宗像の沖ノ島は、新羅から宗像、北部山陽道、京都太秦、近江を結ぶ新羅交易路の第一キイポイントだとみられる。
秦氏もこのルートを通って東進したとみられる。
この秦氏は、トルコ語を話すユダヤ人の集団だったと考えられる。
沖ノ島は、4世紀後半から国家的祭祀が始まるが、秦氏の渡来もこの時期だ。
宗像氏が朝鮮半島や大陸との交易に乗り出すのも、同時期。
秦氏との関連が推測されるゆえんである。

ところで、この沖ノ島では田心理姫という女神が祀られている。
日本書紀では、スサノオ神の子神とされる。
女神であることは、スサノオ神に高天原に対する邪心がないことを明らかにするものだ、と説明されているようだ。
しかし、その説明は、後付けの神話のようにみえる。
では、女神であるのは、どういう由来によるのか。
どうも、秦氏の渡来と関連があるようなのだ。

                      続く