明清帝国 七
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明清交替は、17世紀初頭から数十年をかけて行われた。清は、明やその遺臣、そして李自成が率いる順などを打ち破り、辛亥革命によって滅びるまで二百数十年間続く帝国を開闢した
明を征服した後、清は自国をドゥリムバイ・グルン(dulimbai gurun)とも呼ぶようになった。満洲語で「中国」の意味である。これ以後、公文書、国際条約、外交などで自国を指す言葉として「中国」が用いられるようになった >>848
太平天国の若手指導層には優秀な人材が次々と登場してる。
西洋諸国を模倣した改革を志す者たちもいた。
彼ら自身は滅んだが、滅ぼした敵側の指導層に改革思想が引き継がれ、
洋務運動となってる。 >>833
康有為・梁啓超らの変法派がもっとしっかりした盤石な政権を持てたらなあ。
でも西太后と袁世凱をなんとかしないと無理やな。 >>852
変法派が目指した改革項目のほとんどを
西太后と袁世凱が実現したよ。 太平天国が中国南部を、清朝が北部を支配して別の国になるというシナリオは
なかったのかな?
そして太平天国が支配する南部は海洋国家になる >>854
太平天国は北伐を行ってるし、
北洋軍閥が急成長するだろうし、
結局、南北が激突して、どちらかが倒れる。 大運河のショートカット化が成功してからは華北と華南が分裂する必然性はない >>852
頭でっかちの理想主義者は人気が出るけど、政策を実現できない。
権謀に長じる現実主義者は不人気だけど、政策を実現できる。
変法派を否定した西太后だが、
憲法制定、立憲君主制への移行、科挙の廃止、新軍の建設、、、
変法派の主張通りの政策を実行した。
元々、西太后は変法に反対しておらず、静観していた。
むしろ変法派内部で対立が生じ、政治が混乱してしまい、
あげくに孤立感を深めた急進派が西太后の幽閉、暗殺を企む。
変法派に加わっていた陸軍指揮官の袁世凱が、
これを西太后側にリークするという流れになる。 長江下流は中国経済の心臓
もう南部なしで北部だけでやってくのは無理だった 日本でいえば、東北・北海道が北日本として独立する感じ >>858
国是が儒教だから
「何を言っているか」よりも
「誰が言っているか」が大切だもんなあ 日本が明治維新に失敗して日清戦争に敗れれば、中国が列強の座を獲得することが
できたかも 軍が軍閥の私兵状態だから内戦は確実でその時欧米列強の介入をどの程度に抑えられるかによる >>863
極東に列強が一つも無い状態になっただけじゃないの?
阿片戦争(香港割譲)・アイグン条約(外満洲放棄)、清仏戦争(インドシナ方面の宗主権喪失)と、19世紀後半の清国は
目に見えて弱体していて、植民地化待ったなし時間の問題の状況。
そこに突如として清国に直接影響力を発揮できる日本という軍事的強国が出てきたから、遠方から船乗り付けて好き放題侵略放題できなくなった。
ダメ押しの日露戦争で、日本が極東圏で強国ロシアに対抗し得る勢力として認知されたかから、それ以上、清国は侵略がやりにくくなった。
下手こくと近場の日本が兵隊繰り出してきて追っ払われるから。
日清戦争・日露戦争がなければ、辛亥革命なんてあっちゅう間に介入されて、清国も中華民国もなく、ケーキを切り分けるように漢土は英仏米露の
植民地になってたろうよ。 悪くても第一次世界大戦後のトルコ程度には存続したな インドは、ムガール帝国が崩壊してバラバラになってたのが痛かった
いくら弱体化してるとはいえ、清朝やオスマン帝国みたいに統一国家だと列強も分割しにくい >>863
そういう粗雑なifに対しては粗雑な答えを返すが、
薩長軍閥の陰謀が失敗に帰したなら徳川慶喜や小栗上野介の構想に従って所謂「近代化」が遂げられただろう。
「連邦君主制」とでも呼べそうなその政体は、原理的に薩長軍閥専制政権の如きグロテスクな中央集権にはなり得ない。
となると日清戦争そのものが勃発しなかったという仮想さえ可能だ。
日本に「敗れなかった」大清グルンが欧米列強の侵略のままに緩慢な滅亡を迎えるのか、
それとも列強を上手く遣り繰って近代技術文明のみを摂取して再強化へ向かうのか、
それはもう妄想の域さえ超えて何とも云い難いけれど。
書いていて思い出した。
光瀨龍だか豊田有恒だか忘れたが『征東都督府』と云う虚構歴史小説があった。
正に>>863の妄想通りのストーリーだった。
物数奇な人は探してみては如何か。
>>867
英がインドでやったことの気長さには脱帽する
ムガルが弱体化するごとにムガルが放棄したものをちゃっかりいただいて
それを長く続けた後に最後に有名無実になったムガルから帝位を禅譲させた
インド征服百年計画や >>867
バーラタは古代から一度も統一王朝が支配したこと無いよ。
一番統一に近い状態が英領インド。 >>870
> 英がインドでやったことの気長さには脱帽する
> ムガルが弱体化するごとにムガルが放棄したものをちゃっかりいただいて
それは、よくある誤解のひとつ
イギリスがインドを征服したのは、
ムガール帝国が国内のヒンドゥー教勢力の反乱で
崩壊してから何十年も経った後のこと >>871
> バーラタは古代から一度も統一王朝が支配したこと無いよ。
まあ、とりあえずインド亜大陸
南端のジャングル地帯とかは
計算に入れなくて良いと思われる >>867
英国にとって、清朝とオスマン帝国はロシアの膨張を抑える役割が期待されてる。
むしろロシアに負けるなと両国を英は応援したい。 北も東もジャングル地帯なんですが
しかも、南と違って北と東は犀とか象とか虎とか豹とか出るんですけど >>866
中原だけのな。
チベットも新疆も満洲も内モンゴルも取られるは呉越(福建省やら広東省やらのあたり)も傀儡国家が独立してしまうわで。 内モンゴルは外モンゴルとの統一国家を成立させてたのを中ソに潰された チベットは1907年の英露協商で、清朝への帰属が確定した。
英国とロシアはどちらもチベットに手を出さないことを決める。 ヤクブ・ベクの乱を清朝が制圧することで、ウィグルの未来が決まった。
実は英露両国にとっても意外な結末だった。
ヤクブ・ベク独立政権を英露が承認し、英露が軍事支援までしていたからだ。
まさか末期の清朝が意外な強さを見せるとまでは予想してなかった。 >>877
日露戦争後の日露密約で、
帝政ロシアと日本でモンゴルを内外で分割して
それぞれの勢力範囲とすることにしていた。
ボグド・ハーンの「大モンゴル国」は結局内モンゴルを含まない。
含めようとしたけど、帝政ロシアと中華民国が認めなかった。
1945年ソ連の対日参戦で、内モンゴルにソ連とモンゴル人民共和国軍が攻め込むと、
内モンゴル人民共和国が樹立される。
しかし内モンゴル人民共和国との合併をソ連とモンゴル人民共和国が拒否する。
モンゴル人民共和国としては
漢族が人口の95%を占める内モンゴルと合併すると、
中国人国家になってしまうことを恐れた。 >>880
はあ?デタラメを書くなよ
1945年時点だと漢人入植者は多くないぞ >>881
1939年の蒙古聯合自治政府は総人口525万4833人のうち漢民族が9割の501万9987人に対して
モンゴル族は15万4203人だった。 北京からタクシーで内モンゴルに行けるらしい。
https://kawa-tama.net/taxi1/
6時間から8時間、ひたすら真っすぐ走る。 むしろなぜタクシーで行けないと思ったのか聞きたいわ >>884
東京から岩手へタクシーで行こうと思わないもん。 ウランバートルからハルホリンも同じくらい時間かかる
驚いているようではまだまだだ >>886
あたしゃ島国育ちなんで距離感がつかめん。
中国には何度か行ったことあるけど、
隣の省もはるか遠く感じる。 上海を東京とすると、
北京が札幌
香港が鹿児島あたり 韓国は、中国の「省ひとつ分」ですらない
「特別市ひとつ分」の規模 清国の内蒙古と中共の内モンゴル自治区とで面積較べると後者が2倍強広い >>892
ロシアのブリヤート共和国はさらに狭く人口も少ない 国境を無くそう。
遊牧民族が自由に行き来できるように。
漢民族がどんどん侵食してしまいそうだが。 国境なくしても初見客ねらいの詐欺師が跋扈するだけなんだよなあ
常連客を捨てて観光客を重視して起きることもそう これから、中国は人口が減る
「我が国も移民を受け入れるアルヨ」という状況になってきている 中国政府の公式統計によると、
不動産投資が2割減
いよいよ本当にバブル崩壊だ これまでは中国のGDPは米国を越えると言われていたが
今はピークで米国の8割止まり、その後停滞
昨日の日経新聞
独裁だとソ連と同じ道 独裁だから止まるんではなく
人口ボーナス効果がなくなるから停滞するってこと
一人っ子政策も悪手だったな >>900
一人っ子政策やってなかったら今頃20億になってる 一人っ子政策自体は仕方なかった
問題は、解除するのが遅すぎたこと インドなんか、「人口で中国を抜いた」と自慢してるけどな 東アジア諸国の少子高齢化は、予想より早すぎる
韓国の出生率なんか、日本の半分くらいになりつつある
中国は広いから一律に語れないが、上海あたりは韓国と変わらんだろう アメリカだって、東海岸や西海岸と
内陸部では出生率はかなり異なる
内陸部は家が広いからな
でも、中国はどこに行っても人が多いんだよなあ >>902
人口が増えすぎたら増えすぎたで、また別の問題が起きたかも あんなにデカくて多様なわりには、
意外と排他的だからなあ
移民にとっては難しい土地柄 マフィアが乗り込んでいって戦争はじまったら怖いなあ >>911
歴史を通じて入り込んで来た厖大な数の「移民」たちの作り上げた共同幻想が『中国』だろうよ。
構造としては『合衆国』と同じ。
>>873
インド亜大陸だと、政治的な意味合いが含まれてしまうのよね。 >>884
共産国だから。
>>885
東京~京都大阪は時々そういう酔狂が出るらしい。 漢人は昔から回族のことを、
「自ら一教をなし、異言異服し、かつ強悍チョウ頑、ほしいままに不法をなす」
「性はまたその同類を守り、衆を恃んで滋事す」
と畏怖してきた
中国社会に同化しない移民が大量に入ってきたら、悲惨な出来事が起きそうだな 回民のあいだで、とくに甘粛省を中心にナクシュバンディー教団の
イスラーム改革思想を教えたのが馬明心
彼は1761年ごろから中国で「新教」と呼ばれる改革思想を説き始めた
「新教」は、中国の儒教社会と混淆するなかで、異教徒漢人の風俗に染まった
「旧教」を批判して、宗教慣行の純化を呼びかけた
蘭州では「新教」と「旧教」との械闘まで起き、清朝の地方官人に対する反発と
結びついて、漢人や満人の異教徒による支配を覆そうとする反乱にまで発展した
でも現代の中国では反乱なんて無理だろうな >>921
敵の敵は味方。
ウイグル辺りのイスラムが中共にとって「危険」な勢力たり得るならば、
日本は彼等に資金ぐらいは与えて煽動するべきだろう。
日露戦争中にロシアの革命党派(レーニン派=後のボリシェビキも含む)を援助煽動したように。
カラキタイの王様じゃないけど、回教徒やめるなら支援しても良いよ ムスリムにせよ何にせよ食物の禁忌は厳しいものらしいが、
日本に連れて来て旨い肴を喰わせると(勿論、鍋釜包丁の類は検証済)、
旨い美味い、肴なら良いんだ構わないんだ、と云って必要以上に大喰らいするらしい。
そこで気になるんだが、彼等は本邦の旨い酒は抜きで旨い肴を喰らうのだろうか。
それでは本邦の美味の真髄を半分も知り得ないと思うのだが…。
広州の回族街に行った。
羊が丸ごと料理店頭に吊るされてる。
料理は美味かったよ。
街中の回族寺院は歴史あるもので木造。
道歩く女性は頭に布をかぶってる。 イスラム教で女性が頭に布をかぶるのは、
男性の性欲を刺激しないため
現代では意味を失っている アラビア半島においては「紫外線を浴びるのを防ぐ」という、隠れた目的があったであろう 清朝皇帝はイスラムの守護者でもある。
文化圏に合わせて対応するわけだが、
異なる文化圏同士の接触を制限していた。 >>927
紫外線対策が必要なのは男も同じ
女だけ必要なわけやない 豚肉は中国人の主食
豚肉食を禁止したおかげで、中国への布教の道は断たれた 意外とキリスト教の布教が進んでる。
共産党の指導を受け入れない地下教会を含めれば1億人の信者を獲得中。
南明最後の皇帝永暦帝(在位1646年 - 1661年)は皇太子に洗礼を受けさせ、
カトリックを国教にしようと考えていた。
清軍に攻められビルマに逃げるが、
呉三桂はビルマに攻め込んだ。
ビルマ王は堪らず永暦帝たちを引き渡す。
中国史上唯一のキリスト教国は潰えた。 フィリピンは、もとよりキリスト教国
韓国もキリスト教のシェアが高い
中国までも布教が進むと、東アジアはいよいよキリスト教圏に 儒教とキリスト教は、意外と相性が良いみたい
儒教の国には、キリスト教が広まりやすい >>928男も被ってるしw寒暖の差がある乾燥地は髭必須だがない女は顔を覆う >>933
全然相性良くないだろ
儒教の身分制度は神の前に人は平等ってキリスト教と逆やん 唐代に景教(ネストリウス派キリスト教)が伝わったけど、いつの間にか消滅
ゾロアスター教やマニ教も同様 >>936
いつの間にかじゃなくて会昌の廃仏の結果でしょ モンゴル時代には景教やマニ教が栄えてる。
景教やマニ教を奉ずる民族もあった。
いつの間にかイスラム化するかラマ教文化圏になるかで、
景教やマニ教は埋没していく。 モンゴル人はもちろん明清の皇帝や満洲人もチベット仏教に帰依することが多い。 仏教の加持祈祷の魅力には勝てない
儒教や道教などとは神秘感が違いすぎる >>941
道教もかなり加持祈祷あるぞ。
キョンシー映画見て見れば。 儒学者たちは明朝皇帝たちのチベット仏教への耽溺を口を極めて非難する。
清朝皇帝のチベット仏教庇護へは非難しないんか? >>932
フィリピン南部には幾つかイスラム王国が成立してる。
全体を統合することなくスペインに占領されちゃった。
メキシコのアカプルコからガレオン船がマニラに銀を運び、福建に送る。
マニラに来る中国人が中華街を形成してたが、明清帝国は無関心。
スペイン人の入植絶対数は少ないのだから、
さっさと明清がマニラを奪っちゃえばいいのに。 >>943
満州人のやることだからと最初から諦めてる コンスタンティヌス大帝のような権力者が現れて、共産主義の代わりにキリスト教を
中国統治のために利用する
こうすれば中国のキリスト教化が実現
でも数百年も経てば、西洋のキリスト教とはまったく異質な、中国的キリスト教に
変貌してそうだな 異教徒の支配する城市に在っては、職の戒めは緩和
ってコーランに書いてあるんだよな 明代には典礼問題が起こってるよな
イエズス会が儒教でいう天帝・上帝はキリスト教の神と同じであるとして、
中国人信者がやめない孔子の崇拝や祖先の祭祀などの伝統的儀礼をも容認した
これがフランシスコ会やドミニコ会の非難を招いた レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。