三角縁神獣鏡は誰が作った?4
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http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1019561007/
≪から3を作りました≫
三角縁神獣鏡の製作地はどこでしょうか?
魏だとする説には以下の問題が指摘されています。
@中国で出土しない
A文様の一部が中国にない
B百枚をはるかに越えた
C尚方でない
日本製だとする説の問題は
@はっきり国産と判明している鏡と製造技術に差がありすぎる
A日本人に銘文が書けたとは思えない
など
皆さんはどうお考えですか? 西王母と東王公と龍虎が描かれた、
典型的な前漢時代の絵柄の神獣鏡をヤフオクで落札したんだけど、
ちょっと緑青が浮いてる程度で、
全体に銀色に輝いてて、二千年を経過したにしては綺麗すぎるんだよね。
ほんとうに前漢時代の鏡か、そのレプリカ(踏み返し?含む)かは、
どうやったら判るんだろう?
確実な鑑定方法が分かる人いますか? ヤフオクか〜
そういやそういった発見物だの昔の刀剣だの出れば
オークションあたりにすぐ出るんだっけ? 昨夜のヤフオクは古鏡祭りの状態で、
二百回以上入札を繰り返して数十万円まで競られた鏡もあった。
今日もかなりの銅鏡が競り落とされるらしい。
このタイミングを外すように、前日に落札された鏡は安かったWWW
ただし、精緻な図柄にしては、ちょっと?が付くものもある。
たとえばコレなど。
http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b166017050
多少汚れがあるけど、全体にギンギラギンの綺麗な状態だ。
こういったものを鑑定できる見識を持った人でないと、
誰が鏡を作ったかなんて議論できないよね?
聖獣の龍虎は簡単に識別がつくが(古代中国では麒麟も龍の一種)、
東王公と西王母の二神は、どっちがどっちだか分かる?
この写真だと見ても私は???状態。 紐を通す穴が円いと中国製で、四角いと日本製
という説を唱えていた学者様がいたようだが、
>>629の西漢の時代の作とされる中国製の鏡は、
どちらかというと、穴が四角いようにも見える。
しかし、2世紀に日本で鏡が作られたことはないから、
それより2百年は古いだろう鏡が日本製というのは不自然だ。
日本製はもっと平べったい穴になるってことなのか?
実際に鏡を復元している職人さんの話では、
そのへんにある物を適当に置いて穴にするのだから、
四角とか円とか関係ないのだそうだが、
職人と学者のどちらが正しいのだろう? ま〜中国っていっても中国人らの話とは限らない
分かりますかね?
例えば太極拳なんて拳法があるだろ
あれなんか見ていけば回教(イスラム教)
あたりのやつらが残した影響ってのがで
かそうなんだよなw 意味がわかったはず「神と人間は違うのだ」
神官、神主、巫女とか
本当に違うんだよ 流行碑ってのが向こうで出てんだろうがよ
流行は流行、そのまんまの意味
中華システムってのは全て中国人、はいできあがり〜w それと『世界妖怪図鑑』に載っている「半女半男人」
ググっても出て来ないw
ググっても画像が見つからないという意味だよ
この図鑑持ってるから良いんだけどw >>633
おー、識者がいるものだね。
やっぱり>>629は三角縁神獣鏡と繋がりを持った鏡ということだね。
>>629の漢鏡にある文字の部分が、
黒塚古墳出土の三角縁神人龍虎画像鏡(8号鏡)にないだけでなく、
図柄の部分も細かく見ると同じではなく、
黒塚古墳出土のもののほうが、髪形や服装などの形が拾いやすいと思う。
どちらかが、どちらかを手本にして作られた、姉妹鏡と見て間違いないだろう。
素人判断で悪いが、
痛みの少なさからみると、>>629のほうがコピーの可能性もあるが、
こんなメンドクサイ模造品を作って一か月もかけて磨いて売って儲けになるのか、
やや疑問を感じる。
>>629の製作場所や製作年代や入手経路をはっきりさせることで、
黒塚古墳の鏡が、
前漢の時代の作とされている鏡より先に存在したのか後から模倣されたのか、
正体が見えてきて、三角縁神獣鏡の謎が解けるかもしれないね。
>>629が、近代の模造品でないことを祈りたい。
間違いのない調査はどこに頼めばやってくれるのだろう?
奈良県立橿原考古学研究所に持って行けば、分かるのだろうか? >>629の前漢の時代の鏡のほうが図柄が素朴
したがって>>633の画像鏡のほうが
>>629などの鏡を手本にした後世の作の可能性が高い
しかし、>>629の前漢の鏡が踏み返しで造られたものでないという保証はない。
日本の古墳から出土する鏡が、
前漢時代の古鏡でも使われていた典型的なモチーフを模倣したものということは推測できるが、
三角縁神獣鏡が中国で造られたか日本で造られたかまでは分からないだろう。
専門家からならば、また違った回答があるのかもしれないが・・・ 銘文は
袁氏作竟真大巧,東王公,西王母,青龍在左,白虎居右,仙人子喬,赤松子,千秋萬歲不知老,渴飲玉泉饑食棗
かなあ?ちょっと見にくいので自信なし。
前漢の画像鏡 は、知らないな。 【次に韓国起源にされそうなものを予測するスレ】
なんだこのスレw調べてみて 3世紀の日本に新種の鏡をクリエイトできる先進的な鏡工房があったと考える方がオーパーツ的で異常だろう
できて丸パクリだ >>641
解読ありがとう。
つまりは、不老長寿を祈願する祭具という、オーソドックスな答えだね。
鏡の上がどちらかということや、
どちらが東王公で西王母かということも、やっと分かって助かった。
下手すると上下反対に飾って、識者から顰蹙を買ったかもしれないw
さて、今夜のヤフオクも、目ぼしいモノを狙ってみるかw >>646
どうやって判断してるんだ?w
根拠のない決め付けだけなら、小学生でもできるぞ?w >>646
これも贋作って言うのか?
春日大社◆重要文化財 御神鏡 禽獸葡萄鏡◆千二百年記念
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d160997221
こういうものは、分霊品と言って、贋作扱いはしない。
踏み返しの手法で作った分霊品(コピー)も贋作とは言わず、
神社で正式に御神体として扱われて来たのに、
なにをもって贋作と決めつけるのかが謎。 >>648
レプリカって書いてあるじゃん
「本物」の海獣葡萄鏡とは見なされないな >>629なんて古物商が1000円で出品してる時点で
「これは本物ではありません」と教えてくれているようなもの
本当に漢代のものだったらこんな値段でこんなところに出さずに
博物館や美術館に直接持ち込んでるわ
桁が3つは違う >>629の出品者に対して悪い評価が2件ついてるけどそれを読んだら笑える
商品に薬品の臭いって古色をつけるために偽物屋がよくやる手口なんだよね
コメントの日本語がおかしいし、過去の出品品目も中国美術ばっかりだし
お察し・・・ >>629の出品者は他にも鏡を出してる
>>629と
ttp://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k186471949
ttp://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/193281581
の3枚の画像を見比べておかしさを感じない人間は幸せ者かな
それぞれ、
・外区にわずかばかり見られるが内区には全くみられない
・鈕の頂部に帯状の変色
・鏡面に斑点状のものが少数
という錆の特徴が一致
しかも今日出品の鏡の文様は象とか鹿とか神獣鏡としては異例のもの
まちがいなく現代の作品だな 他の業者だが、
博物館に展示されたこともある履歴を持つ鏡を、
やはり千円から出品しているケースがある。
ヤフオクでは、安い値を付けないと入札数が得られず、高く売り抜けないから、
千円スタートは当然あるし、一円スタートのオークションも普通にある。
知らないのは、情弱と判断される。 648のようなレプリカ(コピー、分霊品)は本来、
神社に御神体として飾るために造られてきたものだ。
神道界では、復元品だと承知のうえで、本物の御神体として扱われる。
もちろん、国宝・重文クラスのオリジナルとは価格の桁が幾つか違うことや、
オリジナルと区別するための相違があることは、誰もが承知している。 通常の保管方法の場合、銅は酸化被膜によって保護されることで、
内部の酸化・腐食が進行しなくなり、長期間の保存に耐える点が鉄などと異なる。
掘り出した直後から銀色の古鏡というものはまず考えられないが、
漢の時代の棺から生前の柔らかさを保ったミイラが発見される例などもあるため、
現代の常識では通常考えられない保存状態の漢鏡が存在してもおかしくはない。
漢時代の墳墓は、大量の炭素に覆われており、
内部には有機物が分化して生じた可燃性のガスが充満する仕掛けになっているものもある。
盗掘するときに使う金属が火花を散らすると、燃え上がって火葬される仕掛けだ。
このような墳墓の密封性は非常に高いため、副葬品が錆びないことは十分にある。
幾つかの日本の古墳の壁画の保存状態が良いのは、
遺体が分解して生じた有機物が守っていたからだと判明している。
古墳を開けたため、有機物が拡散してカビが生えてしまい、
壁画が深刻なダメージを被った事例が知られている。
息長斎王家の紀州の廃坑を利用した神庫は、
落ち葉が発酵して生じる二酸化炭素などによる酸化防止措置が採られているため、
千数百年を経た十種神宝などが、腐食もせず良好な状態で保管されている。
知識のない者が二酸化炭素などが充満した神庫に入ると窒息死する。
息長斎王家が伝承する、神宝を守る本物の結界の秘術は、盗掘除けにもなっている。
実際に、終戦後G●Qの将校が、天岩戸を破壊して内部に入ったが、
落盤トラップを作動させて命を落としている。
このとき、発酵ガスの仕掛けを解除することなく救助に向かった米●の兵士達も、
次々と窒息死して遺体が回収不可能になり、神の祟りと恐れられた。 もちろん、神庫の収蔵品のメンテナンスは毎年定期的に行われており、
作業にあたる、本物の結界の秘術を熟知している息長一族の陰陽の術に精通した修験者達が
窒息死するようなことは通常起こり得ない。
もちろん、二酸化炭素が充満したエリアで、普通に呼吸すれば誰でも死亡するが、
外部から送られる空気のみを吸っていれば、数百mの地下でもどうということはない。 贋作を作って騙そうと思っているなら、
古鏡の全体に緑青が付くように一定期間放置すれば済むことだ。
そのほうがずっと本物らしく見えることは、誰でも分かる。
数時間で緑青を発生させ、一日置けば全体が緑青色に変る、
極めて安価で手間のかからない化学処理の方法が一般に知られている。
黒光りする銅像のような強固な被膜を短時間で作って保護する化学処理も可能だ。
そうせずに、大部分が銀色の状態で売りに出される鏡は、
酸化膜を化学処理で除去してから磨いて使われ、
その後の保存状態によって一部が再び錆びたと考えるのが妥当だ。
同様の錆び方をしているということは、
同じコレクターの保管品だったという事実しか示していない。
金属鏡は磨いて使うのが当たり前だから、
コレクターから放出された研磨状態の古鏡が売りに出されていても不思議はない。
仮に現代の技術で贋作を作ったとしても、
鋳ばなしの状態から研磨して鏡面を得るには、手作業で一ヶ月近くかかる。
電動の道具を使うにしても、作業料金を何万円かに設定しないと成り立たない。
下は復元青銅鏡の販売サイトで、磨き作業の手間がどの程度のものか見当がつく。
http://www.narahara-art.co.jp/gallery/seidokyo_order/index.html
古物扱いだと数千円から一万円程度の低価格でしか売れない可能性があり、
原価割れするリスクがあると分かっていて、
面倒な手間がかかる鏡面までの研磨作業を赤字覚悟でやる業者はまずいない。
適当なところで研磨を止めて錆びさせて誤魔化したほうがはるかに楽で、
利益が大きいことは言うまでもない。 それよりも>>629のリンク先で着眼すべきポイントは、
細部にゴミが付いたように模様が不鮮明に埋まっている箇所があることのほうだ。
踏み返して鋳造することによる劣化と考えるのが妥当かもしれないが、
量産コピーが行われたのが、近年か2千年前かは、容易に判断しかねる。 黒塚古墳出土と言えば、画文帯神獣鏡だよな。
盗掘されてない状態で、三角縁神獣鏡が33面も出てきたが、
画文帯神獣鏡は1面しか出ておらず、
しかも立てた状態で、埋葬者の頭部と思われる位置に置いてあったことから、
埋葬時、特別扱いされていた可能性が高い。
三角縁神獣鏡は葬儀用の量産品扱いだった可能性がある。
三角縁神獣鏡より古い様式の画文帯神獣鏡だけは、
小ぶりにもかかわらず、特別な意味を持たせてあったことから、
中国で造られたのではないかと考えられている。
そうなると、価値が低い扱いの量産型葬儀用品の三角縁神獣鏡は国産鏡で、
卑弥呼が授かった百枚ではないという話になってくる。
邪馬台国畿内説では、特産品のシルクが畿内では作られていなかった点で
大きな疑問符が付いているわけだが、
三角縁神獣鏡が卑弥呼の鏡でないとなると、ますます邪馬台国畿内説は線が細くなり、
三角縁神獣鏡より様式が古い漢鏡が多く出土する北九州が、邪馬台国の有力な候補地になる
黒塚古墳の発掘結果は、邪馬台国九州説に有利なものだった。
神人龍虎画像鏡も、黒塚古墳からは1枚しか出ていない。
注目すべき鏡ではあるが、画文帯神獣鏡ほど重要なものではないようだ。 画像鏡というのは、
墓室を飾った画象石の文様に類似することから付いたものだが、
なぜ不老長寿を祈願する内容の鏡が、
老いて死んだ人の墓に納められるのか。
ちょっと話が違うんじゃないかなぁ、なんか矛盾してない?
という感覚に陥る。
後漢時代中期(1〜2世紀)のものが多いようだが、
なぜ>629が前漢の鏡と判断されたのか、興味がある。 三角縁神獣鏡は、
崑崙・昇天などをテーマとした漢代の埋葬の思想を継承しながら、
節(帝の命を受けた使者に授けられるもの)を描くなど、
中国や朝鮮には存在しない日本独自の様式を展開していることから、
国産鏡で確定だろう。
卑弥呼に下賜された鏡などという戯言はなし。
漢鏡の出土状況から見れば、邪馬台国は北九州が有力。
畿内説は、条件がまったく合わないから、
鏡の分布に着眼すれば、もはや考えられない状況。 三角縁神獣鏡に謎などない
含まれる鉛の同位体比がすべて神岡鉱山に該当する
和鏡でファイナルアンサーだよ 神様の真似なんてしてるから、こうなったんだよ
昔からいるんだよ、土地の神というのが
『プサン港へ帰れ』トトロ トトロ むかしから住んでる 以前あった謎の書き込み「ここはチョンばかりだな」
そのような鏡、儀式、祭祀がなくても人は住んでいた
そして生活していた
確実に邪馬台国、卑弥呼以前の時代だよ
出雲は縄文人
このような事が言いたいんだと思う >>659
邪馬台国の特産品のシルクと
卑弥呼が魏から受け取った筈の鏡百枚
両者の分布が畿内説を否定してたのか
畿内説確定みたいな話を聞いていたが
考古学的に否定されてるならマジ駄目じゃん ググると見つかるな「出雲 縄文遺跡」
古代出雲 祭祀
古代出雲が大陸と交流していたんだよ
大君、大王はどこに住んでいたの?という事になってくる だいたい、邪馬台国をヤマト国と読もうとした時点で
小学生のお子様レベルの無理があったわけで
知らないこと、分からないことが多すぎる段階で、
なんでも知ってることと結び付ようと無理をするからそうなる! 天照大神を神降ろしして神託を下す巫女がどんな姿か知ってる人はいるかな?
明治維新以降の国家神道化によって、神託を下す神事は否定されてしまい、
現代ではまず見ることが出来ない。
斎王託宣事件の記録に目を通せば分かるが、
伊勢の斎宮や内宮で、天照大神の神託が下されたのは、
せん子女王が酒をあおって酒乱状態で口走った一件のみだ。
つまり、正式な祭祀で伊勢神宮に天照大神が降臨したことは一度もない。
天照大神の神託を下す巫女は、
秦氏創建の宇佐神宮を除けば、息長斎王家以外に伝承していない。
渡来氏族の秦氏は、息長斎王家を奉斎する取り巻き集団。
つまり、神功皇后を輩出した息長の巫女がすべてのルーツなのだ。
それでは、巫女神道に伝わる、非公開神事の内容をここに暴露しよう。
天照大神を神降ろしして神託を下す巫女は、男装するシキタリがある。
伊勢の内宮に奉納された天照大神の御神服の記録を見ても明らかだが、
男神の装束となっている。
このことから、息長一族独自の伝承ではなく、皇室神道も同じ流れと分かる。
さて、ここからが本題だが、
日の巫女の王の女性の髪形をしたまま、男装用の天冠をかぶった頭部の状態は、
天照大神の御神体とされる鏡に描かれると、どんな図柄になるだろうか。
答は、
西王母のような二本の巻いた線が左右から飛び出し、東王父の3本線の冠と合わさった形になる。
鏡作神社の三神二獣鏡などに、この独特の表現が見られる。
中国の道教を踏まえた様式とはまったく異なる、
日本独自の太陽神を描いた鏡が、八咫鏡を作った神を祀る神社に伝わっている。 そのと〜りだ
諸蕃や蝦夷を大事にしなければいけない
悪く言うと日本には「人と土地しかなかった」ようなもの
他の国と交流し、文化を取り入れ、
現在の日本という国が出来たのだよ、こなん君 まだ舶載三角縁神獣鏡が国産だと思ってる人がいるのか
世の中、情弱っているんだなあ >>674
鏡を研究する国内の専門家の大半が、
舶載三角縁神獣鏡という考え方そのものを否定している状況で、
強弁しても無駄。
そんなものは存在しないことが、含まれる鉛の分析から分かった。
もちろん、九州の香春神社などの銅山が見つかるまでは、
鏡を作る銅は海外から輸入されていたのだが、それは銅鐸も同じ事情だった。
中国産の銅で造られた銅鐸を、中国製と言わないように、
中国産の銅で造られた和鏡を、中国製と言うべきではない。 >>673
倭民族を日本を卑下しすぎだな。
黄帝の権威と率いた軍団の力を象徴する聖獣は、日本生まれと伝承されてきた。
日本側が勝手に主張していることではなく、大陸の漢民族の間にそう伝わっている。
なぜそんな伝説が生まれたかと言えば、
7千年前に鬼界カルデラが大噴火した降灰の影響で
西日本の植物が大打撃を受けて、飢饉が発生して居住不能になったため、
大量の難民が海外脱出して、食糧事情の良い大陸東岸に大疎開したからだ。
漢民族と言葉が異なる膠着語圏に属する東夷とか、
倭国の天津神を奉斎する海人集団が、山東半島付近にまでいたり、
日本語と大陸の高句麗語の数詞が完全一致するほど近縁の言語だったのは、
(現代の半島の朝鮮語は日本語と数詞が一致しない、比較的疎遠の言語)
疎開した縄文人の文化を受け継いだ子孫が多く残っていたからだ。
地球規模の寒冷化に伴って、大陸で大飢饉と黄巾の乱などの戦乱が巻き起こり、
多くの東夷や海人は、孔子の「道に行き詰まったときは【東海に浮かぶ】」教えに従って、
東海姫氏国=蓬莱=日本へと、大挙して「里帰り」の帰化を実行している。
その結果、近畿地方の豪族のじつに3割が渡来系だった時代もある。 黄帝の別姓は姫とされるが、これは「東海姫氏国」=日本の国姓の姫のことだ。
中国側には、母親が姫水に住んでいたからだという伝承しか残っていない。
しかしそこには、
アカルヒメの母親が池のほとりで虹のように輝く日矛をホトに受けて懐妊したエピソードと同じ、
神婚による処女懐胎のエピソードが存在していたと、
息長斎王家の神庫に残る文献をもとに、当代宗主・耀姫様がレクチャーしている。
黄帝は、蓬莱=東海姫氏国に住むという、
東王公や東盟聖王(高句麗国の始祖の尊称)と繋がっており、
東照神君家康公もまた、
その神号を内々に、姫姓を受け継ぐ息長斎王家の明姫様から頂いている。
真相を明かすと、家康の最後の妻は春日局で、徳川家光は家康と春日局の子なのだが、
春日局は、「シコメ」「借り腹」と言われたにしては、
家康から敬愛されただけでなく、朝廷からも、乳母とは思えない破格の扱いを受けている。
ことの真相は、皇族より上位の皇祖の一族、息長斎王家の外家(分家)の出の姫なのだ。
だから、男勝りの剛腕で、筋骨隆々すぎて女らしくなく、シコメとすら言われたのだ。
現在の息長斎王家宗主・耀姫様も、その絶世の容貌から妭姫(みめよい)と言われながら、
長さ2mを優に超える奉納刀の大太刀を手にして、軽々と剣舞を舞う。
天日槍=都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)=角がある人=鬼神の子孫と言われるだけあって
その腕の太さは、並みの女性の大根足ぐらいあり、普通の洋服の袖が通らず、
誰もが後姿を男性と間違えたり、水着姿を見て女子プロの選手と勘違いするほどだ。
家康は、息長斎王家の女性に対して内々(正式)に妻問婚して子を成したことで、黄帝と同格の存在となり、
没後、東照の神号を息長一族から御下賜される栄誉を与えられたのだ。 葵祭は桃太郎のエピソードと一対一対応する要素で構成された、
皇祖の大王と王権が誕生した故事を祝うものである。
そして、皇祖の大王=黄帝=東王公=東盟聖王=東照の君は、皆縄文系の血統だ。
Y遺伝子で言えばD系列になる。
日本国(ヒノモトのクニ)は、神仙が住むとされる蓬莱の伝説や扶桑信仰の国。
孔子が、道に行き詰まったら「東海に浮かぶ」と説いた、最終疎開(避難)地だ。
奈良や京都の盆地の池沼や、大阪湾などに広がる湿地帯が、
豊葦原瑞穂の国と呼ぶ状態だったからこそ、大量の帰化民を受け入れて栄えることが出来た。
しかし、渡来人が大量に帰化する以前から、高度な技術を有していた。
単に倭人文化圏の中心地が、大陸東岸から北九州や畿内に移転したにすぎず、
倭民族を主導する王族の血統は、何千年も変わっていない。
山東半島付近では、青銅器の製法を伝承するのは、
フイゴの神でもある蚩尤=兵主=天日槍を祖先の王として奉斎する集団だった。
天日槍を祖先とする息長一族から神功皇后が輩出され、
その子の応神天皇が男系の祖先の神と「名を交換する」ことで、現皇室は成立している。
男系の皇統が途絶えたため擁立された継体天皇も、皇祖の一族息長斎王家の血を引いている。
つまり、山東半島の青銅製の祭具を作る技術を伝承し、
ヤマト王権に集う諸豪族達に祭祀の用具(青銅鏡や銅鐸など)を下賜できる、
天日槍を奉斎する=息長一族が、ヤマト王権の中枢・大王家の祖なのだ。
その証拠に、奈良の纏向遺跡を見下ろす東の高台には、今も穴師坐兵主神社が残る。
この神社には古い時代、
兵主ではなく天日槍の名で始祖の大王(素戔嗚)が祀られていたことが分かっている。
奈良の宗教王国を率いていたのは、天日槍=息長斎王家に他ならない。 >>679
色んなパーツを恣意的に集めて、自分しか理解できない結論を出して
誰からも反論がないのにご満悦な自称歴史家のおっさん乙w >>676
>鏡を研究する国内の専門家の大半が、
>舶載三角縁神獣鏡という考え方そのものを否定している状況で、
>強弁しても無駄。
どこの国内の話しですか?
