農奴について議論するスレ
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教科書的には中世ヨーロッパで生産者・被搾取者の中核をなし、
東ヨーロッパ・ロシア・中東では近世・近代でも極めて大きな層をなしていたとされています。
また近年ではいわゆる「転生もの」で中世ヨーロッパ風の世界が多く登場し、注目を集めています。
このように生産・経済のみならず、文化・歴史観・思想・政治にとってもたいへん重要な要素でありながら、中世の農奴ですら高校教科書に2〜3単語程度しか登場しません。再販農奴制に至っては、エリート高校文系以外では授業でスルーされることがほとんどです。
また、北米・南米・西欧・イスラム世界での黒人奴隷制や奴隷解放については我が国の世界史研究者の間でも重視されているにも関わらず、農奴制や農奴解放(あるいは自然消滅)については全くといっていいほど関心を持たれていません。
なので当スレを立てた次第です。 古典荘園から純粋荘園へ
再版農奴制(Gutsherrschaft)はまた別の議論 >>2
再販農奴制のほうが(西側中心の歴史観から見て)異質なのでむしろ重要だろ
別の議論って東欧やロシアは別って簡単に切って捨てるのではつまらない。
そもそもドイツとかの再販農奴制の農奴が職業選択や移動の自由権や人格権がなく売買譲渡可能だとすると中世西欧以前の奴隷や米大陸の奴隷との違いって何?
これがまず問題だろ 引っ越せばいいのに。なんで土地に縛り付けられているの。 >>4
移動の自由がない
農作業をさせるための奴隷だから 日本でも百姓の逃散があった。
悪い領主からは逃げればいいじゃん。 ロシアって農奴じゃない普通の農民と農奴の割合ってどれくらいやったの? 1851年(男子のみ)
1.御料地農民(皇帝直轄領) 127万人
2.国有地農民 960万
3.領主農民(いわゆる農奴) 1099万人 >>12
半々ぐらいの割合だったのか。スパシーバ! >>4
移動すると農地や家や農具を領主に返還しないと行けなかったから(中世イングランド)
というか農業しか知らない農奴が移住した所でまた農奴になるしかないないだろう 逃亡した農奴が協力して国を作ればどう?
時代と場所は違うがブラジルでは逃亡した奴隷が
国を作った例があるね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Palmares_(quilombo) 西欧の債務型の農奴なら隣国や余所の両方に逃げてしまえば債務チャラになるので小作農にレベルアップ
でも東欧型農奴は一律法定義農奴なので余所に逃げても条件に大差ない
所有権のない農奴はそもそも借金も債務もない。
プラスにならないがマイナスにもならない。 江戸時代の農民も他所に引っ越す自由がないという意味では農奴みたいなもん 日本の農民は逃亡して江戸や大阪に逝った
下働きから積み上げ出世した者もいたが大半は乞食同然で終了 ttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d9/Ac.prussiamap3.png
19Cになってエルベ川以西の地域も併合していったプロイセン,
併合が18C前半頃に早々とおこなわれてたらそれらの地域も
グーツヘルシャフトが敷かれて現地貴族がユンカー化したんかね? 旧ソ連や東欧だが冷戦期における国営農場・集団農場の人員と
かつての農奴とではどちらがマシな境遇だった? ウクライナを代表する詩人タラス・シェフチェンコは農奴上がりか
ついでながらロシアの作家チェーホフも元農奴の家に生まれてんだっけ >>22
時代や国によってまちまち。
スターリン存命中のロシアなら、農奴と大差ない。冷戦末期の中東欧なら農奴とは程遠い(そもそも東欧諸国は農業集団化もあまり徹底してないし)。 >>25
✕農奴解放
○農地解放
法的には農奴は1861年に隷属身分から解放されている。ただ農地の所有権は有償譲渡だったので、すぐには実質が伴わなかった。
トルストイがやったのは、自分の荘園を小作農民に無償譲渡する「農地解放」。
白樺派の作家有島武郎がやったのも同じだね。 農奴が主人公の小説とかあまりないから
いまひとつイメージがわかずピンとこないものがある
農奴の女性が主人公のドラマが日本でも放送されるらしいから
農奴制の社会がどんなだったか興味がある人はどうぞ
【東欧諸国で大ヒット!】「囚われの愛〜Love in chains〜」
過酷な運命に翻弄される農奴カテリーナの愛と自由への道のりをドラマティックに描く
2021年2月より日本初放送スタート
https://rekijin.com/?p=35102 ロシアの場合、
啓蒙時代に入って農奴の扱いがマシになったかと思いきや
却って18世紀に農奴の境遇が非常に悪化したのだな。
中世の方がまだ農奴の扱いがよかった。 小金貯めて自分自身を買い戻す
シベリアや南ロシアに逃げる >>18
コサック自体が逃亡者の集まりだろ。
タタール人・ロシア人・ポーランド人の反主流派・脱走兵
タタール人に捕まって売り飛ばされる途中で逃げ出したスラブ人奴隷
タタールとロシアとポーランドとトルコとの戦争で放棄されたミールの住民
ジプシーとかロマとかの根っからの流浪民
流刑にされたロシアの反主流派政治犯
等々がゴッチャになって武装集落を作って住み着いて、、基本的にスラブ人っぽいけれど
ところどころタタール風トルコ風な習俗の半農半牧手工業なんでもやる変な集団が形成された。 自由と平等を呼びかけ快進撃を続けるステンカ=ラージンは農奴の希望の星だったな。 スターリンの両親は元農奴だったのだな。
かつての皇帝をしのぐ権力者となったスターリンは
元農奴の母親には頭があがらなかったという。 母「オマエ、こんな贅沢をしていてアカが来たらどうするんだい」 スターリンのオヤジは何十人もの従業員を有する裕福な靴屋の倅なのだから
どうみても農奴じゃないブルジョアジーだよ 元農奴であることと、解放後に靴屋で成功したことは何ら矛盾しない。 1861年に農奴解放令がでて1863年にロシアから農奴はいなくなった。
スターリンの父親も母親も生まれた時は農奴身分で、子供の時分に
農奴身分から解放されたということか。 >>39はどういう寝言か分からん・・・
スターリンの親父の親父つまり父方の祖父は
ブドウ畑で働く農奴であったと
ロシア語版のウィキペディアにも明記されている。 >>41
そして49年間ローン返済が始まった
1907年にローン返済が政府により強制償却して消滅した
1863年ではなくて1907年なんだとそう主張する元農奴はいただろう 真面目にローン返済しても、
さぼって返済しなくても、
結果は同じだったのか? >>41
ロシアでは百姓から町人になるのは珍しいことだったのか? 日本の農奴解放って、いつかの?
移動移住、離農の自由が、廃藩置県と地租改正の時分だから、その時か?
それまでは、逃散は死罪だったしな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています