サー・ゲオルク・ショルティ 11
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シカゴ響、ウィーンフィル、コヴェントガーデンなどで
コンサートからオペラまで幅広いレパートリーで多くの
名演を残したショルティについて引き続き語りましょう。
前スレ
サー・ゲオルク・ショルティ 10
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/classical/1514968241/ ユダヤ人だからドイツで活躍する場がなかったのは事実
BPOなどのドイツのオケからも客演の声がかからなかったし BPOに呼ばれなかったのはカラヤンに嫌われたからって話をどこかで聞いたな 本当かどうかは分からない
カラヤン死後はザルツブルク・イースターでBPO振ってるよね オーストリアだってゲルマン民族なのにユダヤ人のショルティを仕方なく受け入れた
ボスコフスキーがショルティを絞め殺してやりたい、と言った真意がわかる 自分たちのペースで演奏できないVPOの苛立ちがよくわかるw。
BPOもカラヤンがというよりオケが嫌がったんじゃないかね。
しかしBPOと残した唯一の録音(だっけ?)というロシアアルバムの中の「禿山の一夜」はもの凄い名演。 シカゴは、何となくだけど、音は出すけど歌わない感じ >>504
まだこのバカはLSOとの録音をBPOだと信じてる
ほんとうに救いようのない低能児だなw >>506
もう飽きたよ
>>504
あの録音が生まれた経緯ってなんでしょう?
当時デッカと縁のなかったベリリン・フィルの起用、10年近くお蔵入り
その間に同様なカップリングのアルバムを別オケで制作 タワーのサイトによると演奏時間は下記のとおり
はげ山の一夜 BPO 10:32 LSO 11:08
ルスランとリュドミラ BPO 05:06 LSO 05:03
ホヴァンシチナ前奏曲 BPO 05:31 LSO 05:06
BPO 1959年 ベルリン、イエス・キリスト教会
LSO 1965年12月、1966年5月 ロンドン、キングズウェイ・ホール >>504
キングレコードのミスをいまだに理解できないバカがまだいたのかw >>507
>当時デッカと縁のなかったベリリン・フィルの起用、
>10年近くお蔵入り
時系列で整理すると、
ショルティは1959年、BPOとロシア・プログラムを録音して、
デッカはそれをリリースせず、7年放置する
録音は、レイ・ミンシャルとゴードン・パリー
LP1枚にするには、収録時間が中途半端だった
1966年、ショルティはLSOと同様のプログラムで再度録音して、
BPOとの録音は、いよいよ出せなくなってしまった
結局、BPOとの録音がリリースされるのは1973年、品番はSPA
SPAはSXLなどと違って、デッカ・ファンでも認知度の低い、
廉価版レーベル ショルティには珍しいケース くやしいのうWWWWWWWWWWWW
くやしいのうWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWw スッペ序曲集は溌剌としていいね
こんな軽音楽も録音していたなんて驚いた
しかもオケがウイーン・フィル >>492
ショルティと頭突き世界一を争ってほしかった 指環を完成してからもう55年もたつのか
それでもいまだに現役盤として通用してるんだからすごい カルショーに指名されなかったらくすぶった指揮者人生しかおくれなかった
まさに幸運な指揮者だった これだけの能力の持ち主だから何らかの業績は残せただろう
カルショーとの関係はビートルズとジョージ・マーティンの関係に似ているかも もしショルティがロサンゼルス・フィルの音楽監督になっていたらどうなったんだろう
やはり最後はシカゴへ行く運命だったんだろうか
メータの指揮者人生も随分違ったものになるんだろうな シカゴってそんな理由?
最近の映像見たら東洋人多くて昔とは別物とおもったけどさ >>522
君の欠点は、なんでもかんでも
単純明快な図式で決めつけること
いい年して、情けない ショルティが常任になってからのCSOは荒っぽい演奏になったのは確か
ライナー時代とはまったく違うオケになってしまった >>526
ライナーとショルティ、まったく違うどころか、
むしろ同路線だと思うが >>526
荒っぽいというか、もともと硬いオケの音がますます硬くなってしまって、過ぎたるはなんとかって感じかな。
シカゴはショルティより、ジュリーニやアバド、レヴァインといった柔軟さをもった指揮者のほうが伸び伸びと演奏しているように思う。 そして後任はバレンボイムにしちゃったんすね。
バレンボイム、音の出方が何となくチグハグ ライナーの演奏は締めるところと緩めるところがある
ショルティは全部ガチガチに締める 実はフルトヴェングラー招聘しようとして阻止された経緯がある 愛されてたのはクラウスとクナ
恐れられていたのはマーラーとトスカニーニ
尊敬されてたのはフルトヴェングラーとワルターとベーム
片想いだったのはCクライバー
主観 >>538
そんなこと言ったらワルタースレのおじいちゃんはどうなるの >516
ショルティがハゲだという事はよく分かってるつもりだ!! 愛されてたのはクラウスとクナ
恐れられていたのはマーラーとトスカニーニ
尊敬されてたのはフルトヴェングラーとワルターとベーム
ビジネス上の付き合いはカラヤンとショルティ
片想いだったのはCクライバー
主観 >541
ハゲはフルトヴェングラーとトスカニーニとショルティだ。 パーヴォや井上はカッコいいハゲというものを教えてくれる。 ボスコフスキーが奴の首を絞めて殺してやりたい
と言ったほどショルティは嫌われていた
それだけVPOに対して厳しい要求をしたからだ ウソは書けなくなったから
使い古された話で自己完結してしまう
構ってちゃんの嫌がらせ カルショーの一言でVPOは仕方なくショルテイに従った >>547
ショルティ偉い!VPOを甘やかしてはいけない。 >>547
まだ信じてるの 時代はもう昭和じゃないよ
77年の来日公演聴いた世代かな? 度肝を抜かれて
評論家諸氏のご意見と人々の反応っぽいの書いて
それからそれから ショルティは若いときからハゲていた。
でも若いときは、頭の両翼の後ろには髪が残っていた。 ここに書き込んでいる奴らって実演も聴いたことないんだろ?かわいそうになぁ ネタの勉強が足りないから
最後にキレてみせるところが失敗してるやん DGに録音していれば、印象は変わったはず。
ジュリーニやアバドのCSOの音色の方が好み。
来日公演でのCSOは素晴らしかった。
個人的にトップ。
準ずるのはBPO。
VPOの実演は少し落ちる。
個人的感想ですが。 ショルティは他の指揮者との交友関係はどうだったんだろう ショルティはユダヤ人であったため他の指揮者との交友関係はなかった >>563
デッカでショルティ以外の指揮者とシカゴの録音ってあったっけ?
デュトワとかシャイーとかあれば面白そうなんだが。 シカゴとの未発表ライブ音源たんまり残ってそうだよな VPOとの「トリスタンとイゾルデ」はいまでも愛聴盤
若きニルソンの声が美しい ショルテイの「トリスタンとイゾルデ」は黒田恭一が夢中になって聞いた名盤 カルショー、ショルテイのコンビは永遠の宝を残してくれた カルショウがいた頃のDECCAがいちばん輝いていた >>566
・タネジ:ある日 シンシア・クラレイ(Ms) ハイティンク(ライヴ)
・フレミング&ドミンゴ:愛のデュエット バレンボイム(ライヴ)
セッション組んでの管弦楽曲の録音はないみたい ・1997年8月31日 ダイアナ妃 交通事故によりパリで死去
・1997年9月5日 マザー・テレサ死去
・1997年9月5日 ゲオルク・ショルティ死去
この辺の近い訃報がなぜか当時から引っかかっている
まだ20年くらいは元気に生きそうだったショルティの死は驚いた
英王室ファンで実際に親交もあったダイアナ妃の事故死とその後の過報道が
ショックで心臓に負担がかかったのかもしれない、なーんてな ダイアナ妃の事故後に追悼演奏会でヴェルディのレクイエムを振るよう要請があり、快諾していたと何かで読んだ記憶がある。 >>577
正確にはその年のプロムスでそもそもヴェルディのレクイエムを振る予定だった
そこへ直前にダイアナ妃の死去という事態になったので
BBCのプロデューサーから追悼演奏にしたいと頼まれショルティも了承
ところが当のショルティも死んでしまい急遽コリン・デイヴィスが代役となって
9月12日に2人のための追悼演奏という形になった 依頼されたレクイエムの約束を果たせず死んでしまった、って
ショルティはモーツァルトみたいだな >>576
まさかショルティが、ダイアナ妃に殉じたってことではあるまいな? ショルティのマーラーは私を酔わせない、とコメントした某評論家がいた ショルティのベト全はリピートばかりしてくどい
1回聞いて中古レコード店に売りとばした ショルテイはワーグナー以外はまったくダメだな
他の作曲家の作品は聞く気になれん 普通の指揮者だと各楽器の音が聴こえるようにバランスとるけど、ショルティはそんな事気にしないから、小さい音で再生してると、聴こえない楽器の音が多分ある。 ショルティはダイナミックな作品向けの指揮者だった
だからワーグナーのような巨大なオペラを振るのが似合ってたんだ ショルティは繊細な表現ができない指揮者だったな
常に荒々しい曲を好んで指揮をした ショルティは常に、荒々しい曲を指揮した?
ご案内の通り、ショルティは膨大な録音を残していて、
ハイドン、モ−ツァルト、ドビュッシー、メンデルスゾーン、
シューベルト、晩年にはマタイ受難曲も録音している
これらはすべて、荒々しい曲なのかい? ショルティにやさしい表現を望むのは無理
常に豪快な演奏を披露していたからな ショルティっていまだに誤解され続けてるんだな
レコ芸が造り上げたイメージ(主に指輪とサロメ、エレクトラあたり)
に洗脳されてしまっている
後年の「ヘンゼルとグレーテル」とか「影のない女」、あるいは
フィガロや後宮、魔笛あたりのモーツァルトオペラはきちんと評価されて欲しい 何も分かってない、誤解してるフリしている構ってちゃんにいつまで振り回されてるんだよ
グルだろオマエラ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています