ヒンドゥー文明・インド文化圏・インド人の歴史2 [無断転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
近世の宮廷料理(徳川将軍の料理)はさほど影響無いかもしれないが、 古代の宮廷料理(朝廷)の料理は日本料理の基礎になってそう 沖縄の宮廷料理 沖縄の宮廷料理は、昔、15世紀から19世紀にかけて500年間沖縄は琉球王国 とよばれる独立国であった。本土とは歴史も文化伝統も違う琉球料理は大別すると宮 廷料理と庶民料理に分かれます。味ひとつとっても沖縄ならではの素材を用いた美味 が多く魅力と不思議さに満ちています 庶民料理は日本と似てて、 宮廷料理は中華料理とにた感じかねえ? 日本料理も中華料理も嫌いだったペリーが好きだったみたいだし 結構個性出てるんだろなあ 余計なつっこみだけど >500年間沖縄は琉球王国とよばれる独立国であった 統一前も独立してたでしょ 今調べて知ったが、沖縄の神話では25代17802年続いたというのは凄い 皇紀2700年どころじゃないな >>465 越南は東南アジアではなく東アジアなので >>470 独立してたかもしれんが、琉球王国とは呼ばれてなかったんじゃないかな? 中華の世界秩序の中で、琉球王国の国格は、朝鮮王国より上だった。 >>470 今の沖縄人の先祖の大半は西暦千年ころに日本から来た 人骨もそれまでの縄文系のものから新モンゴロイド系にかわる >>475 一般的な日本人より縄文系の血が濃いとは言うが、 それも南九州の人間が主体だったからかもしれない 今の沖縄人と琉球の先住民族とどれくらい血が繋がっているかは不明 先島諸島以外は縄文文化だから安心しろよ 先島諸島は台湾と共通したオーストロネシア系らしき文化があったらしいが しかし言語にオーストロネシア系の痕跡は 残っていないという不思議・・・ それなら先住民が全滅あるいは退去したあとに現住民が移住して来たと考えられる それなら旧住民と現住民は無接触だから言語の痕跡がなくても当然 言語学的にも人類学的にも考古学的にもそれで筋が通る話だな 港川人や白保竿根田原洞穴人の核ゲノム解析が進展すれば新たな発見があるかも知れない DNAを増幅して、復活させられないかなw 低身長だからできることは限られるかもしれないけど、アーチェリーとか軽量級の格闘技とか体操とか競馬でものすごく活躍しそう 赤ちゃんのうちからガッツさんの養子にしてボクシングを教えたらいいかも 見た目もさほど変わらないw >>484 沖縄先住民族じゃなくて南九州から来た日本人(血統的には隼人の子孫)かもしれない >>484 そのレスアンカーなんとかしろよ嫌がらせか >>479-480 >>483 越南は漢字漢文の東アジア文明圏に属する 元号も使ってたし、科挙もやってたし、服装も建築も東アジア式 人名も地名も漢語 仏教もインドシナ半島の他地域と違って大乗で漢訳仏典 >>488 やっぱり「ベトナムが東南アジアではない」って証拠だせなかったなあ >>471 ウソついてじゃねえぞクソボケ 471 世界@名無史さん 2017/07/03(月) 04:09:18.64 0 >>465 越南は東南アジアではなく ベトナムが東南アジアに属するなら仏教が漢訳仏典の大乗なことどう説明するんだよ 人種だって新モンゴロイドだし https://www.britannica.com/place/Southeast-Asia >Mainland Southeast Asia is divided into the countries of Cambodia, Laos, Myanmar (Burma), Thailand, Vietnam, and the small city-state of Singapore at the southern tip of the Malay Peninsula; >Cambodia, Laos, and Vietnam, which occupy the eastern portion of the mainland, often are collectively called the Indochinese Peninsula. ブリタニカはベトナム東南アジア扱い 東南アジアってのは地理的区分だから入る たぶん大理とかも存続してたら入ってたな >>490 現在の人類学界では、 「コーカソイド」や「モンゴロイド」という分類概念を認めていない この板には人種バカしかいないからな そもそも「インドシナ」っていう地域名がなんでついたか、そこから調べろよ 雲南省は東南アジアだろ 政治的に中国に組み込まれただけで 連絡 リエンラック 国歌 クォッカー 注意 チューイー 日本語もベトナム語も、中国の影響を強く受けた時期が唐なので、唐音がベースになっている。 あまりにも似てるので、驚くことが多い。 少なくとも、北ベトナムが中国文明圏に分類されるのは間違いない 単語の多くが漢字語だし、儒教の価値観が浸透している 科挙もやってた しかし、ベトナムがASEANに加盟して、東南アジアの一国としての道を歩み始めたというのも事実 「広東省までは中国だが、ベトナムから先は中国ではない」という、 清の乾隆帝のときに確定した境界がますますハッキリしている ベトナムで注意するべきこと これはマナーとして日本でもある文化ですが、ベトナムは儒教の国であり、お年寄りを敬う行為が色濃くあります。 バスに乗ればお年寄りが立っていることはまずありません。 皆さん率先して席を譲ってあげてください。 仏教大国であるベトナムでは喜捨の文化が根付いています。 これは簡単に説明をすると、「お金のある人は、お金のない人に恵んであげましょう」というものです。 発展途上国のベトナムは貧富の差が広がっており、都市でも物乞いがたくさんいます。 その日の生活もままならない人たちなので、数十円単位でかまいませんので施してあげることも優しさです。 もともとベトナムは54もの民族からなる多民族国家です。この54民族の中で多数派を占めるのがキン(越)族です。キン族の人々の多くは仏教徒(大乗仏教)とされています。 実際には仏教に儒教と道教(中国の民間宗教)が混ざり合っているようです。多くの人はお寺に参拝しますが、お寺によっては道教系の神様も祀られていますし、葬儀や法事などは儒教の儀式で行われるのが一般的です。 次に多いのがカトリック教です。16世紀に北部海岸地方で始まったカトリックはフランス統治時代に全国に広まり、今ではおよそ人口の1割はカトリック信者と考えられています。 厳格な社会主義の時代には、カトリックは前統治国フランスの宗教であったことなどから肩身の狭い思いをしていたそうですが、ドイモイによる開放政策に加え、現政権がカトリックの総本山バチカンと和解をしたことなどから、少しずつオープンになってきたようです。 カトリック信者とはいえ、ベトナムに古くから伝わる儒教的な祖先崇拝などは、今でも多くの人が大切にしているそうです。 >>502 >その日の生活もままならない人 ベトナムって、まだ社会主義共和国だろ テレビとかスマホとか、最低生活必需品以外を買うのにものごい している、というのなら理解できるが、まったく食えていけない人が いるというのはどうなんだ。ベトナムも、もう中国と一緒ってことか >>490 ベトナムは東南アジア諸国連合の加盟国なんだからもう説明不要だろ >>505 中国と違って、内陸部がない 日本と同じく、そこがベトナムの強み チャンパが存続してインド文化圏中国文化圏の混在地帯になってりゃ面白かったのにな >>505 >ベトナムって、まだ社会主義共和国だろ 社会主義なんかすでに全くやってないぞ 越共は共産党という党名の資本主義党で中共と同じ モディ首相は結構ヤバイ奴なんだよな グジャラート州政府時代、ムスリムに対するヒンドゥー教徒の暴動を見てみぬふりして 結局500人以上が死んだ それが原因でブッシュ大統領から合衆国ビザ拒否されて10年以上アメリカ入国禁止 最近では牛肉が原因でムスリムがヒンドゥーに惨殺されてるし、国内ムスリムの反対押し切って インド首相史上初めてイスラエル行っちゃうし バリバリの宗教右派でムスリムを敵対視してる だがインドには2億人近いムスリムがいる 神聖視されてるコブウシ以外の牛肉は食べていい だから和牛も普通に食べれる 日本に来てるインド人女性って婚前のセックスに対して、やはり奥手と言うか禁忌(タブー)だったりしますか? >>516 素でそんな白いインド人って激レアじゃないの? >>519 ルーマニアあたりにいそう、ジプシー多い国だからそういう印象を持ったのかもしれんが 日本ではあまり知られていませんが、実はインドは美人大国。 彼女たちのエキゾチックな美貌は世界的にも評価が高く、 美人コンテストでも上位入賞の常連です。 たとえば1994年のミス・ワールドに選ばれたアイシュワリヤー・ラーイは モデルからインドを代表する女優に転身し、主演作「ロボット」は日本でもヒットしました。 また2013年のミス・アメリカにインド系女性のニーナ・ダブルリが選ばれたのも記憶に新しいところ。 そんな美人が多いインドにおいて、美の基本条件は“美肌”と“美しく長い髪”です。 しかしインドといえば灼熱の国。 特にデリーなどの北部は乾燥もはげしく、 お世辞にも美容に良い環境とはいえないのですが、 そこで生きる彼女たちの美の秘密は“アーユルヴェーダ生活”なのだそう。 >>517 これはサハリンのウィルタの写真じゃなかったっけ? マーバールとマラバール、チェーラ朝とチョーラ朝、 カルカッタとカリカット、インド史は混乱しやすい。 チャンドラグプタはインド史混乱の元凶 例えてみれば、漢の建国者が劉邦で、唐の建国者が劉邦一世っていうようなものだからな。 これでこんがらがるなというほうが無理 さらに、チャンドラグプタ二世とサムドラグプタが混乱に追い討ちをかける 南端の「パーンディヤ朝」は、古代から中世まで千数百年つづいた >>531 この、北インド・南インド・南端の3段階が基本。 この3つは別の国であり、「インドが分裂した」と考えるべきではない。 インド史が意味不明なのは、インド亜大陸を一緒くたにして考えるから。 ドイツ・イタリア・イギリス・フランス・スペインの歴史を同時進行でいっぺんにやるようなものだ。 複雑すぎて頭がこんがらがるのは当たり前。 まず、北のヒンドスタン平野、南のデカン高原、南端のジャングル地帯は、 別々の文化圏であることを認識することから始める。 南端のジャングル地帯だけを考えれば、千年王国のパーンディヤ朝がずっと続いていて、意外と単純な歴史。 その間、遠く離れた北のガンジス川流域ではマウリヤ朝・グプタ朝・ヴァルダーナ朝・・・と王朝交代したが、これらとパーンディヤ朝とはほとんど関係ない。 人口増大したインドにジャングルいまも残っているの? >>537 そのくらいGoogleEarth見ればすぐ調べられるだろ >>537 異常に人口が多い地域は、ガンジス川流域に極端に集中している。 南インドは、だいたい広さに見合った人口で普通の国。 そして古代文明発祥の地であるインダス川はほぼパキスタン領に… 何とか朝の下に藩王みたいのがいっぱいいるからややこしい。 >>542 それは、中国でも中東でも欧州でも一緒 電車もインターネットもない時代に、地方を完全支配するなど不可能 騎馬隊の登場で、ちょっと状況が変わった 鉄砲隊の登場で、さらに状況が変わった 中央権力がだんだん強くなった インド人「徳川幕府の下に大量の大名がいてややこしい」 >>549 国内に徳川幕府が何個もあるからややこしいんだろ >>552 マハーラージャと呼ばれていればヒンドゥー教徒。ムスリムの藩王はニザームとかナワーブとか。 >>554 文化の中心だったのだが、イスラム政権で文化ズタズタになった サウジアラビアの国王はマリク アラブ首長国連邦の首長はアミール 格の違いは大きい >>558 オマーン・ブルネイ・マレーシア「・・・・・・」 >>555 インドはその繰り返し アーリア人侵入でズタズタ イスラム侵入でズタズタ イギリス支配でズタズタ >>563 どの侵入ももとのインド文化を改良したように見えるが 改良どころの騒ぎではない イスラムもイギリスも、インドの文化をあまりにも大きく変えてしまった イギリスはともかくイスラムはどうかな? 一部の建築物とか絵画なら確かにそうかもしれないが それ以外にイスラムが変えたインド文化って具体的に何? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる