ライン川文明の歴史
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「エジプトはナイルの賜物」というが、アルプス以北の欧州も、ライン川の文明だ
暗黒の中世においても、ライン川の周辺だけは別格の先進地
そんなライン川の歴史を語る ライン川とドナウ川は、水源は近いのだが、まったく異なる方向に流れて、交わることがない ライン川は、現在のローヌ・ライン運河のルートを通って
ソーヌ川〜ローヌ川を南流し、地中海に注いでいたことがある。 北イタリアの沖積平野から、ライン川流域にかけてのバナナ形の地域は、古来から欧州最良の地とされている ブルーバナナ(フランス語: Banane bleue、ドイツ語: Blaue Banane、英語: Blue Banana、「青いバナナ」)とは、
西ヨーロッパにおいて特に経済的、人口的に発展しているバナナ型の地帯のこと。
ホットバナナ、ヨーロッパのメガロポリス、ヨーロッパのバックボーンとも。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/04/Blaue-banane.png/350px-Blaue-banane.png ドイツの心臓部とも言われるルール地方、欧州の首都を擁するベルギー、中世から先進国だったオランダが、ライン川に沿って並んでいる
スケールは違うが、長江の流域が中国の中心なのと同じ ライン(Rhein)川のスペルを書け、というと3人のうち2人は「Line」と書くw スイスの国際貿易港はバーゼル
ライン川のおかげで船で原料・部品輸入、製品の輸出できる。 友達から教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
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5B2 カール大帝はライン川とドナウ川を運河でつなぐ構想を持っていたという。
実現していたら、ヨーロッパの歴史はすごく変わっていそう。 ドイツ西部を南から北に向かって流れるライン川は、アルプスに水源を発し、北ドイツの低地を貫流して北海に注いでいる。
ローレライの奇岩と美しい古城が独特の景観をつくっているが、ボン、ケルン、デュッセルドルフなど、ルールの諸工業都市を抱いてラインラントを形成している。
https://blogimg.goo.ne.jp/image/upload/f_auto,q_auto,t_image_sp_entry/v1/user_image/35/a3/a461fcc8666706505ef7e8b9c27ded34.png 流域にある主な都市
スイス バーゼル
フランス ストラスブール
ドイツ
カールスルーエ
マンハイム
マインツ
コブレンツ
ボン
ケルン
レーヴァークーゼン
デュッセルドルフ
オランダ ロッテルダム 「ラインの奇蹟」とうたわれた、西ドイツの高度成長
その頃のライン川は、「ヨーロッパのドブ川」と言われるほど汚いので有名だった
魚の大量死だの、沿岸の樹木の大量枯死といった事件が相次いだ >>17
ライン川は、上流のストラスブールあたりでは、ドイツとフランスの国境になっている
途中からドイツの川になり、両岸がドイツの領土
これが、フランスと長いことモメてきた元凶 エジプトがナイルの賜物なのは、誰もが知っている
中国が黄河と長江の文明なのも周知の事実で、中国の歴史の話に、この2つの大河が出てこないほうが珍しい
しかし、欧州がライン川の文明であるということは、それと同じレベルで認知されてはいないように思う
アメリカ合衆国がミシシッピ川の文明であることも、そうだ 中国の江南地域は、通常、「長江の下流デルタ」として登場する
しかし、オランダやベルギーは、「ラインの下流デルタ」というより、いつも「海に面した港の国」として登場するように思う
これは気のせいか? ライン川の流域は、最も肥沃であり、炭田と鉄鉱がある工業地帯
日本の太平洋沿岸と並び、工業地帯として東西の両横綱だった
いまは中国とベトナムが世界の工場だが 日本では、河川は水田に水を引くための水源というのが、最も重要な役割だ
欧州では、河川は主に輸送・物流に使われる
