浅田彰としての音楽

17分74秒2005/08/11(木) 13:40:00ID:YRxZ/Vhz
鳥のように
獣のように

177デュルケム2012/02/04(土) 18:38:40.27ID:cUXk7jAI
教育とは個人の利益を主な目的とするものではなく、社会がその存続のための諸条件を更新する手段である

1787分74秒2012/02/05(日) 17:10:59.70ID:ELv9Ogq5
マスゲームよりも、ミニカーを並べるほうが、どれほど安心でき、対象をコントロールできる感覚を得られるだろう。

1797分74秒2012/02/18(土) 17:02:14.54ID:CQVGIUe6
sage

1807分74秒2012/03/17(土) 19:05:41.37ID:rhbEHFY3
大野和士にとってはためいわくな人

1817分74秒2012/03/30(金) 20:53:53.31ID:Po0g8ImG
ttp://web.archive.org/web/20070827122613/
ttp://blog.moura.jp/geetstate/

1827分74秒2012/04/01(日) 13:11:59.51ID:flpEcb72
ttp://web.archive.org/web/20070815001256/
ttp://blog.moura.jp/geetstate/content.html

1837分74秒2012/04/07(土) 17:36:49.13ID:U09u6SDj
徹底した市場化とグローバル化、つまり、国家の希薄化

1847分74秒2012/04/28(土) 18:12:27.07ID:TGJJN/p6
フランス人って昔からハリウッドの作ったクリシェとガジェットをアートにしちゃうのがお家芸
ヌーヴェル・ヴァーグも元はハリウッドのB級映画の模倣

1857分74秒2012/05/13(日) 08:23:12.50ID:/B3I/1KS
渡辺守弘もいたのか。
いっそ春秋座で松平の「源氏物語」に「宇治十帳」でも上演させたらどうだ。

1867分74秒2012/05/14(月) 18:53:19.43ID:6V0bdVQw
昔東京室内歌劇場で上演した平安ポッペアをOAKと共同で再演してくれ・・・・そうもないな。浅田だし。

1877分74秒2012/05/15(火) 18:18:52.49ID:fxVl5Ek9
三木稔の源氏物語も・・・所詮浅田だし。

188サブリミナル・パーセプション2012/05/19(土) 18:01:12.17ID:6NtrxRU7
「サブリミナル」(潜在意識)による「パーセプション」(知覚)。
<我々が意識的に感知しうる感覚的情報は、全情報量の1%以下であるといわれている。
それ以外の情報は、すべて見逃されるか「サブリミナル」の貯蔵庫に蓄積されることになる>。
この発見は、これまで「無意識」として漠然と了解されていた領域の解明に、大きな一歩を踏み出した。
ウィルソン・ブライアンキイ「メディア・セックス」はこの領域を扱っている。

189ハイ・イメージをめぐって2012/05/26(土) 17:26:34.59ID:KvNsXGYQ
>> 70年代から80年代にかけての歴史の宙吊り状態のなかで消費社会を彩った記号論的な差
異化のプロセスは、すでにほぼ飽和した。人々はもう引用のコラージュやパロディといった
表層的な記号のゲームに飽き果て、圧倒的な深みをもったイメージを求めているのだ。

飽きたのは浅田さんだけ・・・。
ソフトとハードでも、コンテンツとアーキテクチャでも、どちらでもいいけど、ソフトが世界を変える
なんて事態は健全とはいえないし、ハードウェアさえしっかりしていれば、中身は記号のゲームでいい。

1907分74秒2012/05/27(日) 17:51:45.08ID:9Wz/MfFn
「社会システム理論によれば……」と言うのは、
「一般相対性理論によれば……」と言うのとは違って、
「……」の内容を強く限定・規定するものではない。

1917分74秒2012/06/17(日) 01:15:19.37ID:M+pwkXni
「ポストモダニズムは、現実社会を改変してゆく新しい明確な展望を打ち出すことができない」というのは、
全共闘世代の知識人のポストモダン批判の決まり文句である。だが、「哲学」というものが、「思考の原理」
であるとするならば、「最終的な答えのない状態を耐えて生きていくしかない」というポストモダン的な態
度を選択することも、一つの哲学的な「展望」ではないだろうか。――なぜ「話」は通じないのか――

鳴り物が派手であったわりに、あっという間に消滅してしまった集団なので、「かけ声倒れ!」の一言で片づ
けてしまってもいいような気がする。とはいえ、この柄谷ファン・クラブは一応、「国家」の権力装置にたよ
らないで、グローバル化しつつある「資本」を廃絶に追い込むことを目標にかかげていたことを忘れてはなら
ない。権力奪取して、プロレタリアート独裁のような体制を築いたうえで、資本主義の計画的な廃止を目指そ
うとすれば、結局、ソ連のようになってしまうだけだから、それは止めておこうということだ。――デリダの遺言――

1927分74秒2012/06/17(日) 01:17:55.25ID:M+pwkXni
20世紀精神分析は、「私」は「私」自身の真の主人ではなく、「私」の「内なる他者」ともいうべき
「無意識」によって、操られている可能性を示唆した。「私」の思考パターンは、不可視(無意識)の
「構造」によってあらかじめ規定されており、「構造」の枠内でしか私≠ニいう存在があらわれ、活
動することはできないかもしれない、ということを構造主義は示唆した。――思想の死相――

私の場合は、恋愛問題とかで悩んでいた覚えは一切ない。ひょっとすると、精神分析的には「何かある」
ことになるのかもしれないが、精神分析による原因探求なぞ、元信者の自己申告以上に当てにならない。
――<宗教化>する現代思想――

1937分74秒2012/06/22(金) 09:30:22.72ID:24fGNaK8

194名無し2012/06/22(金) 14:16:06.27ID:JI+hdYUc
http://42zajn.info/2/
自分と相性バッチリの芸能人が
わかっちゃいます。
友達とやって大受けだった
芸能人との無料相性チェック。
無料だし、イチオシです。

1957分74秒2012/07/14(土) 17:09:26.86ID:hzxRovGd
<マーケティング系映画>の作り方。
ランダムに集めた観客にテスト試写を観せて、アンケートとって、その集計結果どおりに編集し直す。
マーケティングで映画を作るとなると、単純ハッピーエンド映画になる傾向が強い。

1967分74秒2012/07/21(土) 08:40:55.80ID:Us/tfEdg
映画産業は、大衆向けに娯楽映画、インテリ層に価値転倒映画を食べさせて儲けております。


1977分74秒2012/07/28(土) 18:36:53.67ID:/W9Fgk4d
パーマカルチャー

1987分74秒2012/07/29(日) 19:09:51.09ID:TdXF9udx
木を見て森を見ず

1997分74秒2012/08/04(土) 16:04:29.30ID:ckPRLTeR

2007分74秒2012/08/04(土) 16:11:33.29ID:ckPRLTeR
発達障害で求刑超す判決 大阪地裁「社会秩序のため」
ttp://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201207310067.html

2017分74秒2012/08/27(月) 09:40:00.56ID:ZtqpDIrf
浅田はメジューエワに飯を喰わすためにCD解説書くくらい落ちぶれている。メジューエワのCDがレコ芸で特選ばかりなのに裏があるのは知られた話。

202ディスカバリーチャンネル2012/09/08(土) 08:50:25.94ID:66rIxXNN
ヒトは何を食べてきたか?
人工生命作成までの5年間の記録

203「なぜ書かないのか」の問いに答えて2012/10/20(土) 19:02:30.91ID:ZkqUaIeq
>>201
子どもの頃、『ツァラトゥストラはこう言った』でニーチェが侮蔑を込めて描いている「最後の人間(末人)」の像に触れて、
「これはまさに自分のことだ」と思ったのを覚えている。もはや想像と破壊の ドラマは終わり、すべてが平準化された中
にあって、「最後の人間」たちは退屈な幸福を生きるだろう。

あらゆる情報を記録したテープがリミックスを加えて反復されるのを瞬きして眺めながら、(後の章に出てくる「小人」のように)
「およそすべては円環をなして回帰する」などと小賢しく呟いてみせもするだろう・・・。
『早稲田文学』11月号に出た鎌田哲哉の私に宛てた公開書簡は、そのような「最後の人間」であることに居直る私に対し、「安
直なニヒリズムを捨て、人間としてまともに生きよ」と呼びかけるものである と言ってよい。
その書簡は石川啄木の日記にならってローマ字で綴られている。 「僕は啄木のようにまともに生きる、あなたもまともに生きる
べきだ」ということだろう。

その純粋な熱意は(ありがた迷惑とはいえ)ありがたいと思うし、そこに書かれた私への批判も(いくつかの点で異論があるとは
いえ)おおむね受け入れる。
だが、残念ながら、私はその呼びかけに動かされることがなかった。
ひとつだけ、私の言葉に対する誤解と思われる部分に触れておこう。鎌田哲哉が部分的に引用している通り、西部すすむに「浅
田さんがほとんど 書かなくなったのは世界や人類を馬鹿にしてのことですか」と問われて、私は「いや単純に怠惰ゆえにです。
しいていえば、矮小な範囲で物事が明晰に見えてしまう小利口かつ小器用な人間なので、おおいなる盲目をもてず、したがって
どうしても書きたいという欲望ももてない。要するに、本当の才能がないということですね。書くことに選ばれる人間と、選ばれない
人間がいるんで、僕は選ばれなかっただけですよ。と、今言ったことすべてが逃げ口上にすぎないということも、明晰に
認識していますけど」と答えている (『批評空間』U-16)。


これは、私が本格的なものを書く力がないということ(私の「弱さ」)を、私が明晰に意識しているという意味ではない。書こうとする
努力もせずに自分には書けないのだと前もって居直ってしまうことが逃げ口上にすぎないということを、明晰に意識しているという
意味だ。
その意味で、私の立場に論理的な問題はないと思う。
では、倫理的な問題としてはどうか。

2047分74秒2012/10/20(土) 19:04:57.78ID:ZkqUaIeq
そのような早すぎる断念は卑怯な逃避として否定されるべきか。
むろん、私は、自分自身がそうできないだけにいっそう、断念を拒否してなんとか努力しようとする人(鎌田哲哉を含めて)
を眩しく見上げ、可能なら助力しようとしてきたが、断念したい人に対して断念するなと言う気はさらさなないし、自分に
対してそう言われたくもない。
努力したい人は努力し、断念したい人は断念する。
それでいいではないか。


ここで飛躍を厭わずフランシス・フクヤマが『人間の終り』で論じるバイオテクノロジーの問題ともからめて言えば、
20世紀が限りない延命を目指した世紀だったのに対し、21世紀の課題はそれへの反省であり、具体的にいって、たとえば
安楽死施設、さらには自殺(幇助)施設の合法化であると思う。


生きたい人は生き、死にたい人は死ぬ。それでいいではないか。
ニーチェは「最後の人間」について「少量の毒をときどき飲む。それで気持ちのいい夢が見られる。そして最後には
多くの毒を。それによって気持ちよく死んでいく」と書いている。
かれの侮蔑にもかかわらず、私はそれも悪くない選択肢だと思わずにはいられないのだ。


もちろん、私はいますぐ死にたいというのではない。大江健三郎の『憂い顔の童子』で「母親が生きている間は自殺
できない」という主人公の強迫観念が主題化されていたが、これはすでに父を喪った私にも大変よくわかる。
幸い、私はきわめて凡庸な常識人なので、倫理と言うより礼節の問題として。母より先に自殺するつもりはない。
そうやって生き延びている間は、「最後の人間」を気取って暇つぶしをしながら「i-modeかなにかでくだらないお喋りを
続けること」があってもいいのではないか。
また生きて努力しようとする人々にささやかながら助力することがあってもいいのではないか。


だが、鎌田哲哉が、そのようなおせっかいは生の意思を死の病毒で汚染するだけだというのなら、私はそれを断念し、
彼の後姿にむけて静かに幸運を祈るばかりである。

2057分74秒2012/10/27(土) 13:23:17.31ID:05g2vqLJ
>>「マンガにしろ本にしろ、楽しむために読むっていうのは、わたしは、さんざん商売にしてきながら変なこと言うかもしれないけど、何か間違ってないかと思っているところがあるの。」

>>「道中楽しいのはそりゃあ勝手だけれど、でも目的は、馬鹿を治してりこうになるため。りこうになって人生に失敗しないようにするため。小説だろうが何だろうがハウツーものとして読む。」

>>「でも読んだ人は、アングルだとかそういうところで驚いたとか、道中楽しかったからという評価になるわけで、まあ、いいんだけれど。」>>「気持ちのこもらない絵が描きたいな。」

2067分74秒2012/10/28(日) 12:16:19.35ID:+UpwSVKW
>>204
昔、福田和也と大塚英志が云ってたけど、「鎌田哲哉や東浩紀なんかはピュア、本気でピュア、だから困る。」「どんな批評も描かれていることと現実
の間には当然ズレがあるけど、彼らはそのズレを感じていない。」「浅田彰に云わせれば、彼らは人生を知らないってことになるんじゃないか。」
大塚は香山リカとの対談でも、「(世の中、引っ掛ける人間と、引っ掛けられる人間がいて、)東くんは引っ掛けられる側」みたいなこと云ってたね。



2077分74秒2012/11/10(土) 16:33:28.07ID:t1Y7r931
ttp://okwave.jp/qa/q7591074.html
ttp://www.nnaymp.net/28.html
ttp://toro.2ch.net/test/read.cgi/utu/1329735828/

2087分74秒2012/11/10(土) 16:37:54.69ID:t1Y7r931
(社会が表現に対して影響を与えるのは内容ではなくて形式だ・・・)
内容は作者が意識して作る。だからむしろ社会反映論では説明できない。けれども
形式は無意識で作られる。つまり、作者のおかれた条件が、作者の意識を経由しな
いで反映している。したがってそこでは社会反映論が機能する。批評は作者の無意
識まで降りていき、そこで社会に出会う。要は、批評は、作者がなにを考えて作品を
作ったかとか、作者がなにを描きたかったかなんて、最初から相手にしていない。
精神分析でも記号論でも二十世紀以降の作品研究は基本的にそういう立場なはず
ですが、実際にはこのレベルまで行くと高度な話になるようで普及していない。そこで
一般的には、この作品はニートの主人公が出てくるから格差社会の現実を描いてい
るよね、という通俗的、というか「それってそのまんまじゃん」的な読解が批評だと見
なされ続けている。


表現論対反映論というのは、つまり、記号の内的な構造に注目するか記号とその外
部(現実)との関係に注目するかという対立です。いわゆるポストモダン派は、ひとこ
とで言えば、記号と現実の関係はきわめて疑わしいのでまず記号の構造を見ろ、と
言った。というわけで、『批評空間』派は加藤典洋や浅羽通明も宮台真司もみな一緒
くたに評価しなかった。しかし、九〇年代後半にポストモダン派のヘゲモニーが崩れて、
今度は反映論的なパラダイムばかりになった。批評は現実を掴むものという理解が
拡がり、それがいまでも続いている。

2097分74秒2013/05/14(火) 11:14:58.81ID:6IKwLfCb
徳永(恂) ぼくは音楽はわからないんで、ちょっと伺いたいんですが、彼のジャズ論というの
は…(以下略)

浅田(彰) 率直に言って、偏見だと思いますね。もちろん、シンコペーションのような要素は
秩序を破壊するどころか逆に強化する予定された逸脱にすぎないとか、ジャズは黒人の音
楽ではなく白人か黒人の音楽と称して売り出した商品だとか、いろいろと鋭いことは言っ
ている。それに、そもそも戦前はビッグ・バンドのスウィング・ジャズくらいしかなかっ
た。しかし、戦後、ビーバップからフリーまで、チャーリー・パーカーやバド・パウエル
からオーネット・コールマンやセシル・テイラーまでのジャズの歴史というのは、モダン
・ジャズという名前の通り、否定に否定を重ねて先鋭化していくというモダニズムの運動
を、もっとも典型的に、しかも、きわめて急速に反復してみせたようなものですよ。それ
でも、アドルノは最後になるまでジャズをまったく認めないわけでしょう。それは、べー
トーヴェンからシェーンベルクに至る音楽をもって絶対の規準とするという姿勢から来る
バイアスです。しかし、その意味では、ジャズは大衆音楽だからいけないというのではな
くて、ストラヴィンスキーも同罪なんですよ。

(「批評空間」第12号、1997年1月、31頁)

2107分74秒2013/05/23(木) 10:57:52.07ID:ev2CITfP
そういうの最近言わなくなったね

2117分74秒2013/09/04(水) 23:17:55.12ID:b0WPHGd+

2127分74秒2013/09/04(水) 23:42:53.95ID:KZh8XBFN
DO YOU KNOW?

2137分74秒2013/09/21(土) 20:23:16.73ID:iADi3s6D
みのや雅彦 ニューアルバム「本当の歌」【2013年10月9日発売】コメント動画
http://www.youtube.com/watch?v=bsjsn7Qqg5I

2147分74秒2014/01/18(土) 22:43:59.59ID:mJ5+GL9I
浅田彰、笑。
哲学者ってことごとく評論家になり、さらにことごとくテレビコメント屋になるな。
哲学は科学に負けてとっくに終ってるのに、いつまでも何やってるの。
もっと本格的な人文学をやりなさいよ浅田君。
おすすめの研究課題は、アフリカか南米の危機原語とか、
音楽がいいならアフリカか南米の秘境の音楽調査。
でもそれを格好つけに利用するなら百害あって一利なし。泥だらけになってやれ。

2157分74秒2014/01/19(日) 01:38:34.79ID:yc4SOT2c
あほ

2167分74秒2014/01/22(水) 05:18:21.47ID:X4m/jDwV
てかテレビには昔っから出演してるしな
中沢新一のほうがよく出てた気はするけど

2177分74秒2014/02/15(土) 11:25:33.70ID:rf4jkmNK
中沢はテレビはこれで最後と言いつつ出続けてる

2187分74秒2014/02/15(土) 22:57:59.26ID:OX6ujzap

2197分74秒2014/11/16(日) 12:53:37.60ID:S45sONL0
アナル中出し

2207分74秒2015/03/24(火) 09:20:00.01ID:80BQVYs1
ポゴレリッチと「時間の廃墟」
http://realkyoto.jp/blog/pogorelic/

2217分74秒2015/08/22(土) 19:22:47.41ID:hDKqi4DC
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AE%E5%88%A5%E7%94%A8%E8%AA%9E
>1989年には浅田彰が『文学界』2月号で昭和天皇の病気治癒を願って
皇居で記帳している日本国民を「土人」と読んだ


浅田さんそんなこと言ってたんだ…知らなかった…

2227分74秒2015/12/22(火) 12:30:59.44ID:vbWxcA7a

2237分74秒2015/12/29(火) 10:17:38.60ID:2ONcjmSI
安倍政権を誕生させた日本人はまさに土人だよなあ

2247分74秒2015/12/29(火) 11:26:11.86ID:NzQsVfyx
そうやって庶民層になすりつける限りダメだろ
酋長の統治層がクズいからダメなんだろ

2257分74秒2017/03/23(木) 03:25:33.55ID:o01vwSuQ
×新定画帖 綴方教育 学習指導要領 
理論ではなく、実技の問題でそう言うのだろうから、素連呼は教授たちにもするんだろうね。

2267分74秒2017/06/18(日) 16:10:10.60ID:N2KLmw7l
>>223
リベラルが駄目すぎるだけだろ

2277分74秒2017/12/20(水) 19:54:59.14ID:e7GSTTOS
何かと関係深いコーネリアス・小山田圭吾とは
「土人等に到底僕の価値は理解不能」とほざくパラノ・スキゾ振りが酷似してます。

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