鏡を専門的に研究している人たちの多数派は
全舶載もしくは一部舶載との立場で
三角縁=魏鏡を認めてるんだけど 根拠付きで魏鏡と主張している先生は誰ですかね?
なんとなく推測している先生は、
たまに見受けられますが。
そもそも、どういう条件が整ったら
魏鏡と言えるのでしょうか? まずは『三角縁神獣鏡研究事典』を読んでみるべきだろう >>683
>根拠付きで魏鏡と主張している先生は誰ですかね?
福永先生とか?
鈕孔形状その他からの三角縁神獣鏡を作った工人の技術系譜の推測等は素人目にはかなり説得力がある
逆に「なんとなく推測」というのなら国産説の代表みたいな学者を挙げて欲しい
過去の魏鏡説かが受けた指摘や新たに中国鏡の系譜と照らしあわせた今の舶載説の学者と互角に渡り合える研究家っているのか?
単に「中国からは一枚も出ない」「銘文が稚拙」とかで国産をとってるのがほとんどのような気がするがw
>そもそも、どういう条件が整ったら魏鏡と言えるのでしょうか
難しいが何れにせよ国内の出土だけで言い争っても埒が明かないだろうな
魏代洛陽で作られた鏡の種類がきちんと出土によって確かめられなければ舶載説も国産説も推理・推定でしかない 方格規矩鏡、内行花文鏡は魏の時代にも出土している鏡として
間違いないだろう。 黒塚古墳の発掘が行われた時点で、もはや決着がついている。
盗掘を受けていない埋葬状態から、
三角縁神獣鏡は大量に棺の外に置かれていたことから、葬儀用の量産品で、
本当の漢鏡は、小ぶりでもそれと別格の扱いを受けていたことが確定。
三角縁神獣鏡に含まれる鉛の分析から、
神岡鉱山で採れた銅と混ぜて国内で鋳造されたことが100%確定。
分析結果に勝手な異論を挟むことは不可能。
日本産の鉛を中国大陸に持って行って加工したなどと唱えても意味がない。
三角縁神獣鏡には、明らかに大陸産よりも稚拙なものが多く含まれることからも、
日本製と考えるべき。
纏向遺跡を支配した、穴師坐兵主神社の兵主神=天日槍を祀る一族が、
ヤマト王権大王家で、
中国大陸の山東半島付近と縄文時代からの密接な繋がりを持ち、
大陸産の銅を輸入して銅鐸や青銅鏡を量産して下賜していたのが真相。
つまり、三角縁神獣鏡は息長斎王家の者達が作って下賜した、がファイナルアンサー。
日本オリジナルのデザインが施された三角縁神獣鏡は数多く見つかっており、
とくに太陽神が描かれた神鏡などは、日本製以外に考えようもない。 卑弥呼の邪馬台国の話を補足しておくが、
国産の鉄は硬くて刃物にすると脆いため、
柔らかくする材料を産する朝鮮半島の南部にも、
天日槍=都怒我阿羅斯等=敦賀の豪族は領土を拡大していた。
だから、新羅の第四代国王は日本の丹波の出身などという伝承が残る。
神功皇后が半島に渡り戦わずして勝っているのは、
半島の王族より、姫姓を受け継ぐ神功皇后のお里の家のほうが血統が上位だから、
平伏低頭するしかなかったのだ。
その一族の日女神が里帰りしたことが、
香春神社(日本最大の銅山だった時代がある)の伝承などの形で残っている。
アカルヒメの朝鮮半島からの里帰りの神話も、その影響を受けて変形している。
本当は、ハツ姫と蚩尤のペア=アカルヒメと天日槍のペア=天照大神と素戔嗚のペアを奉斎する王族は、
山東半島付近から日本へと、何派にも分かれて帰化(里帰り)している。
卑弥呼の時代は倭国が乱れて彼女の宗教的な力だけでは束ねられないため、
魏の後ろ盾を得る必要があった。
そこで漢鏡が尊ばれていたのだが、それが残るのはほとんどが九州。
つまり、卑弥呼は九州を支配した女王にすぎず、
日本書紀での扱いも、「天祖」ではあっても「皇祖」とされていない。
それから、
古墳に埋めずに家宝として保存していたなどという、
苦し紛れの奇説は、現実から乖離した子供騙しにすぎない。
そんな誤魔化しは必要なく、邪馬台国は九州でファイナルアンサー。
執念深く異説を唱えれば唱えるほど、考古学とズレて言いわけが見苦しくなる。 >>689
それは、材料を輸入していた、という伝承と合致する事実しか示していない。
また、用途によって、黄金色と銀色の使い分けがあり、組成が異なるのだが、
言及がないことから、神鏡の製作の実態を知らない、門外の素人の研究だと分かる。
残念ながら、この種の素人の作文を、信頼できる情報とは言わない。 >>685
鈕孔形状?
そんなもので分類できると考える時点で、
神鏡造りの現実を知らない素人と丸判りの説。
実際に金属鏡を造っている人達から、完全に否定されている。
デタラメがまかり通るのは、ペーパー学会のみ。
とある復元鏡の鋳造職人の言葉をそのまま引用する。
「穴の形なんか、その時その時の職人の気分で
勝手に近くにあったもんでこさえとるんや。
産地や制作者によって決まった穴の形があるなんて、
全く現場を知らんもんが机の上で考えた理屈や。」
青銅鏡を造っている現場のプロ(職人)は、粘土でナカゴを作るという現実離れした話に騙されたりしない。
息長斎王家に生まれて二千年来の秘伝を受け継ぎ、
神鏡の復元に携わる人間国宝級の職人達を影ながら育成・指導してきた本物の専門家達も、
そんな嘘の製法を認めたりはしない。
金属鏡の製作現場を知らない、不勉強なニワカの門外漢が、
大学教授などの肩書を利用して、研究者を詐称して机上の空論を垂れ流している、
と認識されてゴミ箱行きの話だ。 いわゆる「本物の」舶載鏡(こんな素人造語自体が専門家から見ればナンセンス)のなかで、
長方形鈕穴を持つ鏡は極めて限定的だ。
中国製であるなどと、とても言えない状況にある。
まともに統計処理すら出来ない(調査の努力をしていない)人物が、
「知ったような思い付きのデタラメを紙の上で並べて、人々を惑わしてきた」のが実情と言える。
魏の領域内の特異な工人集団などというものも、まったくの架空の存在であり、
実証する要素(伝承や文献や考古学的資料)が皆目見当たらない。
対して、息長斎王家の祖とされる兵主神が、フイゴと銅製品を鋳造する神とされてきた伝承は確実に残っており、
また、神器として下賜された青銅鏡がきちんと現代まで残っている。
発掘によって出てくる葬儀用の鏡や現存する祭祀用の鏡と、伝承内容はピタリ一致しており、
考古学が、社家が二千年来伝承してきた秘伝の内容を明確に裏付ける形になっている。
教授の肩書を手に入れた門外の素人が、ペーパー学会を駆使して、
子供の騙しの嘘を流布する姑息なテクニックが通用する時代は終わっている。 「情報考古学」2005年vol11 NO.2(2006年発行)掲載の
新井宏氏の「鉛同位体比から見た三角縁神獣鏡の製作地」という論文がある。
「三角縁神獣鏡の鉛の同位体比の分布は、
殆ど全ての仿製鏡(こんな独自の素人造語を使うな)の分布に一致している。
舶載とされた三角縁神獣鏡の多くが、中国産ではなく、
日本などで製作されたか、或いは複製された鏡であることを示している。」
成分分析の結果示された事実は、もはや誰にも覆せない。
虚言癖があると思われる某大学の例の教授などが用いてきた、
ペーパー上の騙しのテクニックが通用する時代は終わっている。
高度な技術を要する事柄について、
伝承主体から乖離した人々が、
門外漢の素人考えで勝手な思い付きのデタラメを並べてみても、
それらの嘘は、たいした時間を置くことなく、必ず見破られて終わる。
これにて中国製、和製の鏡に関する議論は終了。
今後は、鉛同位体比の調査を経ないで、
中国製・和製と適当なことを知ったかぶりして書き殴っても、もはや誰も信じない。 伝世鏡の「手ずれ」説も真っ赤な嘘だということが、
高精度デジタルマイクロスコープを利用した、肉眼では観察できない高倍率の調査から判明している。
長期間の使用による磨滅などではないことが明白になったことで、
一流大学の教授職の肩書と、ペーパー学会を使った、
いい加減な思い付き(脳内妄想)を流布する、騙しのテクニックのボロが出た格好だ。
いくら立派な教授職の肩書きを手に入れても、
ろくに古鏡を観察せずに、「手ずれ」の痕跡がある!などと、
専門家気取りで増長して思い付いた嘘(捏造)を並べ立てると、
大恥を掻くことになる。
後から細かく検証作業を行う人が現れたら、それで終了。
二千年間神鏡の製作を主導してきた伝統や、神器として下賜した歴史を持つ、
息長斎王家の専門家達がまったく関知しない、
誤情報を流布する近代のペーパー学会御用達の、
舶載鏡・仿製鏡・伝世鏡などの、虚言流布用の特殊「捏造学術用語」には注意を要する。 制作者の名前が書かれている奴もあるよ
「洛陽の陳氏」とか「王氏」とか書かれている
ネタじゃなくてマジレスですよ >>690
鏡の材料を輸入してたなんて伝承聞いたことないんですが詳しく教えてもらえませんか?
成分が一致してる他の鏡は中国で製作されたのに三角縁神獣鏡だけが日本製なんですか?
九州で出土する鏡は日本製ではないのですか? >>696
九州で出るやつも国産鏡はたくさんあるよ。
わかるものはちゃんと国産鏡と分類されてる。
あと、分析されてるといっても、
合金の配合比率の話しなので、
国産でも中国と同じ配合になったら
区別がつかない。 銅鉱山が少なかった日本。
秩父で自然銅の塊が見つかり、
銅の自給を祈念して、
和銅という年号が制定された。 △鏡の材料を輸入してた伝承なんかないよ
△鏡が中国製がだと確定したら九州説は終了だから嘘つくくらい朝飯前 >>699
>△鏡の材料を輸入してた伝承なんかないよ
つまり△鏡は全部国産銅を使用した国産鏡ということですかね? >>62なんて、東遷論者がいかに畿内説を知らないかを示す証左だよね >>703
無知な素人の戯言だから 放置するように >>700
分析結果の文書くらい読めば?
中国製と国産の両方があるってことだよ 韓国の専門外の学者がトンデモを唱えるのは、珍しくない >>707
それより「平原鏡から三角縁神獣鏡へ」の方が新しくて面白い。
鉛同位体比より、形式も紀年も違う鏡がセットで製造されてた可能性が高い。
実際に、形式も紀年も違う鏡なのに、鉛同位体比が全く同一のものが、
古墳にセットで入っているケースがある。
平原鏡も踏み返し鏡が多く、銘文の再利用、突線ひびなどの特徴から、
製造技術が三角縁の時代まで継承されてる可能性が高い。 中国産の鏡が一枚あれば
それを鋳型にして、何枚もコピーできるじゃん
結論
中国産の日本製 三角縁にはいろんなバリエーションがあるので中国鏡1枚では無理 よくわかった
つまり、国産派は鏡のことをよく知らないから誤解しているということなんだ いや、製造技術を研究してる人の方に?製鏡を多めに考える人が多い。
国内でどういう生産技術があったのか研究するわけだから当たり前なんだけど。
これも国内でこうやって作ったんじゃないかってどんどん判明していくわけだから。
遺物の形態分類してる人は舶載鏡を多めに考える人が多い。
これは研究初期に舶載鏡を多めに想定していたということ以外に論拠は乏しい。 >>517
鋳造技術の研究といっても現代の技術で作って喜んでるだけじゃだめなんだが 田原本の鏡作神社のあたりで作ったんでしょうな。
あのへんを発掘できればいいけどね。 >>691
へえ、どこにその息長斎王家ってあるの?
今も職人さんがいるようだけど、どこにあるのか教えてほしいな >>691 天日影虎 ◆Dlof2CSSdI
>青銅鏡を造っている現場のプロ(職人)は、粘土でナカゴを作るという現実離れした話に騙されたりしない。
>息長斎王家に生まれて二千年来の秘伝を受け継ぎ、
>神鏡の復元に携わる人間国宝級の職人達を影ながら育成・指導してきた本物の専門家達も、
>そんな嘘の製法を認めたりはしない。
何だこいつ?キチガイ電波さんかな?
そもそもその
「息長斎王家に生まれて二千年来の秘伝を受け継いできた本物の専門家達」
・・・って何処の誰よ?
「ボクの考えた秘密の結社」
でもなきゃ表に看板出してるんだろう?
ソースを出せや
そもそも粘土でナカゴを作らないというのなら1回こっきりの使い捨てじゃなくて「使い回し」するということだよな?
なら職人により同じ形状のものが作られる確率が高いと考えた方が妥当
それに「湯の回り」とか考えれば
そりゃ「時々の気分で変え」てもいいだろうが同じものを使うほうが効率がいい
(そんなことで万が一にも失敗したら馬鹿馬鹿しい)
実際その鈕孔形状はある時代に集中してるんだから
「職人のその時時の気分次第」とか言っても意味なし 福永さん自体、もう鏡はやめてんじゃないの
同笵鏡分与と地方政権の構造との関連の研究は良かったけど 多くは鏡作神社のあたりで作ったんだろうな。
神社の伝承によれば、崇神天皇の時代に「形代」を作ったという。
崇神陵は前期初頭、箸墓や西殿塚よりも後。四世紀初めごろといわれる。
古墳と伝承からは、崇神は三世紀末から4世紀初頭に生きた人物。
その頃から作り始めた。田原本には多くの鏡作神社が鎮座する。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています