作曲における自由について
こういうアメリカ実験主義かぶれで従来の音楽とかけ離れたパフォーマンスだけを音楽だと言い張る厨はどうにかしてほしい。 「言い張っ」ているだけなら、どうでもいいじゃないか
「どうにか」って、どうしてもらいたいの?
お前個人に「音楽だと思え」と思想統制してるわけでもあるまいし はっはっはあ
目の瞬きでリズムを作るってかあ
面白いねー勝手にやってクレー 自由とは自分に由(よ)ることだっ……!
常識……正しさ……普通……なんだそれ……?
正しい作曲法、正しい形式なんてありはしない。
それは時代時代で必ず表れ、俺たちを惑わす暗雲、一種の集団催眠のようなもの。
それは捨てていい。そんなものと勝負しなくていい。
つまり、そういう意味じゃダメ作曲家になっていい……!
もう漕ぎ出そう……!
いわゆる「まとも」から放たれた作曲家に……! ・・・もしかして、ここで修士論文のネタ集めようとしてた?? 修士論文のネタ集めにおける自由について
語りましょう ある学生の卒業論文の終わりに
「わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました」
と結んであって吹いた。小学生の作文かと。 何かを決定していくという作曲のプロセスの性質上、
自由である、というのは作曲するという行為に相反する状態をいう。
自由でありたいなら作曲しなければ良いし、
作曲するなら寛容に不自由を受け入れていかなくてはいけない。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 喜太郎の楽譜は絵しか書いてないそうですが
これは....とんちんかんナ事を書いてるんでしょうね
私は
では失礼します 自由な作曲法というのを考えると、
なぜ調性に縛られなくてはいけないのか→無調化
なぜ楽音に縛られなくてはいけないのか→騒音化
なぜ時間に縛られなくてはいけないのか→長大化
なぜ音楽に縛られなくてはならないのか→概念化
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 なぜ無調的調性、調性的無調という道に進めないのか。 >>21
それで失敗したのがペルトやらグレツキやら 自由な作曲法というのを考えると、
なぜ貧乏に縛られなくてはいけないのか→調性化
なぜ性格の悪い器楽演奏者に縛られなくてはいけないのか→エレクトロニ化
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 >>24
そんなはずはない。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。
>>25-26
面白かったのは最初に書いた香具師だけ。
ヴァリエーションでも考えてガイドライン板へ逝け >>27
面白いからやるのではない。
同じことを何度も繰り返し、
その倍音成分を徹底的に聞き込むために行うのだ。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 >>28
同じことを何度も繰り返し、
退屈だと思っていたことが、
実はとても楽しいことだとわかる為にやるんだ。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 >>28-29
お前らつまらん。実につまらん。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 おまえらなぜ気づかない?
これはフーガという技法のの最も今日的な解釈、そしてその実践なのだよ
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 おまえらなぜ読まない!「すなわち、芸術家は常に存在の最前衛に在ると
いう事である。芸術家は主体的行動によって絶えず自己を選択しなければ
ならず、同時にそれは全体への責任を実践する事でもある。」とあの本に
書いてあるじゃないか。読め!とりあえず読め。作曲における自由と責任
を考えるならまず読め!
あと、わたしの大好きなラヴェルがフォーレ程度の作曲家の弟子だったと
知ってびっくりして死にたくなりました。
面白かったのは最初に書いた香具師だけ。
ヴァリエーションでも考えてガイドライン板へ逝け
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。
「前衛」自体がもう充分古臭いのでしょ?永遠の60's???
戦争ぅお知らない子供たちオヤジ的…
それより若い世代で
はまると絶対!ばかを見ますね
あと、
わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 ああ書けない
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 僕も一応今とある調性音楽の仕事もらってるんだけどね・・・
子供のための曲なんで、だからこそいつもよりも真摯に作曲してるつもりだよ。
それとそのスレ、そもそもスレ名からして
僕がちょっと書き間違えたのを(あの時は作曲年を下調べするうちに
下書きのソートをミスってメタスタシスの作曲者がリゲティと書いてしまった。
アトモスフェールもちゃんとリゲティになってるからコピペミスだね)
揚げ足とってその荒らしと良く似た文体のお方が立てたスレじゃないか。
不愉快極まりない。ちなみに今GL5重複の理由で削除申請が出てる。
>>534の引用先だけ書いていれば真っ当だが、
>>533で相変わらずレイプレイプと連呼しまくってるのが異常。
しかもそこの101で故人の大作曲家を貶めてる。
理由のある作品批判ならともかく、こういう書き方は最低。
作曲家の風上にも於けない、唾棄すべき存在。
そんないい加減で「無責任な発言」ばかりしといて、
「オレの批判をするなんて百年早い!!」
大体この荒らし、毎晩毎晩深夜早朝に現れてるけど、普段何してるんだろうね?
そういう僕も最近夜更かし気味だし今日なんか半徹だが。
ちなみにペンデレツキのルカは中期だと思うが。
個人的な話になるが、そのカキコの頃はまだ教会に通い始めたばかりだったが、
キリスト教の教理を学んで洗礼を受けた今では、あの曲の最後の協和音の良さが
分かるようになった。 何作曲するのは自由だけど余りにも幼稚すぎて笑われないようにな! サイコロ振ったケージが幼稚か?
もっと勉強してから物を言って欲しいな。 何作曲しても自由だけど笑われないようにしな。
今時、和声課題解いたり、フーガしたり、ニ長調の交響曲やソナタ作って「作曲」と称するではない。 ポピュラーは元々クラシックや現代音楽に入らないから不可。 ほんとうにこの人がカンノ氏なの?
お話にならない認識だけど、釣りかと思った。
でもほんとに和声課題解いて作曲したの思っているのかなあ(笑)。 数学者が自分で勝手に役に立たない問題を解いて自己満足とおなじ。 ここまで「ぼくのかんがえたさいきょうの音楽」なし。 >>62
いくらなんでも制限があったら自由とは言わないだろ。自由とは文字通り何も
のからも自由な状態を言うんだろ。恥ずかしいこと言わせるなよ。 音楽とか作曲って「正しい」「間違い」の問題なのかな?
「こんな作り方をしたら音楽じゃない」なんていうものあるのかな?そう決まってるの?
元をたどれば(それこそクラシックが生まれるずっと前)最初から音楽にルールなんてあったと思う?
昔の小さな田舎町やアフリカのど真ん中にある集落だって、ハイドンやベートヴェンなんか知らずに音楽作ってたよ?それって間違い?
極端な話、原始人たちだって適当にホネとか石とか叩いて音だけを楽しんでたかもしれない。それって間違い??
それだって立派な音楽だし、そういう最初の一歩がなければ音楽そのものも生まれてなかったかもよ?
そんなところから音楽ってのは進化してきたんだろうし、ルールや法則なんて後から生まれた人たちが勝手に作って勝手に決めただけじゃん。
音楽っていう概念が進化する過程でそういうのが生まれただけの話だと思うけど?
今だってその過程にあるだろうし、これから新しいスタイルや法則も生まれるでしょ?
それを「こういうのが正しい」「こうでなければ間違いだ」とか肯定、否定できる?
新しいスタイルが生まれたらいけないの?新しい法則を作ったらいけないの?新しい音楽を作っちゃいけないの?
歴史上偉大な作曲家たちが音楽の形を作ったのも、彼らが勝手にやったことだし(誤解しないでね。別に彼らを非難してるわけじゃない。俺もクラシックは大好き)
ただ、みんな「この人たちがこうしたんだから自分たちの曲もこうあるべきだ」っていう勝手な先入観があるだけなんじゃない?
「彼らが敷いたレール通りに作曲しなければならない」っていう固定観念を持ってるだけじゃない?
実際、そういう法律があるわけじゃないよ?従わなければ犯罪者として罰せられるわけでもないよ?
理屈や法則から音楽が生まれたと思う?音楽は人の心から生まれたんじゃない?
一番大事なのって自分の思いを他人に伝えることじゃない?
何を見て、何を聞いて、何を感じたか。その喜びや怒りや悲しみや感動を伝える・・
音楽ってそういうとこから生まれる/生まれたんじゃない?
モーツァルトやショパンだって、もちろん独自の法則やテクニック作って作曲してただろうけど、
最初はそういうところから音楽を始めたんじゃないかな?
ルールや法則以前にね。ただ純粋に音楽が好きだったから
「音楽はどうあるべきか」より「音楽の大切さ」を考えたほうがいいんじゃないかな?
単純に音をどうこうするのなら、物理的、生理的な限界(人間の可聴域、現代の技術で再現可能な音、等々)が自由にできる範囲だと思う。
ただ、音楽=芸術=表現である以上、伝える相手がいなければ成立しないはずだから、どんな音を出そうと聴かせたい相手に理解されなければ意味がないし、それは表現とは言わない。
「理解できる音」ってのが、音楽が自由にできる範囲じゃないかなぁ アメリカのコンサート会場(学校の体育館)において客席に向かって
ピッチングマシーンにより(野球の)硬球をボンボン投げ込むだけの作品が披露された。
体育館を提供した学校長は額に投球を受けて血だらけになった。
(60年代音楽芸術誌の記事から) パリ音楽院でメシアンのクラスを受験した際、シュトックハウゼンが受験生のライバルであったが、別宮が合格したためにシュトックハウゼンが落とされている。 今日、ニ長調のソナタを脱稿した。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。
さがしてよ私のこと bobomaria original: http://youtu.be/EDxFKmmvnQ0 @さんから
今度の最新曲は「夜のライブ感」があって共鳴できて素敵です
ギターの音も綺麗です☆ ピアノも演奏されるとか・・・ ヤイリです♪
>>32
馬鹿。フォーレの場合は、耳が聞こえなくなってからピアノ使わずに作曲した作品には、
確かに重要なものがあるが。ちなみにかのバッハは、楽器無しで作曲できない人間には才能が
ないと思って、軽蔑していたらしい。まあ確かに、楽器に頼らなければ作曲出来ない凡人程度に、
あんな神業とも言える対位法は処理できるわけがないが。また、本当に楽器無しで作曲できる
ようにするには、音の高さだけでなく、聴いている調性も判別できるようにする事。自分はその
能力を持っているが、それが出来ないのに芸術音楽の作曲家になった人間が多すぎる。それで
もって今の芸術音楽は、人類史上最低レヴェルに落ちた。
>>62
その言葉はちょっと違う。「本当の自由は束縛や制約を乗り越えたあとにある」。
現代の作曲家は、あまりにも制約から逃げすぎてる。というか、楽器無しに作曲できない
以上は、そこに天才がいるとは考えられない。バロック時代には、特にフランスで楽器無しに
作曲できた作曲家が多かったらしいが(またそれに見合う優れたものがありながら、今日
極めて不当に低い評価を受けている)、今の時代はそれが出来ないのばかり故に、現代音楽の
作曲家はバロック時代とは比較にならないぐらいに能力が低くなった。その意味では、今の
時代程本質的に才能がない作曲家が横行する時代はないとも言える。
>>65
そうは言ってもねえ、未開地の音楽に出さえ、しばしば音階らしきものはある。
つまり音階とは、人間が猿から進化して得た音楽の本質であり、それを根底から否定
するのは、言わば猿に先祖返りするのと同じ。世にある現代音楽は、正に猿の音楽ばかり。
ちなみに自分も楽器無しに紙の上だけで無調音楽を書いたが、それが真の作曲=自分の
精神の中で音を構築する、というものでは断じてない事を理解した。これこそ本当に
形式主義の音楽だし、それに調性音楽の場合には、その中に特殊音階を組み込んで変化を
与えられるが、無調は無調以外の響きを全く作れない。それこそ芸術的根拠の全くない、
無意味な束縛に過ぎない。つまり、調性や禁則から逃げるという皮相な自由を求める事が、
逆に真の束縛に陥ったとも言える。もっとひどい言い方をすれば、才能がない人間が、
訳のわからないかでたらめでもって「芸術的だ、哲学的だ」などと言って、のさばるために
出てきたのが無調音楽だとも言える。こんな方法、過去の真の天才は絶対に選ばない。 >>79
それだけ大上段で過去の歴史的な作曲家を斬れると言う事は貴殿は相当ご高名な作曲家なのでしょうね。
いや大三者的には絶対にそうであると思いたいです。
ぜひ貴殿の曲もフルオーケストラで聞いてみたいです。
ここにいる住人は私も含め本当は既に貴殿の曲に馴染みがあるのでしょうけどね。 過去だけでなく現代の作曲家も斬っていますからね。
少なくとも>>79氏が斬られている現代の作曲家より>>79氏の方がご高名であろうという意味です。 音楽といえども、この世界の構造がからは自由にはなれない
2^(7/12)*2/3 = 0.99887
2^(5/12)*3/4 = 1.00113
など指数と分数の関係に縛られるしかないのだ。
あと、わたしの大好きなフォーレがラヴェルの先生だったと知ってびっくりしました。 【女性専用の寝台車両がある寝台特急あけぼのが廃止になるので大歓迎】
JR東日本が行った男性客に対する悪質な乗車拒否作戦
JR東日本の本社職員・支社職員・駅員が行った
寝台特急あけぼののレディースゴロンとシートに乗車者する男性客への乗車拒否バリケードです。
男性を侮辱した人権侵害の一連の模様をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=taqjOajeu5E&list=PLZFU6ES8QfYprxusuhSXsAQcvu5y6y40q >>79
というか、「誰からも受け入れられない音楽」ってことで、
「現代音楽全般」をくくる、というのが無茶じゃないの?
たとえ少数であっても、熱心な支持者がいるからやっていけるのだと思うが。
俺は、多分他人から見れば「現代音楽ファン」なのだろうけど、
タン・ドゥンとか吉松隆なら、とくに聞けなくても残念ではないが、
ラッヘンマンやファーニホウの音楽なら金と時間の許す限り、
聴きに行きたいと思う。
いわゆるクラシックにしても、オール・ショパンのピアノ・リサイタルなら
よほど好きなピアニストでない限りは聴きに行きたいとは思わないが、
シューマンが一曲入っていれば、どうしようかなと思う。
サン・サーンスの動物の謝肉祭をやります、っつーならやめたと思うが、
フォレのピアノ5重奏をやる、っつーのならできるだけ行きたい。
クラシックなら何でもいいわけじゃないのと同じように、
「現代音楽」なら何でもいい、ってわけじゃない。
そんなのは当たり前のことだと思うのだが、
偏見のある連中はどうも十把ひとからげにして話したがる。 絶対音感を持っている事による弊害とかもあるように思うな。
無ければ、周波数が多少違っても相対関係さえ同じなら同じ曲に聞こえてしまうのに、あるタメに別の曲となる。
より自由になったようでいて、より不自由になっている。 ☆ 日本の核武装は早急に必須です。☆
総務省の、『憲法改正国民投票法』、でググってみてください。
日本国民の皆様方、2016年7月の『第24回 参議院選挙』で、日本人の悲願である
改憲の成就が決まります。皆様方、必ず投票に自ら足を運んでください。お願い致します。 ユニークで個性的な副業情報ドットコム
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CXC これは人権侵害でも、人種差別でも、ヘイトスピーチでも、ヘイトクライムでもなく、事実であり、現実であるのに、こういう歌を歌ったぐらいで逮捕して、
刑務所や収容所にいれることが、人権侵害であり、差別であり、言論の自由、表現の自由、思想良心の自由、その他の自由に対する、ヘイトクライムであり、それらへのテロ行為なのだ。
↓
最悪のテロ国家(ハッピーバースデートゥーユーhttps://nico.ms/sm1313852の替え歌)
※イスラエルの諜報組織にして、世界最悪にして、最強の国営凶悪テロ集団。今も中東やeuなどで元気にテロを実行中。
1
最悪のテロ
最悪のテロ
イスラエルが国を挙げてやるテロ
※モサドのテロ
2
最悪のテロ
最悪のテロ
イスラエルが仕掛けるイカレタ戦争と虐殺
真のテロ国家 ゲッ!!(/||| ̄▽)y-ξ⌒◇ヾ( ̄  ̄;)ジュッ