「これは川ではない。滝だ」と言われるほど、日本の河川は急流だ フランス4大河川を全て教えてください
T
"フランス四大河川と呼ばれるセーヌ、ローヌ、ロワール、ガロンヌの4つの大河"
http://www.wastours.jp/tour/pickup/europe/0101_03.html ドイツの三大河川
ドイツには大きく分けて三つの川が流れていると言えるのではないでしょうか。
一つ目がライン川、二つ目がドナウ川、三つ目がエルベ川だと思っています。
『だと思っています』ではなく、そのようにドイツの地図や欧州の地理を覚えました。
ドイツは日本のように北海道、本州、四国、九州と明確に分かれている訳ではありませんから。 >>21
近世初頭まではまだイタリア半島が中心でしょうに。
政治的にもライン川流域が中心になったのは下手をすると冷戦後じゃないか? そもそも枢軸という言葉が、パリーロンドンに代わってベルリンーローマがヨーロッパを動かす軸になるのだ、という意味だしなあ 中世には、ドイツ・フランスは後進国だったが、ライン川沿岸だけは別格
フランドル地方は、北イタリアと並ぶルネサンスの一大拠点 >>28
ローマはベルリンとほぼ同じ経度なんだよなあ
イタリアは、意外なほど東に位置している ナイル川や長江の下流は、肥沃な三角洲での巨大か農業生産力に強みがある
ライン川は、そうではない
ヨーロッパの内陸と北海・バルト海をつなぐ物流の中心であることが、その強み >>20
プロイセンがナポレオン戦争の報奨にラインラントをあてがわれたのは、メッテルニヒの嫌がらせかもしれない? >>24
鴨川『…』
大阪商人『……』
京都市民『………』 >>15
シャルルマーニュ帝は実際に運河の建設を命じて工事が行われている。
ただし実際に機能するとろまで漕ぎ着けたかは、歴史家の意見が割れているとう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Fossa_Carolina ワーグナーの曲で「ラインの黄金」ってあるけど、実際にライン上流は金鉱脈があるらしい。歴史上で採掘されたことはあるのかな? 20世紀にスイスでゴールドラッシュが起きたことはあったみたいだが >>20
自然国境説とか言ってライン川を侵略の口実に使ったルイ14世が悪いんだ ナイル川やインダス川は農耕文明を生み出した
ライン川は農耕というより、水運が重要 学校の音楽の時間で♪ローレライは覚えられなかった。
けど畑中良輔氏の教育TV番組では1回で覚えられた♬ 鉄道が整備されるまでの長い間、ヨーロッパでは河川が主要な輸送機関だった >>41
形よりもアルプスの南北にかかる領土って無茶過ぎ 南北に細長くて奇妙な地形なのは確かだが、ライン川の水運で移動しやすいからな
当時の人の感覚では、森林に覆われた内陸へと東西に広がってるほうが、よほど無理があったのではないか >>3
人工河川でない川で、交わってるのなんてあるんかいなw 「ロタールの国」(ロタリンギア)は870年のメルセン条約により東フランクと
西フランクの間で分割された
しかしその後も両王国の確執が続き、895年東フランクのアルヌルフは
ロレーヌ王国を建て、庶子ツヴェンティボルトに統治させたが、
貴族層の抵抗に遭遇し、その主導者で、エノー、ブラバント、ルクセンブルクに
広大な所領を持つレニエ家が事実上の支配権を掌握した
925年ザクセン朝の創始者ハインリヒ1世がロタリンギアに出兵してこれを服属させ、
その子オットー大帝は弟ケルン大司教ブルノーに公の称号とともにこの地を与えた このロタリンギアの西境界線は中世における独仏の国境線となっていく
この公領はさらに上ロタリンギア(のちのロレーヌとルクセンブルク)と
下ロタリンギア(ロティエ)に分けられ、スヘルデ川以東はヴェルダン家に
与えられた下ロタリンギアに属したが、皇帝権力の弱体化にともなって
独立した小封建諸侯領が形成されていった 特産の魚って鯉と鱒以外には無いのかな?
後は回遊してるとしてウナギぐらいか >>26
ドナウ川だけピントこないですね
ドイツだとなにが有名なんだろ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています