辺がペルシャやトルコへの玄関。
ムガール帝国も、ここを抑えたから強くなった。
今では、パキスタンとなって独立している。 どっちかっていったら、インドよりもパキスタンのほうが、ムガール帝国の正統な後継者と言える。 パキスタンでは、アラビア文字で表記するウルドゥー語が使われている。
もとはヒンディー語と同じ言語だが、アラビア語の語彙が流入したおかげで、
それなりに違う言語になってきている。
ムガール帝国ではウルドゥー文学、ウルドゥー語の詩が栄えた。
その文化的な後継者は、パキスタン。 思うに、満州国も、人民がロシア正教会に改宗し、
ロシア文字で表記する新種の中国語が普及していれば、
独自性を維持できたのではなかろうか。 バングラデッシュの地は、インド最後の仏教国パーラ朝の地で、
最後の段階では、全インド中から仏教徒が集結していましたが、
ヒンズー系の国に滅ぼされ多くの仏教徒が、スードラ(奴隷)階級におとされていました。
パーラ朝の滅亡直後に、インドにイスラム系奴隷王朝(スードラ朝)が成立したため、
パーラ朝の住民がこぞって差別から逃れるために、イスラムに改宗したために、
バングラデッシュでイスラム教徒が多数派を形成するようになりました。 マウリヤ朝、グプタ朝、ムガール帝国と、北インドの巨大勢力に服属してきたバングラデシュだが、
8世紀から10世紀にかけては、仏教王国のパーラー朝が繁栄した。
パーラー朝は、プラティハーラ朝やラーシュトラクータ朝と三国鼎立時代を形成し、中原に鹿を逐って争った。
今では、日本のパチンコ業界に痕跡をとどめるのみとなったが。 パーラ朝の歴代の王は、仏教を保護し、当時の北部ベンガルには、ヴィハーラ(僧院)が多かったため、のちのビハールの語源となるほどであった[17]。
8世紀の後半に、インド哲学の巨匠シャーンタラクシタと大密教行者パドマサンバヴァなどを、チベットへ仏教使節を派遣した。
パーラ朝時代の仏教は、密教としての仏教がさかんでいわゆるタントラ仏教であったため、チベット仏教もその影響を強くうけている。
また、芸術を保護したため、絵画、彫刻、青銅の鋳造技術が著しく進歩して、仏教美術では、「パーラ式仏像」を生み出して世界的に有名となり、その美術は「パーラ派」や「東方派」と呼ばれ、優れた技巧と典雅な意匠で知られている。 >>407 ターズといわれる人々がそんな感じだな
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA
>1930年代にはソ連で外国人の国外追放が行われ、漢民族とみなされたターズも追放を受けるようになったが、
追放された人々は満州に移ったんだろうけど、その後はどうなったんだろう >>409今では、日本のパチンコ業界に痕跡をとどめるのみとなったが。
どういう意味ですか? 応接間など、家庭に設置されている客人をもてなす部屋。 英en:Parlourは仏fr:Parloirから来ており、談話室が原義。 歴史 編集
コショウは、古代からインド地方の主要な輸出品だった。
紀元前4世紀の初め頃、古代ギリシアの植物学者テオフラストゥスは『植物誌』の中でコショウと長コショウを考察している。
コショウは当時から貴重で、紀元1世紀のローマの歴史家大プリニウスは1ポンド(約500グラム)の長コショウの価値は15デナーリ、白コショウは7デナーリ、黒コショウは4デナーリと記録している。
古代の地中海世界では、長コショウが成熟したものが黒コショウになると考えられており、その間違いは、16世紀にガルシア・デ・オルタによって改められるまで続いた。 昔の人は、一部の金持ちを除けば調味料なしで肉を食べてたってことだな
まずそう 昔のヨーロッパに、霜降りの神戸ギューがあったとも思えないが コショウの名産地だった南インドは、古来から非常に豊かな地域
肉料理には欠かせないからな実際 昔は、鶏ヨーグルト(チーズ)焼きがメインじゃなかったの
(羊を使っての)スパイス料理はは中東のイメージ インド料理はカレーばっかだろ。
料理のバリエーションがない。 しかし、世界三大料理といえば、フランス料理・中華料理・トルコ料理だ
ここでインド料理が挙がることはまずない >>438
誰かが適当に決めただけでなんのいみもなさそう フランス料理よりイタリア料理やロシア料理の方がうまい >>440
こういう奴は、三大なんとかに日本がはいっていれば、意味があるといいそう >>438
日本料理だろ。トルコ料理など誰も食べない。 >>435
ムガール宮廷料理は、そんな単純なものではない
高度に洗練されたイスラム文化が導入されたため、
辛いだけだったインド料理は一新された 現代の中華料理が「満漢全席」なのと同じく、
インド料理も、ヒンドゥーとイスラムの折衷文化だ >>438,>>445
フランス、トルコ、中華は正確には「世界三大宮廷料理」だけんね
19世紀までは実際そんな感じだった 日本料理なんて醤油味のワンパターンか脂だらけの異常食ばかりだな 現在における世界三大料理といえるのは、中華とアメリカのジャンクフードとハラルフードだろう
イスラム教徒は世界中にいるわけじゃないが、中国人は世界じゅうどこでもいるので、
どこでも中華料理屋がある。アメリカンジャンクフードも世界じゅうどこでもある。
料理の格でいえば、次あたりにフランス料理や和食(B級グルメ含む)がくる
人口的には三大料理の次あたりにヒンドゥー料理、中央アジアと西アジアの羊系料理(トルコ含む)
だろう、たぶん 日本の宮廷料理ってどんなんだ
徳川将軍が食べてたやつとかは >>450
>イスラム教徒は世界中にいるわけじゃないが
世界中に居るんだけどな
日韓やロシア極東沿海州あたりが希有な例外的地域なんだよ
だいたいハラルフードなんて一口に言うが
エジプトの食い物とジャワの食い物と北京の回食堂の食い物はハラルという一点以外に
共通点など全く無い
北京の回食堂の料理はハラルであること以外まごうこと無く北京料理だし ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています