邪馬台国の時代の地図を作ったのでみんな見てくれや
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
https://www.google.com/maps/d/viewer?mid=1xcBXCsygYxAI5EBiTk2RJQoHo7JXW3fb
三国志魏書「烏丸鮮卑東夷伝」及びその注に引用された魏略「西戎伝」に基づいた(三国志呉書の記述含む)当時の中国人の知る世界全ての地図
元々は倭人条の国々は登場する順番に隣接した地理関係を持つ、すなわち一筆書きが可能であるという自説を証明するために作っていたが
そのためには韓条にある三韓の国々にも同様の法則が成り立つと仮定して場所を当て嵌めていった
更に倭人条の元になっている魏略の「西戎伝」もまるまる引用されているのでそこに書かれた西域の国名も同様かも調べている
比定に関しては上古漢語音を想定して楽浪郡独自の方言の存在も仮定した
意訳、結果的な訓読を想定した国名も含んでいる
ただ今の段階では証拠が充分ではない
新たに知識を得次第アップデートしていく次第だ 郡や異民族を置いたで
これで三国それぞれのスケールが分かる筈
土人!
馬鹿どもよ、
邪馬台国の記述は、全部が朝鮮半島だ。
小国がたくさん記述に出て来るのは、朝鮮半島での土人(原始人)の部族名のことだ。
当時の朝鮮半島での領土の境界が地図によって変幻自在してるだろ、
ようするに移動狩猟民の部族だからだ。
世界の歴史地図では、朝鮮半島などはツングース系採集狩猟民の住むところで
文明の範囲外であるので、真っ白の空白地帯となる。
狩猟民は、原生林の中を獲物を求めて部族単位で
移動してたんだ。
で、記述のなかでいろいろと探検していって最後に最南方の邪馬台国に到着だな。
これ、ようするに日本領土だった朝鮮半島南端の任那日本府のあったあたりのことだ。
その、日本大使館か日本総領事館のような砦があった任那では、
原始部族のシャーマンであった卑弥呼が原住民のほうの族長だったということだ。
わかったか、
そもそも亶州の捉え方がおかしい
伝説の夷州亶州を探したが見つからなかったので仕方なく台湾を夷州と報告したわけだから実際の夷州亶州が台湾付近なわけはない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています