素人おじさん バレエ奮闘日記 2冊目
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東京のバレエ団付属
名門バレエ学校黒崎バレエアカデミー
その学校に20年以上通う、本作主人公初心者クラスのバレエおじさん田中さんの回想録第二弾!!
若かりし頃の田中さん、そして彼を取り巻くバレエに情熱を燃やすバレエダンサー達のバレエにまつわる物語。
○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。
登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。
※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。 学校長や監督の過度なひいきで昇進していたジェイムズは
見た目の優美さが一番の売りだった。
12、13年前に、入団した直後には、
有名ファッション雑誌のグラビアに取り上げられ
その容姿の美しさは話題にのぼり、ファンも多かった。
しかし、毎回、テクニック面において出来が不安定なため
徐々にバレエ通の観客からは
「見かけ倒し」だとささやかれるようになった経緯がある。
その代わりに、外国から来た血気盛んなダンサーたちが台頭してきたのだ。
「二幕での、君の優雅さは素晴らしいよ。
しかし、三幕のコーダでスタミナ切れや甘さが見えてしまう。
見る人が見えれば、わかるからね」
ヴェルファスト歌劇場のリハーサルでも、さっそくダメ出しされた。
それは前のバレエ団でも言われていたことだった。
ジェイムズはその欠点を克服すべく、トレーニングを始めた。 ジェイムズが、トレーニングルームで体幹を鍛えていると
昔同僚だった、ある外国人ダンサーのことを思い出した。
日本人の男性ダンサー。ツトム。
ジェイムズより、背は低く、胸は薄く、脚は短く、顔はアジア人の平たい顔。
容姿を何より重視するエレノアの元で育ったジェイムズには、
注目に値しないダンサーだった。
ジェイムズが、モデルなどの副業や恋愛のことを考えながら帰ろうとしたときに、
ツトムは、役柄の研究や、テクニックを磨くためにスタジオに残り、
身体の貧弱さを補うために、トレーニングルームで身体を鍛えていた。
朝早くから来て、休日まで自主練習していると聞いて
「あいつ、バカじゃないか?」とジェイムズは友達と笑った。
ジェイムズが主役を外され、全くやる気を感じなかった民族舞踊の役を、
ツトムが嬉々として踊っているのを、不思議な思いで見ていた。
ツトムは今はソリストとなり、主要な役を踊っていて、
「バレエ団一の安定感がある」「どんな役でも期待を裏切らない」と評されている。 「恵まれた才能や容姿、それにエレノアのひいきに、甘えていた。
役を下ろされたのは、結局、自分が招いたことだったんだ」
ジェイムズはようやく気がついたのだ。 普通ならコール・ド・バレエから競争を勝ち進み、
その座を掴まなければならないのに、
いきなりプリンシパルのランクで横から入ってきたわけだから、
もともといたダンサーたちにしてみれば面白くない存在なのは当然だ。
ジェイムズも入団してから他のダンサーたちから
責めるような冷たい視線を浴びていた。
それにひるんだり傷ついて逃げるような人はプリンシパルではいられない。 僕は誰にも負けないバレエダンサーになる。プリンシパルに返り咲くと決めたんだ。僕の夢だったバレエ団で。
もう逃げたりしない。他人に自分の人生を左右されてたまるか…!
ツトム。僕はとても愚かだった。僕は君を見下しバカにしていた。君の努力をバカにしていたんだ。
それがどれだけ罪深いことか…けれど結果君はダンサーとしての成功を手にしたんだ。そして僕は失った。
ごめん……ツトム…。
でもこれからは僕は自分の弱さと向き合う。バレエと向き合う。君のように諦めない。
汗なのか涙なのか、頬を伝い下へと水滴が落ちた。 ジェイムズはバレエ団と契約しているスポーツトレーナー、ラファイエルの指導を受けることにした。
ラファイエルは元トライアスロン選手で、現役時代はトレーニングの一環でバレエを取り入れていたことからバレエ公演にも足を運び、いつしかそれが緊張した心をリラックスさせるひと時となっていた。
引退後はオリンピック選手をサポートしてきたが、現役時代と同じ様に感じる緊張感から解放されたくてヴェルファストにやってきたのだった。
バレエ団での彼の指導は厳しく、全ての食事管理、ライフタイムサイクルにまで言及した。
あまりにも厳しいため、彼の指導を受けたがるダンサーはいなかった。
幸い、ジェイムズにとっては何から何まで決めてもらえるスタイルが楽で、便利に思えた。 ラファエルのトレーニングにはアウトドアのメニューが含まれ、日光に当たることがジェイムズの気持ちを前向きに明るくさせた。
ジャイアントコズウェイでのウォーキングは特に気に入り、ジェイムズからリクエストをするほどだった。
スイムの指導は本格的で、泳ぐようになるとジェイムズの体の痛みはもとれ、みるみる引き締まっていった。
傍から見ると、かなりきついメニューだったが、辛さよりも体調と体型の改善が快感であった。 ラファエルとコンビで仕事をしているマリアは、スポーツドクターでラファエルの妻でもあった。
マリアはかつてプリマを目指していたが、思春期に体型が変わり足を痛めバレエをやめた。
二人はオリンピック強化合宿のスタッフ同士で知り合りバレエの話で意気投合、将来は二人で独立してゆくゆくは大好きなバレエ団の近くで働こう、と誓い合った。
ラファエルのメニューにはマリアの診察も含まれていた。
「トップアスリートのメンテナンスしていたプロから指導を受けられるなんて、なんてラッキーなんだ!」
近況報告を受けた山加糸吉は思わず叫んでしまった。 もう一つ問題があった。
10歳年下の若いダンサーたちは、みんなスタイルも良いうえに高度なテクニックもこなす
これからも、毎年、進化を遂げた若いダンサーが次々入ってくるだろう。
「これから、10年踊るのは並大抵のことではない…。
若くて上手いダンサーがどんどんバレエ団に入る。しかも容姿も良い」
ジェイムズは、またしても自分の甘さを思い知らされた。
自分の置かれた厳しい立場が分かっていなかった。 「ベテランに、今さらこんなこと言いたくないのだけどね」と
リハーサル担当の教師は言った。
「他のプリンシパルのように4回5回回れないなら、
回数は少なくてもいい。完璧に、というのはプロなら当たり前。
練習でも本番でも。絶対にミスなく。
完璧以上の超一流の動きを見せろ。
そうでないと、若いダンサーたち、納得しないよ」 ジェイムズは、もともと回転や跳躍で観客を沸かせるタイプではない。
プロとしては最低限度、と言ったところだ。
若いダンサーたちは、ジェイムズの踊りをチラリと見やっただけで
あとは関心を示さず自分の練習に集中していた。
若い男性ダンサーたちは、ジェイムズができないトリッキーな技術を
次々とこなしていた。
時代もバレエも、刻々と変わっていくのである。 「回って跳ぶだけがバレエじゃない。
それよりも優雅さと演技性で自分を見せたいんです」
ジェイムズが自分に言い聞かせるように教師に言うと
「プリンシパルとして要求されていることを完璧にできてから言えばいい。
今の君が言うと言い訳に聞こえるよ」
リハーサル担当の教師は厳しい言葉を残していった。 ジェイムズはサラと陽七を連れ、フレデリック家の祖母の誕生会に訪れた。
陽七は既にフレデリック伯爵に会わせていたが、仕事で急遽パリに飛んでいたサラは今回が初めて顔合わせとなっていた。
離婚や引っ越しで多忙だったジェイムズは、父フレデリック伯爵以外には一切サラについて話していなかった。
親戚一同は、彼女がイギリス人のルーツを色濃く持ち、セレブ(>>61)だということを知らぬまま、極東のアジア人なんてと面白可笑しく噂したのだった。
サラはティーン時代、誰もが知っているファッション誌のカバーガールを務めたり、BBCドラマに出演したりとイギリスでは知られたアイドルであった。
また、フレデリック家とサラの家系は東遠に当たるため、ジェイムズの祖母はサラの祖父母と面識があることも判明した。
今回の訪問で何より驚いたのが、陽七とサラにすっかり魅了されたフレデリック伯爵が、ヴェルファストの市庁舎付近へ別荘を購入した事だった。
「ひな〜これからは毎日会えるからね、一緒にベルファストに帰ろうね。もう少し大きくなったらアラン諸島に住んでいる私のばあやの実家に遊びに行こうね!」
「まいったなあ〜近所に引っ越してくるなんて。。。
でもヒナのお守りにちょうどいいか!
オヤジの事がからメイドとナニーを雇うだろうからな
これも親孝行だな」 団員の20代の男性ダンサー達はトレーニングルームで鍛えながら仲間内でジェイムズの話題でお喋りをしていた。
「俺達が昇進目指して日々頑張ってんのに、最近復帰した30過ぎてる貴族男にプリンシパル奪われるって気に食わねえな」
「お家のコネでも使ったんだろ。貴族様は羨ましいなぁ。実力だってそこいらのダンサーと変わらないのにさ」
「ハンサムでイイ男だけど! けど見た目だけでバレエは踊れないよ」
皮肉や嫉妬、侮蔑。
すでに団内のダンサー達からは不平不満が生まれている。 あのアジア人、ポルノやヌードもやってたの!
ますます汚らわしい人ね!
拒否反応は日に日に大きくなっていった。 白王子市に転勤した田中さんは、
紗江子のバレエ団時代の先輩夫婦がやってるというバレエ教室に体験に来ていた。
会社のある中心部から電車で10分ほど郊外に行けば、
簡素な駅のまわりはがらんとしていて、大した店もない。
郵便局と、こじんまりした喫茶店、カラオケ店。
地味な住宅地を通って着いた先は二階建ての四角い建物。
ステンレスの四角いプレートに『白王子バレエスタジオ』と書いてある。
「黒崎バレエアカデミーの豪華な洋館とは大違いだ。
栄転っていうけど、バレエ的には都落ちした感半端ない」
玄関横の掲示板に貼られたスケジュール表を見ると、
中学生以上のクラスが毎日ある。
田舎の個人教室だが、生徒数は多いようだ。 「田中さんね!紗江子から話は聞いてるわ!」
教師の小石川誠、愛(こいしかわ・まこと&あい)夫妻は笑顔で歓迎してくれた。
紗江子のバレエ団の先輩らしい。
「紗江子先生、困った生徒だって言ってませんでした?」
「いいえ、あなた気に入られてたみたいね」
小石川夫妻は愉快そうに笑った。
紗江子が小石川夫妻に伝えたのは
「情熱はあるし、演技させれば面白い人で、悪人ではない。
ただ、骨格的には壊滅的にバレエに向いてないの。
子供たちの目の毒になるようなら、断ってね!」ということだった。 その白王子バレエスタジオには週1回、ボーイズクラスも存在した。
生徒は小中学生3人。
小石川夫妻の、中学生の長男、小学生の次男。その親戚の小学生。
あどけない顔した男の子3人が「よろしくお願いします!」
元気に挨拶する。
「うわぁ〜、みんな可愛いなあ!
ここでは27歳の俺は、完璧に『素人おじさん』だな!」
と田中さんは場違い感を感じてしまった。
4人の少人数レッスンが始まると、さっそく
「ひざの向きを気をつけて」「軸足の腿もまわして」と
おなじみの注意を受けた。 「今、重心はどこにある?どこで立ってる?」
「バーから手を離してみて。自分の軸は?」
「もう少し骨盤は前」「ここで腕が縮んだのわかる?」
と触られながら細かい注意を受けた。
なんということでしょう。
「紗江子先生は、細かいことにこだわりすぎるだろ!」
と田中さんは思っていたけれど
自分の身内の子を教える小石川夫妻はもっと細かかった。
黒崎の初心者クラスでは
「他のおじさんおばさん、みんなできてないし、このぐらいで可!」
ベルベットのプロフェッショナルクラスでも
「10年続ければ、俺も自動的にああなる!」
と、都合の良い解釈や言い訳をして誤魔化していたが、
ここでは小中学生3人と、ポジションの改善に真面目に取り組むことになった。 センターでは男子の技も多い。
中学一年生の長男は、跳躍や回転能力が急成長しはじめる時期、
徐々に難しい技にも挑戦していた。
田中さんはアンレールトゥールをまだシングルしか跳べない小学生2人と
同じ練習をした。
「スゥスの時点で、空中姿勢を意識して」
「左肩甲骨を甘くしない」
「軸がまっすぐが絶対」
「踏切で前足を譲りがちだけど、そこを我慢」
田舎だからって期待してなかったけど、
至れり尽くせりのがっつり指導じゃないか?
田中さんは入会を決め、
『白王子バレエスタジオ』初の素人バレエおじさんとなった。 「ところで、田中さん、今度の発表会、ちょっと出てみない?
眠りの抜粋するんだけど、赤ずきんちゃんとオオカミのオオカミ役。
パパ先生がする予定だったんだけど、よかったら」
「はい!もちろん!喜んで!!!」
田中さんは、反射的に返事をしてしまった。
本当は、デジレ王子かブルーバードがいいけどな!
と思ったが…、
被り物と人間じゃない役に、縁が深いのかもしれない。
ニワトリに、甲冑の人形に、お面をかぶったくるみ割り王子。 「俺、そろそろデジレ王子もやってみたいんですけどねえ〜」と
田中さんが言うと、
「ははは!面白いこと言う人ね!」と
小石川夫妻に一笑されてしまった。
くっ…。
おれも、いつかは全幕プリンシパルになる身だ。
ここはぐっと我慢の修行のときだな!
こうしてせっせと白王子バレエスタジオに通う日々が始まった。 フレデリック伯爵はスケベ心が働いてしまい、サラがセレブな上に、ポルノまでやっているという事実には嫌悪感でなくむしろ興奮が上回った。
尤もポルノの専門女優でなくとも、一般の女優が作中でヌードやセックスシーンをするのは別に珍しいことではないのだが。
サラと陽七の為に購入した別荘に日本風の温泉やプールを設置したのは運良ければサラの水着姿や裸体をみられることを期待した彼の趣味でもあった。
「飛びっきり美人な日本人の女優に、愛らしい陽七ちゃん…
私はジェイムズが嫌いだが、彼女たちと出会うために息子は与えられた。今ではそう感じる…生きてて良かった」
いつもはしかめっ面で厳しい雰囲気のフレデリックは親戚からも距離を置かれていたが、最近は穏やかになり、徐々に親戚とも関わるようになってきたという。 「いつかジェイムズとはあっちのほうはご無沙汰だと言ってたし
俺にもチャンスがあるかもしれんな!」
フレデリック伯爵はニタリと笑った。 劇場近くのレストランでは、劇場の常連客マダムが噂していた。
「新プリンシパル、ジェイムズ・ワイズウェルって何?
どうして、ファーストソリストのアンディやレオを昇進させないの?
ずっとプリンシパルになるのを待ってるのに」
「ジェイムズはかなり前にファッション雑誌のグラビアに出て話題になってた人よ。
とにかく見た目が良いわね。この写真、かっこいい。私好み〜」
「それがねえ。踊りは古臭くて、残念な人らしいわよ。
それより、ミーハーファンが多いから、彼の出る日は客層が悪いのよ」
「新監督は何考えてるのかしら?コネ?お金?要はビジネスよね」
「そんな人が横からプリンシパルにねじ込まれるんじゃ。
他のダンサーさんたちがかわいそう!」
近くの席で食事をしようとしていたジェイムズは、背後のマダムの話を聞いて
そっとサングラスをかけた。
ダンサーの価値は舞台で証明するしかない。
今は我慢のとき…。 デジレ王子といえば有沢くんのレパートリーだったよな…。デジレ王子といえば有沢くんってぐらいに黒崎では思われてたぐらいだし。
白王子スタジオでは、デジレ王子といえば田中っていうぐらいになりたいものだな!
田中さんはニヤニヤしながら、ロココ調の白い衣装を身にまといかっこよく踊る王子様の自分を妄想していた。 「自分はいつも、努力が必要な現実を端に押しやって、
いいとこ取りをしようとしていた。
でも今度は、この幸運を、すべて自分の実力に変えてみせる。
それには、バレエ以外のことはしばらくシャットアウトしてバレエに専念しよう」
ジェイムズの決意は固かった。
今、バレエに専念しなければ、自堕落な生活からプリンシパルでバレエ団復帰という
夢のような幸運が、本当にまぼろしとなって消えていきそうだった。 ジェイムズのお気に入りの風俗嬢だった風間百合は落ち込んでいた。
ジェイムズが客として来なくなって思いつめたあまり
イギリスへ追っかけていこうとしていた。
それを店の先輩が引き留めた。
「だから、客の男はダメって言ったじゃない!
何の夢見ちゃってるの?あたしたちはお金で買われた偽のプリンセス。
時間終了とともに、泡になって記憶から消えてくのよ!」 「ええ〜、紗江子先生が結婚したのぉ〜、どうして〜!」
田中さんは小石川夫妻から話を聞いて飛び上がって驚いた。
「もしかして!相手はバレエ団時代から一緒の塩田先生ですか?」
「いいえ、違うわ。バレエやってる人じゃないみたいよ。教えるのは続けるって」
「それ誰?誰なんですかぁ〜!」
「よく知らないわ。仲間から話が回ってきただけよ。
なあんだ。田中さん、紗江子のこと好きだったの?」
小石川夫妻は田中さんの反応が面白くて、クスクス笑った。
紗江子先生は一回り歳上だし、恋愛感情とは違うけど。この気持ち、なんだろう。
いつだって、俺に「5番よ!」と叱ってくれた紗江子先生が
知らない男に「ご飯よ!」と優しい声で言うのか?
突然の紗江子先生ロスに、田中さんは叫んだ。
「うおおおおぉぉ〜」
「田中さん、今の遠吠え、オオカミみたいね!
その調子で発表会もがんばってね」 先輩のいっていることはもっともだ。
彼は私という人間に惹かれたわけじゃない、なんも後腐れもない恋人ごっこを求めてただけ。
夢を与えるのは私の方なのに、私が夢を見せられちゃった。プロ失格だわ。
「よりにもよって、どうして客の男性を好きになってしまったの……。
人魚姫みたいに、叶わぬなら泡になって消えてしまえるならどんなに楽かしらね…
ダメ。私には弟がいるもの……あの子のために私は頑張るんだから…!」
ジェイムズのことは忘れるのだ。
そもそも奥さんもいて、姪っ子も養子として引き取って実家のあるイギリスへ戻ったのだ。
新しい人生を前向きな気持ちでスタート出来たのだ。私は彼を応援すべきなのだ。 山加糸吉は人魚姫をベースにした新作を考えていた。
「人魚姫は風俗嬢。ある客の男に片思いをしている。
舞台に大きなバスタブを設置して。最後は泡の中へ…」
現役時代から、すべての演目のすべてのパートの振付、
各ダンサーのクセまで覚えていたという山加の頭の中には、
『脳内舞台』が存在し
その中で複数のダンサーたちを同時に動かすことができる。
調子の良いときには3日もあれば、既存の作品を題材にした小作品の振付が完成する。
「いつものように、最初はガラの余興として出したいんだ。
一度舞台に上げれば、ダンサーたちが
インスピレーションをくれるから手直しできるだろう」
「また、問題作か話題作になるかもしれないですね!」
振付スタッフは、ワクワクした顔をして新作の話を聞いていた。
「男の不誠実、女のやるせない一途な思い、古典の王道だな。
もっとも、僕の作品はジェイムズの好みではなさそうだし。
彼は他のバレエ団に話を回して正解だったよ」 ある日百合は先輩達からのすすめで長期の有給休暇を貰うことにした。
夜の仕事で殆ど太陽の光をゆっくり浴びることが出来なかった彼女にとって、久々の日曜の朝は新鮮であった。
「空気がおいしい。…こんなに綺麗だったのね」
朝焼けでオレンジ色に染まった溜池を眺め呟いた。百合の住むアパート近くの大きな公園。その真ん中にある池には数種類の水鳥が泳いでいる。
そしてしばらくその景色を満喫した後、どこからともなくオルガンの音色がきこえてくる。何となく音の方へと近付いていくと赤い屋根に十字架の立てられた小さな礼拝堂が姿を現した。
「どなたでも自由にお入りください」と手書きでかかれた看板をみると、百合はキリスト教礼拝堂の中へそっと足を踏み入れる。
こじんまりとした礼拝堂の中には、数人の信徒と若い牧師さんがいた。受付の高齢女性が、さあどうぞ遠慮なさらないでと席へと促す。
牧師さんも優しい笑顔で百合を歓迎してくれた。 「おっと、ちょっと待てよ…。大きな風呂があるサービスって日本だけかな?
フランス人はシャワーで済ませそうだな。
ドイツにはジャグジーやプールのある施設もあると聞いたけれど、知ってる?」
「それ、女の私に聞かないでください!」
「僕もよく知らないんだよ。生身の人間より彼女そっくりの人形のほうがいいから。
それなら、舞台は日本という設定にして、和物の作品に…」
山加糸吉は振付スタッフにかまわず、作品の構想を練り始めた。
「……お考えがまとまったら、リハーサルのスケジュール調整するので
おっしゃってください。では失礼!」
振付スタッフの女性は部屋から出ると首をかしげた。
「芸術家は変な人が多いけど、山加さんは超真面目なのに超変な人だわね…」 礼拝が終わり茶話会になると、信徒の人達は百合に踏み込んだ質問はしてこなかったがここがどういう教会であるかを教えてくれた。
「ここは転籍者が多いの。中でも元々別の教会にいたけど居場所がなくて集まってきた人が多い」と高齢女性。
「私も馴染めなくて来た口よ。私はビアンで歌舞伎町のビアン・バーで働いてるんだけど、私みたいな子周りにいないし悩みがあっても本当の自分を出せなかったの」
教会内で百合と歳も近そうな女の子がそう言った。
「私は牧師の神野隼斗(こうのはやと)です。風間さん、来てくださりありがとうございます」
牧師は笑顔の似合う爽やかでとてもハンサムな青年だ。
この教会には、暴力や虐待、障害、差別や偏見にあってきた人達が集まっており、
悩みなどなさそうに見える牧師自身も、かつては女子として扱われ性別違和で苦しみ学生時代に自殺未遂をした経験があったという。
今では信仰に出会ったことで前向きに生きることがかない、ようやく男性である自身の人生を取り戻せたのだ。
帰る頃になると他の信徒とも打ち解けた百合は、新しい居場所を見つけられたという嬉しい気持ちを噛み締めつつ教会の出入り口の方に向かう。
そのとき出口付近の掲示板にエンジェルバレエ教室とかかれたチラシが貼ってあることに気付く。
「バレエ教室に場所を貸しているんです。教会員の方の何名かも通われていまして、よろしければ風間さんもどうでしょう?
私も参加しているのですが楽しいですよ」
「…私なんかが迷惑ですよ……」
百合は黒崎でのことを思い出し表情が暗くなった。 山加糸吉はリヨンに移住してからしばらくは落ち着いていたが、ネリッサが頻繁にパニック発作を起こす様になり心身疲れ果てていた。
糸吉自身もコントロールを失く事が増え始め、ネリッサの担当医からカウンセリングを受けるようすすめられた。 ジェイムズも英国に戻ってからしばらくはやる気を出していたが、バレエ団のプレッシャーに心身疲れ果てていた。
その妻もコントロールを失く事が増え始め、担当医からカウンセリングを受けるようすすめられた。
うそです。人間は問題を抱えながらも生きていくのです。病む話は飽きたわ。 山加糸吉のバスタブを使った演出のおかしなアイディアはストレスのよるものだった。
黒崎時代の友人に相談すると、みな口をそろえて反対した。
どうやら少し前に黒崎の現状で耳にした噂話がヒントになっていたらしい。
「なぜバレエと風俗がむすびついてしまったのかしら?」 「椿姫も娼婦だしカルメンにも娼婦が出てくるでしょ。
現代風にアレンジしてても実は定番なのよ」
お姫様バレエが大好きな初心者クラスのマダムたちは
「なぜバレエと風俗がむすびついてしまったのかしら?」 「私いやなのよねえ。最近コンテが重要視されてるけど、
見てもわけわかんないじゃない?」
「やっぱりバレエは王子様とお姫様よ!」
「某有名なコンクールもコンテバリエーションが必須でわけわかんない。
あれ意味あるのかしら」 「コンテンポラリーダンスの授業は
日本人の学生さんが一番苦手としているところなんですよ!
黒崎でも週1回。ゲスト講師の講習会しかやれてないけれど、
留学した子がみんな苦労したって言ってるわ」
「私たちには関係なーい。コンテなんか興味ないし観る気もしないもの」 「コンテの講習会ですか。俺はあまりコンテは。
だって俺、王子様になりたくてバレエやってるから…」
転勤先の白王子バレエスタジオで田中さんはコンテの講習会参加を渋っていた。
「将来海外で踊る子も出てほしいなと思って
今回、初めて講師を呼んで教えてもらうことにしたのよ。
考えておいてね」
小石川夫妻が口にした「海外で踊る」のキーワードにつられ
「俺もいずれ海外進出しなくてはならない日が来るかもしれない」
と思った田中さんは、コンテの講習会に挑戦することにした。 「型やステップの美しさより、その踊りで何を表現しているかが大事なんだよ。
じゃあまず、自由な動きで、自己紹介してみて」
「自由な動きで自己紹介。意味がわからん…」
「さあ、誰から始めるかな?」
10代の生徒たちがモジモジして動かないので、田中さんが最初にやってみた。
「俺は田中っ!ここに参上!」とぴょーんと飛び出す。
「27歳、会社員っ!」とかっこつけてみる。
「バレエ大好き♪」と胸の前で腕を交差してみる。
「でもバレエ難しいっ!」と床に倒れ込む。
「バレエの王子様になりたーい!」とゴロンゴロンもだえる。 一緒に講習会を受けていた10代の生徒たちから笑いがもれた。
講師も苦笑いしていたが
「いいよ!まずは、心のままに自由にね!」
「マジかっ?」
あとで小石川夫妻に、「田中さんが最初にやってくれたから
子供たちもあとに続いてやれたわ」
とよくわからない褒められ方をされた。
床をゴロンゴロン転がったせいで
田中さんの膝には青あざができていた。 「百合さん、迷惑なんかじゃないですよ。
現実社会は、いろんな場面で平等でないことが多い。
しかし、神の前では一人の人間として誰もが尊重される存在です」
牧師の神野隼斗は優しく百合に語りかけた。
教会では他にも聖書を読む会やバザーで売る手芸品や
クッキーを作る集まりなどもあった。
その中でバレエという言葉は百合の中で輝いていた。 百合は一度だけ、バレエの舞台を観たことがある。
小学高学年のころ、クラスメートの一人がバレエを習っていて、
その発表会の招待チケットをもらった。
地元では有名な大きなバレエ学校の『シンデレラ』の舞台だった。
みすぼらしい身なりで、いじめられながらも懸命に働くシンデレラが
優しい仙女の魔法できれいなお姫様になり、舞踏会に行く。
お城へ向かう馬車から手をふるシンデレラのほほ笑みは
本当にきれいだった。 もらったパンフレットにはさまれていた、一枚のバレエ学校の案内のチラシ。
それとなく母親に「私もバレエ習いたいな」と言ってみたが
「ダメダメ!お金かかるでしょ!
バレエは幼稚園のころから習うんでしょ。始めるには遅すぎる。
百合が今習ってるピアノも月謝がもったいないから
そろそろやめてほしい」と言われ、
百合はそれ以上バレエのことは言えなくなってしまった。 素人おじさん達の存在感はずいぶん薄いよな。
しょせんイケメンダンサーにニーズが集まるのか。
うっかりすると空気のように忘れ去られてしまう。
そんなこんなで、素人バレエおじさん、次スレも楽しく踊ります。
次スレ
素人おじさん バレエ奮闘日記 3冊目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1664235587/ 多少ゴタつくこともありますが、みなさんのご参加に感謝いたします。 このスレッドは1000を超えました。
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